モンド奪還の戦い
風立つモンドシュタット
武田軍が全軍を挙げ、二十万の大軍を率いて帰離原へ南征する報せは、秋風よりも速くテイワット全土に伝わった。
竜脊雪山の奥深くに設けられた秘密の野営地で、モンドシュタットの大団長ファルカは最終確認の情報を受け取った。「北風の騎士」と呼ばれるこの男の瞳には、長らく抑え込まれてきた激しい炎が燃えていた。目の前に広げられた地図には、モンド城の防衛配置が赤い筆で一つ一つ書き込まれている——それは数ヶ月に渡り、偵察騎士たちが命を代償に得た情報だ。
「武田勝頼はほぼ全ての主力を連れ出しました」若い偵察騎士が興奮し声を少し震わせながら報告する。「モンド城の留守兵は三千に満たず、大半は老弱と新兵です。山本勘助が自ら城を守っていますが……彼の精鋭『勘助衆』も大半が従軍しています」
軍幕の中には、モンド残存の重役たちが一堂に集まっていた。リサは珍しく怠惰な表情を消し、指先に無音の電光が跳ねる;カイアの片目には計算高い光が煌めき;アルベドは筆を置き、砂盤のモンド城模型は数十回も戦況シミュレーションが繰り返された;クレーさえ静かにボンボン爆弾を抱え、これから起こる事を悟っているかのようだ。
「好機だ」ファルカの声は重く揺るぎない。「風神が我々に与えてくれた好機である」
「だが危険は残る」カイアが注意を促す。「三千の守備兵にモンド城の堅固な城壁を加えても、強攻すれば多大な犠牲が出る。万が一武田軍が援軍として引き返してきたら……」
「彼らは戻れない」リサが密報を手につまみ、柔らかくつぶやく。「帰離原は……武田軍の墓場となった」
軍幕内に一瞬の静寂が訪れる。全員がその意味を理解していた——璃月と明軍の連合軍が、恐るべき火力で武田主力を打ち砕いた。同時に、これが最後の好機であることも。武田勝頼が総崩れになろうと、窮鼠として抵抗しようと、短期間でモンドへ援軍を送り返すことは不可能だ。
「時は来た」ファルカが立ち上がり、背の高い体は軍幕の天井すれすれに達する。「戦える者全員を集めよ。我々は故郷へ帰る」
命令は野火のように反乱軍の各拠点に伝わる。風起き地の遊撃野営地、奔狼領の難民集落、晨曦酒造の地下酒窖、誓いの岬の崖の洞窟……すべてのモンドの民が武器を取り、定められた集結地へ集まった。
三日後、モンド最後の精鋭で構成された軍が鷲翔け浜に秘密裏に集結した。人数は五千余りに過ぎないが、これはモンド最も不屈の火種——西風騎士団の残党、遊撃小隊、冒険家、さらに自発的に参戦した一般民衆たちだ。
「我々に二度目の機会はない」開戦前の激励でファルカはただ一言告げる。「自由のため、モンドのため、檻の中で我々を待つ人々のために」
月も雲に隠れ風が荒れる夜、五千のモンド軍は幽霊のように丘陵を抜け、すべての歩哨を避けてモンド城へ一直線に進撃する。
モンド城、西風騎士団本部——現在は武田軍の司令部に改装されている
山本勘助は団長室の窓際に立ち、夜に包まれた街を眺めていた。武田家の知将で「啄木鳥戦法」で名を馳せた軍師の眉間には深い皺が寄る。手には帰離原から届いた第一報戦報が握られ、走り書きで内容は曖昧だが、「激しい砲撃を受ける」「多大な損害が出た」という文字だけでも心を凍らせるには十分だ。
「大殿は……急ぎすぎた」独り言をつぶやく。
だが彼を一層不安にさせるのはモンド城そのものだ。占領されたこの街は、本当に屈したことがない。昼間は穏やかに見える通りも、夜になれば反乱のビラが撒かれ;巡回兵は度々伏せ弓の矢に襲われ;徴発した穀物倉庫さえ何度も謎の火事に見舞われる。
彼の手元には三千に満たない守備兵しかなく、城壁・城門・重要施設、そしてあの場所を分散して守らせねばならない。
山本勘助の視線は騎士団本部地下室の入口に向く。そこにはモンド最重要の囚人たちが監禁されている:代理団長ジン、遊撃騎士ユーラ、祈礼牧師バーバラ、そして最後まで頭を下げないメイド・ノエル。
四ヶ月が過ぎた。拷問、誘惑、心理的圧迫をどれだけ与えても、四人は屈しなかった。ジン団長は牢屋に閉じ込められながらも、囚人たちの抵抗組織を作ろうとする;ユーラの辛辣な皮肉は尋問官を怒り狂わせ;バーバラの歌は囚人たちの心の支えとなり;ノエル——一見繊細な少女が、牢の鉄格子を素手で曲げたことさえある。
「報告!」兵士が慌てて飛び込む。「西城壁の外に不審な火の手が見えます!敵軍が集結している疑いが!」
山本勘助の瞳が収縮する。「何人だ?」
