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126.魔王グラン・ディアヴォルス13

混沌に支配された空間の中――


ライナが、ただ一人で戦い続けている。


重く、歪んだ世界の中で。


何度も弾かれ、叩きつけられながらも。


それでも、立つ。


「――ッ!!」


踏み込む。


斬る。


弾かれる。


それでも、また踏み込む。


時間を稼ぐために。


ただ、それだけのために。


その背中を――


ルミナは、静かに見ていた。


「……」


そして、ゆっくりと目を閉じる。


外の戦いを、遮断する。


意識を――内へ。


(……音……)


分からなかったもの。


理解できなかったもの。


だが――


(……あんたは、これで戦ってたのよね)


静かに、思い出す。


最初の出会い。


ギルデッド・スターズとして現れた、あの少女。


リリス・アーディア。


冷たく、嘲るような目。


『弱いですぅ』


何も出来なかった。


ただ、圧倒されるだけだった。


(……悔しかった)


拳を握る。


あの時の、自分の無力さ。


(……だから、強くなった)


ライナと別れ。


必死に力を求めて。


戻ってきた時――


(……何よ、それ……)


リリスは。


人間に戻って。


ライナの隣に立っていた。


(……意味分かんないでしょ……)


笑っていた。


あの、ムカつく顔で。


(……やっと追いついたと思ったのに……)


なのに。


戦えば、また負けた。


(……ほんっと……腹立つ……)


唇が、わずかに震える。


悔しさ。


苛立ち。


認めたくない感情。


それでも――


(……それでも……)


思い出す。


背中合わせで戦った日々。


ぶつかり合って。


言い合って。


『出来の悪い魔術師ですぅ』


『うるさいわね!』


何度も、喧嘩して。


それでも――


いつの間にか。


背中を、預けていた。


(……なんでよ……)


笑顔。


ふと見せた、あの柔らかい顔。


涙。


過去を語った時の、かすかな震え。


怒り。


誰かを守ろうとした時の、本気の顔。


後悔。


過去に縛られた、あの表情。


悲哀。


ふとした瞬間に見せた、寂しさ。


そして――


ドヤ顔。


『どうです?すごいですぅ』


(……ほんっと……)


ルミナの口元が、わずかに緩む。


「……ムカつくやつ……」


ぽつりと、呟く。


その瞬間――


胸の奥で。


何かが、鳴る。


(あんたなんかに、リリスのこの高尚な魔術を理解できるとは到底思えないですけどぉ……)


リリスの声が聞こえる。


(リリスがいないと勝てないって言うなら、無理やり理解させてあげるですぅ)


「……っ」


目を開く。


分からないはずのもの。


だが――


今は、少しだけ分かる。


「……こう……?」


杖を、ゆっくりと掲げる。


魔力を流す。


氷。

光。


それだけではない。


“揺らぎ”。

“間”。

“重なり”。


リリスがやっていたこと。


意味も分からず見ていたそれを――


一つ一つ、なぞる。


「(……違う……)」


声が重なる。


魔力が崩れる。


「(……もっと……)」


組み直す。


魔力を、流すのではなく――


“奏でる”。


「……っ……!」


指先が、震える。


だが、止めない。


(……あんたなら……)


あの戦いの中で。


あの死の間際でさえ。


歌っていた。


(……だったら……)


自分だって。


「……やってやるわよ……!」


深く、息を吸う。


そして――


声を、乗せる。


「――♪……」


最初は、かすかに。


ぎこちなく。


不格好な旋律。


それでも。


確かに、“音”が生まれる。


空間が、わずかに震える。


混沌の中に。


ほんの小さな、“秩序”が生まれる。


「……♪……♪……」


続ける。


紡ぐ。


思い出と共に。


感情と共に。


リリスのすべてを――


重ねる。


「……見てなさいよ……」


涙が、一筋流れる。


だが、その声は震えない。


「……あんたの魔術……」


さらに、強く。


さらに、鮮明に。


「……私なりに――完成させてやる」


――♪♪♪


(まあ、悪くないですぅ。リリスの歌声には遠く及ばないですけどぉ)


(うるさい)


