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スキン・ギャンブル  作者: 伊阪証


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シレジアのサリマン

第一章が終わったあとも、老騎士の最後の一言だけが妙に残っていた。 『やはり、帰ってきたか』 あの場で回収できた「古い鍵の欠片」は、報酬欄の中で浮いて見えた。金でも経験値でもない。強くなるための数字でもない。何か別の強化要素、あるいはフラグだろう。普通ならそのまま次の章へ進む。低難易度は通過点でしかない。だが、門前の床に刻まれていた紋様が、さっきまで広場で見ていたフィールドロックの図形と酷似していた以上、あれをただの背景と切り捨てるのは非効率だ。面倒だが、拾ったものの意味くらいは確定させておく必要があった。

第三章が始まりそうなところだが、このタイミングで一度連絡を挟むように配信者に言われている。 私はストーリーモードの一覧から一度手を離し、装備画面へ戻る。横から画面を覗き込んでいた配信者が、止めるでもなく頷いた。

「どうせ今のうちに組み替えるんだろ」 「通常を流すだけなら何でもいい。だが三章まで入るなら、話が変わる」 「もう三章の前提で動いてるのかよ」 「一章の時点で分かった。あれは報酬を配るためのモードじゃない。……仕様を、見せるためのモードだ」

画面の右側に六系列の防具アイコンが並んでいる。防御、属性耐性、移動補助、各種耐性、火力補助。どれも単品では中途半端で、重ねた時だけ意味を持つ。シリーズを揃えればセット効果で数字が底上げされる。逆にばらけさせれば器用貧乏になる。大半の連中は、最低でも二部位を同系統に寄せた上で、残りを火力へ回す。

今の環境なら、なおさらだった。エンドコンテンツの敵は硬く、戦闘は長い。結局、周回の価値を決めるのは安定じゃなく、一戦を何秒縮められるかだ。火力バフとデバフが重くなるのは必然で、対人にまでその思想が流れ込んでいる。耐性二に火力四。多いのはその辺だ。耐性を切れば事故る、火力を切れば押し負ける。だから一番「雑に勝てる」形へ寄る。

私はその定石を見て、指を止めたまま少しだけ考える。 雑に勝てるのはいい。だが、雑に勝てる構成は、一回のミスがそのまま全損に変わる。敵を先に落とし切る前提で積まれた数字は、手順を外した瞬間に全部裏返る。スピードランと同じだ。通れば速いが、通らなければ最初からやり直しになる。私はあれが嫌いだった。上手いとか下手とかじゃない。せっかく拾った流れが、一つの判断ミスで「存在しなかったこと」にされるのが気に食わない。

それに、今回は配信が前提にある。短時間で削り切って終わるだけの戦いは、見ている側には「勝敗」の結果しか残らない。どこで押し、どこで崩れ、どう詰めたか。その中身が見えない。削ってから、処刑する。さっき広場で通した勝ち筋は、その逆だった。途中が見える。だから意味がある。

私は耐性系の二系列を開き、次に移動補助を二つ、最後に火力を二つだけ残した。

「耐性二、移動二、火力二。……本気か、それで行くのか」 「火力四も要らない。長く殴り続けるための数字は不要だ。……崩すまで、死ななければいい」 「火力環境の真逆だな」 「真逆じゃない。中心から少しズラすだけだ。火力を捨てるんじゃない。火力の使いどころを『最後の一瞬』だけに絞る」

配信者は一度黙り、画面の右下に出ているスキル一覧を見た。 「ブレイクを主軸にするには、装備の補正が中途半端だろ」 「だから装備でやらない。装備は死なないために使う。ブレイクは、武器で作る」 「……あぁ。細身の剣を、ただの『杭』として使う気か。なるほどね」

私はそのまま装備の保存枠へ新しい構成を登録した。名前は付けない。余計な意味が付く。次に武器欄を開く。各種のカテゴリが並ぶ中で、既に持っているエクセキューソナーズソードのアイコンが鈍く光っている。処刑条件が成立した時だけ異様に強いあれは、今でも十分に使える。だが、最初から握る気はなかった。重く、隙が大きく、取り回しが悪い。あれは「終わらせるための剣」であって、そこへ至るまでの主導権争いには向いていない。

必要なのは、別の方だ。 私はさっき拾った鍵の欠片の説明文を開く。古い河門管理区画の封鎖庫。現運営が価値なしとして放置した旧世代資材の保管場所。配信者が小さく笑った。

「完全に寄り道ですって顔してるな」 「こういうのは寄り道じゃない。最短の本線だ。……意味がなければ、こんな場所にゴミは置かない」 「お前、こういう時だけストーリー班を信用するんだな」 「信用以前の問題だ。運営の『置き方』が露骨すぎて、無視する方が難しい」

