12.闇の女神ティア・マティヤ - 莢 -
さて、どうしよう。
私は少しばかり悩んでいた。
聖闇球へ向かう前に「サヤのドラゴンの名前を決めて」とトーヤに言われて、そういえばいろいろあって、ドラゴンちゃんは二の次にしていたことを思い出したわけで。
当のドラゴンちゃんはのんきなもので、暇さえあればスピスピ誰かに抱かれて寝ている始末。
現在は私の腕の中で眠っている。
精霊って自分の分身のようなものとトーヤに教えてもらったのだけど……私ってこんなに怠惰だっけ?
名前というか、このドラゴンが私を写す鏡ということなら、私はもう少し身を改めた方がいいのかしら?
いやいや、余計なことを考えずに、みんなが私を待っているのだから早く決めなければ。
ドラゴンだから、ドラコ?
安易すぎかな。
他にドラゴンの言い方なかったっけな?
ドから始まるのって少し好みと違うし。
じゃあ、ラーゴ。
うん、ラーゴにしよう。
この子、男の子っぽいし。
「うん、おまえはラーゴ!ラーゴだよ♪」
眠っているドラゴンちゃんにそう呼びかけると、ドラゴンちゃんはパチッと目を見開いた。
そして笑っているかのように表情が嬉しそう。
と思うと私の腕から飛び立った。
「…!」
ドラゴンちゃんがパッと一瞬光る。
そして、すぐさままた私の腕に戻ってくる。
かくして、小さなぽっちゃりドラゴンちゃんは、痩せたと同時に骨格も二回り位小さくなって帰ってきました。
スタイリッシュなドラゴンちゃんもカワカッコイイのだけど、態度はあまり変わらない?
んん?色や形も基本変わっている様子はなく、小さくなって身体がシュッとしただけ?
「ラーゴ?」
呼ばれたラーゴは、目をクリクリと輝かせながら私に小首をかしげる。
………かわいい!!
ドラゴンのくせしてそれはまるで小動物のよう。
シルフィアのようにもっと何か変化があるのかと思っていたけれど、やっぱり小さなドラゴンってかわいい!!
こう、自分の肩に乗せて旅したりとか…ファンタジー♪♪
思わず、私は周囲を考えず妄想に浸ってしまった。
自分の家がとても和風だったから、実はこういう西洋風なところに憧れている部分がある。
いつか異世界に行くことになるのならという理由で、異世界がどういうところでもいいようにファンタジー小説を結構読み漁ったこともあった。
それがきっかけだったのだけど、思いのほかどっぷりはまってしまって…。
そうそう、小動物を肩に乗せて旅するとか一時期は夢にまでみたりして……。
その時のことを思い出し、私はすっごくキラキラした目でラーゴを見てしまったのではないかと思う。
だってドラゴンと言えば、ファンタジーの代表ともいえると思うのよ。
「……ブッ!」
思わず吹き出して笑い出すミッチー。
オウシュはというと、こちらに背を向けて肩を揺らしている。
あきらかに笑いを堪えている…。
トーヤは優しい瞳でニコニコとこちらを見ている。
声にはしていないけど「良かったね」と聞こえてきそうな表情だ。
アヤメさんはというと別段表情を変えてはいないのだけど、心なしか笑いを堪えているオウシュを見て、喜んでいるようだ。
シルフィアはこの場にいない。
多分この場の精霊に溶け込んでいるのだろう。
でもなんか笑われている気がする。
そんなみんなの様子に我に返り、恥ずかしさで下を向く。
そんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか。
やってしまった感がハンパない。
笑いを隠そうともしないミッチーを八つ当たり気味に睨みつけると、ミッチーがちょっと待てと深呼吸し始めた。
いや、その深呼吸もどうだろう、そこまでしないと笑いがおさまらないのか…なんだかむかつく。
「まぁ、怒るなよ。だってサヤ面白すぎ……」
そう言ってもう1度深呼吸するミッチー。
「ふぅ。落ち着いた。よし、これでナイトも増えた訳だし、俺、そろそろ行くわ」
突然そう言いだすミッチーに、私は笑われたのも忘れて素直に疑問を口にする。
「行くってどこに?」
「ああ、調査だよ。いろいろね」
ミッチーはニコリと笑う。そして続けて、
「サヤ…」
「ん?」
「……俺いないけど、くれぐれも気をつけろよ」
「うん、みんなもいるし大丈夫だよ」
心強い人たちがたくさんいる。
