ラブホテル
「……っ、これは」
引き出しを開けた瞬間、俺は思わず声にならない声を上げて、勢いよくそれを閉めた。
そこには、ラブホテルの代名詞とも言えるアレやコレが、まるで当たり前の備品のように整然と並んでいた。避妊具のパッケージがいくつも重なり、その横には艶かしい形をしたローターや、到底説明のつかない複雑なおもちゃが鎮座している。
「……まじかよ」
喉の奥から乾いた笑いが漏れた。外の雨音はいつの間にか遠ざかり、部屋の静寂がやけに重い。これまではドラマや漫画の中の出来事だと思っていたけれど、いざ目の当たりにすると、背筋がヒリつくような気まずさが込み上げてくる。
七海と二人、この部屋にいるという事実。先ほどまでの、透けたブラウス越しに感じた背徳的な余韻。それらに、この「大人の備品」たちが追い討ちをかけるように、俺たちの関係を強制的に異質なものへと変質させていく。
(落ち着け。これはただの雨宿り……)
そう自分に言い聞かせるけれど、心臓の鼓動は先ほどよりも速くなっている。
俺は視線を逸らすように、もう一つの棚を開けた。そこにはようやく、俺が求めていた「バスローブ」や「替えのタオル」といった、ごく普通の備品がまとめられていた。
「……よかった。これなら安心だ」
俺は安堵の息を吐きながら、清潔なバスローブと予備のタオルを洗面所に丁寧に置いた。引き出しの中の怪しげな備品たちを視界に入れないよう、細心の注意を払って部屋の中央へと戻る。
数分もしないうちに、洗面所のドアがカチャリと開いた。
「悠くん、お待たせ。……あの、これ着てみたんだけど、サイズ大丈夫かな?」
浴室から出てきた七海の姿を見た瞬間、俺の思考は完全に停止した。
そこには、濡れた髪をタオルで無造作に包み、少しだけ大きめのバスローブを身にまとった七海がいた。バスローブの襟元は浴槽の湯気と火照った肌の熱を逃がすように少しだけはだけており、その隙間から覗く鎖骨や、濡れて艶めく白い肩のラインが、先ほどの透けブラウス以上に圧倒的な破壊力で目に飛び込んできた。
さらに、裾から伸びる真っ白な素足は、何も纏っていない無防備さを強調していて、彼女が歩くたびにバスローブが揺れ、その下が見えそうになってしまう。
「っ……!」
俺は言葉を失い、喉の奥がヒリついた。あざとさなんて微塵もない、ただお風呂上がりにローブを羽織っただけの姿が、これほどまでに背徳的でエロいなんて。
七海は自分の姿が俺にどう映っているのか分かっているのか、首を傾げて「悠くん?」と不思議そうにこちらを見ている。その潤んだ瞳と上気した頬に、俺の理性の防波堤は一瞬で決壊した。
(やばい、これ以上見てたら……!)
俺は衝動的に股間を両手で隠すと、バッと背を向けた。
「……風呂! 俺、すぐに入ってくるから!……じゃ!」
「えっ、ちょ、悠くん!? 」
背後から七海の慌てたような声が聞こえたが、振り返る余裕なんて微塵もなかった。俺は逃げ出すように浴室へと駆け込み、そのまま壁にもたれかかって荒い息を吐いた。
心臓が早鐘を打っている。閉鎖された浴室の狭い空間に、彼女の残した甘い石鹸の香りと、俺の熱気だけが充満していた。
「……あいつ、本当に無自覚すぎるだろ……」
冷たいシャワーを頭から浴びて、どうにか暴れそうな心臓とブツを鎮めさせる。
「……落ち着け。まだだめだ。ちゃんとした時にするんだ」
鏡の中の自分にそう言い聞かせ、何度か深呼吸をしてから、俺は浴室のドアを開けた。
湿った空気を纏ったまま寝室へと戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
七海はバスローブを身にまとったまま、キングサイズのベッドの中央で大の字になって横たわっていた。どうやら俺が戻ってくるのを待っていたらしいが、寝返りを打った拍子にバスローブの合わせが大きく乱れていた。
「……あ、悠くん。おかえり」
彼女はとろんとした瞳で俺を見上げ、無防備に身体を動かす。
その瞬間、バスローブの裾がずるりと滑り落ち、彼女の太ももの付け根からその先にある秘部が露わになりそうになった。
「うっ……!」
七海は状況を理解していないのか、ふわりと身体を起こす。
ラブホ特有の、わずかに紫がかった妖艶な照明の下で、彼女の白い肌は陶器のように光り、俺の理性を内側から溶かしていく。
「……な、七海。お前、その……少し、格好に気をつけてくれないか」
俺は必死に視線を泳がせながら、乾いた声で言った。すると七海は、首をコテンと傾けて不思議そうにまばたきをした。
「格好? ……別に、悠くんになら見られてもいいよ?」
その無防備極まりない一言に、俺の理性が断末魔を上げる。彼女は悪戯っぽく口角を上げると、ベッドの上で膝立ちになり、じりじりと俺との距離を詰めてきた。
「……っていうか、悠くんこそ。そんなに必死に目を逸らして。……そんなに私のこと見たいんでしょ?」
「……我慢してるの!」
つい、本音を叫んでしまった。その言葉のあまりの切実さに、自分でも顔が熱くなるのを感じる。
七海は一瞬目を丸くしたが、次の瞬間、クスクスと喉を鳴らして笑い出した。
「あははは! そっか! ごめんね、悠くん」
七海はそう言って、俺の腕からスッと離れた。
さっきまで密着していたはずの体温が急に離れていき、心にぽっかりと穴が開いたような感覚になる。でも、少しだけ距離ができたおかげで、彼女の表情がよく見えた。
彼女は先ほどまでの小悪魔的な表情から一転して、どこか慈しむような、とろけるほど優しい眼差しで俺を見つめている。
「……私、大切にされてるんだね……」
「……実際に、大切だからな」
俺は素直にそう伝えた。恥ずかしさよりも、彼女を安心させたいという気持ちが勝った。
七海は、はにかむように頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう。悠くん」
「……どういたしまして」
少しだけ間が空いて、彼女が静かに俺の名前を呼ぶ。
「悠くん」
「ん?」
七海はベッドの上に座ったまま、少し恥ずかしそうに視線を伏せて、でもまっすぐに俺の目を見て言った。
「……また今度、ここ、来ようね」
その言葉の意味を理解した瞬間、全身の血液が頭に昇るような感覚に襲われた。
「……うん」
ようやく絞り出したその一言には、俺の全ての意志が込められていた。
七海は俺の反応を見て、照れ隠しのようにクスッと笑うと、今度は少しだけ声を潜め、俺の耳元で甘く囁いた。
「その時は私も我慢しないからね。……悠くんも、我慢しちゃだめだから」
耳元を掠める熱い吐息と、そのあまりに直球な誘惑に、俺は最後の理性をギリギリのところで繋ぎ止めるので精一杯だった。彼女は俺の動揺を愉しむように、いたずらっぽく唇を尖らせてみせる。
「……あはは、悠くん、顔真っ赤。……でも、そんなところも大好きだよ」
七海は満足げにそう言うと、ベッドの中央へと潜り込み、シーツを肩まで引き上げた。
彼女の小さな寝息が聞こえ始めるのを待ちながら、俺はソファで静かに体を横たえる。
外では未だに雨が激しく窓を叩いているけれど、この狭い部屋の中は、先ほどまでの張り詰めた緊張感が嘘のように溶け去り、心地よい安らぎに満ちていた。
読んでくださってありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★評価やブックマークで応援していただけると更新の励みになります!