封鎖庫は街の外れにあった。鉄扉の錠前は古い機構と後付けの認証が無理やり重なっており、拾った欠片を差し込むと、中で鈍い音が連続して鳴った。 開いた先には、傷んだ木箱や錆びた器具が、無造作に残されていた。今のマーケットでは見向きもされないようなものばかりだ。だが、その中に一本、灰色がかった細身の剣が紛れていた。刃だけが妙に鈍く、金属というより冷えた鉱石を削って伸ばしたような色をしている。「鉛の剣・派生試作」。

私はそれを持ち上げ、手首で振ってみる。先端がぶれない代わりに、戻しで一拍遅れる感触。

「随分地味だな」 「毒属性、耐久劣化に強い。十分だ」 「パリィ判定きついぞ、これ」 「知っている。……弾くためには、使わない」 「……そうか。面で受けるんじゃなく、点で刺し続けるためか」

配信者はすぐに察した。私はこの剣を「決闘武器」として見ていない。頭部へ低切断の打点を重ねるための「精密工具」として見ている。切らない、貫かない。ただ、積む。その役割だけを持たせるなら、壊れにくく、多少欠けても機能が死なないこの剣は最適解だ。

レイピアを取得し、整備を済ませたあと、エクセキューソナーズソードも一緒に装備枠へ入れた。メインに鉛の剣、サブに処刑剣。武器切替のショートカット表示を見て、配信者がまた小さく笑う。

「本当に役割を分けるんだな」 「最初から振る必要がないものを握る意味がない。……処刑は、最後でいい」 「絵としては派手さが足りないが……まあ、お前はそういう勝ち方をするよな」 「見た目の話はしてない」 「してないけど、配信にする以上そこも大事なんだよ」

私は返事をせず、そのまま第二章を選ぶ。 (中略) 第二章の最後近く、封鎖された穀物庫の前で、中継役の男がようやく固有名を出した。 「シレジアのサリマン。あいつは矢で殺すんじゃない。……場所ごと、死地にする」

その瞬間、画面の隅に第三章の予告情報が解放される。ボス名、サリマン。環境変化あり。 配信者が短く息を吐いた。

「最低攻略レベルで抜かれない理由、ようやく分かったな。火力の押し合いじゃないんだ」 「削りが足りないからじゃない。……立っている場所が、死ぬからだ」 「耐久で粘っても煙で死ぬ。火力で押す前に爆破で崩れる」

私はそこで初めて、今の構成が変人の道楽ではなく、この相手に対してだけは「理屈の通る答え」になっていると確信する。耐性二は、致命になるまでの時間を遅らせるため。移動二は、爆心から半歩外へ抜け続けるため。火力二は、最後に取り切るための保証。

だが、それだけでは終わらなかった。 第三章の手前で、「ボスの中身がプレイヤーである」という仕様が解禁される。私はそれを見ても驚かない。ここまで残された痕跡が、ただのパターンの置き土産にしては「意図」がありすぎた。

「普通のボスならパターンで片付く。だが、こいつには中身がいる」 「だろうな」 「つまり、置き方に意志がある。お前が下がる場所へ粉を撒くし、詰めると思えば殴る。爆破も毒も、順番がある」 「なら余計に火力四はいらない。……読み負けた瞬間に、立て直せなくなる」 「分かってるじゃねえか」

私は装備画面を閉じ、穀物庫へ続く通路の前に立つ。 最後に一度だけ、鉛の剣を抜く。鈍い灰色の刃が光を返す。美しくはないが、先端はぶれない。次に処刑剣へ触れ、柄の位置だけ確かめる。

「確認しとくぞ」 配信者の声が、少しだけ真面目になる。 「火力で押し切る気はない」 「ない」 「耐久戦にも持ち込まない」 「持ち込めない。……酸素か煙で終わる」 「じゃあ?」 「崩す。遅らせる。鈍らせる。……処刑は、最後だ」

「……それでいい」と配信者は短く言った。妙に満足そうな声だったのが気に食わないが、否定する理由はない。

ここまでの準備は、全部そこへ向かっていた。配信として長い方がいい、という話も、ただ引き延ばしたいという意味ではない。削り切って終わる戦いではなく、相手の土台が壊れていく「過程」ごと見せるためだ。勝敗そのものより、崩れる順番が大事になる。

私は境界の前で足を止め、呼吸を一度だけ整える。 逃げ場がないことは最初から分かっている。なら、最初に捨てるべきは迷いだった。

穀物庫外縁の石床は乾き切っているわけではなかったが、湿っているとも言い難かった。粉のこびりついた白い筋と、何度か焼けた跡の黒ずみが混ざり、踏む場所によって靴裏に返る感触が変わる。壁際には袋の山が崩れた跡が残り、低い木柵や荷車の残骸が中途半端な遮蔽物のように並んでいるが、どれも火と爆風の前では形を保てるほど強くはないと見て分かる。中央へ出れば射線が増え、壁へ寄れば粉塵が溜まる。始まる前から、どこに立っても安全ではないことだけがはっきりしていた。

