上杉の水攻めを阻む
霜降ダム、長き川に鶴の鳴き声
フォンテーヌ水利中枢——フォンテーヌの技術者たちが誇らしげに「水の冠」と呼ぶこの巨体は、今や璃月・沈玉谷の頭上にぶら下がったダモクレスの剣となっていた。上杉謙信は一度目の水攻めで沈玉谷を制した後、浅井長政に破壊された水制御装置を修繕しただけでなく、この中枢そのものを致命的な戦争兵器に作り変えた。
高みから眺めれば、水利中枢は眠りについた鉄の巨人のようだ。七基の巨大ダムが奔流する長き川を指のように抱き留め、太さまちまちの何百本もの配管が血管のように縦横に走る。中央管制塔は五十丈の高さを誇り、塔頂の回転式サーチライトは方圓十里を昼間のように照らし出す。だが最も心を凍らせるのは新たに据え付けられた装備たち——逆さに吊るした山々のような巨大水砲、ダム壁一面に張り巡らされた洪水吐きゲート、そして空気に漂う不自然な湿気。まるで中枢全体が呼吸し、思いを巡らせ、解き放つ時を待ちわびているかのように。
「あそこだ」
申鶴は中枢から五里離れた崖の上に立ち、白い長い髪が夜風に寒霧から紡いだ糸のようになびいていた。手に持つ槍「息災」は月光の下に氷青色の微かな光を放ち、穂先がまっすぐ中央管制塔を指している。
その隣に甘雨が立ち、アモスの弓を強く握り、氷青色の矢を弦に番えていた。彼女の表情はいつもより重く沈んでいた。この任務は単なる一戦の勝敗を超え、沈玉谷数十万の兵民の生死に関わるからだ。
「情報によると、上杉謙信は三日後にすべての洪水吐きゲートを開放し、フォンテーヌ国内六本の主要河川の水量をすべて沈玉谷へ流し込む命令を下している」甘雨の声は細やかだったが、静かな夜に鮮明に響いた。「その時、洪水は前回の三倍の勢いとなり、沈玉谷全体が水浸しとなる。我々の防衛線、兵糧、負傷者……すべてが跡形もなく消え失せる」
申鶴はうなずき、瞳に一切の揺らぎはない。
「ならばゲートを開かせてはならない」
「だが中枢の守備兵は少なくとも一万。すべて上杉軍の精鋭だ」甘雨はサーチライトの光の下を巡回する人影を指し示す。「河田長親、小岛貞興、千坂景親——上杉謙信配下で防御に長けた三人の名将が、それぞれ東、西、南の主ダムを守っている。我々が破壊に来ると予期し、張り巡らされた網から逃れる術はない」
申鶴はしばし黙った後、言った。
「ならば斬り抜ける」
彼女の口調は夕飯の献立でも話すかのように淡白だったが、その言葉に宿る断固たる決意は甘雨にさえ身の毛がよだつ思いをさせた。
二人は簡単な計画を立てた。甘雨が遠方から長距離支援と混乱を引き起こし、申鶴が中枢の心臓部に潜入して制御装置を破壊する。可能なら守備兵に気づかれぬように。もし発見されれば……誰も止められなくなるまで討ち取る。
真夜中、作戦が始まった。
甘雨はまず弓を引き、標的はサーチライトだ。彼女の弓術は神業の域に達しており、五里離れた場所からでも矢は寸分違わず的を捉える。一本、二本、三本……十分以内に七基のサーチライトがすべて消え、中枢全体が闇に包まれた。
「敵襲!サーチライトが破壊された!」守備兵の警報が鳴り響く。だが闇は申鶴に最高の掩護を与えた。
彼女は白鶴が水面を掠めるように崖から飛び降り、空中に優美な弧を描いて、中枢外周の塀に軽やかに着地した。塀の巡回兵が異変に気づいた時には、申鶴の槍が隊長の兵の喉を突き破っていた。
叫びも、もがきもない。命が散る微かな吐息だけが残る。申鶴の動きは鬼魅のように速く、塀の上を移動し、通り過ぎた先の守備兵は麦藁のようになぎ倒される。彼女は元素力すら使っていない。純粋な武芸と殺戮の効率だけで、目にした者すべてを戦慄させるに十分だった。
だが上杉軍の精鋭は名ばかりではない。瞬く間に四方八方から兵が押し寄せ、たいまつの火が再び中枢を照らし出す。
「あそこだ!白髪の女!」
「矢を放て!」
矢の雨が降り注ぐ。申鶴はついに元素力を解き放つ——槍を一振りして眼前に氷の盾を展開。矢は盾に弾かれて四散する。同時に足元から氷が広がり、最前線の兵たちをその場に凍りつかせる。
