76. 尋問、取引、友誼
剣を鞘に収めた中将が「落ち着いて話のできる場所はないか、ここにいては気分が悪くなる」と辺りを見回したので、近くで呆気にとられたまま一部始終を眺めていたドレッシュに頼んで船内を案内させることになった。
先頭にふらつく足取りのドレッシュ、その後ろに名状しがたい液体滴るルカの首を無造作に抱える中将、そのまた後ろにテレミア、オト、ラズエイダという隊列で濃い血の臭いの張り付く船内を進む。
あちらこちらに氷魔導や土魔導による攻撃の跡が残り、また苦し紛れに飛び移ってきたらしいルカによって散々に荒らされた船内の光景は、昨日までとはまるで違って見える。
テレミアは目前を進む中将の背中を見上げた。
彼は背後の海賊から攻撃されることを全く恐れていないらしい。無防備な背中を晒したまま、すらりとした品のある歩き方で、ドレッシュの後について進んでいく。
その自信が一体どこから湧いて出るのか、テレミアには想像も付かなかった。
「ここは……大丈夫でしょう。お使いください」
「ご苦労」
ドレッシュが扉を開けて船室の一つに中将を促し、そしてその後にテレミア、オト、ラズエイダもついて入った。
船の揺れのために調度品が床に散乱してはいるものの、特に壁や床や天井に穴が開いていることもない、海賊に襲われた割には綺麗なままといえる部屋だった。一人用の大きな寝台が置かれているから、船長であるドレッシュかそれに類する役職の人間が使う船室なのだろう。
そそくさとドレッシュが扉を閉めて退散していくのを見送ってから、中将は置かれた机の一辺に椅子を置き、軍服に皺一つつけない完璧な姿勢で座った。
その一脚以外に椅子はなかったため三人で横並びに立っていると、中将が「座りたまえ」と寝台を示した。
テレミアたちは互いにどうすればいいのかの判断を委ね合って、最終的に誰からともなくおずおずと腰を下ろした。
「さて、これで話ができる」
中将は年季の入りつつもハリを保った顔に笑みを浮かべ、優雅に肘掛けに両の肘をつき、手を胸の前で組んだ。
「私は諸君の素性に非常に興味を惹かれている。私が知る限り、赤髪の君───テレミアといったか?」
「はい」
テレミアは短く返した。
中将の動きを最大限に警戒し、いつでも剣を抜き放てるよう意識を研ぎ澄ませる。
しかし、その警戒のそぶりを表に出して無用な緊張を生んでしまうことも、望ましくはない。
綱渡りの始まりだ。
「テレミアは”幽霊海賊”ルカと同じ牛鬼海賊団の出自であるという話だが、なぜ仲間であるルカを殺したのかね?」
素性に興味を惹かれている、という前置きの通りに、中将の質問は最初からテレミアの生い立ちに深く関わる部分に踏み込むものだった。
「……私たちは、別に一枚岩じゃありません。私とルカは仲間でも何でもありません」
「つまりルカとは別の部隊の所属である、というわけか。しかし、なぜルカを殺したのか、という問いに対する回答にはなっていないな。もう一度問おう、なぜルカを殺したのか、教えてくれ」
中将は抑揚をつけることもなく淡々と指摘し、再度テレミアに問うた。
「ここにいる、オトを助けるために、そうするしかありませんでした」
向かい合う目の輝きが増したような気がした。
「詳しく」
「オトはこの郵便船の中に、客人として幽閉されていました。ドレッシュ……さっきの人の娘だということが分かったからです。ドレッシュはオトを私たちから引き離そうとして、オトを薬で眠らせて船に乗せ、私たちを軍に通報したと聞いています」
左隣でオトが小さく頷くのが分かった。
この一連の企みについて、既にドレッシュから聞かされていたのだろう。
「それで?」
中将は続きを促すばかりで、何を差し挟もうというつもりもないらしい。
「ハーダーン島に置き去りにされた私たちは、軍に捕まる前に島を出ることにしました。ほとんど何も持たずに小さな船で海に出て、そのとき遠くに燃え上がる郵便船が見えたんです……あの中にオトがいる、とは分かっていたので、必死に助けに向かいました。敵がルカだったのは、たまたまです。これで、答えになっていますか?」
「そうか、おおよその事情は把握した」
