Episode:86
「それにしてもおばさま、もし何もなかったらどうするつもりだったのです?」
「だからその、おばさまって言うのやめて」
一応抗議してから、エルヴィラは答える。
「もし何もなかったら、ネメイエスに口利きするつもりだったけど」
「口利き……?」
せっかく種明かしをしたのに、商売に疎いイノーラには分からないらしい。
ちょっと勝ち誇った気分になりながら、エルヴィラは姪っ子に説明した。
「だからさ、ネメイエスって全員移住だから船足りないし、移住先の木星の環境も整えなきゃでしょ?」
「ええ、まぁ……」
二年近くあるとはいえ、億単位の住人を全員移住させるのは並大抵の話ではない。中でも船は、どれだけあっても足りないはずだ。
それにいくらネメイエスと木星が似てるとはいえ、火星と地球程度には違う。そこへ移住するのだから、それなりの対応は必要だった。
「だから、それをヨーヨーア人が請け負えるように、ネメイエスに頼めばいいかなーって」
「なんていい加減な……」
答えを聞きながら、内心ちょっとため息をつく。どうもこの辺の発想が、イノーラは珪素系に似てストレートだ。
ネメイエスは船はほしいだろうし、時間が限られている中での調整も同時進行でやらなくてはならない。もしお金で解決されるというなら、ふっかけさえしなければ喜んで雇うはずだ。
こういう仲介をエルヴィラは「付け込む」とは言わないと思うのだが、珪素系はこの辺がひどく苦手だった。
(――まぁいいか)
珪素系がずっと苦手で居てくれれば、珪素系に顔の効くエルヴィラが商売をする余地があるというものだ。
そして今は、ヨーヨーア人が連絡してくるのを待てばいい。
「おばさま、ヨーヨーア人の艦隊から連絡ですわ」
そら来たと思う。
内容はきっと苦情だろう。何しろ一見何もないのだから。
だがそれこそが次の商売のネタだ。
「繋いで」
背筋を伸ばし、回線が開くのを待つ。
「貴殿の示した座標、何もないようだが」
予想通り、ヨーヨーア人は開口一番文句を言ってきた。
「これではさすがに、契約違反とみなすしかなくなる。いくら『二人の地球人』の片割れでも、知らぬ顔は無理だ」
だがエルヴィラは、余裕たっぷりの笑顔で返す。
「いえ、何もなくはありません。ただ、とても分かり辛くなってます」
言いながら姪っ子が割り出した結果を送ると、相手が驚嘆の声を上げた。
「こんなものを探し出すとは……さすが『二人の地球人』の片割れだな」
言葉はさっきと同じだが、指しているのは今度はイノーラだ。それが少しだけ、エルヴィラには気に入らなかった。
元はと言えばエルヴィラの知識と指示だ。イノーラが独力で探し出したわけではない。だが今それを言っても仕方がないし、分かってもらえそうにもなかった。
言いたいことを飲み込んで、交渉に入る。