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125.魔王グランディア・ヴォルス12

混沌が、空間を支配している。


秩序は砕かれ、法則は歪み、“予測”という概念そのものが意味を失った世界。


その中で――


「――来る!」


魔王の一撃が放たれる。


だが、その軌道は読めない。


気配も、音も、前兆もない。


「っ……!」


ライナが反応する。


だが、わずかに遅れる。


衝撃が掠め、身体が揺れる。


「くっ……!」


ルミナも魔術を展開するが――


「無意味だというのがまだ分からぬか」


魔王の声と同時に、混沌がそれを飲み込む。


完全に、封じられている。


「攻略の糸口が見えない!」


ルミナの声が震える。


今までの戦い方が、通用しない。


音も、リズムも、存在しない。


さきほど一瞬生まれた”秩序”は再び呑み込まれていた。


完全な“無秩序”。


その時――


(……違うです)


ふと。


耳元で、声がした。


「……っ!?」


ルミナが目を見開く。


同時に、ライナもわずかに反応する。


今のは――


「……リリス……?」


振り向く。


だが、そこには誰もいない。


それでも。


確かに、“聞こえた”。


(……追うんじゃ、ないです……)


静かで、しかしはっきりとした声。


あの口調。


あの声音。


「……あいつ……」


ルミナの喉が震える。


(……魔王の中……)


続く言葉。


(……混沌竜の“音”を……聴く、です……)


「……音……?」


ライナが、わずかに目を細める。


(……あれの中に……)

(……あります……)

(……今なら……聞こえるはずです……)

(……中は……“核”があるです……)


一瞬の静寂。


その意味を――


二人は、理解する。


「……そうか」


ライナが、小さく呟く。


今まで。


外側を読もうとしていた。


混沌そのものを。


だが――


「……違うのね」


ルミナが、歯を食いしばる。


「中……」


魔王を見る。


歪んだ存在。


だがその奥に。


“何か”がある。


「……やるぞ」


ライナが、静かに言う。


「ええ……!」


ルミナが応じる。


その瞬間――


魔王が動く。


「何をするつもりか知らぬが無意味だ」


一撃。


今までと同じ。


読めない攻撃。


だが――


「……そこ」


ライナが、動く。


今度は違う。


外を見ない。


“内側”を聴く。


ズン……


奥底から響く、重い振動。


それが動く瞬間。


身体が、自然と反応する。


最小の動きで。


――スッ


完全に、かわす。


「……なに?」


魔王の目が、見開かれる。


初めて。


明確に。


“見切られた”。


「ルミナ!」


ライナが叫ぶ。


「分かってる!」


ルミナが、魔力を展開する。


今度は外ではない。


魔王の“内側”に合わせる。


揺らぎ。


核のリズム。


それに――重ねる。


「――そこよッ!!」


氷と光が、収束する。


一点へ。


混沌の“核”へ。


「……っ!」


魔王が、防御に入る。


だが、遅い。


ライナが踏み込む。


トン……


音を踏む。


今度は、はっきりと。


「――ッ!!」


剣が、振るわれる。


混沌を裂き。


その奥へ――


届く。


――ザンッ!!


深い手応え。


今までとは違う。


確実に、“中”を斬った感触。


「……ぐっ……!!」


魔王の身体が、大きく揺れる。


初めて。


明確に。


苦しげな声を上げる。


「……馬鹿な……」


後退する。


明らかに、押されている。


「……やった……!」


ルミナが息を呑む。


「……いける……!」


ライナが、構える。


その隣で、ルミナも魔力を練る。


そして――


ほんの一瞬。


「……♪」


また、あの旋律が重なる。


二人の動きが、さらに噛み合う。


「……行くぞ」


「ええ!」


同時に踏み込む。


今度はもう、迷わない。


混沌の中でも。


確かに、“音”は存在する。


そして――


それを聴く者が、ここにいる。


戦いは、再び動き出した。


混沌の“核”を捉え始めたことで――


戦いは、確かに変わった。


「――ッ!!」


ライナの一撃が、再び魔王を裂く。


――ザンッ!!