むしろ、強力過ぎるくらいじゃないだろうか。
そんなの心配し過ぎだよと笑いかけると、ミッチーの表情が真剣になる。
不意に顔を私に近づけ、話す。
「オウシュだよ。おまえ自覚ないだろうけど無防備過ぎなんだよ」
む、無防備って…
確かに思いの外、自分は男に慣れていないことはここにきて自覚したけど。
でもあんな風にする人、普通いないでしょ、日本じゃ。
私以外の人だってあれくらい動揺すると思う。
私がムッとした表情をすると、ミッチーは溜息をついた。
「はぁぁ、心配」
「大丈夫よ、ラーゴもいるし」
私の強気な言葉にミッチーは表情を変えた。
少し意地悪そうな表情。
そう思った瞬間、ミッチーが私の耳元でささやく。
「言っておくけど、俺もサヤが好きなんだよ。またあんな迫られ方したら許さないよ」
それはあまりにも近くて、耳に触れそうなほど近くて、ミッチーの本気が伝わってくるようで。
私は瞬間的に顔が赤くなり、状況に対処しきれなくて体が硬直する。
「ほら、やっぱり無防備だ」
ミッチーはそう優しく囁くと、掠るか掠らないかほど微かに首筋にキスをして、サッと私から離れた。
「……!!!」
私が硬直している腕の中で、ラーゴはようやく目を覚ましミッチーを睨んでいた。
「そのナイトも当てにならないな」
ミッチーにバカにされたのがわかったようで、威嚇をし始める。
「これでわかったろ、サヤは無防備すぎる。気をつけろ」
ミッチーはそう言って、最後に私のおでこにデコピンをし、その場から笑って消えた。
同時に、辺りに感じていたシルフィアの気配もなくなった。
完全にミッチーがこの場から去ったのだとわかった。
………。
地球にいたころ、ミッチーがこんなことに離れることはなかった。
あれ?私、結構戸惑っている?
あの頃、中学に入ってから縁遠くはなっていたものの、近くにいることはなんとなく感じていた。
今回は明らかに、ミッチーが傍から消えたという感覚。
自分の気配感知が強くなったせいかもしれないけれど…。
でも、ミッチーが近くにいないということが、こんなに不安になるとは思わなかった。
だってそもそも異世界にミッチーは来ないはずだったのだから。
ミッチーが一緒に来てくれたということが、自分にとってどんなにか助けになっていたのかを実感する。
「サヤ…」
そういって、私の肩に手をおいてトーヤが心配げに私を覗き込んだ。
「大丈夫。道久は人間じゃないから…」
…ん?どういう??
「あ、ごめん、間違えた。あいつ普通の人とは違ってすごい奴だから、すぐにサヤの元へ戻ってくるよ」
……理解した。
トーヤの中でのミッチーは人間じゃないんだね。
やばい、つぼった。
思わず、手で口を抑え笑い出す私をトーヤがびっくりした様子で見ている。
そりゃ、びっくりするかも、さっきまで血の気が引いていた私が笑っているのだから。
「ご、ごめん、なんか面白くて…」
とりあえず誤っておくけれど、笑いは止まらない。
確かに、ミッチーは昔から何か周りの人とは違うというか、私のお母様に忠実で守護者である佐久間さんがミッチーのお父さんというのもなんだか信じられないような、とにかく異質な子だとは思っていた。
私とトーヤに全く動じなかったんだから、すごい子だと思う。
でも人間じゃないとは思っていないよ。
ある意味すっごく人間的と思うこともあったし。
理由はともあれ、私が笑ったことでトーヤは安心したようだ。
ニコニコしている。
……トーヤ。なんだか子供に戻ったみたいだ。
女の子侍らしていた頃とは想像つかない顔をしている。
「…クッ、クックックク」
突然、後ろで笑い声が聞こえた。
オウシュが抑えられなくなった笑い声だった。
「あーっはははは」
それを口火に、オウシュは大口を開けて笑い出した。
「す、すまない。あまりにもおかしくて。サヤも面白いが、まさかトーヤがこういうことを言うとは」
オウシュは涙目だ。
なんとなく、私とトーヤをバカにされているような気がして、オウシュを睨む私。
「睨むなよ、サヤ。…言い訳させてくれ、俺は過去を知ることができる。とりわけ案内人と救世主のな」
だから、昔のお前たちとは想像つかない言動をとるから面白くてついな…という言葉をオウシュは続けていたものの、私の中ではスルーされる。
オウシュの爆弾発言。
案内人と救世主の過去?
