33話
1936年5月頃。
フィンランド共和国とバルトニア連邦は軍事同盟を締結した。
これはリューイが提案したもので、同時にスウェーデン、ノルウェーとは防衛協力協定を結び、
彼の国は我々宛の貿易品の中身を検査することができない。
同時に彼らもそうである。
彼らにとっても我々の港を経由して輸入する物品は数多く、その内容を我々に知られないことは大きな利点となる。
だが、これはただの貿易協定ではない。
事実上彼らが軍隊の輸送を許可したことに他ならない。
輸送船だろうと、トラックだろうと。
彼らを積み荷として扱えばスウェーデンとノルウェーはそれを咎めることも止めることもできない。
リューイ・ルーカス統合軍中佐の提示する『ソビエトとフィンランドの武力衝突時のプラン』。
全てはそれの通りに進行している。
1938年。ソビエトはフィンランドに対し4つの島と係争中の地域を割譲することを要求し、フィンランド政府は交渉を続けていた。
しかし春には交渉が停滞したことを受け、フィンランド政府は徐々に戦争の可能性を考え始めている。
1939年。8月ドイツとソビエトが不可侵条約を締結した。
恐らくこれの裏には秘密議定書による領土割譲案が含まれていると推察された。
そして9月。ドイツとソビエトがポーランドへと侵攻した。
翌週、ソビエトからバルトニアの外相が呼び出された。
そこで提示された要求は、領土内へのソビエト陸軍の駐留要求。
これを外相は断固として拒否。
堂々とモスクワを後にした。
同月には全軍へ戦闘用意が発令された。
それに合わせて予備役の部分動員も開始され、バルトニアは戦争への体制を整え始める。
9月初旬、来るべき戦争にそなえ戦争プランの最終確認が行われた。
概要としては第1段階計画。
ソビエトのフィンランド侵攻と同時に全軍による総攻撃をもって前線を押し上げる。
その間に敵のフィンランド侵攻計画を挫く。
敵の増強が到着した後には占領地での遅滞戦闘に努める。
時間を稼ぐ間に国際社会にソビエト打倒の正当性を訴え、イギリスとフランスからの援軍を待ち、講和を望む。
これがリューイ・ルーカス中佐の提示した第1次対ソビエト作戦。
統合軍はこの作戦で全軍の先鋒を務める。
全軍が彼らに期待している。
11月26日。ソビエト、フィンランド国境付近で爆発事件が発生。
ソビエトはこれをフィンランドの仕業として非難。
両国間に結ばれていた不可侵条約の破棄と29日には国交断絶を一方的に宣言した。
30日。ソビエトがフィンランドに侵攻。
翌月1日。バルトニア連邦はソビエトに対し宣戦を布告した。
まだ小鳥のさえずりも聞こえないようなさわやかな朝。
総員起こしをかけ、出撃用意を整えさせる。
私も久々に戦車に乗る。
第1旅団の先鋒は戦車中隊、次鋒が第2自動車化中隊、それに続いて第3同中隊。
そして最後に海蛇大隊が残党討伐と後方の支援部隊援護。
先鋒を私が、後方の海蛇大隊と自動車部隊、支援部隊をロレンス大尉が指揮する。
「さて、よろしく頼むわね」
私は搭乗員の待つ戦車へと向かうとそういった。
彼らは本国からの補充士官。
5人いる参謀のうちの2人は戦車運用訓練を受けた参謀だ。
「現在時刻0500」
「異常なし」
「異常なし」
私が手元の時計を確認し、彼らに伝える。
「機関状態」
「稼働状況良好」
エンジンには異常がないらしい。
「弾薬類」
「満載しております」
よし、行ける。
チラッとヴェゼモアのほうを見る彼は彼で配下の小隊長と最終確認を行っている。
私はそれに「点検完了次第、報告しなさい」と命ずる。
彼は軽くこちらに手を振って応じるとまた、確認作業に戻っていった。
私が乗る車両は3号戦車。
ドイツから私のために特別供与された戦車だ。
また、精鋭である第1小隊にも3号戦車が配備され、残りの小隊は2号戦車が配備されている。
本国でも不足している3号戦車を特別に配備してくれたことはありがたいが、その分高い金を払わされたと聞いている。
それに見合った働きをしなければならない。
私はウルマニスの期待に応えるべく、戦わねばならない。
「戦車中隊、出撃準備完了いたしました」
ヴェゼモアの報告を聞いた私は満足げに敬礼で返す。
続いて、第2自動車化中隊、第3同中隊。
そして海蛇大隊や支援諸隊からも同様の報告があった。
「さて諸君、逝くわよ」
今日が歴史のターニングポイント。
今日を境に私が知る歴史とは大きくかけ離れる可能性がある。
