【ツグルからマキナ】死んじゃったらお金も使えない
「今日は早いんですね」
例によって部屋の前に立つマキナが言った。
三日目ともなれば、女子高生が部屋の前に立ってるって異様な状況にも慣れてくる。
と、言いたいところだけど、良かった、今日もいるってホッとしてる自分がいる。
客観的に見ると、ユーレイが毎日部屋に来るのヤバイんだろうけどさ。
「どうしたんですか? 先輩、顏変ですよ」
「失礼なやつだな。疲れてんだよ。早く帰るために、命削って仕事したからな」
「なんで、早く帰りたかったんですか?」
マキナがちゃんと来てるか気になって、なんて言えないだろ。絶対、言いたくないわ。
「毎週楽しみにしてるアニメがあんだよ」
などと言ってみる。
部屋に入る。マキナがすぐ後ろに続いてくる気配が、なんかちょっとこそばゆい。
マキナはいつも通りテーブルの前にちょこんと座った。
「そういやあ、ごめんな。昨日、さっさと寝ちまって。あれから、どうしたの? 帰ったの?」
猛烈に眠くて。途中からあんまり記憶がないんだよな。でも、考えてみたら、マキナをほったらかして眠ったのは悪かったな。
「帰るとことかないですから。スーと消えちゃいましたよ」
「へえ。昼間、なにしてんの? 寝てんの?」
「寝てるっていえば、寝てるのかなあ。消えたっと思ったら、ドアの前にいたんですよ。昨日もですけど」
買ってきたコンビニ弁当を食べる。
そういや、マキナは何も食べないんだよな。トイレもいかないしなあ。
でも触れるんだよな。
マキナは俺が食べるところをジっと見ていて。目が合うと、ニコッと笑う。
「俺の食べるとこ見ててもつまらんだろ」
「えっ、超楽しいですよ。癒されます。先輩、ゆるキャラっぽいですし」
「ぽくねえよ。初めて言われたわ、そんなこと」
弁当食べ終わって。アリバイみたいに、ちょうどやってたアニメ観て。「先輩、こういうの好きなんですねえ」などと言われたりして。
それが終わった後は、ニュースを観てた。
一応、例の連続強盗殺人事件の続報ないかなあ、と思って。
たぶん、核心っぽいことを聞いた方がいいだろうな。
どうして、まだ俺の部屋に来るのか、とか。
どうしたら成仏するのか、とか。
だけど、それを聞いたら、マキナを邪魔者扱いしているみたいな気がしてさ。
聞くに聞けない。
連続強盗事件の続報はあったけど、短かった。相変わらずマキナの死体の身元は判明せず。
ニュースが終わった後も、だらだらとテレビを観ていたら、マキナが言った。
「恨みとかじゃないんですよ。本当に」
「うん」
「ただ、先輩に会いに来てるんだと思うんです」
「うん」
頬が熱くなる。いや、そんなストレートに言われたら照れるだろ。
「あの、迷惑だったりします?」
うかがうような、自信なさそうな顏。
「ぜんぜん。女子高生の顔見ながら食べる飯はうまいからな」
それに、マキナが吹き出した。クスクス笑う。
「変態っぽい。超変態っぽいですから」
「だから、まあ、気のすむまで来たらいいよ」
そっぽを向いて言った。顔が赤くなるのが自分でもわかる。俺、絶対ホストとかできんわ。
マキナが立ち上がった。
んっ、なんだ? と思っていると、俺の対面から隣にやってきた。肩が触れ合う。
なんだこれ、と思いながらも、そのまま少し身を傾けてくるマキナを肩で支える。
「私、触れるんですよ」
囁くようにそんなことを言った。
「お、おお」
「ほら、手だって」
マキナが俺の手を握る。
「ねっ」
「お、おお」
幽霊だけどマキナの手は温かくて。相変わらずしっとり湿っていて。言いたかないけど、こんな風に女子と触れ合うことのなかった俺は、超緊張した。心臓もバクバクだ。
「汗、かくんだな。幽霊も」
苦し紛れにそんな言葉が出る。
「臭います?」
マキナが嗅いでくれとばかりに、さらにくっついてくる。
「いい匂いしかしねえよ」
きつくない程度の香水の匂い。そこに交るかすかな体臭。のぞく胸の谷間。白い肌はしっとり汗ばんでいて、ひどく艶めかしかった。
我慢できなくなって、俺は立ち上がった。
立つ寸前で立ち上がった。いや、うまいこと言いたかったわけじゃないぞ。マジだ。
「シャワー浴びてくる」
「……背中、流しましょうか?」