「璃月の仙だ!」見識のある士官が叫ぶ。「早く河田様を呼べ!」
申鶴は聞き流し、中央管制塔へ突進し続ける。目標は明確だ。行く手を遮るすべては取り除く障害物に過ぎない。槍は龍のように、一突き一突きが精密に致命傷を与え;氷は獄のように、一歩進むごとに凍った死体を残す。
だが敵の数はあまりに多い。申鶴の実力をもってしても、進軍の速度は次第に鈍る。さらに悪いことに、三つの強大な気配が急速に迫ってくるのを感じ取った——三基の主ダムを守る三人の将軍だ。
一番に駆けつけたのは河田長親。熊のように屈強な武将で、扉ほどの大きな薙刀を手に、管制塔へ続く唯一の道を塞ぐ。
「白鶴仙・申鶴か。久しくその名を聞いている」河田長親の声は遠雷のように響く。「だが今日、この道は通さぬ」
申鶴は一言も発さず、槍を掲げた。
瞬く間に戦闘が勃発する。河田の刀法は大きく開いて押し寄せ、一刀一刀が山を裂き岩を割る勢いを宿す。申鶴は鶴のように軽やかに刀光の隙間を泳ぎ、槍は毒蛇の舌のように突き出し、急所だけを狙う。
十合を交わした後、河田の体には数本の傷が増えていたが、彼は気にも留めず、ますます奮い立つ。
「痛快だ!これこそ真の戦いよ!」
申鶴の眉が少し寄る。河田の鎧の下に何かが光っているのに気づいた。彼女が傷をつけるたび、その光が煌めき、傷が肉眼で見える速さで癒えていく。
「回復する力か」申鶴は悟る。「ならば一撃で命を絶つ」
彼女は唐突に構えを変え、槍は速い連打をやめ、一撃に力を溜める。穂先に極寒の氷元素力が凝縮され、空気さえ凍りつく。河田はこの一撃の重みを感じ取り、防ごうとするが、時すでに遅い。
「氷華槍・貫虹!」
槍が突き出される——体ではなく、河田の足元へ。氷が蔦のように地面から湧き上がり、瞬く間に彼を氷像に閉じ込める。申鶴が槍の柄を震わせると、氷像は砕け、中の人間ごと氷の結晶になる。
河田長親、討ち取られた。
だが戦闘の物音は中枢全体に響き渡った。小岛貞興と千坂景親が同時に到着し、河田の無惨な姿を見て二人の顔色が変わる。
「共に攻めよ!」小岛貞興は双刀を手に、身のこなしが風のように速い。
千坂景親は距離を取り、特製の長弓を構え、矢には風元素力が巻き付いている。
申鶴は苦戦に陥る。小岛の肉弾戦に気を取られると千坂の遠距離狙撃に対処できず、一人を仕留めようとすればもう一人が必死に邪魔をする。
「甘雨……」申鶴は心の中で呟いた。
まるで彼女の呼び声に応えるかのように、氷青色の矢が空から舞い落ちる——人ではなく、千坂景親の足元の地面を狙って。矢が破裂し、氷が噴き出して千坂の両足を凍りつかせる。
「何だと!」千坂は驚き、逃れようともがく。だが申鶴に隙が生まれた。
槍が電光のように小岛貞興へ突き出される。彼は双刀で受け止めようとするが、それは牽制に過ぎない——申鶴は唐突に槍を手放し、両掌を打ち出し、氷の掌打を小岛の胸にまっすぐ叩き込む。
「ぐはっ!」小岛は血を吐いて吹き飛び、胸骨が砕け散る。
ほぼ同時に、申鶴は槍を呼び戻し、後ろへ投げ飛ばす。槍は流星のように凍りついた千坂景親へ飛び、胸を貫いて後ろのダム壁に打ち付ける。
小岛貞興、千坂景親、討ち取られた。
三人の主将が戦死し、中枢守備兵の士気は崩れ落ちる。申鶴は隙を突いて防衛線を突破し、中央管制塔に駆け込む。
塔内には数十人の技術者が複雑な操作盤を扱っていた。血まみれの申鶴が飛び込んでくるのを見て、誰もが呆然と立ち尽くす。
「制御装置を破壊せよ」申鶴の言葉は簡潔だ。
「いや……できない……」白髪の老技術者が震える。「制御装置が壊れれば七基のダムが一斉に決壊する。下流の村々が……」
申鶴は立ち止まる。沈玉谷への水攻めを止めることばかり考え、下流に無実のフォンテーヌの民が住んでいることを考えていなかった。
彼女がためらった瞬間、管制塔の外から轟音のような鬨の声が響く——上杉軍の援軍が到着し、その先頭には上杉謙信自身がいた。