祖国の勝利を目指して、家族の平穏を願って。
私は戦車を走らせた。
国境線を眼下に見下ろす丘陵につくと我々は小休止を取った。
隊内は緊張に包まれておりとても穏やかなものではないが、心を落ち着かせるよい機会になったと思う。
1200。全部隊展開完了の通信がバルトニア軍の共通回線で政府に向け送信された。
1230。ウルマニスはソビエトとの国交断絶を宣言、同時に宣戦を布告した。
「紅き星が潰えるときが来た。諸君らは存分に暴れたまえ」
ウルマニス自身が全軍へと呼びかける。
「進め、奴らが土地に。逝け家族のために。諸君らはそのために訓練を重ねてきた!!」
その言葉と同時に私は「進め!!」号令する。
すると休憩を取っていた各員は戦車に乗車し、陣形を組み無人の平原を進んでいく。
第1小隊を先頭に、中隊本部、第2小隊、第3小隊と続いていく。
私の車両は中隊本部と共に進撃し、中隊指揮を執る。
しばらくは敵を見ることはない。
現在奴らはフィンランドとの戦闘と旧ポーランド領土の治安維持で精一杯のはずだ。
敵の機動予備が駆け付けるまでは我々はただ塗り絵をするがごとく敵の領土を進撃すればいいのだ。
と、私は思っていた。
しかし1300。わが中隊は攻撃を受けた。
発砲地点は目の前の村。
予想外の奇襲に私は動揺した。
しかしそれでも私は指揮をとらねばならない。
「第1小隊、そのまま正面に展開!」
目の前に向かって叫ぶと第1小隊は横隊を形成する。
後ろを向くと今度は第2小隊に命令を出す。
「第2小隊、村後方に展開し敵の退路を断ちなさい!」
「ハッ!」
そう命ずると道路沿いに進んでいた第2小隊は横に逸れ、森の中へと消えていった。
「第3小隊! 第1小隊の左翼に展開し、包囲機動をとりなさい!」
「了解であります!」
全てを終えると視線を再度、前へと戻す。
第1小隊の3号戦車がしきりに砲撃しているが、敵は未だ撃破できないようだ。
「状況報告!」
「敵BT7が2両!」
偵察隊規模だろうか。
恐らくこれは先遣隊だろう。
BT7は快速で、後方にはより強力な部隊がいると思われる。
「無理せず、前進しなさい」
私は第1小隊の小隊長であるリマイナにそう命じる。
なんか、涙目になっている気がするが大丈夫だろうか。
「第2小隊に通信をつなげなさい」
足元の通信員に命じる。
彼が通信をつなげると私にマイクを渡してきた。
礼を言い、それを受け取ると「第2小隊、展開完了したかしら」と尋ねる。
私の問いに小隊長は「現在展開を完了し、道沿いの森で待機中」と返してきた。
素早い機動を心の中で褒めたたえつつ、次の命令を出す。
「村に突入、敵のケツをぶっ叩いてやりなさい」
「了解!」
小隊長はそう返すと通信を切った。
だが、次の瞬間には敵が撤退を始めたと報告が入った。
(どうやら引き際をわきまえているようね)
私は心の中で相手を称賛しつつ、矢継ぎ早に命令を出す。
「追撃は無しよ。隊列を立て直し再度前進しなさい」
私の命令にヴェゼモアは怪訝そうな顔をしていたが、何も聞いてこなかった。
部隊の集結が完了すると再度前進を命じ、周辺警戒を密にさせた。
「よし、よく帰ってきた」
帰還した偵察隊を迎える。
「少佐、許可なく偵察してよろしかったのですか?」
帰還してきた偵察隊の隊長が俺に尋ねてくる。
俺が率いている第1親衛戦車大隊。
許可、というのは恐らく軍団長やら師団長やら旅団長のことを言っているのだろうが、俺にはそんなもの関係ない。
「かまわん、書記長から独断行動の許可が出ている」
我が赤軍はなんとも息苦しい組織だ。
部隊を100m移動させるだけでも多くの上司から許可を取らねばならないし、
ろくに戦闘訓練も積んでないような政治委員に許可を取らねばならない。
クソッタレがとすべて無視すれば政治委員から政府に報告されて翌日には怖い人たちが宿舎にやって来る。
労働者階級の解放など、よく言ったものだ。
我々はただ、透明な牢屋にぶち込まれて政治員と名の付く看守に見張られているだけなのに。
「ヨシフ閣下のために、バルトニアとかいう小国を踏みつぶす」
ヨシフ・スターリン。それが我らが書記長の名。
俺が敬愛する義父殿でもある。
「少佐! 敵の戦車中隊が近づいてきております」
「よし、全中隊出撃! 野犬の出鼻をくじきに行くぞ!」
俺はマントをひるがえし、大隊にそう命じた。
俺の名はミハウェル・トゥハチェンスキ。
リューイ・ルーカスに殺され、そして彼女を――
――殺す者。