心の中でリリスに悪態をつく。


旋律が、広がる。


今度は、はっきりと。


戦場全体に、響き始める。


混沌と、ぶつかる。


拮抗する。


そして――


わずかに。


空間が、“整う”。


その変化を――


最前線で戦うライナが、感じ取る。


「……っ……!」


足が、軽くなる。


音が、戻る。


微かだが、確かに。


「……ルミナ……!」


振り返らない。


だが、分かる。


後ろで、何かが起きている。


そして――


それが。


“繋がる”。


「……行ける……!」


ライナが、踏み込む。


今度は、確信と共に。


その背中に――


確かに、二つ分の意志が重なっていた。


ルミナの旋律が広がり、見えない“もう一人”の意志が、確かにそこにあった。


「――ッ!!」


ライナの剣が閃く。


ズレのない一撃。


今までとは違う。


ルミナの歌が、場を“固定”している。


混沌の揺らぎが、抑えられている。


「……ぐっ……!」


魔王が、初めて大きく体勢を崩す。


「……なぜだ……」


低く、掠れた声。


「なぜ……抗う……矮小な貴様達にどこにそんな力が!」


混沌。


すべてを呑み込み、均す力。


それが通じない。


「……負けるわけにいかない」


ルミナの声が、響く。


歌いながら。


息を乱しながらも。


止めない。


「あんたに勝つって仲間に約束したから!!」


旋律が、さらに強くなる。


氷と光が、音と重なる。


空間が、整う。


「……♪……!」


微かに。


もう一つの旋律が重なる。


ルミナのものではない。


それでも確かに。


そこにある。


「……っ……!」


魔王の表情が、歪む。


理解できない。


理解できないものが、そこにある。


「……ならば――!」


魔王が、咆哮する。


混沌が、膨れ上がる。


今までの比ではない。


制御など、捨てる。


ただ、すべてを呑み込むために。


「すべてを――無に還す!!」


黒でも光でもない、“終わり”が集束する。


一点へ。


世界ごと、消し飛ばす一撃。


「……っ……!」


ルミナの歌が、揺らぐ。


押し潰される。


空間が、崩れかける。


「……まだ……!」


それでも、止めない。


声を、張る。


「……終わらせるって言ったでしょ……!」


旋律を、重ねる。


壊れそうな声で。


それでも。


確かに。


「……ライナ!!」


叫ぶ。


その一言に――


すべてを託す。


「……ああ」


ライナが、応じる。


静かに。


だが、確かに。


一歩、踏み出す。


トン……


音を踏む。


今度は、はっきりと。


三つのリズムが重なる。


ライナの動き。


ルミナの旋律。


そして――


見えない“もう一人”の音。


「……行くぞ」


剣を構える。


その刃に、すべてが集まる。


音。

魔力。

意志。


「……三人で」


ルミナの声。


その瞬間――


「……です」


微かに。


確かに。


リリスの声が、重なる。


「――ッ!!」


ライナが、踏み込む。


混沌の中心へ。


すべてを呑み込もうとする“終わり”へ。


迫る。


ぶつかる。


「消えろォォォォォ!!」


魔王の咆哮。


混沌が、牙を剥く。


ライナは大きく息を吸い、吐き、そして魔王の咆哮から放たれた途方もない魔力を静かに見つめる。


「これで終わりだ」


神竜剣が玉座の間を覆い尽くすほどの光を放つ。


神竜音光刃エクシード・グラネシス


光の刃が魔王の魔力と衝突する。


互いに譲るまいと一進一退を繰り広げる。


「無に還れええぇえええええ!!」


更に魔力を込めた、魔王の攻撃に飲み込まれたライナの一撃。


魔王の魔力が目の前まで迫ってきた時、魔王の魔力とライナの間に何かが割り込んできた。


割り込んできたのは、リリスの相棒、精霊竪琴エリオディアだった。


精霊竪琴エリオディアは魔王の攻撃を一身に受ける。


(リリスの願いを頼んだよ勇者様)


精霊竪琴(エリオディア)の声が聞こえたようなライナは目を見開く。


精霊竪琴(エリオディア)は魔王の攻撃を上にそらした。


魔王の魔力は天井を突き破り、遥か上空に消えていった。


精霊竪琴エリオディアは役目を終えたが如く粉々に砕け散った。


「まだだ!!」


魔王が先ほどと同じ魔力を放とうとしていた。


だが――


「……遅い」


ライナの声が、静かに響く。


すべてが、“見えている”。


いや――


“聴こえている”。


大量の魔力を消費した事によってはっきりとーー


核の音。


その、たった一つのズレ。


「――そこだ」


剣が、振るわれる。


斬るのではない。


“合わせる”。


もう大技などいらない。


終わりの一瞬に。


ズレた一拍に。


三人のすべてを乗せて――


――ザンッ!!


静寂。


混沌が、止まる。


「……な……」


魔王の身体に、一本の線。


深く。


確実に。


刻まれている。


「……ば……かな……」


崩れる。


混沌が、ほどける。


制御を失い、消えていく。


「……余が……」


膝が、崩れる。


「……このような……」


その声が、消えていく。


存在が、薄れていく。


最後に。


ゆっくりと、顔を上げる。


ライナ達を見る。


「……見事だ」


静かな、声。


認める言葉。


そして――


「これが敗北か……」


微かに、笑う。


そのまま――


崩れ、消滅する。


完全な静寂が、訪れる。


混沌は、消えた。


戦いは――終わった。


「……はぁ……っ……」


ライナが、剣を下ろす。


その場に、膝をつく。


「……終わった……?」


ルミナの声が、震える。


歌が、止まる。


空間が、元に戻っていく。


そして――


「……」


ふと。


何かが、抜ける。


あの旋律が。


あの気配が。


静かに――消えていく。


「……リリス……?」


ルミナが、呟く。


返事は、ない。


だが。


どこかで。


ほんの微かに。


「……♪」


最後の一音が、響いた気がした。


ライナが、倒れてるリリスを見る。


心なしか笑ってるように見えた。


そして、小さく呟く。


「……ありがとな」


風もないはずの空間で――


何かが、優しく通り過ぎた気がした。

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