離島撤退戦
稲妻城陥落の知らせは、舞い落ちる灰と共に届いた。
かつて桜が咲き乱れていた鳴神大野には、今や焼け焦げた黒々とした幹だけが残り、まるで空を指し示す絶望の指のようだ。空は徳川軍の旗に引き裂かれ、その凶々しい家紋が征服されたこの地を見下ろしている。空気には火薬臭と血生臭さ、そしてそれ以上に深い、神が死に絶えた哀しみが混ざり合っていた。
空は八重神子を背負い、崩れ落ちた街路を命がけで逃げていた。重い呼吸の一つ一つが喉を焼き付ける。背中の重さはあまりに軽く、空を不安にさせた。いつも狡々しい笑みを浮かべ、この世を弄ぶ鳴神大社の宮司は、今は砕けた羽根のように弱く、かすかな息が首筋をかすめていた。華やかな巫女服は黒みがかった血に染まり、かつて煌めいていた瞳は固く閉ざされ、時折痛みに眉を顰めるわずかな動きだけが、彼女が生きている証だった。
「耐えてくれ、神子……」
空の声は掠れ、四方から響く殺陣の声と建物の崩れ落ちる轟音に飲み込まれそうになる。「もう少しで離島だ、そこまで行けば安全だ……」
彼は足を止めることも、炎に飲み込まれていく天守閣を振り返ることもできなかった。影は? 雷を司る将軍は、今どこにいるのか? その想いが蛇のように心を蝕むが、彼にはさらに重い責任が背負わされており、振り返る余裕はなかった。
離島の桟橋はすぐそばまで来ていたが、その様子は戦場と大差なかった。押し寄せる人々が橋に詰めかけ、泣き声、呼び声、船の出航汽笛が絶望の交響曲を織り成している。疲弊しきった幕府軍の兵士たちが最後の秩序を守ろうとし、甲冑は傷だらけ、刃は丸まっているのに、瞳は依然として固かった。子供たちは大人に揺れる甲板へと押し上げられ、老人たちは故郷を振り返り、涙を流していた。
「空! こっちだ!」
馴染みの声が騒音を切り裂いた。空が振り返ると、托馬が桟橋の最前線に設けられた仮設防塁の陰に立っていた。鮮やかな赤髪は煤塵でくすみ、いつも熱に溢れていた顔には今、決意だけが宿っている。手に握る槍の穂先はまだ血を滴らせ、足元には徳川足軽の屍が幾つも横たわっていた。
空はよろめきながら駆け寄った。「托馬! 神子が……」
托馬は八重神子の蒼白な顔を一瞬で見やり、瞳に痛みが宿ったが、すぐさま強い決意に塗り替えられた。「早く船に乗れ! 最後の貨物船がもうすぐ出港する。璃月まで連れて行ってくれる!」 側の二人の兵士に指示する。「お前たち、旅人と宮司様を船まで護れ!」
「一緒に行こう、托馬!」
空が腕を掴むと、托馬は首を振り、力強く手を振り払った。いつものような安心させる笑みを浮かべるが、その笑みには迷いなき別れが宿っていた。「無理だ、空。この状況を見ろ。誰も残って殿をしなければ、徳川軍の追撃隊が瞬く間に桟橋を崩してしまう。これらの船は……一艘たりとも出られない」
彼は背後を指した。海の上では大小さまざまな船が帆を張り、必死に外洋へと逃げていく。それらが稲妻の最後の火種だ。
「俺は彼らのために時間を稼がねばならない」
托馬の声は穏やかだが断固としている。視線は空を越え、生まれ育ったこの死にゆく大地へと向けられた。「ここは俺の故郷だ。稲妻の民として、社奉行の一員として、これが最後の責務だ」
空はまだ言葉を続けようとしたが、托馬は勢いよく彼を押した。その力は空の体をふらつかせるほどだった。「行け! 宮司様を守れ。璃月の仲間に伝えろ、嵐が来るって!」
