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二度目の人生では妃候補になりません  作者: 秋月 もみじ


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第27話 監督官ではない人


監督官ではなくなった彼を前にすると、礼を述べる言葉より先に寂しさが浮かんだ。


晩秋の薬草院では、窓辺に置かれていた鉢植えが室内へ移され、廊下の石床に冷気が残るようになっていた。私は院長室で、白樺薬草分室の認可審査に関する通知を受け取った。


認可審査はセルヴァン院長と、中央から派遣される別の監査官が行う。ノエル・アシュフォードは本日付で中央薬務監査部へ異動し、私の分室の業績評価および任用判断には関与しない。


文面は明確だった。


「審査から外れることは、あなたの計画に問題があるという意味ではありません」


院長が、念を押すように言った。


「承知しています」


そう返した声が、思いのほか硬かったのだろう。院長は私をちらりと見たが、それ以上の口出しはしなかった。


午後、引継ぎのためにノエルが院へ来ると聞き、私は記録室へ預ける分室資料の束を三度も揃え直した。紙の角は初めから合っている。リュシーが隣で帳面を書きながら、見ないふりをしているのが分かる。


「行ってきたらどうです」


とうとう彼女が言った。


「何のこと?」


「分室の書類は私が預かります。異動なさる方へ、担当助手として挨拶は必要でしょう」


担当助手として、という逃げ道をくれるあたりが彼女らしい。私は束を渡した。


「では、お願い」


「はいはい。紙は逃げませんから」


リュシーはそう言った後で、新しい受領帳の束を指差した。


「ただし、中央へ行かれた監査官がどこかでこの形式を見て、白樺分室のものだと気づくかもしれません。そういうのは、少し嬉しいでしょう」


私は返事をしなかった。嬉しいと認めれば、鑑定室へ向かう足が速くなりすぎそうだった。


ノエルは、かつて私が実地試験を受けた鑑定室にいた。机の上の私物は既に少なく、管理簿の引継ぎ欄へ署名している。無香軟膏の小壺だけは、職員備品の棚にそのまま残っていた。


「アシュフォード伯爵」


呼びかけると、彼はペンを置いて立ち上がった。


「ラングフォード嬢。分室の審査資料は整いましたか」


「はい。院長へ提出しております。それから……異動申請の理由を、開示資料で拝見しました」


彼の顔に、わずかな緊張が走った。


「不快に思われたなら、申し訳ありません。あなたの将来へ余計な疑義を生じさせないことを優先しましたが、私が勝手に距離を決めたように見えたかもしれません」


「私は、離れたいと思われたのかと、少し誤解しました」


口にすると、あまりに素直で頬が熱くなる。彼もすぐには答えず、机に置いていた手袋を片方ずつ揃えた。


「離れたいのであれば、私的な関心があるなどと書面に残す必要はありません」


「そうですね」


思わず笑った。彼の言い方は少しだけ不器用で、だからこそ作り物ではない。


「中央へ異動されることで、以前お話しくださった地方施療所のような事案も、広く見られるようになるのですか」


「はい。私は事故が起きた後の監査だけでなく、各施設の受領記録が一か所に偏っていないかを確認する仕事を希望しました。あなたの提案から学んだことでもあります」


「私から?」


「消されないために写しを作るのは、私も考えていました。ですが、現場が続けられる欄へ直し、記録係と話し合って運用にしたのはあなたです。私は、止められなかった過去から記録を増やしたいと思っていた。あなたは、生きる場所を作るために増やした」


その違いを言われて、私は言葉を失った。私が恐怖のためだけに動いていたわけではないと、彼は私より先に見つけていたのかもしれない。


「では、なぜそこまで」


「あなたが分室長になった時、監督官に気に入られたから選ばれたのだと誰かに言わせたくなかった。そして、私自身があなたに何かを願うなら、職務で返答を左右できない立場でなければならないと思いました」