剣と盾の力には触れることなく、最低限の説明だけをもってテレミアは質問への回答とした。
中将は顎に手を当てて考える様子だったが、すぐにその手を下ろし、テレミアから視線を外した。
少なくとも表向きはこちらの発言を疑わないのだな、とテレミアは一つ情報を自分のものにした。
「では、オトと、君は名前を何と?」
誰何に対しやや長い間を置いて、
「……アラダ、という」
とラズエイダは答えた。
目の前の老将が他国の情勢に明るい可能性を踏まえてだろう、緊迫した場面でありながら自分の名前を偽り続けることにしたらしい。
幸い、中将が不自然な間を怪しむ様子はなかった。
「オト、そしてアラダ、諸君も牛鬼海賊団の人間ということか?」
「私はそう、です」
「私は別の場所の人間だ。少々込み入った理由があって、テレミア達と共に旅をしている」
オトは小さな声で、ラズエイダはよどみなくスラスラと、それぞれの答えを口にした。
「その少々込み入った理由とやらは、ここで明かせるものか?」
自分の使う言葉に直接問いを向けられることは想定ができていたのだろう、ラズエイダは考え込むことなくゆっくりと首を横に振った。
「必要以上に話すことは、可能であれば控えさせていただきたく思う」
「そうか、では深入りはしないでおこう」
潔く身を引いた中将は、ラズエイダから視線を外した。
中将のここまでの振る舞いを見る限りでは、三人の罪を問いただしたり、海賊について知ることを洗いざらい吐き出させるような手荒なまねをするつもりはないようだった。ルカという極悪人から皇国の船を守った実績が、今のところは三人を守ってくれている。
中将の態度に敵意がないことは常に一貫していて、それはテレミアにとってはむしろ警戒を強める理由にもなっていた。
こうして懐柔された末に、何か致命的な間違いを犯してしまっては悔やんでも悔やみきれない。
隠さなければならないのはラズエイダの身の上だけではない。
テレミアはかつて皇国に略奪に出向いたことがある。ラグーダの遠征に参加したときのことだ。絶対的強者たる兄の歓心を買うために、正面切って何人もの水夫を亡き者にした。
「幽霊海賊殺し」がテレミアの称号であるうちは、素知らぬ顔をして皇国の味方を偽る他にない。そこから先を知られてしまえば、何が起こるかは考えるまでもないだろう。
「それでは大きな質問の二つ目だ」
中将はおもむろに床に置かれたルカの頭を軽く蹴り付けた。散乱する髪に絡まった耳飾りがカラカラと音を立てた。
「一体どのようにして、この首を討ち取ったのか、聞かせてほしい」
口を開く前に、右隣のラズエイダが手でテレミアを制した。
「改めて言うが、私達の口から必要以上の物事を明かすことはしたくない。私達の戦い方についてならば、ドレッシュに訊くか、その辺りに沈んでいる海賊を引き上げて尋問すれば十分に情報を集められるはずだ」
ラズエイダはテレミア以上に警戒を強く前面に押し出している。
中将はまた顎に手を当て少し考えてから、ふっ、と息を漏らした。
「明かせないものならば、無理に明かせとは言わん。諸君の生命線であるのなら、秘匿することにも意味はあるだろう」
またしても、中将は投げ返された拒絶をあまりにも潔く受け入れた。
「……英断に感謝を申し上げる」
ラズエイダの声に僅かな戸惑いが混ざっているのが、同じ感情を抱いていたテレミアにはよく分かった。
端麗な笑みを浮かべることで感謝を受け入れた中将は、「では」と明るい声色で切り出した。
「諸君は私を恐れて話をしてくれないようだから、少し私の推論を聞いて貰うことになるが、それで構わないね?」
答えを待つことなく、中将の口は回り始めた。
「まず、このルカという男は長年皇国を悩ませてきた名うての海賊だ。”幽霊海賊”という異名をとるのは、その独特の強襲方法に由来する」
物言わぬ首を床に転がしながら、中将は皇国から見たルカの姿を語る。
「青龍魔導、という魔導がある。遙か南の”果て”に棲むという青龍が特別に気に入った人間に与えると伝えられる、船の気配を消すための魔導だ。同じ青龍魔導で打ち消すか、それかよほど近くにいるのでもなければ、魔導の効力下にある船を視認することは叶わない」
テレミアは、なるほど、と心の内で呟いた。
