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エピローグ.それぞれの日常……

魔王討伐から一年後――。


世界には少しずつ、だが確かに平穏が戻り始めていた。


傷跡はまだ残っている。


失われた命も、壊れた街も、消えたわけではない。


それでも人々は、止まらず前へ進み始めていた。


叡智の都ミスティア。


無数の魔導塔が立ち並ぶその都市では、今日も新たな魔術研究が行われていた。


「未来視記録、第三層まで解析完了!」


若い魔術師達の声が響く。


巨大な術式盤の前に立つのは、


カイルだった。


以前より少し伸びた髪。


引き締まった表情。


その瞳には確かな責任感が前より濃く宿っている。


「北側結界の予測誤差を修正しろ」


低く指示を飛ばす。


机の上には、複雑な未来予測式が大量に並んでいた。


彼が受け継いだ、師匠の“予知魔術”。


未来の断片を読み取り、災厄を未然に察知する高等術式。


混沌の使徒、魔王軍の同時襲撃以降、ミスティアは防衛体制を大きく見直していた。


二度と、あの悲劇を繰り返さないために。


「今度は守り切る」


カイルは窓の外を見上げる。


「勇者がいなくてもな」


その横で、訓練場から子供達の元気な声が響いていた。


「フェリア先生ー!」


「もう一回お願いします!」


木剣を振るう子供達。


その中心で笑っていたのは、フェリアだった。


両腰には訓練用の細剣。


彼女は魔術だけではなく、二刀流の魔法剣技も扱う稀有な戦士だ。


「はいはーい!次は魔力を剣に流す感覚を覚えるよ!」


子供達が真剣な顔で頷く。


フェリアは優しく微笑んだ。


「魔術も剣も、“誰かを守るため”に使うの」


その言葉には、確かな実感が込められていた。


かつて自分達は、力及ばず、辛酸を舐めた。


だが今は違う。


次の時代を支える者達を育てる。


それが、自分達の役目なのだと理解していた。


一方――。


アルヴァレスト王国では、今日も凄まじい怒号が響いていた。


「遅いッ!!!」


「そんな剣で敵を倒せると思うなァ!!!」


訓練場に並ぶ新兵達が、半泣きになりながら剣を振るっている。


その前に立つのは、シリウスを含む五人の騎士団長達。


以前より更に厳しくなった訓練に、新兵達は悲鳴を上げていた。


「立て!!」


「倒れる暇があるなら剣を振れ!!」


巨大な木剣を肩に担いだ団長が怒鳴る。


別の団長は新兵を吹き飛ばしながら吠えた。


「魔王級の化け物が来たらどうする!!」


「し、死にます!!」


「だから鍛えるんだろうがァ!!」


訓練場に怒号と衝突音が響き渡る。


その様子を見ていたシリウスは、腕を組みながら静かに口を開いた。


「勇者は奇跡だ」


新兵達が顔を上げる。


「だが、奇跡を前提に国を守るな」


低く、重い声だった。


シリウスの脳裏にも、あの日の光景は焼き付いている。


ヴェル=ナーガ。

魔王。

世界の終わり。


そして――。


最後まで剣を振るい続けた、異世界の勇者。


「次は、自分達で止める」


シリウスの言葉に、他の団長達も不敵に笑った。


「当然だ」


「次来たら今度は俺達がぶっ潰す」


「勇者頼りなんざ二度と御免だ」


その目には、確かな闘志が宿っていた。


守られる側では終わらない。


今度は自分達が、世界を守る剣になる。


アルヴァレスト王国は、その誇りを胸に、今日も剣を振るい続けていた。


ルミナ・セレフは、旅をしていた。


セリフィア王国を出て、たった一人で。


王城を発つ前、彼女には正式な打診が来ていた。


“王宮魔術師として国に仕えないか”。


魔王討伐の英雄。


太古の魔物と同化し、世界最高峰の術者へ至った大魔術師。


その実力を考えれば当然の話だった。


だがルミナは、静かに首を横へ振った。


『……もう少し、世界を見て回りたいんです』


王も強くは引き止めなかった。


彼女が何を思い、何を探しているのか。


少しだけ分かっていたから。


だから今。


ルミナは広い世界を歩いていた。


草原を越え。