「申鶴、もう十分だ」元素共鳴を通じて甘雨の声が届く。「残りは私に任せて。すぐに撤退せよ」
「だが……」
「私を信じて」
申鶴は歯を食いしばり、管制塔から飛び出す。塔の外、上杉謙信は軍馬にまたがり、刀「小豆長光」を手に冷ややかに彼女を眺めていた。
「白鶴仙、また会ったな」上杉謙信の声に喜怒はない。「我が配下三名の大将を討ち取り、サーチライトを壊し、管制塔に潜入した……見事な働きだ。だがここまでだ」
申鶴は槍を強く握り、最後の死闘に備える。
だがその時、水利中枢全体が激しく揺れた。地震ではない——水だ。申鶴が振り向くと、七基のダムが一斉に洪水吐きゲートを開放していた。水流は下流にも沈玉谷にも向かわず……空へと噴き上がる。
巨大な水柱が吐き口から噴出して夜空へ突き上げ、七本の壮観な竜巻水塊を形作る。水竜巻は上空で交わり回転した後……細やかな霧雨となってゆっくり舞い落ちる。
「これは……」上杉謙信の顔色が青ざめる。「誰が放水プログラムを改変した!?」
管制塔の中、甘雨は弓を置き、両手を操作盤に押しつける。氷青色の元素力が彼女の体内から湧き出て、操作盤を伝ってシステム全体に流れ込む。彼女は己の全ての力を使い、水利中枢の運転プログラムを無理やり書き換えていた——止めるのではなく、下流や沈玉谷に流すはずの水量をすべて空へ向け、元素力によって無害な降雨に変えている。
「不可能だ……一人の力でこれほどのことが……」老技術者は唖然とする。
「私は一人ではない」甘雨は細やかに囁き、目尻から血が滲み始める。「私が背負うのは璃月千年の継承、この地を守る意志、そして……侵略に屈しないすべての魂だ」
彼女の力は急速に消費されていく。操作盤から煙が立ち、計器が次々と破裂する。だが放水プログラムは永久に書き換えられた——少なくとも中枢が完全に修復されるまで、水攻めの兵器として使うことはできない。
「終わった……」甘雨は力尽きて崩れ落ちるが、唇に笑みが浮かぶ。
管制塔の外、上杉謙信は空の奇妙な光景を眺め、水攻め計画が完全に潰えたことを悟る。彼は申鶴を見、それから管制塔を眺め、最後に手を挙げて命令を下す。
「撤退せよ」
「殿!強襲すれば——」
「撤退せよと言った」上杉謙信は冷たく繰り返す。「中枢は無力化された。これ以上戦っても意味はない。それに……」
彼は東方、層岩巨淵の方角を眺める。「織田殿は最終決戦を始めようとしている。兵力を温存せねばならない」
上杉軍は潮が引くように退いていく。申鶴は追わず、管制塔に駆け込んで意識を失った甘雨を抱き起こす。
「甘雨!甘雨!」
甘雨はゆっくりと瞼を上げ、弱々しく微笑む。
「うまくいった……沈玉谷は……無事だ……」
申鶴はうなずき、氷以外の感情が初めて瞳に宿る。
「うん。ありがとう」
彼女は甘雨を抱き上げ、管制塔を出る。夜明け前の微かな光の下、水利中枢は依然として空へ水竜巻を噴き上げている。その水流は空中で霧雨となり、焼け野原に、血の池に、戦死者の顔に降り注ぐ。まるですべての死者のための、遅れて届いた洗礼のように。
遠い崖の上、援護に駆けつけた行秋と重雲がこの光景を目にする。
「二人は成功した……」行秋は呟く。
重雲は次第に明るむ東の空を眺める。「だが戦争は終わっていない。層岩巨淵では……」
「ならば層岩巨淵へ行こう」行秋は剣の柄を強く握る。「最終決戦、我々もそこに居なければならない」
一方、フォンテーヌ廷では、上杉謙信が水利中枢が無力化され水攻め計画が失敗した報告を届けると、織田信長は軽くうなずいただけだ。
「承知した。準備せよ。三日後、層岩巨淵へ進軍する」
彼は意外そうでもなく、怒りもせず、ただ事実として受け入れていた。
彼の心中では、水攻めも他の計略も、ただの手段に過ぎない。真の勝敗は最終的に戦場で、刀剣によって決まる。
層岩巨淵は、この世界を跨ぐ戦争の最終舞台となる。
そしてテイワットの運命は、そこで最後の裁きを迎える。