「はっきりしませんが……膨大な数です!」
その瞬間、モンド城各所で一斉に爆発音が響く!事前に城内に潜入した反乱軍小隊が混乱を撒き散らしているのだ。
「敵襲!全軍迎撃せよ!」山本勘助は軍配を取り、司令部から飛び出す。
だが手遅れだった。
モンド城の城門は内部から開かれる——長らく潜伏していた反乱軍の内通者だ。ファルカ率いる主力が疾風のように城内に押し寄せ、西風騎士団の旗が再び通りに翻る。
「自由のために!」ファルカの怒鳴り声が北風のように轟く。
戦闘はモンド城のあらゆる通り、あらゆる建物で勃発する。留守の武田軍は不意を突かれ兵力も分散し、たちまち分断包囲される。だが山本勘助は数々の戦場を渡り歩いた名将。速やかに残兵を集結させ、騎士団本部に退却し、堅固な建物を盾に抵抗して援軍を待とうとする。
「彼らは時間を稼ぎ、主力の援軍を待とうとしている」カイアが相手の狙いを見抜く。「速戦即決せねばならない」
ファルカは肯き、精鋭小隊を率いて本部正面門を強襲する。リサは雷元素で門を打ち破り、アルベドの錬金創造物「擬造陽華」が突撃部隊を遮蔽し、クレーの爆弾が窓際の弓兵を一掃する。
血みどろの戦いを経て、本部大広間にたどり着く。そこには山本勘助が最後の二百人の親兵を集め、陣を敷いて待ち受けていた。
「ファルカ団長」山本勘助は穏やかに語る。「大名は以前からその名を聞いております」
「山本勘助」ファルカは剣を構える。「降伏せよ。貴様たちの戦いは終わった」
「武田家に降伏する武士は存在しない」山本勘助はゆっくりと刀を抜く。「それに……本当に勝ったと思っているのか?」
背後の兵士たちが縛られた人影を引き出す——ジン、ユーラ、バーバラ、ノエルの四人だ。四人は明らかに拷問を受け、服はボロボロだが瞳の光は失われていない。
「武器を捨てねば、この場で即座に殺す」山本勘助は冷徹に告げる。
場は膠着する。だがその時、長らく見過ごされていたノエルが突然動く。繊細に見えるメイドは特製の鉄鎖を生身の力で引きちぎる!背後の兵士を弾き飛ばし、体を張ってジン団長を守る。
「今だ!」ジンが叫ぶ。
ユーラも同時に拘束を解く——四人は事前に鎖の要所を長らく擦り減らしていたのだ。バーバラは戦歌を歌い、癒しの水元素が辺りに満ちる。
一瞬にして場は混乱に包まれる。山本勘助は事態が覆ったと悟るが、逃げず、刀を持ってファルカに突撃する。これが武士最後の栄光——戦場で討ち死にすることだ。
刀剣がぶつかり、火花が飛び散る。山本勘助は知将とはいえ武芸に長けているが、「北風の騎士」ファルカの実力は本物だ。十合の打ち合いの後、ファルカの剣が山本勘助の胸を貫く。
「モンドは……やはり風のように……」山本勘助は崩れ落ちながらつぶやく。「捕まえることなどできぬ……」
主将が討ち取られたことで、残る武田兵は降伏するか討ち死にする。一時間後、モンド城に再び西風騎士団の旗が掲げられる。
バーバラに支えられジン団長が広場の高台に上がり、歓声を上げる民衆を眺め、瞳に涙を浮かべる。「我々は……戻ってきた」
ユーラは壁にもたれ、衰弱しながらも傲岸な気骨を失わない。「この恨み、覚えておく」
ノエルは自身の傷だらけの体を顧みず、負傷兵の治療に奔走し始める。
情報は元素通信で瞬く間に全土に伝わる。この戦報が最終的に望舒宿に届いた時、武田勝頼を打ち崩す最後の一撃となった。
望舒宿、最上階の部屋
武田勝頼は暗闇の中一人座り、三枚の戦報を目の前に広げていた:帰離原の大敗、モンドの陥落、そして……山本勘助の討死。
武田家最後の当主の瞳には狂気の影は一切なく、死のような空洞だけが残る。二十万の大軍が灰と化し、重臣宿将は次々と討ち死に、最後の拠点モンド城さえ失った。武田家のテイワットにおけるすべての野望は水泡に帰した。
このすべては、層岩巨淵のあの暗い日から始まった。父信玄が深淵に呑まれて死に、彼はその憎しみを、武田家自身を焼き払う炎に変えてしまった。
「父上……」勝頼は嗄れた声で呼びかける。「私は……失敗しました」
ゆっくりと立ち上がり、刀架から父から受け継いだ佩刀「村正」を取る。刀身は月光の下に冷たい光を放つ。
扉の外では真田幸村と信之が異変を察知し、中に入ろうとするが、扉は内側から施錠されている。
「大殿!扉を開けてください!」幸村が板戸を叩く。
「幸村、信之」勝頼の声が扉の向こうから響き、恐ろしいほど穏やかだ。「残った者たちを連れ……ここを離れよ。日本へ帰れ。武田家の旗は……この地で倒れさせよ」
