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荻花洲伏撃戦

荻花血月:八千対三万六千の逆襲


荻花洲の秋の夜はもともと静かだった。

月光が延々と広がる葦原に降り注ぎ、一面銀白色に染まる。風が吹くたび、波紋が広がる。蛇行する運河は銀のリボンのように湿地を貫き、何基かの朽ちた木橋がやっと両岸をつないでいる。ここは璃月から沈玉谷へ通じる咽喉の要衝であり、三ヶ月前、璃月の民の血肉で敷かれた鉄道の必経路でもあった。


だがこの夜、静けさは打ち破られた。


線路の上、三十両編成の軍列が煙を吐きながらゆっくり進んでいた。機関車には二つの旗が掲げられている——織田木瓜紋と武田菱紋。車内には兵が溢れかえっていた。これは層岩巨渊前線へ向かう第三陣の増援部隊、総勢三万六千人で、織田家の大将柴田勝家と武田家の宿将山県昌景が共同で指揮を執っている。


軍列の前後には装甲軌道車が二両ずつ配備され、小口径速射砲と重機関銃を搭載している。鉄道の両側では騎馬斥候が月光の下を巡回し、風に揺れる葦原を警戒深く見渡していた。


「昌景殿は慎重すぎる」

指揮車両の中で清酒を飲む柴田勝家が副将に話す。「璃月軍の主力は層岩巨渊で既に壊滅し、残党は沈玉谷の深山に逃げ込んだ。鉄道を襲う力など残っているはずがない」


副将の佐久間信盛は眉をひそめる。「だが三日前、百人の巡回隊が帰離原で行方不明となり、激しい銃撃戦の痕跡が残っていました……」


「盗賊の類に過ぎぬ」勝家は軽んじる。「この増援が到着し、信玄公が鉱山から徴発した五万の労働兵と合わせれば、半月で沈玉谷を一掃できる。そうなれば璃月全土が……」


言葉が途切れる寸前、前方で突然爆発音が響いた。


ドゴーン——


先頭の装甲軌道車が脱線し、横転して脇の湿地に墜落する。続いて二発目、三発目の爆発が相次ぎ、線路は火の中で何節にも砕け散った。


「敵襲!敵襲!」


警報が甲高く鳴り響く。軍列は急ブレーキをかけ、金属同士の擦れる耳障りな悲鳴が上がり、慣性で車両同士が激しく衝突、兵たちは藁人形のように放り投げられた。


勝家は地面に転げ落ち、徳利が砕け、清酒が全身にこぼれる。「何事だ!?」


「線路が爆破されました!前方に少なくとも四箇所の爆破ポイントが!」伝令兵は青ざめた顔で報告する。


「隊列を組んで迎撃せよ!」隣の車両から山県昌景の声が響く。老将は既に鎧をまとい刀を抜いていた。「左右の翼を展開させ線路を守れ!砲兵隊は車から降り陣地を構築せよ!」


訓練された連合軍は素早く対応する。兵たちは車から飛び降り、将校の指揮で戦闘隊形を組む。鉄砲隊は高台を占拠し、槍足軽が前方に槍陣を敷き、赤備え騎馬隊は側面で待機した。


だが敵は突撃してこなかった。


月光に照らされた葦原は死のように静まり、風が葦を擦るシャサという音だけが響く。


「何をためらっている!」勝家は刀を抜き周囲を睨む。「出てこい、臆病者め!」


返ってきたのは銃声——馴染みの鉄砲の轟音ではなく、より澄んで密集した破裂音だ。


パチ、パチ、パチ、パチ!


一斉射撃第一陣は左側の葦原から飛んでくる。弾丸が雨あられと降り注ぎ、前列の鉄砲兵を的確に撃ち抜く。三十人以上が一斉に倒れ、いずれも頭か胸に弾丸が命中していた。


「これはどんな火力だ!?」昌景は愕然とする。鉄砲は装填に時間を要するのに、この一射撃から三秒も経たないうちに第二陣の一斉射撃が襲ってくる!


