そして成立する。
「全部買い取りてぇところだがな~……ちなみに嬢ちゃん、この相場はわかってる……よな?」
チラッ、チラッと砂金と私、そしてルベンとサウロを何度も目だけで見比べてくる。
まぁ一応、と思わず母の形見とは思えないような暢気な返答になってしまった私は、慌ててその後は慎重に言葉を選ぶ。ここで安く叩いたら負けだ。
「なので、訂正価格でお願いします。可能なら全て買い取ってくれれば助かります。これからいろいろ入り用なので」
いっそグラムで一兆とか逆にふっかけてみようかとも思ったど、先ずは相手の出方を見る。全てと言ったし、これで提示してくれる金額であとは勝負すれば良い。そう思って口の中を飲み込んだところでおじさん達から返された言葉は予想外のものだった。
「うちでこの量全部買い取れる金はねぇ……」
……はい?
腕を組んで唸るようにそう絞り出すおじさんに、私は目を白黒させてしまう。ちょっと待って、この量だよ?あの大袋いっぱいならわかるけど、こんなコップ一杯にも満たない量でどうして。
何かの駆け引きかなとも思ったけど、それなら値引く方法としてこれはおかしい。ぽかりと口が開いてしまう私にルベンが「おい、なんて言ってるんだよ」とサウロの肩から突いてきたから、何とか意識的に口を動かすように努める。
「この量を買い取れるお金はないって……、あの、じゃあどれくらいまでなら買い取れるんですか」
「取り敢えずいくらまで出せるか聞いて見ろよ。出せるだけ搾り取れば良いだろ」
反復しながら尋ねる私にルベンが容赦なく悪徳業者みたいなことを言う。これではどちらが悪人かわからない。
そういえばルベンって結構お金にはシビアというかキッカリしていた人だった。思わず口を結んでルベンの通り言うかどうか悩む私に、おじさんの方が先に返答する。
この店で買い取れる分の金粉はざっくり大匙三杯分の量だった。やっぱり少ない。
ならばとルベンに言われた通り「いくらまで出せますか」と尋ねれば、細いおじさんが一度奥に戻って恐らくは店の蓄えであろうがっつり通貨の入った革袋を三つ持ってきてくれた。まだ中身の貨幣をみていないからはっきりとは判断できないけれど、かなりの額なことは予想できる。
ここで大喜びしたら足下見られると表情筋を動かさないように意識する。すると、カウンターを挟んで向かいのおじさん達の顔がみるみるうちに顰められていった。
「正直言うぞ?嬢ちゃんが〝だたの〟素人だったら俺らだってふっかけたいさ。だが〝そこまで〟圧かけるってんならこっちだって持ち賃に限りはある。そりゃあこの純度の金なら大金貨五枚は余裕で作れるだろうが……そんな金をウチがもってると思うか?」
なんだかちょっと説教臭くなってる。確実に怒っていることはわかる。ていうか、〝ただの〟とか〝そこまで〟に凄い重圧のある言い方で言われたんだけど、どういう意味だろう。
やっぱりふっかける気はあったんだなということよりもそっちの方が気になってしまう。純度はさておき、大金貨五枚とはどういう意味だろう。聞いてみたいけど、交渉が終わるまではお上りさんだとバレることは聞けない。
「うちにある換金物と引き換えにでも良いなら喜んで乗るが。物入りってことは荷物増やすつもりはないんだろ?」
現金ないの??
