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19話

「カミラ……ローズ?」

 私はその名前に聞き覚えがなかった。 

 ローズというのは恐らくマーガレット王女の姓。

 だが、カミラという名の王女は私の記憶にはなかった。

 この世界独特の王女か、若しくは――


 ――転生者か?


「ここで失礼させていただきますわ」 

 私が思案する中、カミラ王女はそう言って走り去っていった。

 多くの兵が茫然としていた。

「旅団長、追いますか?」

 ヴェゼモアが冷静に尋ねてきた。

 私はそれにフッと笑うと「追いつけるはずがないじゃない」と笑う。

 まさか、近代化した歩兵に単騎で突入する王女がいるとは。

 私は自らの興奮を抑えられずにいた。

 アレックス・フォードとの戦いも随分と愉快なものであったが、それ以上に心躍らせる戦いができそうだ。

「諸君、敵を殲滅しなさい。敵は指揮官を失ったわ」

 敵の指揮所を潰したのは事実で、敵の統率は取れなくなると判断してのことであった。

「絶対に逃がさないわよ」

 私はそう笑った。



「さて、連隊長」

 駆ける騎馬の上でカミラ王女はアレックス大佐にそう語りかけた。

「先任は貴男なのだけれど、私に指揮を任せていただけるかしら?」

 あくまで彼女は軍規を尊重してアレックス大佐にそう尋ねた。

 彼女は王女であると同時にイギリス軍人であるのだ。

 たとえ王族であろうと軍務にあっては上官の命令を聞かねばならない。

「えぇ。もちろんですとも」

 アレックス大佐はそんな王女に驚きつつもそういった。

「だ、そうよ」

 彼女が前を睨みながらそう呟くと、何処からともなくジャスパーが現れた。

 アレックス大佐は見知らぬ彼を訝しむとともに胸元に付けられた職章を見て驚いていた。 

「イギリス安全保障調整局?!」

「あぁ。どうもこんにちは」

 アレックス大佐の驚きの声をなんともないといったように彼は受け流すと、「すぐに救援へ迎え」と無線機に向かって話し始めた。

 どうやら撤退するらしい。

 しかし、どうやって?

「王女殿下――」

「カミラ大佐でいいわ」

 アレックス大佐が口を開こうとした瞬間、彼女はそう言って遮った。

「……カミラ大佐。我々の後方は運河ですが?」

 プリマスには港を縦貫するように運河が流れている。

 我々第224連隊がいるのはその西岸。

 それもとても端に追いやられている。

 どうやって撤退するというのだろうか。

「近衛騎兵連隊をなめないでくださる?」

 彼女は振り返りそう笑った。


「これは……!」

 彼が埠頭にたどり着くと数隻の渡し船がそこにはあった。

 しかし、敵が上陸してきた際には民間人はほとんど避難したはず。

 一体だれがこれを――?

「近衛騎兵ならこの程度の小舟、軽く扱って見せますわ


 そういってカミラ王女は笑うが、そんな馬鹿なことがあるかとアレックス大佐は驚いていた。

「当然のことでしてよ?」

 アレックス大佐に背を向けて渡し船を見つめていたカミラ王女が振り返って彼に尋ねる。

 だが、その口角は不敵に釣りあがっており、どこかあのリューイ・ルーカスのような印象を抱いた。

「い、いえ。何でもございません」

 アレックス大佐は目線をそらしてそう答えるしかなかった。 

 底知れぬ潜在的な闇を彼女からは感じる。

「すぐに撤退の準備を――」

「ジャスパー大尉がすでに行動していますわ」

 アレックス大佐はその場から離れようとそう口を開いたものの、カミラ王女によって遮られてしまった。

「ここで、兵の帰還をまちましょう?」

 ね? とまるで赤子でもあやすかのようにカミラ王女はアレックス大佐に声をかけた。

 