私は最初の一歩を中央へ向けなかった。右でも左でもなく、石材の露出した外周寄りを選び、袋の裂けた跡が少ないところだけを拾って横へ流れる。正面の高所ではなく、少し下がった荷台の影からサリマンが出る。構えは重い。長弓のような撓りではなく、機構ごと前へ押し出すための硬さがある。照準を定めるまでが遅い代わりに、一度定まればこちらの小さな揺れでは外れない形だ。初手は通常射撃だった。空気を裂く音が高く、弾道は素直だが速い。私はそれを見てから避けるのではなく、照準が固まる直前の肩の位置だけで読む。右へ半歩、次に前へ半歩、射線の中心だけを外す。矢そのものは左後ろの石床へ突き立ち、砕けた石片が踝へ当たったが、足は止まらない。

次の一射で狙いが変わる。今度は私を穿つためではなく、逃げ道を細くする角度だった。左側の木枠に突き刺さった先端が割れ、濁った液体が散る。色と臭いで毒だと分かる。地面へ落ちたそれはすぐに広がらず、じわりと滲むだけだが、粉の混じった床ではそこに残り続ける。私はそこを飛び越えない。飛べば着地先が読まれる。代わりに毒の縁を舐めるように軸をずらし、靴先の内側だけを使って滑るように外へ抜ける。その直後、サリマンが二射目を重ねる。今度は火のついた石炭だった。矢そのものより、着弾したあとに床を舐める橙の広がり方が速い。毒が焼ける。火は低く広がり、色の薄い煙が石床の上を這う。袋の山へ寄っていたら、そこから先まで一気に燃え筋が伸びていたはずだった。

私は振り返らない。初手から二手目までで十分だった。毒を置き、焼く。順番は固定されている。火は主役ではなく、置いたものを変質させるために使われる。ならば、脅威は着弾の一瞬ではなく、着弾したあとに残る床の方にある。私はその認識だけを持って、さらに横へ流れる。レイピアはまだ抜いていない。抜いたところで、ここでは弾くより判断の方が先だった。

サリマンは追いかけながら撃たない。私がどの床を選び、どの速度で曲がり、どれだけ粉の多い場所を嫌うかを見ている。三射目は小麦袋へ入った。裂け目から白い粉が霧のように舞う。すぐに火は飛んでこない。その数拍の間が一番危険だ。私は逆に、そこへ近づくような角度で一度だけ前へ出る。隠れず、見せる。標的が見えていれば、相手は早く切る。粉塵が十分に溜まるのを待たずに、サリマンは火種を通した。爆ぜる。爆心から広がる圧は直線ではなく、床を舐めるように平たく伸びる。私はそれを飛び越えず、爆発の中心から一番短い外周へ抜ける。熱が右足を撫で、破片が腿を打つが、踏み込みまでは崩れない。耐性で守れているのではない。崩れ切る速度が一段遅いだけだ。だが、その一段があれば十分だった。

火が消えるより先に私はレイピアを抜く。鈍い灰色の細身は光を返さない。見た目は地味で、振れば一拍遅れる。だが先端はぶれず、体の小さな捻りで狙いを変えやすい。サリマンは爆破のあとの視界の揺れを利用して再装填へ入るが、そのまま撃つつもりではない。右足が一歩だけ深く沈む。近距離打撃への重心だ。私は真正面から詰めず、打撃の終端だけに残る距離へ入る。重いクロスボウが横殴りで来る。弦ではなく、武器全体の質量を使った雑な一撃だが、その雑さゆえに届けば痛い。私はそれへパリィを合わせない。判定に賭ける意味がない。半歩下がり、肩だけを逃がし、振り終わりの先端が流れ切った瞬間に、側頭部へ短く触る。切るのではなく、薄く叩く。刃先が耳の後ろを掠め、私はすぐに離れる。

サリマンはそこで後退しない。普通の相手なら近づかれた時点で距離を作るが、こいつは違う。打撃のあとに近距離射撃、近距離射撃のあとに毒の置き撃ち、そのどれでも続けられるという顔で前へ残る。私はそれを見て、さらに踏み込むことをやめる。頭に一度当てたからといって、すぐに何かが変わるわけではない。必要なのは回数で、連続ではない。サリマンがクロスボウを起こして至近の射角を作る。私は左へ大きく逃げず、銃身の先がこちらへ向き切る前に一歩だけ内側へ入り、矢の軸をずらす。毒の矢が肩を掠める。浅い。熱はない。まだ焼かれていない。私はそのまま胸へ入らず、顎の下をかすめるように二度目の打点を置いて下がる。深くは入らない。だが、連続する二度の頭部接触は無駄にならない。

次の数十秒で、戦いの形が固まる。サリマンは遠距離と近距離を完全には分けない。下がりながら毒を置き、毒の縁に私が寄るなら打撃で払い、離れたなら火を通す。三択を崩さずに回し続けるため、どの行動も単独では終わらない。私はそれに対して、避ける場所ではなく、攻撃のあとに残る姿勢だけを選別する。右後ろへ引く時は持ち替えが素直で、左へ流れる時は打撃へ戻す。高い場所へ乗る時は爆破の角度を優先し、石床へ降りる時は毒の置き直しが先になる。だから私は、右へ引いた時は追わず、左へ沈んだ時だけ前へ出る。高所へ乗った時は下から見ず、降りる地点だけを見る。何を撃つかではなく、次にどの足で立つかを拾う方が早い。