私は救世主になれと暗に言われてこの世界に来たのだけど、過去のことは知らない。
過去にも何かあるとは考えもつかなかった。
私の顔色が変わったのことに気付いたのか、オウシュが先ほどとは打って変わって真剣な表情で私を見る。
「そうか、まだ知らないか」
そう言うとオウシュはトーヤを睨むように見る。
トーヤはそれに気づき、気まずそうに視線を彷徨わせた。
「俺も話していなかったから……一緒か」
トーヤの態度にオウシュはしょうがないなと言った態度で話し出した。
「サヤ、俺は神鬼族の代表と言っただろう。神鬼の里には創世記の頃から伝わっている魔石があるのだが、その魔石と代表である俺はつながっていて、俺の目で映したものをその魔石に保存することができる。この角が送信・受信の役目を果たしているんだ」
ここまではわかったか?と目で問いかけるオウシュ。
私はこくりとうなずく。
「神鬼族はこの世の事象を記録することを定められた一族だ。その中でも必ず記録しなければいけないのが、案内者と救世主。創世の頃より神鬼の一族は代々ずっとそうしてきた。それが闇の女神ティア・マティヤとの約束だったからな」
一瞬オウシュがどこか遠くを見た気がした。
「救世主はこの世界が闇に包まれようとすると現れる存在。闇に包まれる原因となる、闇の神殿の装置ルチレイチィの力がなくなるのが大体500~1000年単位だから、救世主はその都度現れていたよ、トーリヤータに連れられて」
私はトーヤを見る。
それって、トーヤは一体何歳なのだろう。
創世期の頃からもういるのでしょう。
ずっと一人で繰り返し、繰り返し…。
どれだけの救世主を送ってきたんだろう。
トーヤは私に見つめられて困ったような顔をしていた。
「サヤ、そう心配するな。トーヤは何十億年と生きていることになるが、昔の奴は今と違って、そう、…機械的な奴だった」
機械的……?
「ようするに、感情があまりなかったように思うよ。俺は案内者と救世主の過去をいろいろ見たけれど、こいつはいつも事務的で感情表現もあまりなく、淡々と救世主を連れてきていた。今のサヤとの関係を考えると、信じられないかもしれないがな」
そういうと、オウシュがくいっと顎でトーヤをけしかける。
困り顔のトーヤは重そうに口を開いた。
「オウシュの言うことは大体あっているよ」
そういうトーヤは少し迷っているようだった。
「あまり、聞いていても面白くないかもしれない」
それでも聞きたい?と目で問われ私は頷く。
「…うん、じゃあ、聖闇球に向かいながら話そうか」
そうして私達は歩き出した。
「……サヤ、俺は人ではないと言ったね。俺はそもそも闇の女神ティア・マティヤが友達欲しさに作られた闇のユニコーン。人の形にもなれるようにしてくれたけれど、感情はうまくつけることができなかった。あの頃の俺はただティアに忠実な人形のようなものだったよ」
トーヤは寂しそうに笑った。
「ティアはね、寂しかったんだ。みんなに崇められていたけれど、いつも自分の周りに闇があるから生物が近づけない。近づいてきた者はみんな闇に囚われてしまう。でも一人でいることにもう疲れ果てていたんだ。そこへオウシュの祖先である神鬼が現れた。彼は闇に抵抗する力を持つ唯一の者で、更にいろいろな知識を持っていた。彼は悲しそうなティアが見ていられなくて、装置ルチレイチィを作り、そしてティアの願いを叶えてくれたんだ」
オウシュもこの話は知らないのか、真剣に聞いている。
「ティアの願いは人になること。でも世界の均衡を保っているのは女神であるティアのおかげだ。その彼女が完全に人となってしまえば世界は崩れる。それを避ける為に打開策として取った策が、今の状況なんだ」
私は道を歩きながら頭で考えを整理していた。
「じゃあ、私はその女神の…」
「うん。サヤ、君はティアの生まれ変わりになる」
闇の女神ティア・マティヤ?