二人の兵士が空を支え、言うに及ばず待機していた貨物船へと押しやった。空が最後に見たのは、防塁へと向き直る托馬の背中だった。松のように真っ直ぐなその姿は、桟橋と追撃隊の間にしっかりと立ち、まるで越えがたい壁のようだ。赤い髪飾りが潮の臭いと火薬臭を纏った風になびき、消えることのない炎のように舞っていた。
貨物船は歯軋りするようなきしみ音を立て、ゆっくりと桟橋を離れていく。空は八重神子を慎重に貨物室の乾いた隅に寝かせ、拾った麻布で体を支えた。立ち上がって船縁へ駆け寄った途端、離島の光景に全身の血が凍りついた。
黒い波のように押し寄せる徳川軍が桟橋になだれ込み、手にする刀剣が冷たく光を反射している。その波の前には、たった一人の姿だけが残されていた。
托馬は槍を躍らせ、その動きは依然として素早く精確だ。祭りで舞う踊りのようだが、この踊りの一歩一歩に死が伴う。穂先が空を切り裂き、血しぶきを上げ、次々と敵が悲鳴を上げて倒れていく。周囲にはすぐに屍の輪が積み上がり、一時的に軍勢の進撃を食い止めていた。
しかし敵はあまりに多く、果てしない。
一矢が肩を貫き、動きがわずかに止まる。続けて複数の槍があらゆる角度から体を突き刺した。船の上から、空は托馬の体が激しく震えるのをはっきりと見た。
その瞬間、時間が止まったかのようだ。
托馬は顔を上げ、遥かな距離を越えて船の上の空と一瞬、視線を交わした。恐怖も痛みもなく、安堵のような静けさと、桜が再び咲くのを見られなかったわずかな後悔だけが宿っている。唇は動くが声はなく、空にはその声なき託しが聞こえるようだった。
「任せた……」
そして最後の力を振り絞って、手にする槍を勢いよく投げ、一人の武官の胸を貫いた。次の瞬間、さらに多くの刀剣が彼に降り注いだ。
鮮やかな赤は、ついに灰色の波の中で消え失せた。
「いや――!」
空の叫びは海風に引き裂かれ、広々とした海に消えていった。船縁を強く握り締め、爪が木に食い込むほどだ。涙で視界が滲む。離島は小さくなり、ついに戦火の上の黒い点となって水平線の下に消えた。
船団は押し潰されそうな悲憤の中、数日間航海を続けた。八重神子の状態は芳しくなく、時折短く目を覚ますが、すぐにまた意識を失ってしまう。空は彼女の傍を離れず、水で乾いた唇を潤し、ゆっくりと治るように見えて実は不吉なエネルギーに蝕まれている傷の手当てをした。痛みに身を丸める彼女を見るたび、空の徳川への憎しみは一層深まった。
高くそびえる群玉閣とにぎわう璃月港の姿が視界に現れた時、船の上の生き残りたちは涙を混じえた歓声を上げた。しかし空の心は重く、彼がもたらしたのは平和の挨拶ではなく、戦争の警鐘だった。
貨物船はゆっくりと接岸し、璃月の千岩軍がすぐさま秩序を守り、稲妻の難民を収容し始めた。船が完全に着くのを待たず、空は息も絶え絶えな八重神子を抱き上げ、甲板から飛び降り、掠れた声で必死に叫んだ。
「医者! 早く医者を! 白术先生! 七七! どこだ!」
彼の叫びが騒動を引き起こす。すぐに不卜庐の薬師たちが駆けつけ、八重神子の傷を見て顔色を曇らせた。担架を用意し、慎重に彼女を乗せる。
「傷は極めて重い。体の中に不思議な侵食エネルギーが回復を妨げている」 筆頭の薬師が速やかに告げる。「急いで不卜庐へ連れて行き、白术先生に処置していただかねばならない」
空は担架について走りながら、駆け寄ってきた璃月七星の使者と千岩軍の将校に慌てて語った。「俺は旅人の空だ。稲妻が……稲妻は完全に陥落した! 徳川軍の兵力は予想をはるかに超え、神をも傷つけ得る力を持っている! 托馬が……托馬は俺たちの脱出を掩護するために命を落とした! 徳川の次の標的は、きっと璃月だ!」