胸の鼓動が急に近くなる。


彼は告白したわけではない。けれど、どうして権限を手放したのかを聞けば、その先にある言葉まで聞こえてしまう。


「本日、勤務が終わった後に、白樺小邸の庭を拝見してもよろしいでしょうか。監査のためではなく、あなたが許してくださるなら、私個人として」


私は返事の前に、窓の外を見た。秋の庭は葉を落とし始め、講義机には覆いが掛けられている。完成した美しい庭を見せるわけではない。作りかけの場所を、この人に見てほしいと思った。


「お越しください。ミナにも茶を頼んでおきます」


「ありがとうございます」


監督官と助手の相談ではない招待を、私は初めて自分で告げた。



夕刻、白樺小邸の庭へノエルが来た。


正式な訪問として玄関で名を告げ、ミナが居間へ通す。外套を脱いだ彼は、仕事場で見るより少しだけ所在なさそうで、そのことが私の緊張を和らげた。


「庭を歩きますか。寒いですが、棚の配置を見ていただきたいのです」


「ぜひ」


私たちは外套を着直して庭へ出た。小径には、乾いた種がいくつかこぼれている。二人同時に踏まないよう避け、歩幅が一瞬揃ったことに気づいて、私はわざと少し先へ進んだ。


「こちらが温浸確認の講義台です。雨の日は作業室を使います。研修生が手順を書いた紙を持ち帰れるよう、写しを作る机も増やしました」


「記録を持ち帰らせるのですね」


「一か所にだけ置くと弱いことを、学びましたから」


彼は覆いの掛かった机に触れず、周囲の動線を見渡した。


「よい場所です。患者へ届く薬を扱う方が、疑問を口にしてもよいと知る場所になりそうだ」


褒め言葉を聞いて、顔を伏せたくなった。分室の美しさではなく、私が作りたかった意味を見てくれている。


「母が残した庭ですから、母のまま保存することが正しいのだと思っていた時期もありました」


「今は?」


「使われて汚れる方が、母は喜ぶ気がします。棚の高さを巡って職人さんと揉める娘を見て、少し呆れるでしょうけれど」


ノエルは声を立てずに笑った。


「その姿を見られないことを、私は残念に思います」


彼が母を知らないことを思い出し、胸がやわらかく痛んだ。知らない人へ母の話をしたいと思えるほど、私は彼を現在の暮らしへ招き始めている。


「アシュフォード伯爵は、中央監査部でどのようなお仕事を?」


「各施設の受領手順や事故報告を確認します。白樺分室を個別に評価する権限はありませんが、そこで学んだ薬師が提出する報告に出会うことはあるかもしれません」


「それなら、遠くへ行かれるわけではないのですね」


ほっとして言った後、彼がこちらを見たので、私は小径の落ち葉へ目を向けた。


「遠くへ行きたいとは思っていません」


低い声が、秋の空気へ静かに落ちる。


「オフィーリア嬢」


職務上ではない呼び方に、心臓が跳ねた。


「今すぐ返答を求めるつもりはありません。あなたの名誉と職務について最終的な公示が終わった後、私から将来について願いを伝えることを、許していただけますか」


選ばれるのが怖い。誰かの期待に押され、逃げ道を失うのが怖い。


けれど、彼は答えを要求しない。私の仕事が確定するまで、願いさえ待つと言う。


「はい。お聞きします」


それ以上は言えなかった。彼も、先に踏み込まなかった。


居間へ戻ると、ミナが茶と焼き菓子を用意していた。私がカップを取るのを待ってから、ノエルも茶へ手を伸ばす。何も決まっていないのに、沈黙は以前より苦しくなかった。


帰り際、院からの使者が小邸へ急ぎの封書を届けた。


王妃府による最終裁定は、白樺薬草分室の開所予定日の三日前に公示される。


私は封書を握り、庭の作りかけの看板を見た。


過去へ戻らない仕事も、この人への答えも、もうすぐ自分の名で選ぶ時が来る。


ノエルが去った後、茶器を片付けるミナが、私のカップにだけ茶が少し残っているのを見て笑った。


「冷める前に飲み切るほど、落ち着いてはいられなかったようですね」


「何も言わないで」


そう返した声が自分でも驚くほど明るく、私はもう一度、庭の門へ視線を向けた。

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