そうしてようやく、三度目の頭部打点が入る。サリマンは焼けた袋山の陰へ下がり、毒を置いたあとに火を通そうとした。私はそこへ向かわない。むしろ、一度爆ぜて黒くなった床を選ぶ。燃えるものが減っている。毒は残るが、二度目の爆発効率は落ちる。サリマンはそれを嫌って正面射撃へ戻す。照準が立った瞬間、私は斜め前へ滑り込み、顎、次に耳の後ろへ二連続で触る。二発目のあと、サリマンの再装填がわずかに遅れる。目に見えるほどではない。だが、こちらの剣先には返ってくる。手首の返りが一拍足りない。それだけで十分だった。

私はそこで頭だけを追うのをやめる。守りが固くなるからだ。サリマンは肩を前へ出し、クロスボウのフレームで側頭部を隠し始める。ならば、隠すために使っている腕を鈍らせればいい。次の接触では、打撃へ移る手首へ浅く通す。深く刺さない。払いもしない。ただ、戻りを濁らせる。次に肘へ触る。打撃そのものは止まらない。だが、振り終わりの収まりが悪くなる。武器の先が一瞬だけ下がり、立て直しが遅れる。その遅れへ、頭部打点を差し込む。直接ブレイクを奪うのではなく、頭を守らせるために腕を削り、腕が鈍ったから頭へ戻す。順番を間違えない限り、少しずつだけだが確実に進む。

サリマンの体力はまだ大きくは減っていない。こちらの火力が低いから当然だ。だが、毒や爆破が決定打にならない時間が伸び、近距離の打撃連携もわずかに欠け始めている。そのわずかさを、私は一つも取りこぼさない。粉塵爆破を高所から落とす角度へ切り替えられた時も、上下差のある足場へ乗らない。高低差は相手にしか利かない。だから床の継ぎ目と崩れた荷台の浅い傾斜だけで拍子を外す。完全な回避ではない。だが、常に爆心の中心から半歩だけ外しているため、爆発で吹き飛んだ直後に次の矢で貫かれる形にはならない。毒が脚へ残る。焼けた破片が肩を削る。だが、立っている。必要なのはそれだけだ。

一度だけ、サリマンが明確にこちらを止めに来る。毒を広く置き、逃げ場を見せてから、その逃げ道に粉塵爆破を重ねる。さらに、そこを抜けた先に打撃を合わせる三段構えだ。私は最初の毒を避けない。浅く踏む。耐性で耐える。次の粉塵爆破も完全には切らない。爆心の端で受け、前へ出る。最後の打撃だけを空振らせる。クロスボウが横を薙いで過ぎ、その重さが戻る前に、私はこめかみへ短く一本置く。サリマンの足が止まる。ほんの僅かだ。だが、連続して積んだ打点が、ようやく動作の濁りとして外へ出始める。

ここから先は、見る側には地味に映る。派手な被弾も大きな反撃もない。あるのは、サリマンの毒、火、爆破、打撃の循環が、少しずつ噛み合わなくなっていく過程だけだった。火が通るまでが一拍遅れ、打撃の戻りが半拍遅れ、再装填の指が滑る。私はそこへ入り込む。顎。耳の後ろ。首の付け根。時々、手首。時々、肘。全部を深く取る必要はない。浅くていい。むしろ浅い方がいい。切断ではなく、頭を揺らし、姿勢を狂わせ、入力を濁らせることだけが目的だからだ。

サリマンが体力を七割台へ落としたあたりで、距離を取る戦いを諦め始める。近距離打撃の比率が上がる。クロスボウを横殴りに振り、肩で押し、後ろへ跳ねながら至近距離から矢を放つ。広い場所で撃ち続けるより、こちらを固定して爆破へ繋げた方が早いと判断したのだろう。私はそれへ付き合わない。打撃をまともに受ける前提で立たないし、完全に距離を切る前提でも動かない。接触の瞬間だけ剣を合わせて衝撃を流し、ノックバックを最小限にし、そのまま軸をずらして頭へ返す。レイピアの被ノックバック倍率が高い弱点は残っているが、移動二で足を戻せるため、一発の押し込みで終わらない。サリマンからすれば、殴っても置き去りにできない。こちらからすれば、弾けなくても死なない。この差が積み上がる。