今度は浅くない。


確かに“中”へ届いている。


「……ぐっ……!」


魔王が後退する。


だが――


その動きが、止まる。


「……見事だ」


低く、静かな声。


「だが――」


その瞬間。


空間が、歪む。


否。


塗り替わる。


「ここまでだ」


――ドクン


再び、脈動。


だが先ほどとは違う。


混沌が“広がる”のではない。


支配する。


「――ッ!?」


ライナの足が、止まる。


重い。


空間そのものが、意思を持ったかのように絡みつく。


「何……これ……!」


ルミナが顔を上げる。


魔力が、流れない。


いや――


流れを“制御されている”。


「余の領域だ」


魔王が、ゆっくりと歩み出る。


その一歩ごとに、空間が沈む。


「混沌は無秩序ではない」


「すべてを支配する“上位の秩序”だ」


手をかざす。


それだけで。


――ドンッ!!


ライナの身体が、叩きつけられる。


「がっ……!」


避けたつもりだった。


だが、違う。


避けるという結果が、許されなかった。


「……くっ……!」


立ち上がる。


だが、重い。


動きが、鈍る。


「……っ……!」


それでも、踏み込む。


ズン……


混沌の“核”を聴く。


まだ、聞こえる。


微かだが、確かに。


「――そこッ!!」


斬る。


――ザンッ!!


再び、届く。


「……ちぃ……!」


魔王が、わずかに顔を歪める。


だが。


「無意味だ」


次の瞬間。


空間そのものが歪み――


ライナの身体が、弾き飛ばされる。


「ぐっ……!」


転がる。


立ち上がる。


また、踏み込む。


斬る。


弾かれる。


また、立つ。


繰り返し。


何度も。


何度も。


「……はぁ……っ……はぁ……っ……」


呼吸が荒くなる。


体は限界に近い。


傷も増えていく。


確かに、通じている。


だが――


「決めきれない……!」


ルミナが歯を食いしばる。


削れてはいる。


だが、足りない。


決定打がない。


このままでは――


「……押し切られる……」


ジリジリと。


確実に。


こちらが削られていく。


「……っ……」


ルミナが、一歩下がる。


戦場から、わずかに距離を取る。


視線を、全体へ。


ライナの動き。


魔王の反応。


混沌の流れ。


すべてを、見る。


(……足りない……)


このままでは勝てない。


何かが、足りない。


(……リリスなら……)


ふと。


頭をよぎる。


あの旋律。


あの戦い方。


「……音……」


ぽつりと、呟く。


理解できなかったもの。


だが――


今なら。


「……いけるかも……」


目が、変わる。


決意が宿る。


ライナを見る。


まだ戦っている。


一人で。


限界の中で。


「……ライナ!!」


叫ぶ。


ライナが、わずかに反応する。


「……なんだ!」


攻撃をいなしながら、短く返す。


「時間を――稼いで!!」


その一言。


「……は?」


一瞬の困惑。


だが。


ルミナの目を見て、止まる。


「……トドメをさせるのはライナだけ!!」


はっきりとした声。


迷いはない。


「そのための“形”、作る」


魔王の一撃を弾きながら、ライナが問う。


「……何をする気だ」


ルミナが、深く息を吸う。


そして――


静かに言う。


「……リリスの魔術」


一瞬の沈黙。


「……完全に、再現する」


ライナの目が、わずかに見開かれる。


あれは、リリスだけのものだった。


だが――


「……やるのか」


短い問い。


ルミナは、頷く。


「やる」


一切の迷いなく。


「ここでやらなきゃ、本当の意味で三人じゃないでしょ?」


ルミナは眠ってるように見えるリリスをチラッと見る。


その言葉に――


ライナは、ふっと息を吐く。


「……分かった」


それだけ言う。


そして。


一歩、前へ。


「……任せろ」


その背中が、全てを引き受ける。


ルミナが、静かに目を閉じる。


意識を、集中させる。


思い出す。


音。


旋律。


リズム。


そして――


あの、生意気な声。


「……ちゃんと見てなさいよ……」


小さく呟く。


戦場の中心ではライナが、再び踏み込む。


たった一人で。


魔王へと。


時間を稼ぐために。


決着のための“最後の一手”を作るために。

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