口を結んで心の中の突っ込みを必死で堪えるけれど、いろいろ疑問が尽きない。なんか、私とおじさん達でこの小袋の価値にとてつもない差異が生まれている気がする。だって馬車でひと月程度の距離にあるサンドラさんの町は大袋で普通に取引してたのに!なんで城下にある大都会のお店の方がお金ないの⁇
その後もクドクドとおじさんにお説教をされるのを黙って聞いた。要約すると、この量全部買い取りたいのはやまやまだけど持ち合わせがないという話だ。
うーんどうしよう。取り敢えず用意してくれたお金全額でいくらかを直球で聞いて見たら、想定よりはかなり上回った額だった。
全部本物だぞと言って今度はおじさん達が袋の口を開けて見せてくれれば、そこには大量に金貨が詰まっていた。あまりの量にルベンがサウロの肩から飛び降りて金貨に手を伸ばす。ネコババするつもりかと一瞬焦ったけど、手に取ったり匂いを嗅いだり噛んだりしてたから本物かどうか確かめてくれたらしい。本当にルベン有能。
この額でも結構買い物はできると思うけど、これから新生活になる。しかも今は高級ペンションでの宿泊だし、きちんと住む家を見つけるまで絶対これから雪だるま式にペンションからも請求が来る。
それにただ服を買うだけならまだしも、ルベンやサウロの服はオーダーメイドをしないといけないかもしれないし、買いたい物は山のようにある。もう通貨は使い果たしちゃったし、この先の旅で換金所に着く前にいくつの町や村を経由するかもわからない。
砂金じゃ通貨代わりにするには物理的に小さすぎる。実際、港まであったサンドラさんの街にも換金所はなかった。
しかもこのおじさん達の反応だと、今後支払いに砂金を使ったら知らないうちに払いすぎになる可能性が大きい。砂金も無限ではないし、今後生活していくことを考えても大盤振る舞いはしたくない。翻訳家で生計を立てられるかもまだ確証は持てない。
うんうんと一人考えていると、その間にもおじさんが背もたれに寄りかかりながら「俺だって本当なら大金貨一枚分は欲しかった」と忌々しそうに言った。だから大金貨ってなに。
取り敢えず今欲しいのは通貨と……できれば砂金以外での換金物。どう考えてもサンドラさんの街でのやり取りと反応が違うし。この先もそれで「高くてうちでは代金として利用できません」なんて言われたら困る。……うん。ここは、砂金をくれたゴブリンさん達の知恵を借りよう。
「……条件次第なら、この砂金の半分をそのお金三袋と残りは宝石で支払ってくれて良いです」
物物交換交渉再び。
ゴブリンさん達がそうやっていたように、お金以外でのやりとりを提案してみる。換金所というだけあって軽く見回しただけでも客から換金したものであろう宝石がいくつもあるし、いっそそっちの方が今後も換金しやすそうだ。小さな宝石ならそれこそ通貨代わりに使えるかもしれないし砂金よりはずっと良い。
そう思って言ってみた私の提案に、次の瞬間ガタタッとまた勢いよく椅子からおじさんが跳び上がった。「本当か?!」と響く声で叫んだおじさんに、やっぱりこの反応はゴブリンと交渉した港のおじさんに似ていると思う。
さらに細おじさんが凄い勢いで「決まりだ!!」とこっちの条件も聞く前からまた店の奥へ下がりだした。ガッチャンガッチャ聞こえるから保管している宝石をかき集めているのだろう。……でも、それだと困るんだけど。商売人って皆こんなんなのだろうか。
いきなり慌ただしくなるおじさん二人にルベンがまた威嚇するように呻り出したけど、今度はカウンターを飛び越えずに目の前のおじさんも前のめりになるだけだったからなんとか落ち着いた。……もしかして、さっき言ってた〝そこまで〟の圧ってルベン達のこと?
「あの、条件は……」
「ああなんでもいってくれ!」
詰まりながら言えば、既に身体半分がこっちに出ているおじさんは即答だった。二人の勢いに飲み込まれないように意識して、私は条件を提示する。
「先ず、砂金も含めて私達と取引したことは誰にも言わないで下さい。あと、宝石はなるべく価値の低いものからでお願いします」
「??安物で良いのか」
言わねぇのは勿論だが……と続けたおじさんに私は「本物であれば」とルベンを手で示しながら伝える。実際はルベンが宝石鑑定までできるかはわからないけれど、金貨をチェックしてくれたし偽物は出せないぞくらいには思われるだろう。
「おい!奥のじゃなくてショーケースのもんから出せ!!」
おじさんが細おじさんの去った方向に向かって叫ぶ。つまりは店内に飾ってあるこっちの方が安物らしい。……まぁ普通に考えて高いものは盗まれにくい場所に隠すよね。
