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26話

「今回の騒動はすべて軍部の独断で遂行された可能性が高いわ」

 私の言葉を聞いたヒトラーは驚いたような顔をしていたが、同時に納得したらしい。

「なら、ハンガリーはないだろうな」

「どうして?」

「あの国の指導者は確か軍部出身のはずだ」

 ヒトラーの言葉に私はうなずく。

 なるほど、政府と軍部が一つの大きな柱によってつながれているのか。

「だとすればルーマニアもあり得ないわ」

「あぁ、あそこも同じか」

 そう、ルーマニアの指導者も又陸軍出身なのだ。

 だとすれば――。

「ユーゴスラビアか」

「みたいね」

 ヒトラーが導き出した結論に私もうなずいた。

「そもそも何であの国は我々に友好的なの?」

 私がヒトラーにそう問うと彼は眉間にしわを寄せ額に手を当てた。

 どうやら、彼にもそれがわからないらしい。

「解らんのだよ。ただ、あの国の王は若く実権がなく、摂政の従兄が実権を持っているということまでは理解できた」

 彼はそう言ってため息を吐いた。

 仮に従兄と言えど、ユーゴスラビアという国がもともとイギリスなどの庇護の元独立したという事実は揺らがない。

「ただ単に損得勘定かもしれないわね」

 私は素っ気なくそう答えた。

「ではなぜ軍部はこんなことをしたんだ?」

「簡単よ、現実を知らない義憤にかられた国王の命令とかじゃないのかしら?」

 私の言葉にヒトラーは呆れるように溜息を吐いた。

 気持ちは痛いほどわかる。

 仮にここでカミラ王女がイギリスに帰国して本土から我々を追い返そうと、彼らの劣勢は一つとして揺らがないのだ。

 むしろそれに協力したことが露呈すれば自国が消え失せる可能性もある。

「どうやら、国王は心も若いみたいね」

 私はそう嘲笑った。

 恩やらなんやらでイギリスを助けても未来はない。

 それなら、未来のあるドイツと共に歩んだほうが随分と現実的だと私は思うのだが。

「どうするのかしら?」

 私は彼にそう問うた。

 このまま何もしないということもないだろう。

「そもそも確証があったとしても証拠がない」

 私の問いにヒトラーは困ったように零した。

 そう、相手の一人も捕らえることができていないのだ。

「では、何もしないと?」

 私はそう彼に尋ねた。

「いや、それだとユーゴスラビアでの軍部の力が増すだろう」

 ヒトラーはそう答えた。

 軍部が無理を通しカミラ王女を救う手助けをし、それに成功。

 しかもドイツからは何もしてこない。

 これでは親イギリス派の軍部や国王の発言権が増すばかりだ。

「リューイ・ルーカス大佐。なにかないかね?」

 ヒトラーは諦めたように笑った。

 いや、丸投げしてきた。

「むしろ、軍部の発言権を増させるのはどうかしら?」

 私は彼へそう提案した。

「ほう」と興味深そうにするヒトラー。

「軍部の発言権が増せばいずれ摂政を排除するためのクーデターが起きるわ。その時に何人か現地民を私たちの手で殺して反体制派の仕業に見せかける。そして逃げてきた摂政を『偶然』現地にいた大使が保護する」

 私は口角を吊り上げて笑う。

「大義名分はこれで十分じゃないかしら?」

 私の提案を聞いてヒトラーは「外道だな」と顔をしかめた。

「そうでもないと生き残れないわよ」

 私の言葉にヒトラーは目を閉じ思案にふけっているようだ。

 そして、何か頷くようなそぶりを見せ、私にいくつかの質問を投げかけてきた。

「どうやって、軍部の発言権を増させる?」

「新聞を使うのが現実的ね」

 私はそう提案した。

「まず、現地新聞に偽装した号外でカミラ王女を救出したのは実はユーゴスラビア軍とイギリス軍の合同部隊であると報じさせるわ」

「ふむ」

 彼は顎に手を当て興味深そうに私の話を聞く。

「次にイギリスから私達は撤退するわ、なるべくゆっくり。そしてまたユーゴスラビアの現地紙でこう報じさせる。『カミラ王女の功績によりイギリスは勝利した。ドイツは弱体で摂政は間違っている』と」