右側の葦原からも銃声が上がる。今度は将校が標的だ——大声で陣形を指揮する武士たちが格好の的となる。柴田勝家はすぐ傍の佐久間信盛が旗を掲げた瞬間、眉間に血しぶきが弾け、そのまま真っ直ぐ倒れるのを目の当たりにした。


「伏せろ!遮蔽物を探せ!」昌景は怒鳴る。


だが鉄道は平らな湿地の上に敷かれ、遮蔽物などどこにもない。兵たちは地面にうつ伏せになるか車両の陰に隠れるしかない。しかし車両は木造で、得体の知れない弾丸は木板さえ貫通してしまう!


第三陣、第四陣の一斉射撃が相次ぐ。いずれも極めて精密で、頭を出した者を次々と仕留める。連合軍は反撃を試み、鉄砲隊が銃火の煌めく方へ撃ち返すが、白煙で位置が露見すると瞬く間に更なる猛攻に晒される。


「距離は……二百歩を超えています!」生き残った鉄砲隊長が絶叫する。「我らの鉄砲ではこの距離では照準が定まらぬ!」


なのに敵の弾丸は二百歩先から的確に頭を撃ち抜く。




葦原の奥、璃月軍指揮所。


申鶴——元総務庁職員、現在抵抗軍第三兵団指揮官——は改良型の帰終鏡で戦場を観測していた。レンズには緻密な目盛りが刻まれ、距離と方位を正確に測定できる。


「第一波の伏撃で敵兵約四百名を討ち取り、うち将校二十七名です」副官が低い声で報告する。「磐石式小銃の性能は予想を上回り、二百五十歩の有効射程で敵の鉄砲を完全に抑え込んでいます」


申鶴は無表情だ。「各隊に伝えろ、リズムを保ち弾薬を節約せよ。少なくとも四時間は敵を足止めしなければならない」


「承知いたしました」


この伏撃に丸二ヶ月を費やした。八千対三万六千、正面からぶつかれば敗北は確実。そのため申鶴は荻花洲を選んだ——地形が複雑で鉄道線が丸見え、何より三ヶ月前の鉄道敷設時、抵抗軍は密かに無数の坑道と隠し陣地を掘り進めていたのだ。


八千の兵は三隊に分かれる。第一隊二千人は全三百丁の磐石式小銃を装備し遠距離狙撃を担当。第二隊三千人は伝統的な弓矢と鹵獲した鉄砲を使い、火力の錯覚を演出。第三隊三千人は決死隊で、新開発の岩爆雷と帰燕式拳銃を携え、近接突撃に備える。


全兵は泰安国から持ち帰った射撃訓練手順書に基づき訓練を受けた——身を隠し、照準を定め、弾薬を節約し、急所を撃て。


「指揮官、敵の騎馬隊が突撃を開始しました!」観測員が叫ぶ。


昌景はついに堪え切れず、赤備え騎馬隊に突撃を命じた。五百の重装騎兵が赤い奔流となり、側面から葦原へ襲いかかる——敵がそこにいると思い込んでいたのだ。


申鶴の口角がわずかに上がる。「二号地雷エリアを起爆せよ」


ドカン!ドカン!ドカン!


騎馬の突撃経路上、事前に埋設された岩爆雷が相次いで炸裂する。これは普通の火薬ではなく星屑鉄くずを混ぜた爆発物で、装甲を砕く威力が凄まじい。馬が嘶き、騎兵が墜落、赤い奔流は瞬く間に崩壊した。


残った騎兵が葦原に踏み込むと、更なる悪夢が待ち受けていた——鉄棘網。墨師匠が考案した罠で、髪の毛ほど細い星鉄糸で編まれた網が地面に張り巡らされ、馬が踏み込めば足が絡まる。騎兵が馬から落ちた瞬間、葦の中に潜む決死隊が拳銃で至近距離から射撃する。


たった十五分で五百の赤備え騎馬隊は全滅した。


「まさか……」昌景は望遠鏡で光景を見つめ、指が震える。赤備え騎馬隊は武田家の誇りで、何度も数倍の敵を蹴散らしてきたのに、この夜あっさり潰えるとは?