遠くにいたはずの郵便船が突如見えなくなり、そしてヘステスの魔導の効果で再び見えるようになった、ということがあった。
そのからくりが、つまり青龍魔導なのだろう。
「ルカらはこの青龍魔導によって、自らの乗る船、そして襲う船の双方を隠す。襲われる船は、襲われるその瞬間まで、海賊船に取り囲まれているという危機的状況に気づけない。また青龍魔導の使い手を有していない我々としてみれば、いくら根を詰めて警戒網を張り巡らせようと見つかるのは既に破壊の限りを尽くされた船の残骸ばかり……という、全く手の打ちようのない相手だった」
予想通りの説明が続いたところで、突如中将が「テレミア」と名前を呼んだ。
「君は先ほど「遠くに燃え上がる郵便船が見えた」と言ったな」
何を言いたがっているのか、と一瞬訝しんだテレミアは、しかしすぐにその言葉が意味するところを悟った。
見えるはずがないのだ。
中将の説明通りルカが青龍魔導を使っていたのなら、「遠くに」いる郵便船が「見えた」というのはどうやってもおかしい。
最初に郵便船が燃え上がっていることに気づいたのはファンエーマだった。
もし生きて帰ることができたなら、ファンエーマに確かめてみないといけない。少なくとも、テレミアが持つラズエイダの記憶の中に、ファンエーマが青龍魔導を使う場面は存在しない。
もし生きて帰ることができたなら、だが。
「ここから導かれるのは、君か、アラダか、またはこの場にいない誰かが、我々皇国軍ですら把握していない、青龍魔導という極めて希少な魔導への有効な対策を保有していること」
悠々と推論を述べ終えた中将は、一呼吸置いて続けた。
「次。本船の周囲にはルカの率いる船のうち五隻が集結しており、二隻は何らかの方法により装甲壁に穴を空けられ沈没。目下炎上中の三隻の船上には至近距離から攻撃を受けたと思しき遺骸が複数所在。首魁たるルカは胸から氷の杭を生やして伏していた。なお、攻撃者と思しき三名が船舶間を渡るのに船や梯子等の器具を使用した形跡はなく、風魔導による飛行が可能と思われる。加えて、テレミアは私に対して雷魔導による攻撃を、オトは忍術による抵抗を、それぞれ試みた。……さて、一体いくつ魔導属性を数えられるだろうか?」
偵察任務に就いていた、と初めに語っていたのを思い出す。しっかりと見るべき場所は見て回ってきたらしい。
とはいえ、到着が遅かったのだろう、どうやら人間離れした青い影を確認することはできなかったようだ。少なくともこれを利用されることにはならなそうだとテレミアは息を吐いた。
「ここから導かれるのは、テレミア、アラダ、オト、この三名が我が軍の精鋭にも勝るとも劣らない正面戦闘能力の持ち主でありながら、複数属性の魔導を高水準で扱う魔導士でもあるということ」
一度落ち着いてみれば、どうにも中将の使う言葉はこの場にそぐわないように感じられた。
海賊という敵視すべき存在に対して使うには、やけに響きが良い。
ここに来て、ようやくテレミアの中で一つの仮説が形を成した。
「次。皇国軍駐屯地に逃走中の海賊の存在を報告すべく訪れた郵便局員は、我々に対し一切の人的、物的被害を立証できなかった。また、報告のあった海賊が拘留されていた郵便局を脱走する際、局員を無力化するために用いた手段は、呪術による睡眠という非常に攻撃性の低いものだった。そして、今私がこうして会話する相手は、私の知る海賊とは似ても似つかない礼節をわきまえた存在である」
相変わらずの芯の通った声と、そして冷静になってみればどうにも柔らかい顔つきで、中将は三つ目の推論を締めくくりに入った。
「ここから導かれるのは、諸君が大きな力に加え、その力を振りかざす場面を適切に選ぶ理性をも兼ね備えていること」
それはもう純粋な褒め言葉でしかなかった。
テレミアの顔に現れた変容を見て取ったのだろう、中将は何度か満足げに頷き、そして傍らの机に無造作に頬杖をついた。
その何気ない仕草にすらも、磨き上げられた品を感じることができた。
「以上が、私が諸君に興味を持つ理由だ。まだ年若いはずの諸君は、まるでどこかの国の特級諜報部隊か、そうでなければ昔話の英雄がそのまま現世に現れた存在であるかのようにすら思える」
