128.大団円
魔王グラン・ディアヴォルスの消滅は――
瞬く間に世界中へと伝わった。
長く続いた恐怖は終わりを告げ、各地に残っていた魔の気配も、次第に消えていく。
空は晴れ渡り、風は穏やかに流れ、人々の顔には、ようやく本当の笑顔が戻っていた。
――平和が、訪れたのだ。
そして当然のように、その中心にいたのは――
勇者ライナ・ヴァルグレアスと、セリフィア王国の魔術師ルミナ・セレフ。
二人の名は、瞬く間に“英雄”として語られるようになった。
各地で宴が開かれる。
村でも、町でも、王都でも。
夜になれば灯りがともり、音楽と笑い声が絶えず響いた。
「ライナ様!こちらへ!」
「ルミナ様!ぜひ一杯!」
「魔王を倒した英雄に乾杯だ!!」
次々と声が飛ぶ。
料理が運ばれ、酒が注がれ、
二人は休む間もなく引っ張り回される。
「ちょ、ちょっと……!順番に来なさいよ!」
ルミナが半ば呆れながらも対応し、
「……はは、落ち着けって」
ライナも苦笑しながら応じる。
疲れはある。
だが――
それでも、この光景は悪くなかった。
誰もが笑っている。
守ったものが、ここにある。
それを実感できる時間だった。
だが。
その賑わいの中に――
わずかに混じる、別の声。
「……あの女、結局死んだんだろ?」
「当然だ。あれだけのことをしてきたんだ」
「むしろ遅いくらいだ」
リリス・アーディア。
元ギルデッド・スターズ。
その名は、すでに世界に広まっていた。
そして――
魔王との戦いで命を落としたことも。
「魔王と相討ちになったらしいな」
「せいぜい、それで帳消しってところか」
冷たい言葉。
笑いながら語る者もいる。
それを――
ルミナは、黙って聞いていた。
「……っ……」
手が、わずかに震える。
言い返したい。
怒鳴りつけたい。
だが――
(……違う……)
分かっている。
それが“当然”だと。
リリスがやってきたこと。
奪ってきた命。
残した傷。
それを考えれば――
許されるはずがない。
「……」
ライナもまた、何も言わなかった。
ただ、静かに酒を口に運ぶ。
その横顔には、感情を押し殺したような影があった。
宴が終わり、夜も更けた頃。
人目を避けるようにして、二人は王城の奥へと通される。
案内したのは、セリフィア王国の王――
セリフィア王。
重厚な扉の先。
そこは、ひどく静かな場所だった。
「……こちらです」
案内された先。
そこには、小さな墓が一つ。
豪華でもなければ、目立つこともない。
だが――
丁寧に整えられていた。
「……」
ルミナが、足を止める。
ライナも、静かにその前に立つ。
「本来であれば――」
セリフィア王が、ゆっくりと口を開く。
「公に弔うことは出来ぬ」
その声に、迷いはない。
現実としての言葉。
「魔王討伐に貢献した英雄であることは間違いない」
「だが同時に、ギルデッド・スターズの一員であったことも事実」
静かに、続ける。
「……これが、限界だ」
重い言葉。
だが――
誠意は、十分に伝わるものだった。
沈黙の中で。
ライナが、一歩前に出る。
そして――
深く、頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その言葉に、偽りはなかった。
「ここまでしてもらえるだけで……十分です」
ルミナも、静かに頭を下げる。
「……感謝します」
セリフィア王は、何も言わずに頷いた。
しばらく、三人はその場に立ち尽くす。
やがて、王は静かに去っていく。
残されたのは、二人と――
風が、やさしく草を揺らす。
誰もいない。
音もない。
ただ――ここだけが、時間から切り離されたように静かだった。
「……なあ」
ライナが、ぽつりと口を開く。
「最初に会った時さ」
少しだけ、遠くを見るような目。
「……あいつ、やばかったよな」
ルミナが、小さく鼻で笑う。
「やばいなんてもんじゃないでしょ」
少しだけ肩をすくめる。
「あの時の私……」
