7話
感動の再会、というには少し淡泊であった。
だが、私からはリマイナは十分動揺しているように見えた。
「久しぶりにロフィーネの淹れた紅茶が飲みたい」
居間につくなり、リマイナはそんなことを言い出した。
てっきり借りてきた猫のように静かになると思っていたものだから、リラックスできているようで安心した。
それにしても、母の淹れた紅茶は美味しかっただろうか?
いや、そういうわけではないらしい。
「物好きですねぇ」
「それで育ったから」
母は呆れるように笑うと「かしこまりました」と恭しく礼をすると台所へ向かった。
「ねぇ、仕事中の母はどんな感じなのかしら?」
私がリマイナに尋ねた。
普段の母と言えば正直言って女性らしさはない。
釣りやキャンプ、狩りなど、気が付けばどこか外に出かけている。
そんな母が恐慌の折とはいえ貴族のメイドになるといった時、私と父は気でも狂ったのではないかと思った。
「私の母替わりになってくれてた」
リマイナは私の問いに迷わず答えた。
あぁ、そういえばリマイナは両親と仲が悪いんだった。
「ほう。あのロフィーネがか。少々意外だな」
リマイナの言葉に反応したのは私ではなく父だった。
「はい。でも料理なんかは全然で……。でもたまに作ってくれるサンドイッチがすごく温かくておいしかったんです」
リマイナは昔を思い出すようにつぶやく。
なんだ、ちゃんと仕事をこなしているじゃないか。
私は改めて母を尊敬した。
母はやはり母であった。
私にとっての母は反面教師であり、模範であった。
周りにいる女性たちはどこか一歩引いて男性と話すのに対し、母は物怖じせずに父と話す。
時に父がその理論でねじ伏せられることもあり、その逆も然り。
つまり父母は対等な関係で、私からすれば父親が二人いるような気さえしていた。
「お嬢様、紅茶です」
「…………」
リマイナは差し出された紅茶を受け取らずに母を見つめていた。
「リマイナ」
「はい?」
リマイナが少し不貞腐れたようにそう言うと、母は不思議そうな顔をした。
どうやら、母にリマイナと呼んで欲しいらしい。
「……リマイナ。紅茶よ」
すこしバツが悪そうに母がそう言い直すと、リマイナは満面の笑顔でそれを受け取った。
もう20前後だというのに彼女の笑顔はどこかまだ若々しさがある。
そして、紅茶を口に含み飲み込むとリマイナは
「やっぱ、美味しくないね」と笑った。
それを聞いて少し悲しそうな顔をする母であったが、リマイナはこう続けた。
「でも、温かい」
親の愛を知らないが故の儚さだった。
それからしばらく他愛もない雑談をし、夕日が間もなく沈むだろうかという頃、私たちは食事に出かけた。
山に少し入ったところにある静かな店で静かなひと時を過ごした。
「ねぇ、リマイナ?」
私たちはコテージに出て夜風に当たっていた。
リマイナは星を見上げながら、「なぁに?」と問い返した。
「貴女は何のために戦うのかしら?」
こんな静かな時に聞くのは無粋だと思う。
だが、今聞いておきたかった。
「リューイのため」
少しは悩むだろうと思っていた私は予想外の返答の早さに驚いた。
「……自分の為でもなく、家族の為でもなく?」
「うん。リューイのために私は命をなげうって戦ってる」
リマイナは視線をこちらに移して見つめてきた。
どうやら迷いはなさそうだ。
「……なら、これからは私の姉として戦って欲しいの」
「えっ?」
私の言葉にリマイナは間抜けな声を上げた。
「簡単に言えば私の家に養子として入るってことよ」
対外的に今のルーカス家は子がいない。
しかもどうやらルーカス家というのはルイ家の遠い分家であるらしい。
これについては母が調べてくれたのだが、それまで私たちは知らなかった。
分家が本家から養子をとるというのは少し異質だが、無いというわけでもない。
ましてやそれが本家から疎まれているともなればなおさら都合がよかった。
というのは、建前に過ぎない。
リマイナは今私のために戦っている。
ならば、私が欠けたら彼女はどうするだろうか。
恐らく私の後を追うだろう。
それだけはいけない。
彼女には生きてもらわなければならない。
「……父上は了承しているの?」
「えぇ。厄介払いができるならと喜んでいたそうよ」
胸糞が悪くなる話しだ。
娘を厄介払いとは、万死に値する。
「リューイのお父様は?」
「可愛い娘が二人になることに異議を唱える父親なんていない。と言ってたわね」
リマイナの問いに私が答えると、くふ。と小さくリマイナが笑った。
「ねぇ。リューイ」
