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22話

「なっ……」

 まさか。ジャスパーはその言葉を呑み込んだ。

「2個連隊に対して敵の規模は僅か1個大隊と3個中隊ですよ? そんなことが――」

 どうやらジャスパーの疑問はアレックス大佐も抱いていたようだ。

 そう、あまりにも戦力差がありすぎる。

「神が、そうおっしゃっておられるんですの」

 王女はただ、空を見つめてそう断言した。

「また、神ですか」

「えぇ。神は私に天啓を授けてくだるのよ」

 ジャスパーはあきれ果てた。

 敵があのリューイ・ルーカスであろうとそんな大胆なことをするだろうか?

 そもそも彼女が突撃をかけるのはある程度の戦力差があるときだ。

 今回のように極めて劣勢の場合、そのようなことは――。

「――いや。あの野良犬ならありうるやもしれませんな」

 アレックス大佐は何かを思い出したかのように小さく言った。

 そう、バルトニアとソビエトの戦いで数個師団を有する軍団に対し、野良犬率いる第1旅団は司令部強襲を仕掛けたのだ。

 惜しくも失敗してしまったが、いくつかの部隊を壊滅させたその働きはまさに鬼神の如き戦いぶりであったと伝えられている。

「えぇ、そうですわ。全部隊に警戒用意を発令いたしますわ」

 カミラ王女の命令に二人は顔を引き締めて「了解」と応えると、自らの持ち場に戻っていった。

「神よ、御慈悲に感謝いたしますわ」



「全車、全速前進。全力で森を駆け抜けるわよ」

 私の命令に全車両が行動で応えた。

「第1自動車化中隊、右翼へ展開」

 まっすぐ縦に並んで行軍するわが部隊から第1自動車化中隊の装甲車が離れていく。

 自動車化中隊といっても彼らはハーフトラックという2輪のタイヤと2本のキャタピラで走行する装甲車で武装している。

 悪路走破性能は戦車に勝るとも劣らない。

「弾薬使用制限解除。全力で敵を打ち滅ぼすのよ」

 私の命令は全軍へと伝えられた。

「第1自動車化中隊、敵騎兵大隊と交戦」

 どうやら森の中から騎兵大隊が攻撃を仕掛けてきたようだ。

「全軍、右翼へ展開するわよ」

 敵が攻撃を仕掛けてきた地点へ戦力を集中させる。

「ロレンス少佐。後は任せるわ」

 私はそう彼に命じる。

 彼は現在自動車化中隊の第1中隊長と同じ車両に乗っている。

 彼になら背後を任せてもいいだろう。

「戦車中隊は私に続きなさい!」

 それに続く10両の戦車。

 本当は17両なのだが2両は橋で撃破され、6両は先ほどの攻撃で撃破されてしまった。

 現在私はリマイナの車両に同乗している。

 本来車長であったはずのリマイナは操縦席へと移り、操縦員だった兵はほかの欠員が出た車両へと移動させた。

「久しぶりね、リマイナ」

 私は車長席から足元にいるリマイナへと笑いかけた。

 こうして、彼女と同じ車両に乗るのは何年ぶりだろうか。

 とても懐かしく感じる。

「気にせずに蹴り飛ばしていいから」

「最近は男の背中ばっかり蹴っていたから加減がわからないけどいいかしら?」

 車長から操縦手への命令伝達は基本的に足によって行われる。

 何度蹴ったらどう動かすというのを事前の訓練で定めておくのだ。

 ただ、最近は書類仕事が多く基本的に口頭で命令を伝達していた。

 しかし、リマイナならできる。

 私の言葉にリマイナは噴き出した。

「むかしから加減なんてないじゃん」と。

 私はあっけにとられるとともに大笑いした。

「それもそうね」

 さて、そろそろ行こうか。

「リマイナ、行くわよ」

「いつでもどうぞ」

 私は砲塔から身を乗り出して声高に宣言する。


「全軍! 全速前進! あの王女の首を獲りに行くわよ!」


 私の宣言と共に戦車中隊は大きく東へ迂回し、後方へと浸透した。

 イェルバードンの市街地南方には広大な森が広がっていたものの、それを抜けると広大な平野が広がっていた。

 突如、畑の納屋から複数の砲による攻撃を受けるものの、第3小隊が前面に展開し煙幕を展張。

 敵が混乱している隙に接近し砲撃にて撃破した。

「負傷兵はいずれ回収するわ! 今は前だけを睨みなさい!」

 3門の砲を破壊した。

 しかしながらこちらの被害もあった。

 私の車両含め残った11両の戦車のうち2両をこの戦闘で失った。

 残り、9両。

 うち5両を私の配下である第1小隊へ。

 残り4両を第2小隊としてヴェゼモアに指揮を任せた。

 被害は決して少なくない。

「あとでヒトラーに小言を言われそうね」

 私はそう呟き憂鬱な気分になった。

「旅団長、海蛇大隊と自動車化中隊はなんとか攻勢を維持していますが損害が多く――」

「言わずともわかっているわ」

 敵の主力をくぎ付けにするために彼らには無理攻めを強要した。

 仮に彼らが全滅しようとここでカミラ王女を捕らえることができればそれだけでプラスとなる。

「……旅団長」

 脳ではわかっていても、苦しいな。

 これが指揮官の苦労かと胸に手を当てて死にゆく者たちへと懺悔した。

「右より2個騎兵大隊!」

 誰かが叫んだ。

 2個騎兵大隊、そんなにも予備を用意していたのか。

 私は驚きつつもヴェゼモアの方を見た。

 彼は無言でうなずく。