やがて、サリマンの方から大きく距離を取る。ここが最初の分岐だった。毒を広く撒き、焼却で一気に押し返し、本来の得意な形へ戻そうとする。立て直しだ。私はそこへ引かない。毒の中へ深くは入らないが、縁で止まらず、火が通る前の数拍へ斜めに踏み込む。真正面ではない。サリマンの利き側の外。あちらが打撃へ切り替えるなら、振り出しが遅れる側へ入る。予想通り、クロスボウが横殴りに来る。だが、ここまで腕へ積んだ遅れがある。振りが一拍遅い。私は肩を逃がしながら、顎へ一本、耳の後ろへ一本、最後に側頭部へもう一本通す。三発目が入った瞬間、サリマンの膝が沈む。上体の支えが消え、視線が落ちる。立ったままではあるが、行動の接続が切れる。不自然な空白が生まれる。ブレイクだ。

私はそこで初めてレイピアを離し、エクセキューソナーズソードへ持ち替える。重い。最初から握るには遅く、細かい戦いには向かない。だが、今なら十分だ。サリマンは崩れ切っているわけではなく、ボスだから即死もしない。なら、一撃だけでいい。深く追わない。最短の踏み込みで間合いを潰し、肩口から体幹へ重みごと叩き込む。処刑の固定ダメージが通る感触は、斬った手応えとは違う。肉でも鎧でもなく、積み上げた勝ち筋そのものへ印を押すような鈍さがある。サリマンの体力が一気に削れ、ちょうど五割の線へ落ちる。

私はその一撃を振り抜いたところで止まらない。止まれば次に遅れる。追撃もしない。五割へ入った以上、次に来るのは通常行動ではないと分かっているからだ。剣の重さを無理に前へ押し込まず、足を戻し、崩れた床と残っている袋山の位置だけを一瞬で見直す。サリマンの動きが変わる。こちらを見る目の高さではなく、さらに後ろ、そのもっと奥の空間に何かを通すためのわずかな間が生まれる。ここで前半は終わる。次に落ちてくるのは、矢でも、毒でも、火でもない。もっと重く、戦場そのものを組み替えるものだと、体が先に理解していた。

エクセキューソナーズソードの一撃を通した瞬間、サリマンの体力表示がちょうど中央の線へ沈む。私は追わずに足を戻す。そのまま下げた視線の先で、左手に残していた鉛の剣派生レイピアの刃先がわずかに潰れているのが見えた。欠けたというより、何度も硬いものへ浅く叩きつけ続けたせいで、鋭さの芯だけが少し丸くなっている。細い刃の根元から中ほどにかけてはまだ冷えた灰色を保っているのに、先端に近い部分だけが鈍く濁り、サリマンの装甲を削った粉らしき細かな銀灰色の粒が付着して、もともとの鉱石じみた色をさらに曇らせていた。だが死んではいない。刃先が潰れても、狙った位置へ触れて、衝撃を通して、積み上げる役目はまだ十分に残っている。むしろその鈍い色の方が、この剣が今もまだ「切るため」でなく「削って狂わせるため」にここにあることをはっきり示していた。

サリマンは膝を落とした姿勢のまま止まらない。ブレイクが入った時点で一度切れていたはずの動きが、五割を割る直前だけ妙に乱暴な形で繋がり直る。綺麗な間合い管理も、遠距離と近距離の切り替えも捨て、崩れたままの上体で前へ圧を掛けてくる。クロスボウを横へ払うというより、金属の塊ごとぶつけて私を押し返し、そのまま足元へ毒をばらまき、ほとんど照準もせず火のついた石炭を重ねる。ここまで見せていた「置いて、読んで、通す」三段の綺麗さがない。押し込んで、転ばせて、まとめて燃やす。勝ち筋というより、取りこぼしたくない焦りそのものが形になったような悪さだった。

私はそこに、ようやく中身の匂いを見る。ボスの行動パターンではない。体力五割の線を跨ぐ瞬間に、ここで一度押し返せなければ次の切り替えが危ういと理解している人間の、なりふりのなさだ。雑だが、雑なだけに読みにくい。ここで初めて、今まで拾ってきたリズムが一拍だけ外れる。毒の広がりは浅い。なら焼却も軽いと判断して軸を切りに行った瞬間、クロスボウの腹が肩口へ来る。真正面の殴打ではなく、身体を押し込みながら射線ごと変えるための嫌な当て方だ。私は半歩遅れる。そこで、古いアカウント特有の微妙なラグが顔を出す。入力に対して画面内の体がわずかに遅れ、避け切れるはずだった軌道に肩が残る。

鈍い衝撃が来る。だが、そこで終わらない。遅れたなら、その遅れた体の位置で次を取り直すしかない。私は押された勢いを殺さず、むしろ肩から体を流し、右足の踵を石床の継ぎ目へ噛ませて軸をずらす。本来なら一歩下がる入力が間に合っていない場面で、肉体の反射だけで倒れ方を変える。クロスボウの角が鎖骨の横を掠め、毒の液が袖を汚し、遅れて飛んできた火種が背中の後ろで浅く爆ぜる。完璧には避けていない。システムがくれた遅れを、そのまま別の姿勢へ滑らせて結果だけを取り直した形だ。背中の熱が一瞬だけ走るが、立っている。足はまだ前を向ける。その一瞬で十分だった。