 私の言葉を聞きヒトラーは満足そうに頷く。

「あとは向こうが勝手に動くわ」

 私はそう閉じた。

 ヒトラーは私に拍手を送り、「素晴らしい」と笑った。

「すぐに計画の立案へ移る。君の部隊は使えたかね?」

 彼はすぐに立ち上がるとそう私に尋ねてきた。

 それに私は満面の笑みで答えるとしよう。

「いつでも命じられるがままの戦果を」

「よろしい」

 彼は私の問いを聞くとそう返した。

 そして私たちはこう口をそろえた。


「ドイツに栄光あれ」


 数週間後、デンマークから完全に撤退したイギリス軍が本土での反撃を始め、ドイツ軍は撤退を開始。

 1週間としないうちにプリマス近郊にまで前線は後退し、ヒトラーは総退却を命令。

 しかしながらイギリス軍は植民地にあった艦隊のほとんどを本土に集中。

 保有戦力の約8割がイギリス本土各地に集結し海上封鎖を実施。

 戦艦8隻をはじめ巡洋戦艦3隻、空母5隻、巡洋艦50隻余、駆逐艦140隻以上の大艦隊であった。

 対するドイツ軍は海軍のすべてをプリマス近海へと派遣。

 戦艦4隻、装甲艦3隻、巡洋艦8隻、駆逐艦40隻弱の艦隊であり、イギリスの海軍に立ち向かった。

 1941年1月20日。

 イギリス海軍戦艦2隻を主力とする小部隊とドイツ海軍が接敵。

 多数の輸送船を引き連れた艦隊は身動きを獲れず軽快な機動を取るイギリス海軍に翻弄される。

 この戦闘でドイツ海軍は3隻の戦艦と2隻の巡洋艦、15隻の駆逐艦を失いながらもイギリスの戦艦2隻と巡洋艦3隻、駆逐艦13隻を撃沈し、撤退を成功させた。

 これの影ではドイツ空軍と潜水艦部隊の尽力があり、彼らの活躍があり、イギリス軍の援軍が大幅に遅れることとなったのも撤退成功の遠因となった。

 しかしながらドイツは生き残った艦艇も大幅な被害を受け、以後大規模な艦隊決戦は3年間行われず、通商破壊に徹することとなった。

 また、派遣していた20個師団のうち16個の師団は脱出に成功したものの、4個師団については現地で遅滞戦闘を実施し、主力が撤退したのを確認するとすべてが降伏した。

 結果として戦術的にはドイツは何も得るものなくイギリス本土から撤退し、無駄な血が流れるだけとなった。

 イギリス陸海軍はこれにより勢力を盛り返すかに見えたが、集結した海軍の再編と再配置に時間がかかり最低でも1年は攻勢に出れないと思われる。

 空軍だけが健在であり、すぐさま再編を完了し旧フランスのドイツ軍支配地域への航空戦を展開しているが戦果はあまり上がっていないようだ。

 ドイツは海軍の壊滅と陸軍4個師団の消失と引き換えにイギリスの軍事力を麻痺させることに成功し、戦略的に勝利したと言える。

 以後、イギリスの反抗が開始されるまでドイツはその戦力を東方へとむけることとなるだろう。


「存外うまく行ったんじゃないかしら」

 私は前線からの報告を受け取りながらそう呟いた。

「だな」

 それに応えるのはヒトラー。

 彼の顔は憔悴しきっている。

 どうやら日夜もたらされる戦況報告に心を痛めていたようだ。

「で、ユーゴスラビアはどうかしら?」

 私の問いに彼は溜息を吐いて「驚くほど順調だよ」と笑った。

 彼曰く工作なんてしなくても勝手にクーデターが起きたのではないかと思うほどであるという。

「軍の再配置は終わっているのかしら?」

 私が確認を取ると軍の配置が記された紙が渡された。

「流石ね」

「君の部隊はユーゴスラビア侵攻には従事しないはずだ」

 ヒトラーがそう憎まれ口をたたく。

 私はそれに「解っているわよ」と不貞腐れる。

 そう、ユーゴスラビアへの侵攻では私の部隊は出番がない。

 それどころか、ウィーン近郊からバルトニア国境にまで駐屯地が移動されてしまった。

「私、何かミスをしたかしら?」

 そういってとぼける。

 ヒトラーは「信頼しているからこその配置だ」と笑った。

「ユーゴスラビアへの侵攻なんて前菜に過ぎないものね」

 私はそう返す。

 そしてヒトラーは一枚の紙を手渡した。

『対ソビエト攻勢作戦概要』確かにそう記されていた。

 私にそれを手渡したヒトラーは含み笑いと共に私へこう告げた。


「5月を目安にソビエトと開戦する」と。

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