価値が高すぎると砂金みたいに換金してくれない事故があるかもしれないし、なるべく換金しやすい貴金属に変えておきたい。それなら最悪の場合、通貨が底を尽きても宝石の物物交換でなんとかなる。
「それとー、……私の質問にわかるだけで良いので答えて欲しいんですけど、それは換金の後で良いです」
よっしゃ乗った!!と、条件を聞き終えたおじさんも大きい身体を動かして細おじさんの宝石集めを手伝いだした。慌ただしく店中を攫い出すおじさん達を椅子の上でマネキン状態で待ちながら、結構な量になりそうだなと思う。
自分で言い出したことだけど、持ちきれるか心配になる。旅が終わった後で良かった。
右往左往と忙しそうにするおじさん達に紛れて「持ちきれそう?」と二人に小声で尋ねてみたら、頼もしい返事がそれぞれ返ってきた。
それから三十分以上椅子の上で足をぶらぶらして待って、やっと全ての換金と宝石の物物交換が終えた。
結局私達の目に見えるショーケースの中身全部と店の奥から引っ張り出してくれた大振りの宝石数個で交渉は成立した。砂金もきっちり半量計ってもらい、宝石と通貨でもある金貨が積め込まれた袋と宝石でそれぞれルベンとサウロが持ってくれた。
恩に着るぜと両手で握手してくれたおじさん達はにっこにこで興奮のあまりか、それとも店中をかけずり回った所為か顔を赤く火照らせたおじさん達は息も切らせていた。やっぱりちょっと怖い。
でも私としても良い取引ができたことは間違いないので、ありがとうございましたとお礼を言って頑張った笑顔で返す。若干強張っていてもご愛敬だ。
「それで嬢ちゃん、あと俺達に聞きたいことってのは?」
ちゃんと条件を全部覚えてくれていたおじさんの問いに私もそうだったと向き直る。もう交渉は終わったし、今なら聞いても問題ない。
ルベンとサウロがガッシリと換金物を確保してくれているのを確認してからおじさん達に問い掛ける。
「砂金って、城下で価値が高いんですか?あと大金貨ってなんですか?」
根本的は私の問いに今度はおじさん達の顎が揃って外れた。言葉にしなくても「知らなかったのかよ」と言いたいのが手に取るようにわかる。
ちょっとちゃんとポーカーフェイスできたのかな、と心の中だけで少し得意げになりながら私はおじさん達の話しを聞く。その内に、……たぶんおじさん達もおじさん達で取引が終わってからの方が都合の良い話だったんだなと思い直した。
話の端々で「いや素人とは思ったがここまで」「明らかに俺らが思ってるより低く見てるとは思ったが」「まさかとは思ったが大金貨まで知らないとは」と言われたから、わりとバレていた部分もあった上で乗ってくれたらしい。交渉が終わったからこそ言えるぶっちゃけトークだ。
もう取引をした以上、やり直しも再換金もできないからこそでおじさん達もすごく丁寧に教えてくれた。
この街では大金がお手軽に取引で行き交う都合で、普通の通貨より更に桁の違う「大金貨」と呼ぶ最強金貨が富裕層では使われていて、それを作る材料の金は普通の金貨より更に純度が高い金で作られている。その需要が高すぎて価値がすごいらしい。
だから城下の換金所では純度の高い金は特に大歓迎で、引き取った純金で大金貨を作れば市場での取引価値は更に五倍近く跳ね上がると。……うん、いろいろ納得した。私のいた元の世界でも確か一万円札の材料費って凄い安かった気がするし。
最後まで説明を聞いて色々納得した私は、お礼を言って換金所を後にした。
まさかのおじさん二人が店の外まで手を振って見送ってくれるほどの手厚い送迎を受けて。……やっぱりちょっとはおじさん達の方が上手だったのかなと胸の中で落ち込んだ。今もしなんでも買えるならこの世界の常識ガイドブックとか欲しい。
なにはともあれ、一応は暫く必要な滞在資金を得た私達は流石の大荷物に一度宿屋に戻ることにした。
部屋に戻ったらおじさん達から聞いた話もルベン達に説明しておきたい。お腹の虫がぐーぐーと鳴ってるけど、取り敢えずはお腹を押さえ
「腹の音うるせーよ。帰りに何か買って帰れば良いんだろ」
「歩くのが辛ければ私の背に……」
……腹の虫へ一喝いれるルベンと、私を再びお荷物ポジションに移行しようとするサウロにそれこそぐうの音も出なかった。
耳が良いコンビに押されるようにルベンの持つ中袋から金貨を数枚取り出してポケットに突っ込む。
取り敢えずは腹ごしらえから始めよう。おじさん達から聞いた話はその後だ。




