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武闘派作家の取材記録〜悲劇の虚構救者〜  作者: 鍵男
1章、天文台の聖女
9/11

4話「チェス・ウィズ」

チェスの部分はなんか雰囲気で読んでください

あとちょっと短めです

ハンクは聖女に導かれ、静かな一室へ通された。

助手は別室に戻されている。


部屋の中央には小さなテーブルと木の椅子が向かい合い、白黒のボードと駒が整然と置かれていた。

ほの暗いランプの光が、艶やかな駒に鈍く反射している。

「あなたに伝えたいことがあるんです」


聖女の声は、張り詰めた静寂を破るように穏やかだった。

「その前に、信じてもらいたい。…賢くない私は、こうする方法しか思いつきませんでした」

ハンクは盤上を見下ろす。


「チェスか」


聖女は静かにうなずき、白い指で駒に触れた。

「考え事は捨てて、盤面だけに集中してください。でも、一つだけ忘れないでください」

瞳に完全な漆黒宿し、彼女は言う。


――あなたが何をしようと、あなたは絶対に負けることが決まっています。


()()()()()()()()によって……」

その言葉に、ハンクの胸に苛立ちが灯る。

聖女の傲慢にではない。最初から未来が決まっているかのような物言いが、どうしても癇に障ったのだ。



ならば勝つしかない。決まった未来などきっと存在しない。



____________________________________


「チェスはやりますか、 クイーン落ちで始めますか?」


「多少大会は見る。大丈夫だ」ムスッと応じるハンク。


「ふふ、あなたのプライドは高いのですね。では敬意を表して白黒はコイントスで決めましょう」

コインが宙を舞い、カチリと床に落ちる。


結果は白、ハンクが先手だ。彼は時計をセットし、一手三分の戦いが始まる。



「さて、やるか」

首を回し、指を鳴らし、白いポーンをつまむ。

コトリ、と軽やかな音が響いた。



e4――ポーン前進。

「e6」聖女は迷いなく応じる。フレンチ・ディフェンス、堅実な構えだ。

(守り主体か。王道だな)ハンクは警戒しつつ攻めを選ぶ。


d4、そしてd5。

盤中央でポーン同士がにらみ合い、空気が張り詰める。

Nc3、Nf6。ナイトが跳ね、駒音が部屋に小気味よく響く。


白先手の有利を生かし、序盤はハンクが盤面を支配した。

中央を押さえ、駒は伸びやかに展開していく。

だが、彼は勝ち急いだ。


決定打を焦るあまり、fポーンを前に突き出し、キャスリングした自陣の王前に穴を開けてしまう。

さらにクイーンまで早々に前線へ飛び出し、黒のビショップとナイトに追われて盤端へ。

白の女王は孤立し、役に立たぬ飾りと化した。


聖女は一切の好機を逃さない。

無駄口を叩かず、ただ静かに、淡々と指す。

その一手一手が網となり、ハンクの駒を絡め取っていく。

終盤、黒ナイトがL字に跳ねる。


チェックを繰り返しながら、同時にルークやビショップへのフォークも仕掛ける。



ハンクは王を安全圏に逃がそうとするたび、別の罠に追い込まれていく。

盤上の導線はまるでなにかに従うようで、彼が一歩進むごとに道は狭まっていった。

気づけばキングはh3へと追い出され、頼みのクイーンもビショップも封じられ腐っている。


g5には黒のクイーンが陣取り、逃げ道を削ぐ。

目の前のh4ポーンは取れない。背後のh8ルークが睨んでいる。


(負け濃厚か……)


「チェック、」

c8のビショップがキングを狙っている



ハンクは最後の望みで、迫る黒ビショップの斜線を遮ろうと、g2のポーンを二歩突いた。




次の瞬間、聖女の白い指が静かに駒を滑らせる。


h4のポーンが斜めにすべり、駒のいないはずののg3に現れる。


「アンパッサン、チェックメイトです」


アンパッサン――一瞬しか許されない、過去の軌跡を刈る幻の斜め突撃。

その一手でg3が塞がれ、h8ルークの横撃ちが通る。

もうハンクの王には、一歩の余地もなかった。


「……そうか」

自嘲気味に呟く。チェックメイトだ。

パーティー用に整えたオールバックは、もうすっかり乱れている。



ハンクと聖女は、静かに握手を交わした。



_________________________________

「で? 俺を呼んだ本当の理由はなんだ?」


椅子にもたれ、投げやりに問うハンク。

「お察しの通り、私があなたの小説のファンだからではありません」

「そうか。ストレートに言われると、多少は傷つくんだがな」




間髪入れず、普通のことの様に続く言葉に、ハンクは言葉を失った。


「あなたを殺すためです」


一瞬の静寂

ハンクは聞き間違えを疑うが確かに言った”お前を殺す”と

「……なぜだ?」


「北極星が言ったからです」


数秒の間、5秒か10秒か。


その先にハンクは怒鳴っていた。


「君は北極星が言ったら人も殺すのか!」

その声は恐怖ではなく、彼女の生き方への怒りだ。



聖女は冷ややかに答える。


「あなたの能力と私の能力は反発します。

あなたのデウス・エクス・マキナは結末を書き換え、私のポラリスは決まった未来を映す。

あなたがいれば、私の星図は歪む。だから北極星は、あなたを殺せと言うのです」


ハンクはまだ能力のことを口にしていない。

それでも彼女は知っていた。事情も、過去も、未来も。


「俺は一度しか使っていない! この街とも関係ない!」

必死の反論も、彼女の返答は簡潔だ。

「バタフライ・エフェクト。あなたがどこかで使う限り、世界は歪む」


「なら説得して、使わなくすればいいだろ!」


「あなたはこれからも必ず使います。それに……」


聖女の声は氷のようだった。

「もう決まったことです。あなたは瞬間の致命の好機すらなく、緩やかに死にます。かわいそうですが」


その目は、すでに息絶えた猫でも見るように冷たかった。

ハンクは、どうしようもなく腹が立った。



「今日は殺しません。かわいい助手さんと最後のお別れを」

淡々と告げられる。


___________________________________


「明日、北極星が見えたとき、あなたを殺します。街の中でなら何をしても構いません。迎えに行きます」

その言葉が耳から離れなかった。

部屋に戻ったハンクは助手に事情を話す。死ぬ気など毛頭ない。


「じゃあ、どうすんの?」


話を聞き終えた助手が問う。


「彼女には全部見えてる。だが、北極星が見えているときだけだ。きっと道はある」


二人は同時にベッドに仰向けに倒れた。

「明日迎えが来たら説得してみるさ」

「死ぬなよ、バカ野郎」


窓の外には星々が瞬き、夜は深く続いていた。


次回「グラン・ギニョール・パ・パルフェ」

チェスってかっこいいよね。

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