そこでふっと目を閉じてリマイナが私に語り掛けてきた。
月の光に照らされた表情はとても穏やかで、なにかの彫刻のような気さえした。
「狙いは、なに?」
スッと目を開けたリマイナはまっすぐな瞳でこちらを見つめた。
やっぱり、リマイナも優秀だ。
ヴェゼモアや私に隠れて上司たちからは平凡な常識人という評価が下されがちな彼女だが、彼女の優秀さの本質はそこにない。
軍人としての有能さではなく人間としての有能さがある。
幼くから親の表面上に張り付けただけの建前を聞かされ続けた彼女にとって、人の本質や何か裏があることを察知する能力はずば抜けて高いのだろう。
「隠さないで」
私は一瞬悩み、嘘をつこうとした。
だが、目線を外した一瞬の動作でそれを看破された。
「家族を預けられるのは貴女しかいないのよ」
私は嘘で取り繕うのをあきらめ、そう言った。
すると彼女は溜息を吐いて笑った。
「素直じゃない妹だね」と。
帰りの列車。
夜遅くにバルトニアを発し、昼頃にはドイツの首都にたどり着く。
隣にはリマイナ・ルーカスと名前を変えたリマイナが寝息を立てていた。
私が死んだあと、リマイナに私の家族を預けなければならない。
死ぬことが前提なのはおかしいとリマイナに諫められるかもしれないが、ここまで上り詰めた以上、負けた時にどんな扱いを受けるかわかったものではない。
ヒトラーやウルマニスに親しく、旅団の指揮を執り国内の反乱分子を処刑した将校。
うん、敗戦なんかしたら目も当てられない。
戦後裁判で裁かれて、よければ終身刑、悪ければ死刑だろう。
もちろん、敗北を前提にこの戦争を戦っているわけではない。
だが、バルトニアが戦争で勝利するのは難しいだろう。
勝つためには前の戦争で失った領土を取り戻す必要がある。
その為にはソビエトを打倒する必要があるが、どう考えても一国では不可能。
だからドイツに支援を求めるが、彼らは連合国と戦争中。
いずれ眠れる巨人が目を覚ます。
果たしてドイツは王政の時代に大陸の憲兵とまで呼ばれたソビエトを打倒することができるだろうか。
不可能ではないかもしれない。
だが、勝率は限りなく低い。
だからこそ、負けた時に。
よりよい負け方をする必要があるのだ。
ドイツに戻り旅団庁舎へと向かうと、何やらあわただしい様子だった。
私とリマイナは一瞬茫然としたが、すぐに気を取り直し旅団長執務室へと走る。
そこには旅団長業務を代理しているヴェゼモアがいるはずだった。
ところが、廊下を走る間何人もの兵や将校とすれ違ったが、明らかに始めてみる顔が多かった。
なにか、新たな作戦だろうか。
なんにせよある程度の緊急事態であるのに違いないはずだ。
私たちが走って旅団長室に向かうと、そこには書類の山に囲まれたヴェゼモアがいた。
「リューイ中佐。リマイナ中尉。おかえりなさいませ」
彼は走らせていたペンを止めると我々に向かってそういった。
「これは、何かしら?」
私が尋ねると彼は重く立ち上がって指揮棒を手に取り、地図が貼られている壁に近づいていった。
ドイツ北部の沿岸部とスカンディナヴィア半島およびイギリス本島が描かれている。
「3日ほど前、イギリス軍3個師団がハンブルクに上陸。即座に対応がなされましたが、リューベックが陥落し、デンマークとノルウェーに侵攻していた部隊が孤立致しました」
彼の説明は事実に基づいているものなのだろう。
3日前となると、私たちがちょうどリマイナが養子になるための手続きに忙殺されている頃だ。
おそらく父と母が気を使って情報を遮断してくれたのだろう。
こんな話を聞いていたら全てほっぽり出して戻ってきていただろうから。
「現在の敵戦力は?」
私が尋ねるとヴェゼモアは書類の山をあさり始めた。
そして一枚の報告書を手に取り解説を始める。
「3個海兵師団と7個歩兵師団。そして2個の戦車師団です」
それなりの大兵力だが、おそらくドイツ軍をもってすれば片手間程度に潰されてしまうだろう。
「何が目的かしら?」
「恐らくは国内の亡命政府へのアピールでしょう」
なるほど、失地回復の意思がイギリスにあるというアピールか。
そしてあわよくばノルウェーとデンマークの解放といったところか。
「で? このあわただしさの原因は?」
私は本題に切り込んだ。
敵が上陸してきたとしても、わが旅団が動いていないのだからこんなにあわただしくなるのはおかしい。
するとヴェゼモアは耳を疑うようなことを言ってきた。
「ヒトラー総統閣下がイギリス上陸作戦、『アシカ作戦』の発動を命令致しました」