サリマンはそこでさらに押し込もうとする。体力五割の切り替えを前にして、ここで私を転ばせれば、次の大技へ綺麗に繋がると踏んだのだろう。だが、その押し込み方にも既に濁りが出ている。頭へ積んだ衝撃と、手首や肘へ入れた妨害が、ここで初めて目に見える形になる。クロスボウを振り抜いたあと、戻しが半拍遅い。再び火へ繋ぐために持ち上げる動作もわずかに雑になる。私はその崩れを見て、もう一度だけレイピアを通す。深くはいらない。潰れた剣先を額の脇へ短く当て、次に顎の付け根へ滑らせる。刃先はさっきまでより鈍い。だが鈍いからこそ、削った粉をまとったまま重く当たり、切断ではなく不快な衝撃として通る。サリマンの首が小さく揺れる。その揺れに合わせて、彼の足の置き方が初めて乱れた。

私はそこでレイピアを下げ直し、重い方を前へ残す。エクセキューソナーズソードを振り切ったあとの空白は本来なら致命的だが、今はもうそこまで近い打ち合いに付き合う必要がない。五割に入った以上、次に来るものの方が大きいからだ。にもかかわらず、サリマンはまだ一歩だけ前へ出る。悪あがきというより、最後にひとつだけ嫌な置き方を通そうとする執念が残っている。クロスボウの口が私を向いていない。もっと外、もっと後ろだ。そこにいる何かとタイミングを合わせるための角度だと分かる。

空気が一瞬だけ変わる。穀物庫外縁の乾いた臭いに混じって、火薬と鉄の濃い匂いが遅れて入ってくる。サリマン自身の火種や毒ではない。もっと重く、もっと遠いところから飛んでくるものの気配だ。私はその時点で完全に追撃を捨てる。切り替えは済んでいる。ここから先は削る場面ではなく、戦場そのものが組み替わる場面だ。問題は、どこが落ちるか、何が崩れるか、その最初の一撃でどこまで位置を失わずに済むかだけになる。

サリマンの体勢が沈む。こちらへ向けた殺意ではなく、もう一段奥の破壊と自分の立ち位置を噛み合わせるための妙な静けさだった。プレイヤーが中にいるからこそ、その静けさには意味がある。単なる演出発動の待ちではない。どこへ逃げるか、どこなら巻き込めるか、どこを崩せば次の動きが通るかを最後まで選んでいる顔だ。私はその視線の延長を追い、すぐにやめる。追っても遅い。見てから避ける類のものではない。だから視線を地面へ落とす。今立っている石床の継ぎ目、左側の低い木柵、爆ぜた袋山、焼け残りの荷車、その四つだけを一瞬で頭に入れる。崩れるなら線で来る。爆風なら面で広がる。どちらでも、中心ではなく端を取るしかない。

レイピアの刃先から、削れた装甲の粉が一粒だけ落ちる。鈍い灰色の表面に付いた細かな輝きが、かえってその摩耗をはっきり見せた。ここまでで、この剣は十分に仕事をした。次に必要なのは、その鈍い先端ではなく、崩れた地形の中でまた頭を拾い直すための足だ。私は重い剣を握ったまま、半歩だけ左へずらす。大きく動けば読まれる。だが完全に止まれば、落ちてくるものを全部背負う。だから最小だけ動く。

次の瞬間、背後の空気が裂ける。矢の音でも爆破の破裂音でもない。もっと太く、もっと遅い、しかし絶対に外れたと思わせない種類の圧が近づいてくる。サリマンはもうこちらを見ていない。その必要がないからだ。私は歯を食いしばる。来る。そう理解した時にはもう、世界の方が先に落ち始めていた。


背後から来た最初の砲弾が穀物庫外縁の石壁を抉り、視界の端で積み上がっていた袋山ごと吹き飛ばす。爆音は矢や爆破のそれとは比べものにならず、空気そのものが一拍遅れて胸へ叩きつけられる。私は重い剣を握ったまま、崩れる方向だけを見て左へ半歩、次に足場の浅い継ぎ目へ踵を噛ませて体を低く落とす。石片が肩を打ち、木片と粉の混じった破片が頬を裂くが、最初から避け切るつもりで動いていない以上、その程度は計算に入っている。問題は二発目がどこへ入るかだった。砲撃は一度の大技で終わらない。落ちた一発で逃げ道を狭め、二発目で姿勢を乱し、最後の一発で立っている場所ごと奪う。そういう順番で組まれているのが見えていた。

二発目は前方の低い木柵ごと床を砕いた。正面へ抜ける線が消える。そこへサリマンが合わせてくる。砲撃で巻き上がった粉と煙を背に、崩れた姿勢のままクロスボウを起こし、毒を先に置く。爆音の直後は人間の判断が遅れる。そこへいつもの焼却と爆破を混ぜれば、こちらがどれだけ理解していても足は止まる。普通ならそうなる。だが、私は砲撃の音とサリマンの射撃を一続きのものとしてしか見ていなかった。毒の矢が落ちた位置へ火が通る前に、熱のまだ浅い石床へ足を滑らせ、クロスボウの横殴りへ移る肘の角度だけを拾って体を外す。砲撃で崩れた地形は見慣れた倉庫街ではなくなっていたが、相手にとっても同じはずだった。足場を失ったのはこちらだけではない。