「殿!後方にも敵が出現しました!」伝令兵が絶叫する。


昌景が勢いよく振り返ると、鉄道後方三里の補給ステーションの方角に火の手が上がっている——そこは連合軍が弾薬と兵糧を蓄えている場所だ。


「声東撃西か……」彼は悟る。前方の狙撃は牽制に過ぎず、真の標的は補給ステーションだった!


「五千の兵を分け、補給ステーションを援護せよ!」勝家が怒鳴る。


「いけない!」昌景が制止する。「これは兵力分散を狙った計略だ!敵は我々に隊を分断させたいのだ!」


言葉が落ちる前、鉄道前方三里でも爆発音が鳴り響き——また一区間の線路が爆破された。つまり連合軍が撤退しようにも線路は寸断されている。


彼らはこの湿地に釘付けにされたのだ。




戦闘は膠着状態に入る。


連合軍は総勢三万六千人、急襲で多大な損害を受けたものの兵力優位は揺るがない。昌景の指揮のもと反撃を諦め固守態勢に転じる。損壊した車両を核に簡易陣地を掘り、円形防御陣を構築。鉄砲隊は精度を捨て、怪しい方角すべてに一斉掃射し、火力で敵を抑え込もうとする。


この戦術は当初効果を見せた。璃月軍の狙撃頻度が明らかに落ちる——弾丸が底をつきかけているからだ。


「指揮官、磐石小銃隊は一人平均二十発しか残っていません。岩爆雷は七成を消費、決死隊の戦死者は三百名に達しました」副官が報告する。


申鶴は空の色を眺める。「夜明けまであと二時間。伝令、帰燕計画を発動せよ」


帰燕計画はこの伏撃で最も危険な一手だ。


三百名の精鋭——大半は元千岩軍の老兵、あるいは層岩巨渊で肉親を失った復讐者たち——は事前に調達した倭軍の軍服(戦死者から剥ぎ取ったもの)に着替え、顔に血痕と泥を塗り、夜陰に紛れて連合軍陣地に潜り込む。


単純な見立てに基づいた策だ。三万を超える部隊は各大名・各編成から集まった者たちで、互いの顔を完全に知らない。暗闇の中、日本語の一言二言が話せ、挙動に隙がなければ紛れ込める。


岩峰もその一人だ。父は鉱山で命を落とし、妹は鉄道工事に徴発されたまま消息不明。この夜、彼は岩爆雷四つを背負い、腰に帰燕式拳銃二丁を差し、匍匐で連合軍陣地へ近づいていく。


「誰だ!?」歩哨が喝する。


「第三大隊だ、負傷した……」岩峰はぎこちない日本語で弱々しく答える。


歩哨が灯りで照らす——目に入るのは血まみれの織田軍服と、苦しそうな若い顔だ。彼は手を振る。「医療ステーションは東だ」


岩峰はうつむいて陣地に潜り込む。中には兵で溢れ、大半は戦慄に包まれ、一部は傷の手当てをし、将校たちは大声で隊列を整えるよう怒鳴っている。誰一人、「負傷兵」がゆっくり移動しているのに気づかない。


彼はまず砲兵陣地にたどり着く。装甲車から下ろされた十二門の速射砲が組まれ、砲兵たちは砲弾を運んで大忙しだ。岩峰は隙を見て岩爆雷二つを砲弾箱の隙間に押し込み、信管を十五分後起爆に設定する。


次は指揮所付近。警備は厳重だが、岩峰は伝令兵を装い、柴田勝家からわずか二十歩の位置まで紛れ込む。璃月港で閲兵式を行った際、十名の捕虜を矢で射殺して娯楽にした悪魔の姿が目に入る。


岩峰は拳銃を強く握るが命令を思い出す——重火器と指揮系統の破壊を優先、暗殺は副次的目標だ。


最後の一つの岩爆雷を指揮車両の底に貼り付け、そっと退散する。


十五分後、砲兵陣地で連鎖爆発が起きる。十二門の速射砲のうち八門が破壊され、砲兵は半数以上が死傷する。ほぼ同時に指揮車両が吹き飛び、柴田勝家は一命は取り留めたものの左腕が破片で切断され気絶した。