 それから十数分後に見事カミラ王女率いる近衛騎兵連隊は第224連隊を回収し、埠頭へと帰還。

 そのまま渡し船を数度往復させ対岸へと後退していった。



「中佐、すいません。取り逃してしまいました」

 ロレンス少佐に追撃を命じたものの、捕捉できずに逃げられてしまったらしい。

「かまわないわ。埠頭の確保には成功したのよ」

 私はそれに微笑んで応える。

 むしろ彼はよくやった。

 敵に防衛線を立て直させることなく撤退させたのだ。

 これだけで充分な戦果と言える。

「海上にいるフリースナー少将に電報を。『トアポイントの埠頭を確保セリ』と」

 そばにいた通信兵は「了解致しました」と応えると通信所へと戻っていった。

 一応、第1旅団に命じられた任務はこれで終了した。

 以降は独立部隊としての行動が許可されている。

 帰還するもよし。このまま少将とともに進撃するもよし。

 すぐに会場の少将から返答があった。

「『了解した。すぐに2個海兵連隊を送る』だそうです」

 これで、敵との戦力差はひっくり返る。

 すぐにプリマス全域が陥落することになるだろう。

「了解、わが隊はすぐに敵を追撃する」

 私はそう答えた。

 ここで退くには勿体ない相手だ。

 わざわざ王女様が出てきているんだ。

 戦わなくてどうする。


「海蛇大隊はこのまま渡河して敵を追撃。自動車化中隊と戦車中隊は私の指揮のもと、運河の北にある橋から渡河して敵を挟み込むわ」

 私は再編成を終えた第1旅団の各部隊長を前にそう告げた。

「敵は2個連隊です。勝算はあるのですか?」

 ヴェゼモアがそう尋ねてきた。

 答えを知っているくせに尋ねてくるのだから、私も自慢げに言いたくなってしまうじゃないか。

「敵が都市部でこちらと戦うのなら包囲して海兵連隊の増援を待てばいいのよ。郊外に出て撤退を続けるのなら速度で勝る私達が蹂躙するだけよ」

 私はそう宣言した後に「異議はあるかしら?」と尋ねた。

 誰も異議を唱えることはなかった。 

「では諸君! 行動を開始したまえ!」

「ハッ!」



「カミラ大佐。敵は渡河して追撃してくるようです」

 ジャスパーはカミラ王女にそう伝えると彼女は不敵に笑った。

「予想通り、ですわね」

 彼女の言葉にジャスパーは「えぇ」と笑った。

 カミラ王女は敵が追撃してくることを予想し224連隊をすでに移動させている。

 すでにプリマスの都市部には第4近衛騎兵連隊しか残っていない。

「わたくしたちも退きますわよ」

 カミラ王女がそういうと、ジャスパーは「承知いたしました」と答え、直属の兵をかき集め伝令として各大隊のところへ走らせた。

「さて、王女殿下。いかがなさるんですか?」

 ジャスパーの問いにカミラ王女は口角を吊り上げて笑う。


「野良犬狩りですわ」



「周囲に注意しながら進みなさい」

 私は無線機に向かって話しながら操縦手に指示を出し続ける。

 部隊は北の橋で渡河中であり、最も攻撃に晒されやすい。

 直前に自動車化中隊に属する工兵に調査させた結果、高性能爆薬が発見された。

 確実に敵の待ち伏せがあるだろう。

 現在は戦車中隊が先頭を進んでいる。

 私は戦車中隊の最後尾で後方の自動車化中隊と連絡を取りながら前進している。 

 直後、先頭の車両が吹き飛ぶ。

「右よ!」

 私は咄嗟に叫ぶ。

 全ての車両の車長が右へ視線を移す。

 咄嗟に1両が発砲すると何両かがそれに続いた。

「先頭車両の乗員を回収しなさい」

 私がそう、静かに命じた。

 全員が弛緩していた。


 直後、左側面からの攻撃を受け、最後尾にいた私の車両が被弾した。

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