「第2小隊! 右転。2個騎兵大隊を相手に見事戦ってみせようぞ!」

 信頼に足る、副官だ。

「中佐、帰ったら一杯頼みますよ」

「もちろんよ」

 私は視線を合わせずに答えた。

 そして、腰から1振りの軍刀を取り出し、彼へと投げて渡した。

「極東からもらった大事な軍刀よ。必ず返しなさい」

 私がそういうと彼は嬉しそうに笑い「もちろんですとも」と言い、戦車を敵へとむけた。

 敵に向かって行く彼らに私は、「死ぬんじゃないわよ」と小さく呟くことしかできなかった。

「……全速、前進よ。エンジンが火を吐くまで回転数を上げなさい」

 一刻も早く、カミラ王女を捕らえる。

 それが勝利への最適解だ。

 ここで犠牲を惜しんで彼女を逃せばより多くの血がこのイギリス本土で流れる。

 なんとしても避けねば。

 胸に深く誓った。

 私率いる5両の戦車は市街地へと突入した。

 直後、最後尾で行軍していた車両が爆ぜた。

「左30度、弾種榴弾!」

 私の叫びに砲手と装填手が素早く応える。

 流石はリマイナ直属の搭乗員だ。

 全ての動作が素早い。

「撃て!」

 私の命令と共に砲手が引き金を引く。

 周囲を震わせるその衝撃と共に放たれた砲弾が敵の砲を吹き飛ばす。

 ひどく簡素な隠蔽だと敵を憐れむ。

 橋で攻撃を受けた時はもっと手が込んでいた。

 まさか?!

「今ですわ!」

 少女の声。

 否、カミラ王女の声が聞こえた。

 その瞬間、独特な射撃音があたりに響く。

(対戦車擲弾?!)

 それは小銃の先端に擲弾を付けて発射するという奇妙な兵器であった。

「総員退避!」

 私はそう叫ぶと戦車から飛び降りた。

 恐らく射点は右斜め後方にあった二階建ての窓が多い家。

 特に気にも留めていなかったそれだが、上から打ち下ろせるのはそこしかない。

 直後、爆ぜる戦車。

「こっちへ来なさい!」

 私は近くの家へ駆けこむとそう叫んだ。

 何人かの兵が脱出していたのは確認した。

「リューイ! 大丈夫?」

 その中にはリマイナも含まれていたようだ。

「えぇ、大丈夫よ」と息を切らしながら答えると彼女は「よかったぁ……」と見るからに安心していた。

 しかし困った。

 これで私の配下にいる戦車はすべて撃破されてしまった。

 手元にあるのもなんとか持ち出せた短機関銃が1丁。

 弾は……30発。

「リマイナ、武器は?」

 彼女は首を振ってこたえる。

 私は腰から拳銃を抜き、彼女へと投げて渡した。

「使いなさい」

 どうせ、短機関銃があるんだから、これで十分だ。

 あたりを見渡しても彼女以外に味方はいないようだ。

 何人かの脱出は確認したが、どうやら見間違いだったようだ。

「……リューイ」

 心配そうにこちらを見つめるリマイナ。

 私はそれに微笑んだ。

 万事休す。か。

 私は死すら覚悟した。

「そこにいるのは分かっていましてよ」

 突然外から声が聞こえた。

 無言でリマイナと意思を疎通させると即座にそれぞれ物陰に隠れた。

「王女殿下、危ないですよ」

「ここで死ぬのならそれが天命でしてよ」

 外から男と女の声が聞こえた。

 王女、まさかカミラ王女か。

 何たる好機。

「絶対にここですわ」

「へいへい」

 外から声が聞こえてくる。

 どうやら入ってくるようだ。

「どうせここにはいませんよ」

 そう男が扉をあけながらスモークグレネードを投げてきた。

 いや、ガスか?

 私は即座に口を塞ぎ、目をつむる。

 催涙ガスかもしれない。

 そう暗黒のなかで考えているとバタリと何かが倒れる音がした。

(! リマイナ!)

 私は咄嗟にそれがリマイナの物であると解った。

「やっぱりネズミがいましたわ」

「素晴らしい勘でありますな」

 声が中へと入ってきた。

 すでにガスは晴れたのだろう。

 私は目を開け、物陰から相手の様子を伺う。

 茶色がかった黒色の髪を持つ男と、背が小さい金髪の少女。

 少女はカミラ王女だとすぐに分かった。

 だが、男の方はなんだ?

 いや、気にする暇はない。

 奴らは床に倒れ伏したリマイナを見つけ出し、うつぶせになった彼女を起こそうとしている。

「まさか女――」 

 カミラ王女がそう言いかけた瞬間、銃床で彼女の後頭部を殴りつける。

「王女殿下?!」

 予想外の奇襲に男は驚きの声を上げた。

 すぐさま銃口を男へ向ける。

 しかし、私の額に拳銃が突きつけられた。

「野良犬か!」

 男が怒鳴る。

 どうやら私のことを知っているらしい。

「誰のことかしら。今の私はドイツ陸軍中佐よ」

 今の私はドイツ軍人だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

「しかし困ったものね、このままじゃぁ埒が明かないわ」

「今に見ていろ、すぐに俺の部下が来る」

 銃口を突きつけあいながら言葉を交わす。

「それはこわい」

 そう笑って茶化すと横合いから声が聞こえた。

「でも、私たちのほうが早いかな」

 起き上がってきたのはリマイナだった。

 彼女はカミラ王女に拳銃を突きつけるとこう笑った。


「形勢逆転だね」

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