「……そんなにおだてて、何をお望みですか」
この男は私たちの実力を買って、何か提案をしようとしている。
そう考えれば、これまでの発言や振る舞いには大方説明がつく。
中将が進めていたのは、尋問ではなく取引だったのだ。
「望む物ならいくらでも思いつく。その実力を日の当たる場所で活かしてみようとは思わんかね? 諸君の生まれが諸君を海賊に縛り付けるというのなら、私が鎖を断ち切ってやろう。それと、諸君の実力を僅かな時間でそれほどにまで引き上げた師がいるのなら、是非とも我が軍の教導役として着任願いたい」
断れば皇国の法に基づいて処刑だ、という一句を付け加えないのは、戦いになるのを恐れているのか、それとも断られるはずもないという自信か。
「どうだね」
テレミアは中将の提案を飲んだ先にある、自分と仲間たちの未来を想像した。
命を長らえるという意味では悪くない。一方で、思いのままに海を行くことのできない不自由さは息苦しいだろうな、とも思う。
しかし何よりも、忘れてはならない問題がある。
「私たちを引き入れたなら、皆さんが抱えることになる問題があります。それさえいいなら、考えます」
「ほう」
身を乗り出してきた中将に向けて、テレミアは静かに告げた。
「三年後に、私は牛鬼海賊団船団長、ジャルダと戦うことが決まっています。今、私たちはジャルダに立ち向かえる実力をつける必要に駆られて、大迷宮へ向けて旅をしているところです。その旅を諦めさせるのなら、私と一緒にジャルダと戦ってもらえますか?」
「……」
一瞬にして、中将の顔から柔らかさが消え失せた。
北方海域における諸悪の根源たる牛鬼海賊団が、周辺諸国の全てから敵視されながらも、今の時代まで続いてきたのにはそれなりの訳がある。
ジャルダはその「訳」のうちの、とても大きな部分を占める。
テレミアの知る限り、ジャルダが略奪に失敗したことはない。彼がカライアに凱旋するときには、かならず金銀財宝と麗しい女を連れているものだった。その女がどこかの国の王女らしいと風の噂に流れてきたのも、一度や二度のことではない。
皇国も相応の被害を受けているはずで、しかしこれまでにジャルダを討伐できていないのだから、ジャルダとは皇国軍の手に余る存在であるはずだった。
中将は初めて長い時間悩み、やがてゆっくりと首を横に振った。
「……それは、私の一存ではどうにもならないな」
「なら、今の話は諦めてください」
テレミアは淡く笑って、寝台に深く腰掛け直した。
これで、テレミアたちと中将は、別の落とし所を探さなければならなくなった。
ジャルダのことについては黙っていれば良かったかもしれない、と後悔が頭を満たしかけるも、テレミアはそれを振り払った。
何かいい方法はないだろうかと頭を回し始めたのもつかの間に、「良いだろうか」と今度はラズエイダが言葉を発した。
「率直に要求を伝える。ルカの討伐に関する報奨金や報酬の一切を放棄するから、その代わりに私達を見逃してはもらえないだろうか。私達は速やかに皇国の外に出て、二度と皇国に関わらないことを約束できる」
「ふむ」
テレミアと同じように考え込んでいたようだった中将は、ラズエイダの言葉を受け止め、顎に手をやった。
「それはつまり、手綱をつけられたくない、と?」
「解釈は自由だろう。別に中将殿に損害を与えることもないはずだ」
ラズエイダは毅然とした態度で返した。
中将はじっとラズエイダの顔を見つめる。そこに何かを見いだそうとしているようだった。
「アラダ、君はどうもこういう類いのやり取りに明るいようだな」
「そう見えるのなら、そうなのだろう。今話すべき物事ではない」
「私は諸君と仲良くしたいだけなのだよ」
「万が一にも、テレミアを権力争いの駒とされるわけにはいかない」
「……そうか」
ラズエイダの態度は変わらない。
固い声色に秘められた決意が何であるのかを知り得ないまま、中将はため息をついて身を引いた。
そして、中将はおもむろに指を二本立てた。
「私からの提案は二つだ」
「!」
息をのむ。
もったいぶった言い方は、中将がこの交渉を終結させることを決心したのだと明白に示していた。
