テイワット大撤退
風雲急を告げる
上杉謙信の訃報は、テイワット大陸の諸勢力の間に雷鳴のように広がった。
知らせが璃月港に届いた日は、雨季が終わろうか終わらないかの頃だった。豊臣秀吉は、璃月総務司から強奪し改築した自らの居城・天守閣の最上階に立ち、港外の晴れ間に消えゆく雨垂れの幕を眺め、届いたばかりの密報を手に握り締めていた。
「上杉……謙信……」
彼はその名を低くつぶやき、声音から喜怒は読み取れない。
背後の家臣たちは息をひそめ、誰も声を上げようとしない。彼らは皆知っていた。この「軍神」が、テイワットにおける豊臣家最大の同盟者の一人であることを。上杉軍の精鋭騎兵たちは、幾度も決定的な局面で戦況を覆してきた。
「飲み過ぎ、喀血して落命したと」豊臣秀吉はゆっくりと身を翻し、密報を机の上に置いた。「実に……皮肉な最期だ」
窓の外、稲妻が空を裂き、続いて雷鳴がとどろく。雨が急に激しくなり、瑠璃瓦を叩きつけ、慌ただしい音を響かせた。
「大殿」筆頭軍師・黒田官兵衛が一歩進み出る。「上杉家はすでに混乱に陥っております。養子の上杉景勝と上杉景虎が継承権を争い、上杉軍はもはやテイワットでの作戦を継続できません」
別の家臣が補足する。「それだけではありません。徳川殿からも報が届き、東海に異変、明国水軍が集結している疑いがあるとのこと。そして須彌の浅井長政殿も……撤退を考えている様子です」
豊臣秀吉は長い間黙り込んだ。窓辺まで歩き、雨に靄がかかった璃月港を眺める。この街は美しい。占領下にある今でも、強情な優雅さを失わない。だが彼は知っていた。自分が本当にこの地を手中に収めたことは一度もない。一枚一枚の石畳、一本一本の古木、空に漂う茶の香りさえ、異邦人である自分を無言で拒絶している。
「織田信長は死に、前田利家は捕らわれ、今また上杉謙信が……」豊臣秀吉は言葉を続けなかったが、居並ぶ者たちはその続きを悟った。
「大殿」黒田官兵衛は声を潜める。「もしかすると……撤退を考える時期かもしれません。我々の当初の目標——信長殿を補佐し血桜玉の力を手中にすること——は失敗しました。ここに留まり続ければ兵力を消耗するだけで、日本本土が手薄になるだけです……」
豊臣秀吉は手を挙げて彼を遮った。目を閉じると、無数の光景が脳裏を過ぎる。層岩巨淵での大敗、琉宝村での恥辱、優位に立ったと思われた戦いが、いつも支配権につながらなかった数々の戦……
「命令を伝えよ」やっと口を開いた。その声は穏やかながら、覆すことのできない決断に満ちていた。「全軍、撤退の準備をせよ」
命令は波紋のように広がった。一番最初に動いたのは須彌の浅井長政である。
須彌、オモス港
浅井長政は埠頭に立ち、荷物と兵を船に積み込む様子を眺めていた。顔には疲労があふれている。須彌占領は決して容易ではなかった——砂漠の抵抗軍は野火のように消えず、雨林のラナラナは神出鬼没、それに捕らわれながら屈しない須彌の重役たちもいる。
「大殿、本当に全員を解放するのですか?」副将が牢の方を眺め、不服そうに問う。
浅井長政はうなずく。「撤退するなら、きっぱり引き上げよ。彼らを留めておけば、須彌の民の憎しみを募らせるだけだ」
彼は牢の奥へ向かう。一番奥の独房には、大風紀官サイノが目を閉じて座っていた。捕囚の身でありながら、驚くほどの落ち着きを保っている。隣の独房にはティナリ。この巡林官は拾った小枝で地面に何かを描いていた。
「お二人」浅井長政は看守に合図して扉を開けさせる。「自由になった」
サイノは目を開け、緋色の瞳に一瞬驚きが走ったが、すぐに落ち着く。「条件は何だ?」
「条件などない」浅井長政は苦笑する。「我々は軍を引き上げる。上杉謙信が死に、豊臣秀吉は日本へ帰還する。私は……一人ここに残る理由がない」
ティナリは立ち上がり、耳を少し震わせる。「撤退?全軍か?」
「全軍だ」浅井長政は肯く。「三日以内に、浅井軍はすべて須彌を離れる。港と雨林の拠点はすべてお前たちに返す。砂漠に関しては……」一瞬言葉を止める。「あちらの抵抗軍はもう我々の手を借りずとも、すぐ支配権を掌握するだろう」
知らせは風より速く伝わった。浅井軍最後の船がオモス港を離れた時、砂漠の方から大量の土ぼこりが巻き上がる。百五十万の抵抗軍——镀金旅団、砂漠部族、支配に甘んじない無数の須彌の民で構成された大軍——が波のように押し寄せてくる。
先頭にはラフマーン、镀金旅団の首長が獣にまたがり、曲刀を高く掲げる。「須彌よ、自由になれ!」
天地を揺るがす歓声が響き渡る。サイノとティナリは人混みの中に立ち、遠ざかる船と駆けつけた同胞を眺め、複雑な思いにとらわれる。
「まさか……こんな形で終わるとは」ティナリがつぶやく。
サイノは杖を強く握りしめる。「まだ完全な終結ではない。モンド、稲妻、そして璃月港が残っている……」
だがすぐ、新たな報が届いた。
稲妻、天守閣
雷電将軍・影はゆっくりと目を開けた。彼女は長らく一心浄土の中で瞑想を続けており、外界の時の流れが曖昧になっていた。しかし徳川家康自らが静室の扉を開けた瞬間、重大な事態が起きたことを直感する。
