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8話

 喉元に短剣を突きつけられている状態で、それをいなしつつ敵の首を狩りに行くというのは随分と大胆で無謀に思われるかもしれないが、案外有効な手立てであったりもする。

 と言うのも、相手はもう首を取ったも同然と油断し、こちらは死に物狂いで敵を殺しに行くからである。

「で? 我々に何をしろと?」

 私がヴェゼモア尋ねた。

「ダンケルクでの海上機動を再び披露し、プリマスを陥落させよとのことです」

 プリマス。それはイギリス本島にある軍港の名前であった。

 イギリスの本島は上から見れば二等辺三角形のような形をしている。

 プリマスはその左下の角のあたりにある軍港である。

「作戦投入戦力は?」

 私が尋ねるとヴェゼモアは一度書類に視線を落としてから私の問いに答える。

「第1旅団を先鋒に2個海兵連隊。中衛に3個歩兵師団、主力として5個歩兵師団と3個機甲師団、後衛には5個の歩兵師団ですね」

「海上戦力は?」

「新戦艦ビスマルクを主力にリュッツォウ、グラーフシュペー。ライプツィヒ・ニュルンベルク。及び多数の駆逐艦ですね」

 予想外の戦力に私は驚愕した。

 どうやら本気でイギリスを屈服させに行くらしい。

「イギリス海軍に阻害されるのでは?」

 私がそう問うと、ヴェゼモアはそれを否定してこう続けた。

「どうやら、ハンブルクと本島の補給路に全潜水艦群を投入して阻害しているようでして。敵はそれの排除に夢中になって大西洋は手薄になっているようなんですよ」

 戦力集中の原則を逆手に取ったのかと私は感心する。

 ランチェスターの原則を生み出したイギリスのことだ、士官学校時代から戦力集中の重要さについて説かれているだろう。

「旅団内に第1種行軍用意を発令。すぐにブレストへと向かうわよ」

 私はそう命令するとヴェゼモアから書類仕事の引継ぎを受け、それへの対処に一日を費やした。


 部隊が行動を開始したのはそれから二日後のことであった。

 わが部隊自体は命令発令当日には移動準備を完了させたものの、他部隊の準備が整わず二日間の遅れを余儀なくされた。

 作戦には担当戦域のなくなったA軍集団が割り当てられ、デンマリアの敵軍に関してはB軍集団が対応している。

 イギリスの推定師団数は40個。

 そのうちの12個がデンマーク。

 7個がアフリアにてイタリアと対峙。

 3個が中東で現地勢力への備え。

 8個が東南アジアなどの極東戦力。

 そしてつい半年ほど前5個師団がダンケルクで重火器類を放棄し撤退した。

 要は敵の本土戦力は10個師団。しかもそのうちの半数が重火器類を有さない状態である。

 なんだ、案外余裕じゃないか。

 8月末には全部隊が集結を完了し、作戦開始日を待ちわびる状態となった。

 デンマークに上陸した敵部隊はというと補給物資の不足により進撃速度は低下しているものの、順調に北進と南進を続けており、数週間のうちに北欧が解放されるであろう。

 敵は今、度重なる戦勝に浮足立っている。

 ならば今こそ、敵の足元を掬いねじ伏せ、首を切り落としてしまおうぞ。



 224連隊のアレックス・フォード大佐は焦っていた。

 度重なる派遣地での敗北と損失。

 これにより上層部からの評価を大きく下げてしまい連隊共々僻地へと左遷されてしまった。

 左遷先はプリマス。

 現在反抗作戦を行っている方面とは反対側の西にある中規模な港湾都市だ。

 少し東にいったポーツマスという都市には日夜ドイツからの空襲や空挺部隊による嫌がらせが続いているが、この都市はそういうわけでもない。

 時折、我が国のフリゲートやコルベットが入港する程度で、それも数日たつとどこかへ向けて出港していってしまう。

 つまりは大戦のさなかにありながら、大戦とは遠く離れた都市であるのだ。

 私はそんな街で次々と戦果を挙げていく同期達を羨望の眼差しで見ていた。

 OO市を占領しただの、云百人を捕虜にしただの。

 数倍の兵力差をものともせず前進しているだの。

 耳を疑いたくなるような戦果を挙げながら、彼らはエリート街道を突き進んでいる。

 それに対して私はどうだろうか。

 何一つ戦果を挙げることなく各地で敗戦を重ねた。

 決して部下が無能というわけでもない。

 むしろ私の配下にいる兵はすべてが精兵であると自信を持って言える。

 だからこそ、彼らに戦果を与えてやりたい。

 名誉ある勝利を与えてやりたいのだ。



1940年9月1日。

 遂にアシカ作戦の開始が下令された。

 各部隊は貨物船に乗船し順次港を出発する。

 まずはわが第1旅団と先鋒の二個海兵連隊とその補給物資。

 それらを満載し10隻の貨物船と十数隻の護衛艦隊は港を先発した。

