最終話 破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢
《クラリッサ王国》建国から一週間。
王宮の大広間では、国是を定める会議が開かれていました。
「皆様」
わたくしが、王座から立ち上がりました。
「わたくしたちの国の、国是を決定する時がまいりましたわ」
「国是ですね」
オズワルドさんが、ペンを構えます。
「では、クラリッサ国王のお考えを聞かせてください」
わたくしは、少し考えました。
この国の理念。
破滅フラグを踏み抜いた先に、わたくしが見つけたもの。
「わたくしたちの国是は――」
わたくしが、優雅に宣言しました。
「『気品・自由・そしてティータイム』ですわ」
「「「気品・自由・ティータイム!」」」
評議会の面々が、復唱しました。
「素晴らしい!」
北の村の村長が、感動した様子。
「気品は、わたくしたち市民のための品位。自由は、わたくしたちの権利。そしてティータイムは――心を落ち着ける時間ですわね」
わたくしが、微笑みました。
「この三つがあれば、市民たちは幸せに暮らせるはずですわ」
「完璧ですね」
リーナさんが、感心した様子。
「では、この国是を、憲法に追加しましょう」
オズワルドさんが、早速書類に記入します。
「《第三十五条:クラリッサ王国の国是は『気品・自由・そしてティータイム』である》」
「《第三十六条:クラリッサ王国の全市民は、毎日午後三時に、ティータイムを享受する権利を有する》」
「《第三十七条:ティータイムを妨害する者は、国家による厳重な処罰の対象となる》」
「待ってくださいまし!」
わたくしが、オズワルドさんを止めました。
「ティータイム中に誰かが話しかけてきたら、どうするのですの!?」
「それは……」
オズワルドさんが、考えました。
「例えば、『お茶の温度が下がるような話はお控えくださいませ』と申し上げる」
「ふふふ」
わたくしは、思わず笑ってしまいました。
「正に、わたくしの得意な対応ですわね」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィも、何かユーモアを感じたのか、跳ね回っています。
─
その日の午後。
街中で、ティータイムの準備が整えられました。
《ぷにぷに喫茶》の各支店から、紅茶が配られ始めたのですわ。
「皆様、《クラリッサ王国》の公式ティータイムを開始いたしますわ!」
わたくしが、広場で宣言しました。
「午後三時、全市民の皆様は、紅茶をお楽しみください!」
わああああああ!
市民たちから、歓声。
「ティータイム最高!」
「クラリッサ国王万歳!」
「紅茶最高!」
街中が、紅茶の香りに包まれました。
ぴぎぃぃぃ!
ピギィも、得意げに跳ねています。
─
翌日。
わたくしの執務室では、新たな統治体制についての会議が開かれていました。
「では、説明をさせていただきます」
オズワルドさんが、組織図を広げました。
「現在、わたくしたちの国には三つの主要機構があります」
「三つの機構?」
「はい」
オズワルドさんが、図を指差します。
「第一に、《王国統治機構》。政治と行政を担当します」
「第二に、《紅茶商会》。経済と産業を担当します」
「第三に、《冒険者ギルド》。治安と防衛を担当します」
「ですが、これまで、この三つは完全に独立していました」
「独立していた?」
「ええ。ですから、時々、命令系統がぶつかったり、齟齬が生じたりしていました」
オズワルドさんが、困った顔をしました。
「例えば、『《冒険者ギルド》が《紅茶商会》の護衛をするのは、給与が出ないのでは』という問題が起きたり」
「『《王国統治機構》が《冒険者ギルド》に命令するなら、給与を上げてくれ』という逆命令が起きたり」
「複雑ですわね」
わたくしは、頭を抱えました。
「そこで、提案があります」
オズワルドさんが、新しい図を広げました。
「三つの機構を完全に統合し、『《クラリッサ王国統一機構》』として一本化するのです」
「一本化?」
「はい」
オズワルドさんが、説明します。
「政治は《王国統治機構》が、経済は《紅茶商会》が、治安は《冒険者ギルド》が担当」
「ですが、全てクラリッサ様の指揮下に置かれます」
「つまり」
わたくしが、理解しました。
「完全なる統一体制ですわね」
「その通りです」
オズワルドさんが、微笑みました。
「これにより、政治・経済・防衛が完全に統合され、理想的な国家体制が完成するのです」
「では、決定いたしますわ」
わたくしが、宣言しました。
「《クラリッサ王国統一機構》、ここに発足いたしますわ」
─
その日の夜。
街の各地では、新しい体制への切り替え準備が進んでいました。
《ぷにぷに喫茶》の本店では、グレゴールさんが新しい指令書を受け取っています。
「これからは、わたしたちも王国統治機構の一部として機能するわけですね」
「ええ」
わたくしが、紅茶を飲みながら説明します。
「グレゴール、あなたは治安維持隊の隊長として、わたくしに直属いたします」
「了解しました」