「将軍様」徳川家康は少なくとも表面上は恭しく礼をする。「稲妻の統治権を返上いたします」
影は立ち上がり、紫色の着物が水のように裾を引く。「何故か?」
「戦局に変化が生まれました」徳川家康は簡潔に答える。「上杉謙信が死去、豊臣秀吉は撤退を決定、浅井長政はすでに須彌を離れました。私が稲妻を占拠し続ける戦略的意味は失われ、居座れば日本本土の勢力が手薄になるだけです」
影は静かに彼を見つめる。この戦国大名は忍耐力と慎重さで有名であり、今回の決断は確かに彼らしい選択だ。
「捕らわれた稲妻の民をすべて解放するのか?」影は問う。
「すでに解放済みです」徳川家康は肯く。「兵は集結し、三日以内に全面撤退いたします。天守閣、神里家、社奉行……すべての土地を返還します」
彼は一瞬止まり、補足する。「ただし、補償として一部物資を持ち出さねばなりません。これは戦争であり、子供の遊びではないのです」
影は反対しない。徳川家康に自発的に撤退させられただけでも大きな成果であり、それ以上を求めることはできないと知っていた。
三日後、徳川軍の船団は出航した。稲妻の民は街に繰り出し、遠ざかる船団を眺め、多くの者が涙を流した——占領軍との別れを惜しむ涙ではなく、解放の涙だ。
「承知した」影は遠方を眺める。「復興の準備を進めよ。また、璃月へ使者を派遣し、全体の戦況を探らせよ」
一方、璃月港では劇的な出来事が起きていた。
豊臣秀吉の撤退命令は徹底的に実行された。琉宝村の悪夢がよぎったのか、層岩巨淵の痛手があるのか、豊臣軍はいつもの略奪や破壊を避け、秩序良く荷物をまとめ、部隊を集結させた。
璃月総務司の残った役人たちは信じられない様子で眺めていた。昨日まで街を巡回していた豊臣の兵士が、今日は整列して港へ進んでいく。前日まで占拠されていた建物は、もぬけの殻になっている。
「本当に……去るのか?」若い事務官が独り言をつぶやく。
刻晴は玉京台の最上部に立ち、眼下の光景を見下ろす。傍らには夜蘭、甘雨、そしてたった今戻ってきた空がいる。
「豊臣秀吉は現実主義者だ」夜蘭が評する。「勝利が望めないと悟れば、潔く損切りをする」
「だが警戒を怠ってはならない」甘雨が注意する。「偽装撤退の恐れがある」
空は肯く。「偵察兵を遠方から追わせ、本当に船に乗って出港するか確認せよ」
三日間、璃月軍と抵抗組織は豊臣軍の動きを厳重に監視した。予期に反し、相手は真剣に撤退を進めていた。次々と船が兵士と物資を乗せて港を離れ、最後には豊臣秀吉自身の座船も帆を上げて出航した。
最後の船が水平線の彼方に消えた瞬間、璃月港全体が地鳴りのような歓声に包まれた。民衆は通りに溢れ、抱き合い、泣き、歌う。長く抑圧されてきた感情が、この瞬間すべて爆発した。
夜蘭は再び掲げられた総務司の旗の下に立ち、瞳に涙をたたえる。「我々は……戻ってきた」
そう、璃月港は一兵一卒の戦いもなく、璃月の民の手に戻った。しかしこの勝利は空から降ってきたものではない。層岩巨淵の死闘、琉宝村の死守、各地の遊撃隊による攪乱、外交上の駆け引き……無数の人々の血と犠牲によってもたらされたものだ。
「残るはモンドだ」刻晴の声が皆を現実に引き戻す。
空は地図を広げ、指をモンドの地点に置く。「武田勝頼が撤退しようとしない」
「父の仇を討つためだ」夜蘭は手首の糸をくるくると巻く。武田信玄は層岩巨淵で深淵の力に侵され命を落としたが、勝頼にとっては、連合軍が父を殺した張本人なのだ。
甘雨は憂いを帯びる。「それに彼は帰離原を決戦地に選んだ……あの地は地形が開け、武田家の騎兵に有利な戦場だ」
「さらに」申鶴がいつの間にか現れ、情報文を手に持つ。「武田勝頼は撤退せず、兵力を集約させています。モンド各地に散らばった駐留軍をすべて呼び戻し、帰離原に集結させている様子……決死の覚悟で戦うつもりです」
陣幕の中は静まり返る。戦争は終盤に近づいているように見えるが、最後の一戦はおそらく最も残酷なものとなるだろう。
「彼は降伏を受け入れず、撤退もしない」空はゆっくり語る。「この戦いは避けられない」
「ならば戦おう」刻晴は剣柄を強く握る。「モンドのために、まだ占領下にあるすべての土地のために、そして……この戦争に終止符を打つために」
全員が肯く。すぐさま命令が各軍に伝わる:帰離原へ進軍せよ。
だが誰も予想していなかった。武田勝頼が選んだ決戦地には、太古から秘められた秘密が眠っていることを。この最終決戦は、テイワット大陸と戦国日本をつなぐ、より深い因縁を明らかにすることになる……
それはまた別の話。今、璃月港の祝賀の声、稲妻の復興の動き、須彌の解放の歓声の中、連合軍の部隊が続々と帰離原へ集結しつつある。
帰離原の古戦場に立つ武田勝頼は、遠方に巻き上がる土ぼこりを眺め、手に持つ軍配扇をゆっくりと広げた。
「父上」彼はつぶやく。「父を死に至らしめた者たちに……血の報復をさせてみせる」
風、帰離原に吹き渡る。最後の戦いが迫り来る。