「いけません大殿!我々にはまだ——」
「これは命令だ!」勝頼が喝破し、やがて声が柔らかくなる。「真田の子孫に伝えよ……憎しみに目を曇らせるな。戦争に栄光などない、滅びしかない」
その後、長い静寂が訪れる。
真田兄弟がついに扉をこじ開けた時、一生忘れられない光景が広がっていた。武田勝頼は部屋の中央に座り腹に短刀を突き立て、血が「風林火山」の陣羽織を染め上げている。顔に苦痛の色はなく、ようやく解放された安らぎだけが宿る。
机には遺書が一通残され、短い一行だけが記されていた:
「父上、子が謝罪に参じます」
真田幸村は地にひざまずき、拳を床に打ちつけ涙を流す。信之は目を閉じ、深く息を吸う。
千代は音もなく扉際に現れ、この光景を眺め、黙って一礼する。
「これからどうする?」長い沈黙の後、信之が問う。
幸村は涙を拭い、瞳に再び炎が灯る。「大殿最後の命令を遂行する。残った者たちを連れ、故郷へ帰る」
「残った者」とは五千に満たない。帰離原の地獄から生き還った兵士たちは望舒宿の周囲に集まり、茫然と途方に暮れている。主家は滅び、主君は切腹し、帰る道も見えない。
真田兄弟は速やかに部隊を整理し、機密文書を焼却し、使用可能な物資を回収する。璃月軍が休整を終えれば、次の標的は望舒宿になることを知っている。その前に撤退せねばならない。
「海路で脱出せよ」千代が提案する。「璃月港に隠れた連絡先を持っており、船を手配できる」
「危険すぎる」信之が首を振る。「璃月港は連合軍の支配下に完全に入っている」
「なら迂回せよ」幸村は決意を固める。「軽策庄を経て山地へ入り、荻花洲の秘密港から船出する。そこには……まだ我々の部隊が残っているはずだ」
撤退は夜の闇に紛れて静かに進行する。五千の残兵は重火器を捨て、必要最低限の武器と食料だけを携え、喪家の犬のように望舒宿を逃れ出る。
彼らは知らない——宿の最上階の屋根で、イェランが静かにこのすべてを見守っていた。彼女の糸は月光の下に幽玄な青い光を放つ。
「追撃しましょうか?」背後からエーテルが柔らかく問う。
イェランは首を振る。「窮鼠は狂う、何况主君を失った哀兵である。彼らを行かせよ。この戦争は……終わらねばならない」
エーテルは遠ざかる部隊を眺め、長らく黙る。「武田勝頼……」
「憎しみに飲まれた男」イェランは糸を巻き収める。「だが最後の切腹によって……少なくとも武士の尊厳は守れた」
朝日が再び帰離原を照らす時、望舒宿には人影一つ残っていない。最上階の部屋だけが乾いた血痕を残し、血に染まった短刀が静かに床に横たわり、一つの時代の終焉を証言している。
一方モンド城では、ジン団長が再建された騎士団本部の窓際に立ち、東の空を眺めている。バーバラが傍らで彼女の傷を癒し、ユーラは損耗報告を整理し、ノエルは温かい茶を運んでくる。
「終わった」ジンが低くつぶやく。
「いや」ファルカが最新の戦報を手に部屋に入る。「完全に終わったわけではない。だが少なくとも……最も暗い時期は過ぎ去った」
報せはテイワット全土に広まる:モンド奪回、武田勝頼自害、武田残軍撤退。これにより、主要な侵略勢力はすべてテイワット大陸から撤退した。
璃月港では民衆が街に出て祝賀し;稲妻では雷電将軍が全国三日の斎戒を命じ、戦死者を弔い;スメールではサイノとティナリが戦争で荒廃した雨林生態の修復に取り掛かる。
層岩巨淵では鐘離が一人戦場跡に立ち、暗紅色の水晶の破片を手に握る——それは血桜玉最後の残骸だ。
「憎しみが戦争を生み、戦争は更なる憎しみを育む」彼は低くつぶやく。「この循環を断ち切らねばならない」
背後から足音が響き、エーテルと仲間たちが近づく。
「これから、我々は何をする?」エーテルが問う。
鐘離は振り返り、一同を見渡す:傷だらけながら意志の固い刻晴、常に冷静なイェラン、超然とした雰囲気のシェンハ、優しく堅毅な甘雨、機敏で果断なキャンディス、そして数々の血の惨劇を経て新しい生き方を見つけた弥助。
「再建だ」鐘離が告げる。「戦争で壊されたすべてを再建する。そして……このような悲劇が二度と起こらぬようにする」
風が帰離原から吹き渡り、初冬の冷たさを運びつつ、新生の希望も運んでくる。長きに渡る戦争はついに終盤に差し掛かり、テイワットの再生が始まったばかりだ。
だがそれはまた別の物語。この時、テイワットは久しぶりの平和の曙光に包まれていた。




