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112.ライナVSヴァルゼル⑩

”こいつに勝ちたい”


ライナとヴァルゼルは互いの力を惜しみなく出す。


次の瞬間、二人の姿が消えた。


ドンッ!!


遅れて大地が爆ぜる。


剣と剣がぶつかった場所で、空気が裂けるような衝撃が生まれた。


ガァァン!!!


火花が弾け、閃光が夜空に線を描く。


ライナの神竜剣グラネシスと、ヴァルゼルの黒き長剣が、信じられない速度で交差する。


斬る。

弾く。

流す。

踏み込む。


その一連の動作が、もはや“思考”ではない。


身体そのものが戦っている。


ライナの剣が振り抜かれる。


神竜の力を宿した斬撃が、大気を裂きながらヴァルゼルの胴を狙う。


だが。


ギィィィン!!


ヴァルゼルは半歩の回転だけで受け流し、そのまま逆袈裟を叩き込んだ。


衝撃がライナの肩を揺らす。


血がわずかに飛ぶ。


「くっ・・・!」


だがライナは下がらない。


踏み込み、反動を利用して横薙ぎの一閃を放つ。


ヴァルゼルの剣がそれを受ける。


ズガンッ!!


衝撃で地面が沈んだ。


二人の足元から放射状に亀裂が走る。


遠くで見ていたリリスは、息を呑んだ。


「・・・なんですか・・・あれ・・・」


もう剣は見えない。


ただ——


閃光が連続して生まれる。


それが剣戟だと、辛うじて理解できるだけ。


ライナは理解していた。


完全同化している。


それでも。


まだギリギリだ。


(・・・やばいな・・・)


だが、口元は笑っていた。


(こんな戦い・・・)


(もう二度とないかもしれない)


ヴァルゼルが突進する。


踏み込みだけで地面が爆ぜ、剣が雷のように振り下ろされる。


ライナは真正面から受けた。


ゴァンッ!!


腕が痺れる。


衝撃で膝が沈む。


だがそのまま剣を滑らせ、体を回転させて斬り上げる。


ヴァルゼルの頬に、浅い傷が走った。


血が一筋、空中に散る。


ほんのわずかな傷。


だが。


ヴァルゼルの目が、信じられないほど輝いた。


「・・・はは」


「ははははははッッ!!」


笑い声が夜空に響く。


「最高だ・・・ライナ・・・!!」


再び剣を振るう。


その動きは、さらに速くなっていた。


斬撃が連続し、空気そのものが削れていく。


ライナも負けじと踏み込む。


グラネシスが唸り、神竜の力が剣に流れ込む。


剣と剣。


剣と意志。


そのぶつかり合いが、戦場の空間を歪ませていた。


ヴァルゼルは笑っていた。


これほどまでに身体が軽い戦いはない。


これほどまでに心が熱い戦いもない。


ライナの剣を弾き飛ばしながら叫ぶ。


「いいぞ!!もっと来いッ!!」


再び衝突。


衝撃で石柱が崩れ落ちる。


ライナの斬撃がヴァルゼルの肩を浅く裂く。


ヴァルゼルの斬撃がライナの脇腹を掠める。


血が散る。


だが二人とも止まらない。


むしろ笑っている。


ヴァルゼルの胸が大きく膨らむ。


そして。


「・・・ライナ」


剣を構え直す。


空気が変わった。


昂揚が——


頂点に達した。


ヴァルゼルの闘気が、まるで嵐のように吹き荒れる。


「ここまでだ」


その声は、静かだった。


「この戦い・・・最高だった」


ヴァルゼルがゆっくりと剣を引く。


腰を落とす。


剣が後方へ構えられる。


ただそれだけで、空気が震えた。


ライナの直感が叫ぶ。


(・・・来る)


ヴァルゼルが呟く。


「俺の剣には」


「奥義は一つしかない」


地面が、剣圧だけでひび割れた。


ヴァルゼルの目が光る。


「だが」


「それで十分だ」


そして。


剣が閃いた。


「——受けてみろ」


ヴァルゼル唯一の奥義が放たれる。


ヴァルゼルの構えが変わった瞬間、戦場の空気が止まった。


剣は後方。


身体は深く沈み、呼吸が完全に静まっている。


まるで嵐の中心。


その静けさは、あまりにも異様だった。


ライナの本能が告げる。


(・・・これ・・・やばい・・・)


ヴァルゼルが低く呟く。


「俺の剣の奥義は一つ」


闘気が収束していく。


暴れていた圧力が一点に凝縮される。


まるで世界の重さが剣の刃へ集まっていくかのように。


「名は——」


ヴァルゼルの瞳が細くなる。


「絶界断」


その意味は、


“世界すら断つ一太刀”。


技巧でも連撃でもない。


ただ一撃。


しかしその一撃には、ヴァルゼルが積み上げてきた剣のすべてが凝縮されている。


踏み込み。


その瞬間、地面が爆ぜた。


次の瞬間にはヴァルゼルはもうライナの目の前にいた。


剣が振り抜かれる。


速い、ではない。


世界が斬撃に追いついていない。


ライナは反射的にグラネシスを構えた。


「来いッ!!」


完全同化の力を全て込める。


神竜の力が剣に流れ込み、刃が光を帯びる。


ガァァァァァン!!!