グレゴールさんが、敬礼します。
「クラリッサ国王のご命令に従います」
「『国王』は要りませんわ。『クラリッサ』で」
わたくしが、微笑みました。
一方、《紅茶商会》の本社では――。
「では、これからは、わたしたちも王国経済機構の一部ですね」
商会の代表が、新しい契約書を署名します。
「ええ」
オズワルドさんが、説明します。
「ですが、《紅茶商会》の経営は、相変わらず自由です」
「ただし、方針は王国の政策に合致するようにお願いします」
「分かりました」
商会の代表が、頷きます。
そして、《冒険者ギルド》では――。
「つまり、俺たちも王国の治安部隊の一部になるわけだ」
ガルドさんが、新しい身分証を受け取ります。
「これまで通り冒険者としての活動は続けられるのか?」
わたくしが、答えます。
「ええ。冒険者としての活動は、王国による公式な任務となります」
「つまり、給与も王国から支払われるということだな」
「その通りですわ」
わたくしが、微笑みました。
「皆様が、より安定した身分で働けるようになるのです」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが、このニュースに喜んで跳ね回っています。
─
翌日。
街は、新しい体制での初日を迎えました。
治安維持隊は、朝の見回りを開始。
《紅茶商会》は、新しい経営方針で営業開始。
《冒険者ギルド》は、王国の公式機構として、初めての依頼を受けます。
「素晴らしい連携ですね」
オズワルドさんが、各機構の報告を受け取ります。
「完璧に統合されていますね」
「では、国として理想的な状態に達したということですわね」
わたくしが、紅茶を飲みながら言いました。
「政治・経済・治安が完全に統合された、理想国家の誕生ですわ」
かぷぎぃ!
ピギィも、誇らしげに鳴きます。
─
その夜。
《ぷにぷに喫茶》には、市民たちが集まっていました。
新しい体制について、市民たちが意見を交わす場です。
「なあ、本当に良くなるのか? この体制」
ある男性が、疑問を述べました。
「全てが一本化されたら、自由がなくなるんじゃないか?」
わたくしが、その質問に答えました。
「いい質問ですわね」
わたくしは、立ち上がり、市民たちの前に出ました。
「ですが、ご安心ください」
わたくしが、自信満々に言いました。
「わたくしたちの国是は『気品・自由・そしてティータイム』」
「自由は、わたくしたちの最重要項目なのですわ」
「ですから、一本化により、むしろ自由が増す可能性もあります」
「増す?」
市民たちが、首を傾げました。
「ええ」
わたくしが、例を挙げます。
「例えば、これまで《冒険者ギルド》と《王国統治機構》で給与が異なっていたため、不公平感がありました」
「ですが、これからは統一給与制により、全員が等しく処遇されるのですわ」
「つまり、自由に働ける環境が整うわけです」
「なるほど……」
市民たちが、納得した様子。
「それに」
わたくしが、さらに加えました。
「『破滅フラグ』のような、ネガティブな思考は、紅茶の香りで上書きして差し上げますわ!」
わたくしが、優雅に言いました。
「わたくしたちの国では、全てが紅茶で解決するのですわ!」
ぷぎぃぃぃ!
ピギィが、小さな炎を吐いて、祝います。
「ひいい!」
市民たちが、驚きます。
「でも素敵ですね」
別の市民が、笑いました。
「破滅を、紅茶で上書きする」
「クラリッサ国王らしい」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが、誇らしげに跳ねています。
─
その夜。
わたくしは、王宮の窓から、夜景を眺めていました。
街灯が灯った街。市民たちが安心して暮らす街。
政治・経済・治安が完全に統合された、理想国家。
「ふふ……」
わたくしは、紅茶を一口飲みました。
「本当に、素敵な国になりましたわね」
かぷぎぃ……
ピギィが、わたくしの膝の上で、気持ちよさそうに寝ています。
「ピギィ、この国は、わたくしたちが作った国ですわ」
「破滅フラグを踏み抜いた先に見つけた、新しい国」
「気品と自由と紅茶のある、素敵な国」
わたくしは、ピギィを優しく撫でました。
「これからも、この国を守り続けましょうね」
ぷぎぃ……ぷぎぃ……
ピギィが、寝ながら応答します。
──《クラリッサ王国》
破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢が、独立国家の国王となり――。
紅茶と共に、市民たちの心を満たしていく。
破滅の先に見つけた、新しい人生。
そして、理想国家の完成。
それは、何よりも素敵なことだったのですわ。
窓の外、満点の星空。
《クラリッサ王国》は、今夜も、紅茶の香りに包まれています。
気品と自由。 ティータイムと笑顔。 紅茶とピギィ。
仲間たちと市民たちと共に――。
わたくしたちの国は、確実に歩を進めていくのですわ。
破滅フラグなど、紅茶の香りで上書きしてしまえば、何も怖くはございませんわ。