サリマンは五割を切ってからの押し込みで、綺麗さを捨てている。毒を置き、焼き、粉を爆ぜさせ、打撃で固定するという本来の組み立ては残っていても、そこに余裕がない。砲撃に自分の射撃を噛ませることで無理やり決めにきている。だからこそ、隙ではなく焦りの方が先に見える。私はその焦りを見ながら、左手でレイピアの柄を握り直す。刃先はさっきよりわずかに丸い。細かな装甲粉がへばりつき、冷えた灰色だった表面がさらに濁っている。だが、折れてはいない。欠けは浅く、修繕効果のせいか、崩れた先端も致命的な形にはなっていない。まだ通せる。まだ頭を拾える。そう分かっただけで十分だった。

三発目が来る気配は、音より先に地面の振動で分かる。直撃する場所は見えない。砲撃は高所から一直線に落ちる矢と違い、空間のどこを裂いて来るかが最後まで曖昧だ。私は視線をサリマンから外さない。砲弾そのものより、サリマンがその着弾に合わせてどこを塞ぎたいかの方が先に分かるからだ。案の定、奴の立ち位置がわずかに右へずれる。こちらを狭い崩落跡と焼け残りの壁の間へ押し込み、最後の一撃で下から持ち上げるつもりだと分かる。なら、その線を外すしかない。私は半歩踏み込み、むしろサリマンに近づく形で角度を潰す。そこで古いアカウント特有の遅れがまた一度だけ顔を出す。入力に対して体の向きがわずかに遅れ、完璧なら抜けていたはずの位置に肩が残る。だが今度は慌てない。遅れたなら、その遅れを前提に次を取るだけだ。私は肩へ入るはずだった衝撃を受け流すように体を捻り、そのまま重い剣ではなくレイピアの腹を使って横から迎える。

最後の一発は、完全に受け止めるには重すぎた。砲弾の外殻が刃と擦れた瞬間、腕の骨まで痺れるような震動が走り、手首が折れそうになる。だが、真正面から止める必要はない。必要なのは軌道をずらすことだけだった。鈍い色に濁ったレイピアの腹が砲弾の外縁を叩き、火花と金属粉を撒き散らしながら、その進路をほんのわずかだけ外へ逃がす。砲弾は私の背後ではなく、サリマンの左後方、既に半壊していた壁の残骸へ突き刺さり、そのまま遅れて炸裂した。爆風は内向きではなく横へ流れ、巻き上がった粉と煙を一気に吹き飛ばす。さっきまで視界を塞いでいた白と灰色の濁りが、そこだけ不自然に引き裂かれた。

その瞬間、周囲の空間が初めてまともに見える。

砲撃で落ちた外壁の向こうには、穀物庫外縁だけではなく、その先の荷捌き場まで剥き出しになった広い空間が繋がっていた。崩れた石壁の隙間から月光に似た白い照り返しが差し込み、焼けた袋山、砕けた荷車、黒く焦げた床、毒で濡れた石材、崩落した高所の足場まで、さっきまで別々に見えていたものが一続きの戦場として露わになる。粉塵の奥で曖昧だった遮蔽物の位置も、爆ぜた小麦袋の残骸も、地形が途切れている場所も、全部が一度に明るみに出る。逃げ場のない閉じた倉庫街ではない。既に四方の輪郭が削れ、空と外気に晒された、剥き出しの処刑場に変わっていた。

爆風はサリマンにも返る。最後の砲弾を自分の左後方へ逸らされたせいで、崩れた壁材と圧をまともに受け、奴の体が横へ弾かれる。クロスボウを支えたまま石床を滑り、瓦礫へ肩を打ちつける。プレイヤーが入っている以上、ただの演出吹き飛びでは終わらない。サリマンはすぐに受け身へ入り、ノックバック回復に必要な最短の動作で体勢を立て直そうとする。私はその一連を見ながら、逆に一歩も追わない。今必要なのは、倒れた相手へ飛びつくことではなく、互いの立ち位置と、崩れた戦場の意味を同時に掴むことだった。

サリマンが片膝をついた姿勢から立ち上がる。砲撃の爆風で外套の端が焦げ、肩口の装甲も一段薄くなっている。頬から首にかけても細かい傷が増え、頭部へ積んできた打点のせいで視線の戻りがまだ少し遅い。それでもクロスボウは落とさない。こちらを見失ってもいない。だが、その目の前に立っている私は、やつにとって相当に悪い絵になっているはずだった。砲撃の最後の一発まで抜いたのに、装甲は大きく割れておらず、姿勢も崩れず、レイピアも折れていない。実際には肩口の内側に熱が残り、背中も破片で浅く裂け、指先にはまだ砲弾を逸らした痺れが残っている。だが外から見える情報は別だ。防御性能と修繕効果のせいで、壊れたようには見えない。むしろ、まだ立っているという事実だけが不自然に強く見える。