一瞬、言葉を切る。
「……何も出来なかった」
悔しさが滲む声。
ただ、立ち尽くしていただけ。
何も出来ずに、目の前の強さに圧倒されて。
「……ああ」
ライナも、静かに頷く。
「あの時は、忘れかけてた緊張感を思い出したよ」
苦笑する。
そして――
「アルヴァレストで、また会った時」
少しだけ、声のトーンが変わる。
「あいつ……」
視線が、墓へと落ちる。
「とんでもない強さだったけど、同時に脆さもあった」
あの時のリリス。
ただの敵じゃなかった。
強さの奥にあった、何か。
「救ってやりたいと思った」
「あいつ……」
一度、言葉を探すように間を置く。
「……ずっと、苦しかったんだと思う」
静かな声。
断定じゃない。
それでも、確信に近いもの。
ルミナは、何も言わない。
ただ、少しだけ視線を落とす。
「……その後よ」
ルミナが、少しだけ笑う。
「合流した時にライナの隣にいた時は心臓が止まるかと思ったわ」
呆れたような声。
「意味分かんないでしょ」
「今、考えれば確かにな」
ライナも笑う。
「しかもお前ら、ずっと喧嘩してたしな」
「してたわよ」
即答。
「認めるわけないじゃない、あんなの」
少しだけ顔を背ける。
「いちいちムカつくし、生意気だし」
「“ですぅ”ってやつな」
ライナが真似する。
「そうそれ!」
ルミナが思わず笑う。
「ほんっと腹立つのよ!」
少しだけ、声が明るくなる。
「あんたより強いですぅ、みたいな顔してさ」
「実際強かったけどな」
「うるさい」
軽く肘で小突く。
二人の間に、自然な空気が流れる。
しばらくして――
「……でもさ」
ライナが、ぽつりと呟く。
「気づいたら、ルミナ普通に背中預けてたよな」
ルミナが、少しだけ驚いたように見る。
そして――
小さく笑う。
「……そうね。最初は戦場を生き残るために仕方なくって感じだったわ」
否定しない。
「それがいつの間にか、自然に預けてたわね」
あれだけ拒んでいたのに。
あれだけ衝突していたのに。
気づけば。
隣にいるのが、当たり前になっていた。
「……変なやつだったな」
ライナが言う。
「ほんとに」
ルミナも頷く。
少しだけ、間が空く。
風が、やわらかく吹く。
「……でも」
ルミナが、静かに続ける。
「……悪くなかった」
その言葉に、ライナも頷く。
「ああ」
短く。
それで、十分だった。
二人は、しばらく何も言わずに墓を見つめる。
思い出は、尽きない。
楽しかったことも。
くだらない言い合いも。
命を懸けた戦いも。
全部が、確かにそこにあった。
やがて――
ライナが、ゆっくりと口を開く。
「……なあ、ルミナ」
「なに?」
「この世界、落ち着いたらさ」
少しだけ、空を見上げる。
星が、静かに瞬いている。
「……俺、帰ろうと思う」
その言葉に――
ルミナの動きが、わずかに止まる。
「……元の世界に?」
「ああ」
迷いのない声。
「俺の世界も、俺が守った場所だからな」
静かに、続ける。
「ちゃんと……見届けたい」
短い言葉。
だが、その中にすべてが詰まっている。
ルミナは、少しだけ俯く。
そして――
「……そう」
それだけ言う。
引き止めはしない。
自分達だけじゃどうにも出来ないからと勝手に呼び出したんだから当然だ。
できないことも、分かっている。
少しの沈黙。
だが、重くはない。
「……じゃあさ」
ルミナが、少しだけ顔を上げる。
「それまで、ちゃんと働きなさいよ」
いつもの調子で。
「英雄様なんだから」
ライナが、ふっと笑う。
「はいはい」
軽く返す。
そのやり取りが――
どこか懐かしくて。
少しだけ、温かかった。
風が、また静かに吹く。
「……♪」
ほんの微かな旋律が、夜に溶ける。
二人は、振り返らない。
それでも。
確かに、それを感じていた。
墓の前には、静けさだけが残る。
だがそこにあったものは、消えない。
三人で歩んだ時間も。
交わした言葉も。
そのすべてが――
確かに、ここに残っている。