ちょっと、今、必死で鎮めてるとこなんだから。そういう挑発的なこと言わないで。
「物、動かせないんじゃないのか?」
「あっ、それもそうですね」
そんなにあっさり引き下がれると、すっごい寂しい気持ちになるな。
えっ、試してみてもいいんだよ。
などと言えるはずもない。童貞舐めんな。
シャワー浴びて出てくると、マキナはベッドに腰かけてた。なんで、そっち座ってんだ。いや、いいんだけどさ。
「先輩。もう、寝ます?」
「いや、さすがにまだ早いしな」
「じゃあ、なにするんですか?」
短いスカートをいじる手が。そっからのぞく太腿が。すげえ気になる。
せっかくシャワー浴びて鎮まったもんが、また元気になってしまうじゃないか。
「ゲームでもやるか。一緒にやる?」
「物、動かせませんけど」
「そうか」
沈黙。なんだろ。彼女が部屋に遊びに来た時とか、こんな感じになるのか? 来たことないから知らんけど。
「そ、そういえば、君の部屋、どうなんったんだ?」
やっとひねりだした話題がこれ。
「どうって、別に、どうもならないんじゃないですか?」
マキナが、質問の意味が分からないという顔で言う。
「まあ、二週間ちょっとじゃあ、まだ大丈夫か。冷蔵庫のもんとか、ヤバそうだけど」
「ああ、それはヤバいかもです。まあ、どうしようもないですけど」
「家賃の振り込みがなけりゃあ、勝手に立ち退きになるかもな」
「あっ、それ大丈夫です。私のマンションなんで」
「マジで? 金持ってんなあ」
「はい。結構、持ってますよ。キャバしてる時に貯めたのもあるんですけど。最初に買ったマンションが、超高値で売れて。次に買ったマンションもなんだかんだで、結構、高く売れて。今、住んでるとこのほかにタワマン持ってるんですけど。そこ売ったら、たぶん……」
言いかけて、マキナは苦笑い。
「意味ないですね。死んじゃったら」
それからマキナは、あっ、そうだ、と身を乗り出す。
「先輩、私の貯金、あげます。親にあげるくらいなら、そっちの方がぜんぜんいいし」
「いやいや、無理だろ。俺、たぶん逮捕さるよ」
「なんでですか? キャッシュカード……は部屋か。鍵は、ええと、盗られちゃった?」
「うん、というかね、死んだ人の口座から引き出しがあったら、超怪しいからね。気持ちは嬉しいけどさ」
マキナが露骨にションボリした。いい思い付きだと思ったんだろうな。いや、ホント、気持ちは嬉しいんだけど。
「そうですか」
「まあ、その、ありがとな」
「先輩になにかしてあげたいんですけどね。せっかく会えたし。優しくしてくれたし。……好きだし」
髪の毛をいじいじしながら言った。
「お、おお、ありがと」
「なにかして欲しいこと、あります?」
小首を傾げて、上目づかいで。目はうるうるで。
カラッカラに喉が乾いて。逃げ出すように、キッチンに行って、お茶を飲んだ。
エロいこととか考えてんなよ、俺。マジで。
◇◇◇
今日も先輩の寝顔を眺める。
この、この、なんでなんにもしてくんないのよ。ユーレイを差別するな。
先輩の黒い髪の毛をちょこちょこ引っ張る。
これでもキャバ時代は結構、すごかったんだから。指名、いつも上位だったんだから。
などと、どうしようもないことを考えて、結局、落ち込む。
先輩はきっと私にいろいろ気をつかってくれているんだろう。そっけないようで、細かい気遣いをしてくれる。高校時代から、そういうところは同じ。
私は自分からアピールするのって、やっぱり苦手で。相手がこうして欲しいとか、こういう答えが欲しいっていうのを察するのは得意だったから、生前はそれでうまくやってきた。
コミュニケーションはテニスとかの壁打ちみたいなもので。
結局、みんな相手を壁役にして、自分の思い通りの球を打とうとする。だから、相手が望むところに、こういう風に返して欲しいなってところに返してあげればいいと思う。
でも、なんでだか、先輩相手だとそれがうまくいかない。壁役じゃなく、私も打ちたくなる。プレイヤーになりたくなる。
きっとそれは私の中に欲があるから。
先輩の心を揺らしたい。私のことを胸に刻んで欲しい。
そうか、と私は思った。
私の中に欲があるから、きっと成仏できないんだね。
先輩の髪の毛にそっとキスした。
体が薄くなってきて。
今日はここでお終いみたいだ。