そこに広がった戦場は、もうサリマンのものではない。毒も火も爆破も、まだ脅威のままだ。だが閉じた空間で相手を追い詰めるための壁も、粉を溜めるための袋山も、角度を取るための足場も、砲撃でかなり失われている。サリマンのノックバック回復が終わるのと同時に、その現実が互いの視界へ同時に入る。あいつはここで、自分がもう最初の形には戻れないと知る。私は逆に、ここから先は全部見えると理解する。どこに爆破を置けるか、どこへ踏み込めば頭が空くか、どこで押し込めば自分が死ぬか、その全部がもう隠れていない。

私はレイピアの切っ先をわずかに下げる。鈍く濁った先端に、砲弾を弾いた時の煤と装甲粉がまだ残っている。そのまま一度だけ重い剣の柄へ触れ、すぐに離す。まだ抜く場面ではない。あれは最後でいい。今はまだ、もう一度だけ頭を拾うための時間だ。サリマンも同じ結論に辿り着いたのか、立ち上がった姿勢のまま距離を取り直すのではなく、むしろ一拍だけ前へ残る。綺麗なパターンへ戻るのではなく、この剥き出しになった空間の中で、どちらが先に相手の土台を壊すかだけを問う顔だった。

砲撃の余波で崩れた外壁の向こうまで視界が通り、粉塵も煙も既に引いている。焼け焦げた穀物と砕けた石床、崩れた荷車がそのまま露出したまま止まり、戦場の輪郭だけがはっきりと残った。私はその場から動かず、刃先だけを僅かに下げたまま正面を維持する。鉛の剣派生レイピアの先端は摩耗で丸みを帯び、サリマンの装甲を削った粉が付着して色がさらに濁っているが、折れてもいなければ刃が死んでもいない。むしろ低切断で打点を通すには都合がいい状態に収まっている。

サリマンが立ち上がる。肩口は削れ、外套は焼け、動きには明確な遅れが出ている。 それでもクロスボウは落とさず、こちらへ正対する。距離を取り直す選択をせず、そのまま踏み込む。 ここで既に判断を誤っている。 遠距離で組み立て直せばまだ崩せる余地はあったが、目の前の相手が崩れていないように見えることで、押し込めば終わると誤認している。

最初の打撃は速いが粗い。 私は避けない。 避ける必要がない位置に最初から立っている。 体の軸を半分だけ外し、クロスボウの横殴りが通過した瞬間にレイピアを側頭部へ触れさせる。 浅い一撃だが、既に蓄積しているスタン値の上に乗るため、戻りが一拍遅れる。 サリマンはその遅れを理解する前に二手目へ移る。 近距離射撃を強引に差し込むが、照準が合う前に私は軸をずらしているため、矢は空を切る。 そのまま顎の付け根へ二度目の打点を通す。 ここでも深追いはしない。 動きが変わらない範囲で、必要な分だけ触る。

サリマンはここで完全に距離管理を捨てる。 連続で押し込み、打撃と射撃を混ぜて強引に体勢を崩そうとするが、全てが半拍遅い。 手首と肘に入れていた蓄積がここで効いている。 振り終わりが鈍り、持ち替えが引っかかり、次の行動へ繋がらない。 その遅れに対して、私は同じ動きを繰り返す。 額の端、耳の後ろ、顎の付け根、いずれも低切断で浅く当てるだけだが、三度目の連続打点が入った瞬間、サリマンの視線が完全にズレる。 踏み込み足が空を踏み、膝が落ちる。 ここで初めて完全なブレイクが成立する。

この瞬間まで私は一度もエクセキューソナーズソードを抜いていない。 必要なのはここだけだからだ。 レイピアを離し、最短の動作で重い剣を引き抜く。 サリマンはまだ倒れていないが、行動の接続は完全に切れている。 体勢を戻す前に間合いを潰し、体幹へ一撃を叩き込む。 処刑判定が入る。 ボスである以上即死はしないが、既に体力は限界域に入っているため、この一撃で耐久の底を抜く。

サリマンの体が崩れる。 支えを失ったまま後方へ倒れ込み、クロスボウが床へ落ちる。 立て直しは入らない。 ブレイクからの処刑で、行動復帰のフレームが完全に潰されている。 そのまま動きが止まる。 私は追撃しない。 必要がない。 勝敗はここで確定している。

レイピアを拾い直す。 刃先は潰れ、色は濁っているが、まだ使える状態を保っている。 砲撃も爆破も毒も全て通した上で、こちらの構造は崩れていない。 削り切ったのではなく、最後まで崩させなかった結果として、サリマンだけが限界を超えて落ちた。

「…これで勝利だ、ヘンな話嫌程聞くよりはこっちの方がいいってこった」


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