中将の示す二つの提案を飲めるかどうかで、己の首が明日もつながっているかどうかが決まる。
テレミアは立てられた指から中将の顔に視線を動かし、生み出される言葉を待った。
「一つ、諸君に正式な皇国の身分証を与えよう。無論、一切の過去は不問とする。出入国、滞在、行商に際して手間がかからなくなることが大きな利点となるだろう。もう一つは、私ヴィシュレール・ルルモド・レンドンと個人的な友誼を結んでもらおう。私から諸君には一切の干渉をしないことを誓う。逆に、皇国において何か便宜を図ってほしいことがあれば、好きに私の名前を使って貰って構わない。これらの条件を飲むのなら、私は諸君を断罪しない。……どうだね?」
「……え?」
「……は?」
同時に二つの声が上がった。
テレミアは右を向き、おそらく自分と瓜二つの戸惑いの表情を浮かべるラズエイダと顔を合わせた。
二人はぱちぱちと目を瞬かせ、混乱のままに口を開いた。
「……なんというか、その」
「私達に都合が良すぎないだろうか」
「そう見えるのなら、そうなのだろうな」
中将はつい先程己に向けて言い放たれた言葉を当人に放ち返し、軽くおどけてみせた。
「で、どうなのだ。これ以上はないと思うがね」
付け足された一句は、実質的には「私達に都合が良すぎる」というラズエイダの解釈をそのまま認めるようなものだった。
意図を読み切ることができず、テレミアは頭を片手で抑えながらゆっくりと絞り出した。
「私たちにしてみれば、問題は、特に思い浮かばないですけれど。友誼といっても、関係を利用する権利は完全に私たちの方にあります。しかも私たちは海賊という身分のままで、皇国に出入りできることになります。それで、いいんですか?」
「それでいいと言っている」
間髪入れずに中将は頷いた。
テレミアは天を仰いだ。
いよいよわけが分からない。
こうすることで、中将には何の利が生まれるというのだろうか。
ラズエイダも答えを出しかねているようで、ただ大きな呼吸を繰り返すばかりだった。
そんなときだった。
「多分、嘘じゃない」
涼やかな声が響き渡った。
声のした方を向くと、膝を揃えて背筋を伸ばしたオトが、中将に向けて何かを言おうとしているのが目に映った。
「ほ、本当に友達になろうって、言ってるだけ、です、よね」
オトは何度も言葉につっかえながら、とってつけたような礼儀とともに、中将に問うた。
中将は満面の笑みをもってそれに答えた。
「ああ、その通りだ」
「ほら、二人とも。そう言ってる」
「え、ええ?」
オトはふんす、と鼻息を吐いて胸を張った。
目を白黒させていると、中将が「なるほどな」と納得したように呟いて、おもむろに足を組み、身を傾けた。糊の利いた軍服に幾重にも皺が寄った。
「将来性のある若者を見込んで唾をつけておくくらい、後先短い老人の楽しみとして許してくれはしないかね。私が諸君を面白いと思ったから、こうしているのだよ。これでも私は皇国では武闘派で通ったクチでね、戦場に生き戦場に潰えることを志して早四十余年になるが、諸君ほど私の興味をかき立てる存在に出会ったことはない。叶うものなら、是非ともその実力を我が身で味わってみたいものだ。無論、諸君が皇国の敵に回るようなら、その際は嫌でも全力で以て相手することになるだろうが」
それを聞いて、テレミアはようやく中将の真意を理解できたような気がした。
……きっとこう言ってやれば、この老将は喜ぶのだろう。
「あなたは、とてもジャルダと似ていますね。戦いを追い求め、強さを誇り、強者を尊ぶところが」
案の定、中将の顔には、凶暴で、子供が浮かべる無邪気な表情にも似た、純粋な興奮が浮かび上がった。
「そうか! それは身に余る光栄だな!」
海賊に似ているのが身に余る光栄、などと軍人が喜んでしまっていいのだろうか。
呆れ混じりの疑問がよぎるも、それは胸の奥底に封じ込めておくことにした。
テレミアは寝台から降りて片膝をつき、左胸に手を当て、頭を垂れた。
「あなたの提案を受け入れます」
「ああ、そう固くならないでくれ。我々は友人なのだから」
床に向いた視線の先に、大きな手が差し出された。
テレミアは顔を上げてその手を握った。
剣を握ることに最適化された、武人の手の感触だった。