連合軍陣地は更なる混乱に陥る。


その時、夜明け寸前、璃月軍は総攻撃を開始した。


一斉突撃ではなく、新たな戦術——散兵線前進だ。兵は三人一組で三角形に分散して進み、互いに掩護しながら精密射撃を行う。壮観な一斉射撃よりも、確実な討ち取りを優先する。


磐石式小銃は朝焼けの中最後の威力を振るう。弾丸は死神の点呼のように、姿を見せた敵を一人残らず的確に消し去る。連合軍は反撃を試すが将校の死傷が多く指揮系統が麻痺、兵たちは自然と敗走し始める。


「退くな!命令に背く者は斬れ!」山県昌景自ら督戦し、三名の逃亡兵を即座に斬り捨てる。


だが敗勢は覆せない。太陽が完全に昇り切った時、連合軍の死傷者は八千人を超え、璃月軍の死傷は千人に満たない。何より鉄道は完全に破壊され補給ステーションは焼失、三万六千人の増援部隊は前進する術を失った。


「撤退せよ……」昌景はついに歯を食いしばり命令する。「鉄道を捨て、徒歩で璃月港へ引き上げろ」


屈辱の撤退だ。連合軍は大半の重火器と輜重を捨て、璃月軍の絶え間ない攪乱攻撃に晒され、みじめに南へ逃げていく。




正午、申鶴は硝煙漂う戦場に立っていた。


鉄道は死んだ大蛇のように歪んで断裂し、車両の残骸が燃え、湿地には無数の死体が浮かび、血潮が荻花洲の葦を赤く染めている。


「戦果集計が完了しました」副官は勝利の喜びと惨状への重圧が入り混じった表情で報告する。「敵の確認戦死者六千四百名、負傷者は万人を超える見込み。大砲二十四門、小銃三千丁余り、膨大な弾薬を鹵獲。我が軍の戦死者七百三十一名、負傷千二百名です」


八千対三万六千でこの交換比は奇跡と言える。


だが申鶴は、これは戦術的勝利に過ぎないと知っている。織田信長はすぐに報せを受け、更に大規模な報復が迫ってくる。しかも連合軍は敗走したものの主力は残存し、いつでも再侵攻しかねない。


「使える武器弾薬をすべて回収せよ、特に敵の鉄砲と砲弾を」彼女は命じる。「それから鉄道の路盤を爆破し、更なる罠を仕掛けろ。荻花洲を彼らの悪夢に変えるのだ」


兵たちが戦場整理を始める。岩峰は廃墟の中に無傷の南部拳銃を見つけ、銃身に「雑賀製」の文字が刻まれている。泰安国のこと、鉱山や鉄道工事で命を落とした肉親たちが脳裏をよぎる。


「これはまだ始まりに過ぎない」彼は低く呟く。


遠く、生き残った連合軍は南方の地平線から姿を消した。だが誰もが知っている、戦争はまだ終わっていない。荻花洲の伏撃は日本の征服者に響き渡る平手打ちであり、闇を切り裂く曙光として、璃月の抵抗の道を照らし出した。


鉄道が壊れ増援が滞れば、層岩巨渊前線の圧力は一時緩和される。それ以上に重要なのは、この夜で証明されたこと——璃月軍には対等な武器、新たな戦術、最後まで戦い抜く決意が備わったことだ。


太陽が空高く昇り、血に染まった湿地を照らす。風が再び吹き葦がシャサと鳴り、語り継ぐようでも、弔うようでもある。


更に南の璃月港天守閣では、織田信長が戦局を一変させる戦報を受け取る。北方の沈玉谷深山では、抵抗軍が得難い勝利を祝うと同時に、更に苛烈な嵐に備えている。


荻花洲の血月の夜は終わった。だがテイワット大陸の鉄火の時代は最も凄惨なクライマックスへと突入する。八千対三万六千の勝利は序章に過ぎず、真の闘いが今始まった。

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