私がその女神の生まれ変わり?
……実感がわかない。
私の様子にトーヤはクスリと笑う。
「サヤはサヤだよ。あくまでこれは過去のティアの話だ。ティアは女神だけど、サヤは人。同じ魂であるかもしれないけれど、全くの別人でもあるんだ。だから、サヤは深く考えなくてもいいんだよ」
でも、それでは…
「トーヤはそれでいいの?トーヤはこれからもずっと案内者として生きていくのでしょう?そんなのって…」
トーヤが私の言葉を遮る様に言う。
「それが俺の役目だから」
笑うトーヤの顔はどこか寂しそうに感じた。
そこへオウシュが鋭い視線でトーヤを見る。
「…今までならそれで良かったかもしれないが、今のおまえでは駄目だろう」
少し考え込みながらオウシュは責めるように問う。
「俺が過去で見たおまえはつまらない奴だった。だが今のおまえは面白い。それが感情の現れならどうしてそうなった?何がそうさせた」
オウシュの問いに少し考えながらトーヤは答えていった。
「今回は全てにおいて予想外のことばかり起きた。俺がサヤを迎えにいくとき、何かの不具合で時空にずれができ、そのせいで俺の記憶の一部が欠落し、そしてサヤと合うべき時期にずれができた」
「そのずれがこの世界の10年か…。で?その間トーヤおまえは何をしていた」
「……迎えに行くべき年と10年ほど前に来てしまった影響で、俺は子供の姿になった。それでサヤの弟として一緒に暮らしていた」
その言葉にオウシュは目を見開く。
「おまえが子供になった?」
「そうよ、私の元へきたトーヤは5歳くらいの子供だったわよ。言葉も何も知らなかったけど」
私はトーヤの味方をすべく言ったのだけど…
「ブハ…」
オウシュが吹き出した。
オウシュって結構笑い上戸?
「…すまない、弟とは聞いたがそういういきさつだとは思わなかった。確かに弟だな」
クツクツと笑うオウシュ。
しばらくして笑いが収まったようだ。
「しかし本当に今回は予想外ばかりだな。10年の時間のずれ、トーリヤータの名前の変更、トーヤの感情、第3者である道久、闇の化け物の出現、そしてサヤ、おまえも歴代の救世主とは異なる」
「…私?」
「ああ、サヤはどの歴代の救世主よりも女神ティア・マティヤによく似ているよ。俺も全ての救世主を見た訳ではないがな」
私が女神に似ている。
「そうなの?」
咄嗟にトーヤに問いかけると、困ったような嬉しいような顔をしたトーヤがいた。
「うん、そうだね。オウシュの言うとおりだよ。サヤは今までの救世主の中で一番ティアに似ている」
トーヤはそう答えたあと、少し考え込むとオウシュをチラリと見た。
「オウシュ、君は創世の頃を見たのか?」
「まぁな。おまえが来ない間暇だったしな」
「……オウシュ、君は祖先の生まれ変わりなんじゃないか?力の量といい、風貌といい似ている。何よりあの過去を見れたということが何よりも証拠。あれは…」
トーヤの言葉をオウシュはさえぎる。
「もしそうだとしても俺には関係ないことだ」
オウシュは心底どうでもよいみたいで、祖先と同じにされることが嫌そうだ。
「それよりそれが事実だとすれば、俺のことも予想外の状況の1つになるわけだな」
そういうとニヤリと笑う。
「サヤ…」
突然オウシュに名前を呼ばれ、思わず「ハイ」と返事をしてしまった。
そんな様子にオウシュは一瞬とろけるような笑みを浮かべる。
しかし次にはイタズラが楽しいとばかりの口調で言う。
「この偶然とは思えない状況の数々。これをどう思う?」
「どう…って…」
「考えるんだな。何か意味があるとは思わないか?」
私は思わず眉間にしわを寄せる。
そんな私の頭を、オウシュはポンポンと撫でるように触れる。
「さて、どうなるのか」
とても楽しそうにオウシュはつぶやいた。
お読み頂き、ありがとうございます。
オウシュの「考えろ」ですが、皆様の予想通りでつまらない展開になったらごめんなさい。
私あまり捻りは考えられないと思う。