山道を越え。


知らない町を訪れ。


時には宿にも泊まれず、野宿する日もある。


けれど不思議と、嫌ではなかった。


「――“氷槍陣”」


澄んだ声と共に、無数の氷槍が魔物を貫く。


雪崩のように襲ってきた大型魔獣は、断末魔を上げながら崩れ落ちた。


周囲で怯えていた商人達が、安堵の息を漏らす。


「た、助かった……!」


「ありがとうございます、魔術師様!」


ルミナは杖を下ろし、少し照れたように笑った。


「怪我はありませんか?」


そんな日々。


困っている人を助け、魔物を退治し、報酬を貰って旅を続ける。


派手な英雄譚ではない。


だが、確かに誰かの役に立つ毎日だった。


夕暮れ。


ある小さな町の外れで、ルミナは焚き火を見つめていた。


空には星。


静かな夜風。


旅は楽しい事ばかりではない。


孤独な夜もある。


ふとした瞬間に、胸の奥が空っぽになる事もある。


そんな時。


自然と、思い出してしまう。


賑やかな旅路。


馬鹿みたいな会話。


呆れながら笑った日々。


ライナ。

リリス。


二人と旅をした時間。


ルミナは小さく笑う。


「……本当に、騒がしい旅だったわね」


焚き火の向こう。


そこに誰かがいるような気がして、少しだけ目を細める。


『寒いですぅ』


『お前また食いすぎだろ』


『失礼ね』


そんな他愛ないやり取りが、今でも耳に残っている。


胸が少し痛む。


もう会えない。


分かっている。


それでも、思い出は消えない。


ルミナは静かに空を見上げた。


あの日、ライナが最後に言った言葉。


――またな。


ルミナは焚き火へ薪をくべる。


炎が少し強くなった。


そして、ゆっくり立ち上がる。


止まってはいられない。


自分には、まだ見るべき世界がある。


まだ救える誰かがいる。


ライナが守った世界を、今度は自分達が歩いていく。


ルミナは杖を手に取り、夜道へ歩き出した。


風が髪を揺らす。


その表情は少しだけ寂しく、だけど確かに前を向いていた。


旅は続く。


世界も続く。


そして――。


勇者が残した想いもまた、誰かの中で生き続けていくのだった。


魔界。


一年前、魔王グラン・ディアヴォルスが死んだという一報はすぐさま魔界全土に響き渡った。


一報が届いてすぐさま、魔界の猛者たちは人間界への侵攻を企てていた。


「グランが死んだ今、人間界を支配できるのは俺様だ!!」


「いや、俺だ!!」


「冗談は顔だけにしときなよ。僕に決まってるだろ」


グラン・ディアヴォルスに取って代わるのは自分だと次々に名乗りを上げる者たちが人間界に攻め入ろうとしていた。


そこに一人の魔族が現れ、名乗りを上げる魔族たちを次々と薙ぎ倒していった。


ヴァルゼル・クラティス。


魔王直属の配下、ギルデッド・スターズ最強の剣士。


「我が主がいなくなった途端これか……。魔界のレベルも落ちたものだ」


魔族たちはヴァルゼルの姿を見た途端、怒号を上げる。


「ヴァルゼル!!グランに魔族にしてもらった人間の腰巾着が、ここに何をしに来た!?」


ヴァルゼルはその問いにフッと嘲笑した。


「何をしに来たかって?決まってるだろ。我が主、魔王グラン・ディアヴォルス様に戦いも挑まず、魔界で縮こまっていた腑抜けどもを駆逐しに来たのだ」


「何だと!?」


ヴァルゼルの背後にいた3mほどの巨体を有した魔族がヴァルゼルを捕まえようとする。


が、その巨大な腕をヴァルゼルに伸ばした途端、腕は斬り離された。


巨人の魔族が断末魔を上げるのを合図として集まっていた他の魔族たちがヴァルゼルを亡き者にしようと雪崩れ込む。


ヴァルゼルは不敵に笑い、軽やかに魔族たちの猛攻を退け全員返り討ちにした。


その様子を見ていた残りの魔族たちはヴァルゼルに恐れ慄き膝をつき頭を下げた。


「次の魔王様は貴方様でございます。どうか我らを導き、人間界を……」


一人の魔族が何かを言い切る前にヴァルゼルはその首を切り落とした。


「魔王と名乗って良いのは後にも先にも我が主、グラン・ディアヴォルス様だけだ!!そこを履き違えるな!!」