凄まじい衝撃。


空間が軋み、大地が一瞬で陥没した。


ライナは歯を食いしばる。


受けた。


だが。


(・・・だめだ・・・!!)


剣が、押し切られる。


ヴァルゼルの斬撃は、ただの力ではない。


軌道、重心、速度、意志。


剣士としてのすべてが一撃に統合されている。


ライナの剣が弾かれた。


次の瞬間。


斬撃が胸を切り裂いた。


血が弧を描く。


「・・・っ!!」


衝撃で身体が宙に舞い、瓦礫を跳ね飛ばしながら転がる。


そしてライナは、動かなくなった。


「ライナ!!!」


リリスの声が裂けた。


躊躇なく走る。


瓦礫を飛び越え、倒れているライナの元へ滑り込む。


「ライナ・・・!!しっかりするです・・・!!」


ライナの体を抱き起こす。


呼吸はある。


だが浅い。


血が滲んでいる。


リリスの心臓が激しく打つ。


(お願いです・・・お願いです・・・!!)


そのときだった。


影が、落ちた。


リリスの背筋が凍る。


ゆっくりと顔を上げる。


そこにはヴァルゼルが立っていた。


いつの間に近づいたのか、全く気配を感じなかった。


剣を持ったまま、静かに立っている。


リリスの身体が震え始める。


(終わり・・・)


ライナは倒れている。


自分では勝てない。


ここで終わりだ。


ヴァルゼルが剣を持ち上げればすべて終わる。


リリスはライナを抱きしめ、必死に目を閉じた。


だが。


……何も起きない。


数秒。


さらに数秒。


恐る恐る目を開ける。


ヴァルゼルは。


動いていなかった。


剣も振らない。


ただ倒れているライナをじっと見下ろしている。


その目は、怒りでも殺意でもない。


むしろ。


どこか静かで、少しだけ寂しそうだった。


「……終わりか」


ぽつりと、呟く。


ライナの胸はかすかに上下している。


目の前にはヴァルゼルが立っている。


一歩踏み出されれば、すべて終わる距離。


リリスの全身が震える。


だがやはりヴァルゼルは剣を振り上げなかった。


ただ静かに、倒れているライナを見つめている。


そして低く、笑った。


「・・・はは」


「ははは・・・」


その笑いは、先ほどまでの戦いの昂揚とは違っていた。


どこか、満足したような。


誇らしげなような。


「大した男だ・・・ライナ」


ヴァルゼルはゆっくりと剣を地面に突き立てる。


「俺はな」


視線は、ライナから離れない。


「今の一撃で・・・お前を真っ二つにするつもりだった」


リリスの息が止まる。


あの奥義。


あの絶界断を受けてそれでもライナは、生きている。


ヴァルゼルの口元が上がる。


「それなのに」


「身体は繋がったまま」


「しかも・・・」


ライナの胸を見つめる。


わずかに上下している。


「まだ死んでいない」


静かに言った。


「見事だ」


その言葉には、一切の皮肉がなかった。


純粋な称賛。


剣士としての敬意。


ヴァルゼルは空を見上げる。


「本当に・・・いい戦いだった」


その瞬間だった。


ヴァルゼルの身体がぐらりと揺れた。


「・・・?」


リリスが息を呑む。


ヴァルゼルの全身に亀裂のような線が走る。


血がにじむ。


次の瞬間。


ドサッ


ヴァルゼルの膝が地面についた。


「・・・はは」


自嘲の笑いが漏れる。


「当然だな・・・」


「人間の時でさえ反動がすごかった。魔族の力で使えばどうなるか容易に想像できたはずなのだがな・・・」


腕が震える。


身体の奥から


何かが崩れていく。


あの奥義は、純粋な剣士としての極致。


それを魔族の身体で無理に放った。


反動が体そのものを壊していた。


ヴァルゼルはそのままゆっくりと地面に倒れた。


リリスは呆然とその光景を見る。


ヴァルゼルの呼吸は浅い。


目も、少しずつ焦点を失っていく。


だが。


その視線はまだライナに向けられていた。


「・・・リリス」


名前を呼ばれ、リリスの肩が震える。


「・・・な、なに・・・?」


ヴァルゼルは苦しそうに息を吐く。


そして。


かすかに笑った。


「その男を・・・」


言葉が途切れる。


息を吸い直す。


「・・・絶対に・・・」


視線が、ほんの少し強くなる。


「死なせるな」


リリスの目から涙がこぼれた。


ヴァルゼルは、もう剣を握ることもできない。


それでも。


最後まで、剣士としての誇りを残していた。


「・・・そいつは」


息が震える。


「・・・いい剣を・・・持ってる」


最後に、満足そうに笑う。


「・・・世界・・・」


その言葉は最後まで続かなかった。


ヴァルゼルの目がゆっくり閉じる。


戦場には風の音だけが残った。


リリスはライナを抱きしめながら震える声で呟いた。


「・・・絶対・・・」


涙が落ちる。


「絶対助ける・・・」

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