彼の言葉はまるで雷のように桟橋に響き渡った。人々の顔から一瞬にして血の気が引いた。
「何だと? 稲妻が……陥落した?」
「神を傷つける力だと?」
「徳川軍……」
空は驚きに呆然とする面々を見渡し、深く息を吸い込み、全身の力を込めて声を轟かせた。
「千岩軍の仲間たち、璃月の同胞たちよ! 俺は旅人の空だ。背後にいるのは、稲妻から逃れてきた最後の同胞たちだ! 彼らの故郷を奪った徳川大軍は、今や飢えた狼のように爪を舐め、軍艦はすでに帆を揚げているかもしれぬ。次に鉄蹄が踏み下ろす場所は、我々の足元にある璃月港だ!」
彼は桟橋の上で戦々恐々とし、ぼろ姿の稲妻の難民たちを指し、担架の上に横たわる、かつて稲妻の神権を象徴し今は生死の境にいる八重神子を指した。
「彼らを見よ! これが戦争がもたらす苦難だ! 托馬、社奉行の優れた戦士は、老若男女が船に乗る時間を稼ぐため、ただ一人離島に残り、最後の一瞬まで戦い、最後の一滴まで血を流した! 彼が命をかけて稼いでくれた時間は、俺たちが息をつき怖がるためのものではない!」
空の声は高まり、戦火をくぐり抜けた鋼のような響きを宿した。
「彼は俺たちがお前たちに警告するために命を捧げたのだ! 契約と商業の都、岩王帝君が守りしこの地、璃月に備えをさせるために! 徳川の野望は稲妻で止まらない。彼らの黒い波は、必ずこの岸辺に打ち寄せる!」
彼は勢いよく剣を抜き、璃月の明るい陽の下で寒光を放つ刃を空に掲げた。
「托馬と無数の稲妻の戦士たちの犠牲を無駄にはしない! 璃月の山河は踏みにじられることなく、璃月の民は虐げられることがない! 武器を取り、城壁を固め、侵攻しようとするすべての敵に告げよ――」
空の瞳には復讐の炎と揺るぎなき意志が燃え上がり、ほとんど咆哮するように最後の言葉を叫んだ。
「璃月はここにある! 俺たちはここにいる! 故郷を奪いたいなら、まず俺たちの屍を踏み越えていけ!」
桟橋は一瞬、静まり返った。そして抑え込まれていた圧倒的な力が一気に噴き上がった。
「璃月を死守せよ!」
「稲妻の同胞の仇を討て!」
「千岩堅固にして、重嶂移らず!」
怒号はまるで津波のように桟橋から璃月港全体に広がっていった。千岩軍の兵士たちは槍を地面に突きつけ、金属と石板の衝突音が戦鼓となって響く。商人たちは店を閉め、長らく蔵していた武器を担ぎ出す。労働者たちは道具を置き、定められた防衛陣地へと走る。港全体はまるで眠りゆく戦闘獣のように、空がもたらした血と火の警鐘によって目を覚まし、鋭い牙を剥き出しにした。
凝光は群玉閣の縁に立ち、沸き立つ下方の港を見下ろし、瞳は鷲のように鋭い。微かに横を向き、背後の秘書に命じた。
「直ちに全ての緊急計画を発動し、最高戦備令を発布せよ。同時に七星の名において、風土、至冬……連絡の取れるすべての国に警報と救援を要請せよ」
「かしこまりました、凝光様」
空は押し寄せる人波の中に立ち、素早く動員される璃月の姿を見て、托馬の犠牲と稲妻陥落で空いた心の大きな穴が、固い意志によって少しばかり満たされたように感じた。戦いはまだ終わっていない。いや、これからさらに壮絶になるだろう。
彼は最後に稲妻の方角を眺め、心の中でつぶやいた。
「托馬、安らかに眠れ。君の犠牲は、無駄にはしない」
そして振り返り、迷いなく不卜庐へと走り出した。神子を生かさねばならない。そして彼は璃月と共に立ち、この新たな戦場で、徳川という名の嵐に立ち向かうのだ。