魔族たちは、ははあー、とより一層深々と頭を下げた。


それから今日まで、魔界はヴァルゼルを亡き者にしようと昼夜問わず戦いを挑む魔族で溢れかえっていた。


ヴァルゼルを殺そうと躍起になり、人間界の事などもはや誰も気にかけていなかったーー。


柔らかな風が、草原を静かに揺らしていた。


青空。


遠くで鳴く鳥の声。


土の匂い。


世界を救う戦いなど、まるで遠い夢だったかのような穏やかな日々。


ライナ・ヴァルグレアスは、生まれ育った村へ戻ってきていた。


異世界から帰還した直後。


ライナは真っ先に、ある場所へ向かった。


村外れの山奥。


この村で“守り神”と崇められている存在――。


アドゥ=ラグナスが眠る場所だった。


長い年月を生きる原始竜。


ライナ達が魔王と戦う力を得るために一度戻って来た時、力を貸してくれたあの竜なら、きっと全て気付いている。


そんな気がしていた。


だから。


帰ってきた事を報告したかった。


礼も言いたかった。


だが――。


そこには、誰もいなかった。


あるはずの巨大な気配も、圧倒的な魔力も、何も残っていない。


静寂だけ。


ライナはしばらくその場を見つめていた。


その時。


近くで遊んでいた子供達が、こちらへ駆け寄ってくる。


「ライナー!」


「守り神様探してるの?」


ライナは振り返る。


「ああ。知らないか?」


すると子供達は、悪気なく答えた。


「少し前に空飛んでったよ!」


「すっごく速かった!」


「でも守り神様って時々いなくなるし!」


一人の少年が笑う。


「どうせまたそのうち戻ってくるんじゃない?」


他の子供達も頷いていた。


ライナは少しだけ笑った。


「……そうか」


だが。


なぜだろう。


胸の奥で、妙な確信があった。


――もう、あの竜は戻ってこない。


そんな予感。


ライナは静かに空を見上げる。


原始竜アドゥ=ラグナス。


人間より遥かに長い時を生き、世界の移り変わりを見続けてきた存在。


きっとあの竜は、役目を終えたのだ。


“これから世界をどうするかは、お前達人間次第だ”


そう言い残して、どこかへ去った。


ライナには、そんな風に思えた。


そして――。


それでいいのだとも思った。


もう、勇者に頼る時代じゃない。


誰か一人の奇跡に縋るのではなく、人々自身が前へ進いていく世界。


ライナ達が命懸けで守ったのは、きっとそういう未来なのだから。


それからの日々。


ライナは村で静かに暮らしていた。


畑仕事を手伝い。


薪を割り。


時には狩りへ出る。


母親に買い物を頼まれ、父親に畑仕事でこき使われる。


そんな、どこにでもある日常。


けれど不思議と、嫌ではなかった。


夕暮れ。


畑の作業を終えたライナは、空を見上げながら小さく息を吐く。


赤く染まる空。


その景色の中で、ふと思い出す。


異世界での旅。


ルミナ。

リリス。


笑った日々。


戦った日々。


別れの日。


もう二度と会えない。


それでも。


あの時間は確かに存在した。


ライナは小さく笑う。


「……元気にやってるかな」


風が吹く。


まるで、遠い世界から誰かが笑ったような気がした。


ライナは鍬を肩に担ぎ、ゆっくり家路につく。


その背中には、もう“勇者”としての重圧はない。


ただ一人の青年として、前を向いて歩いていた。


世界は続いていく。


人々の営みも、

想いも、

未来も。


そして。


一人の勇者が異世界で紡いだ物語は、静かに世界の中へ溶け込みながら、これからも誰かの中で生き続けていくのだった。


――fin――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


拙い部分が多々あったと思いますが、考えるのが好きなので、これからも書き続けていきたいと思います。


ありがとうございました。                                   ダイ

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