 これらの部隊を指揮するのは艦隊司令官のレーダー提督。

 また、陸軍部隊の指揮はヨハネス・フリースナー少将が就任した。

 彼は今まで教育総監であり、先月に少将へ昇進し此度の人事となった。

 そんな彼と私はなぜか同じ船に乗せられている。

「中佐。先鋒は君に任せようと思うが大丈夫かい?」

 今まであってきたどの大人よりも優しい物腰であった。

「君のような淑女を戦地に送ってしまうとはとても心苦しい」

 などと私に言ってきた。

 あぁ。久々にまともな人間にあった気がする。

 思えば前の上司は私を駒か何かかと勘違いしていた気がする。

 自分は敵主力とやりあい、その残党はすべて私に任せる。

 死に物狂いの残党が襲ってきたと報告すれば「頑張り給え」などと笑いながら返してきたのだ。

「私は国家の尖兵たる機甲旅団の指揮官であります。ゆえに命は国家に預けております故」

 私は古風な物言いでそういう。

 本来なら行きたくないと泣き叫んでもいいのだが、それでは恰好が付かない。

 私が自信を持って戦えるのは史実にあった戦いだけ。

 この戦いがどうなるかなど皆目見当がつかない。

「……わかった。貴官の健闘を祈る。出撃せよ」

 ヨハネス少将は声音を変えてそういった。

 リマイナからもらった金色の時計を見れば時刻は0745時。

「身命を賭して尽くしてまいります」

 そう言って見事な敬礼をする。

 私の背後に十数万の兵が続くのだ。

 たった千人程度のわが旅団に世界の命運が託されている。

 その事実を私はよく理解していなかった。


 0750。出撃まであと10分。

 私は乗船している貨物船の船橋へと昇り、通信機を手に取る。

「諸君。第1旅団の諸君」

 配下の部隊へと語りかける。

「慣れぬ土地で、慣れぬ戦。故郷は遠く家族はいない」

 部隊の窮状を語る。

 士気が下がる? まさか。

 わが部隊はバルトニアの尖兵であり銃剣なのだ。

「もし、死にたもう時。貴官らの遺骨が拾われることはないだろう。本国の民がそれを知ることも、無いだろう」

 表向きには我々は逃亡したことになっている。

 私は死んだことになっている。

 故に、ここで活躍しようと、死のうと、本国ではなにも報じられない。

「しかし、我々の屍の上をバルトニアの民が歩む。我々の亡骸の上に、我等が祖国の繁栄が成り立つ」

 私は声音を落とす。

 優しく語りかけるのだ。

「生きて末代までの栄誉とし! 死して末代までの誉れとせよ!」

 突然声を張り上げる。

「今こそ悪辣なるイギリスの終焉である! 世界各地で傍若無人なふるまいをする死にぞこないの老人に引導を渡してやれ!」

 先の大戦以降、イギリスは没落の一途を辿るものの、未だ滅亡には至っていない。

 なればこそ、我々が引導を渡してやろうではないか。

「諸君! 今ここにゼーレーヴェ(アシカ)作戦の第1段階開始を宣言する! 海を駆けよ!!」

 私が叫ぶと横を並走していた貨物船の船尾ハッチが開き、中から海蛇大隊の水陸両用艇が発進する。

 あれはこの作戦のために特別に改良された船で、貨物船に偽装してこそいるが、本当はドイツ所属の輸送船である。

「ロレンス少佐……頼んだわよ」

 私は港へ突き進んでいく海蛇大隊を見送りながらそう呟いた。



「出撃用意!」


 リューイ中佐殿の号令に合わせ俺はそう叫ぶ。

 艦内でサイレンが鳴り響き、眼前のハッチが開かれていく。

 薄暗い船倉にだんだんと光が差し込んでくる。

 美しい。ふとそう思った。

 すぐに軍帽を目深に被り自戒する。

 まだ、ここで死ぬわけじゃない。

 この朝日はまだ見ていられるはずだ。と。

 ハッチが完全に開いた。

 俺はそれを確認すると号令を発した。

「全艇発進!」

 そう叫ぶと同時に俺は操縦手に前進を命じ、大海原へと飛び出す。

 海へ躍り出た我々を襲ったのは慣れぬ揺れ。

 ダンケルクの際に初めて海に出て実戦をしたが、その時の比ではない。

 海の恐ろしさを久しぶりに実感した。

 だが、腐っても配下の部下たちは元海軍所属の軍人ばかり。

 この揺れに恐ろしさを感じるどころか懐かしさすら感じているだろう。

 その証拠に彼らの口角は吊り上がり、余裕の笑みをしていた。

 ハッチから顔を出し、隣の船の船橋を見上げると銀色の髪をなびかせる中佐殿がウイングに出てこちらに敬礼をしていた。

 俺はそれに敬礼で返すと、彼女は少し微笑んだように見えた。

 彼女を見届けると車内に潜り込む。

 そして、搭乗員に決意と共に語りかけた。

「中佐殿が戦わずに済む世界にしたいものだな」と。


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