1章 3節 12話
「降りろぉ!!!!」
突然、それまで余裕の表情だったガイアが叫んだ。
あまりにもイキナリな怒声であったので、ティープは何が起きたのか
理解できないでいた。
ガイアはウルスから視線を外すと、再度ティープに向き直り、
剣幕で怒鳴りたてる。
「降りろと言ってるんだよ!
早くっ!」
何を焦っているのかはわからない。
突然の豹変にティープは困惑する。
「撃つぞっ!」
と言った瞬間、ドキューン!という銃声が森に木霊した。
そしてガイアの身体が緩やかに傾くと、まずはハッチに倒れこみ、
そして、ハッチから落下して地面に叩きつけられた。
「きゃぁぁぁぁ!」
突然、上から降ってきた物体にミネルは叫び声をあげる。
降って来たのが、ティープだと思ったからだった。
ゲイリは銃声の音のした方角を見た。
そこには、木の枝の上から狙撃銃を構えている男の姿が見えた。
「ガル・・・・・・戻っていたのか。」
鋭い眼光が示すかのように、彼は学年で一番の射撃の名手でもある。
第1砲撃隊を指揮し、こちらに向かっているはずであったが、
本隊の異変を感じ、急遽森の中へ避難してきたのであろう。
背中には対戦車砲を担いでおり、それでFGを狙うつもりだったのであろうが、
ティープがコックピットに突っ込んでいったのを見て、
狙撃銃に持ち替えたのだと推測できた。
ゲイリ・ブレイク。彼は自他共に認める策士である。
戦況を読み、策を立て、事態を打開する。
だが、今回の件に関して彼は何も力になっていない。
しいて言うのであれば、森に逃げ込む事ができる場所に本陣を張り、
森の中にFGが侵入してきた際は、
迎撃できるようにティープを先行して森に向かわせていた事ぐらいである。
まさかティープが敵のコックピットに乗り込むとは考えていなかったし、
ガルが間に合い、狙撃銃でパイロットを狙撃するなど、
予想もしなかった事態である。
彼の策の及ぶところではなかった。
もちろん、その事は仕方ない。
策士と言えど万能ではなく、力及ばぬ事もある。
だが、ウルス。彼の運に底知れぬ力を感じる。
ゲイリは少し前に読んだ本に書いてあった記述を改めて思い出した。
歴史上、英雄と呼ばれる者はその生涯に3度は危機が訪れるという話である。
その3度の内、一度は絶体絶命の危機で、
そこを乗り越えた者が、偉人として歴史に名を残し、
そこで命を落としたものは、英雄として記録されるという。
では、ウルスはどうか?
彼はもう既に今回で命を狙われる回数は3度を数える。
そのどれも、命を落としていても不思議ではないほどの危機であったにも関わらず、
豪運とも呼べるラッキーさで危機を回避していた。
彼はどこまで行くのであろうか?
ゲイリはこの幼馴染の未来を考えた時に、恐怖さえ感じる。
そのウルスは、即座に落下してきたガイアの死体まで走り寄ると、
まるで獲物を見つけたハイエナのように死体を物色していた。
そんなウルスにゲイリは近付く。
ウルスはゲイリの気配に気付くと、まるで何かを見つけた子どものように、
目を輝かせてゲイリに物色したものを差し出した。
「ゲイリ!これを見てくれ。こいつが付けていたんだが。
何かわかるかい?」
彼の手には、男性が襟元につけるバッチ、ラペルピンが握られていた。
それはお洒落で付けているというよりも、社章のような
何かの組織の人間が付けるようなデザインをしていた。
そのデザインにゲイリは見覚えがある。
それは文字だった。確か古代の、まだ人間が地球と呼ばれる母星で暮らしていた時に
存在した文明の文字である。
文字の意味まではわからなかったが。
ただ、ゲイリはそれを確認した上で、あえて無視する。
「ウルス。ちょっとは人間らしい反応をしてくれ。
ミネルが引いている。」
ゲイリはウルスに小声で話しかける。
言われたウルスはミネルを見た。
彼女は腰を抜かしたかのように座ったままだったが、
明らかにウルスの行動にショックを受けているのがわかる。
それはそうであろう。一瞬前は命の危険に晒され、
目の前で人が死んだのである。
その死体をいきなり漁りにかかる学生は、そうは居ないはずであった。
彼らは士官学校に通ってはいるが、未だ軍属ではなく
一般人である。
「ああ、すまない。配慮が足りてなかった。」
忠告を受けた王子は素直に幼馴染に詫びた。
ウルスも完璧な人間ではない。
忠告を受け入れる思考は持ち合わせている。
しかし今更何かを取り繕うわけにもいかず、
彼は一旦、死体から離れる事にした。
頭上のティープに話しかける。
「ティープ!敵はまだ2機いる。
FGを操作できるか?もし使えるのなら、利用したい。」
ウルスの指示にティープは「OK」という合図を送って、
コックピットに潜っていく。
通信機である指輪から、通信が入る。
「カスタマイズされているようだけど、基本設計は一般的なFGだ。
大丈夫。これなら操れる。」
そう言うと、コックピットのハッチを閉じ、もたれかかった巨木を
脇に押しのけた。
ドン!という大きな音と共に、巨木が地面に倒れる。
一連の動きを見て、FGの操縦に問題ないことをウルスは把握した。
敵は来るのか?
味方と通信が途絶えたのだ。
様子を見には来る筈である。
彼らはまだ油断は出来なかった。




