25.移住者は取引し、
「嬢ちゃん。言っておくけどうちは生き物は換金しないからな?餌代掛かるし檻も場所を取るから滅多に引き受けねぇぞ」
「!違います!!わ、私が換金したいのはこっちで……」
どうやら二人の言葉こそわからないけど、声は聞こえた所為で異種族を換金と思われたらしい。いや、ここの世界の常識で言えば〝奴隷〟か〝ペット〟の換金扱いだろうか。
むしろ二人は大金積まれても絶対売りませんと意思を込めて首をブンブンと取れんばかりに振り回す。もうここまで来たら勢いで言っちゃえと、膝が笑いそうになりながら私はその場でリュックから小袋を取り出した。
手のひらサイズの小さな布袋に「なんだそりゃあ」とちょっと興味を持ってくれたように視線を集めるおじさんに、ゆっくりと息を吸い上げた私はやっと用件を告げる。
「砂金です。それなりに価値がある筈なので可能なだけ……」
「「金?!?!」」
ガタンガタンガタガタッッ!!
突然、さっきまで頬杖を突こうとまでしていた筈のおじさんと、腕を組んだ細おじさんがカウンターを超えて叫びだした。……あれ、ちょっとこれどこかで見たことのある反応のような。
マジか、本物か?!と叫ぶおじさん達にまた半歩後ずさってサウロにぶつかる。思わず背中までおじさん達から反らすけど、向こうは椅子は倒すわカウンターから回り込むどころか乗り上げるわ足下の商品っぽい物を蹴飛ばすわ倒すわでもっと大忙しだった。これはこれで怖い。
もともとそんなに広くもない店内ですぐに眼前にまで来たおじさん達に小袋を盗られないよう拳で握り、身体ごと捻って隠す。気分的にはこのままひったくられそうだという危機感がすごい。
「まさかその量全部か?!全部まさか金じゃねぇよな嬢ちゃん!」
「き……金、というより砂金ですけど……全部です、はい」
「嘘つけ!!そんな量をなんで嬢ちゃんみたいな若い娘が持ってるんだ?!取り敢えず鑑定してやるから来い!ほら!」
ひぃぃっ!!と血の気が引いてくのを感じながら応答すれば、細おじさんに砂金を持っている腕を掴まれる。意外にこっちの人の方が強引だ。そのまま鑑定の為にととうとう扉の前からカウンターに引き摺り込まれそうになった時。
ぬっ、と。
突然、鍛え抜かれた大きな腕が背後から私の前に伸びてきた。
誰のものかはすぐわかって、声を出すよりも先にその腕が勢いよく捕まえるように私を抱え込んだ。勢い良くお腹を押さえられて息が詰まったけど、それよりも突然の腕におじさん達の方が驚いている様子だった。
目玉が零れるくらい開いたおじさん達が、砂金の小袋からじわじわと視線を上げていく。同時に腕一本で捕まえた腕の主が背後から私を強く引き寄せた。
さっきまで背後で佇んでくれたのに、とうとう強制回収されてしまうような感覚に半歩以上背後に下がる。更にはグルルルッと呻り声まで聞こえてきて、やっと振り返ればサウロの肩の上でルベンが歯を剥いて怒っていた。
「……やるか?」
「?!ち、違う!まだ敵じゃないから!!大丈夫大丈夫本当にすっごく大丈夫!!」
サウロの低めた声が完全に「闘るか」というよりも「殺るか」に聞こえて一気に背筋が凍る。
どうやら私が引き込まれたせいで敵だと心配してくれたらしい。気持ちは嬉しいし心配かけたのは悪いけどここで戦闘になったらまずい!!
どうどうどう、とまるで馬でも落ち着かせるように大丈夫を繰り返したところでやっとルベンからも呻り声が止まった。ルベンの呻り声とか聞いたのすごい久々だから一瞬わからなかった。
二人が戦闘モードを一時保留してくれたところで改めて私は店内の方に向き直る。口の端がピキピキと引き攣ってしまいながらの顔は多分ちゃんと笑顔になっていない。
しかもさっきまで眼前に居た筈のおじさん達が、今は一メートル以上離れた位置にいる。長い腕もそうだけど、ルベンの威嚇も怖かったんだろう。
「す……すみません。ちょっと二人が勘違いしちゃったみたいで。鑑定と換金、お願いします……」
二人に明らかに引いているおじさん達に、私も少し調子を取り戻す。会釈程度に頭を下げてから、一歩ずつサウロの手を引いて店内に足を踏み入れた。
よく考えたらおじさん達がどれだけ怖くても、こっちには狼をぶん投げるルベンとドラゴンを即殺しちゃうサウロがいたんだった。
私が足を前に進めたことでサウロもがっちりホールドしていた手を緩めて離してくれた。代わりに背後から冷たい空気が流れ込んでくる感覚にこれが殺気というものなのかなと少し思う。
店の中に私が踏み入れば、サウロもとうとう店内にその姿を現す。低い扉を潜るようにして店内に入り、一緒に肩にぶら下がったモフモフのルベンも姿を現せばおじさん達の顎が外れそうなほど口がポッカリ開いてしまった。
やっぱり異種族の組み合わせどころか手を繋いだり肩に乗せてたりするのは城下でも珍しいんだなと思えば、どうやら視線がちょっと違うらしい。
どこか顔色が蒼くなっているようにも見えるおじさん達が凝視する先を追えば、……納得する。あんなに血相変えた砂金にも目もくれずにおじさん達の目が釘刺さっているのはサウロの手を繋いでいるのとは反対の手。さっきは私を抱え込んでいたその手に握られた、巨大剃刀みたいな斧だ。確かにこれは怖い。
「あ、違います。大丈夫です、敵意さえなければ二人とも凄い温厚なので武器も護身用です」
なるべく落ち着かせた声でおじさん達にそう告げる。
むしろこれじゃあ私の方が強盗みたいだ。やっぱり剥き出しの刃物は良くないなと思いながら、そうしない為にもここでお金をと改めて腹を決める。
一気に勢いの引いたおじさん達がカウンターへ後ずさるのを追いかけるように私もカウンターへ向かう。サウロ達のお陰で大分今は心強い。
「別にルベンは温厚じゃねぇーし!詐欺りやがったらタダじゃすまねぇっていってやれソー」
「これも護身用ではなく、それなりには闘えるつもりだが」
二人とも、お願いだからお口チャックして。
今だけは二人の台詞がおじさん達にわからなくて良かったと心から思う。ルベンだけじゃなくサウロまで天然で脅し文句になってるし。
なんとか引き攣った笑顔で誤魔化し、倒れた椅子を起こしてカウンターの前に座る。さっきおじさん達が乗り越えてきた時に倒された椅子だ。
冷静な頭で振り返ると本当に凄まじい反応だったなと思う。むしろちょっと過剰だと思うくらいだ。流石に座っている間も手を繋いでいるのは変だから手を離す。……と、離れない。
私が手を開いても全く意味がないくらいサウロがぎゅっと握ったままだった。私もずっと繋ぎ過ぎだったかもだけど、サウロも手を繋ぐのとか初めて過ぎて離すタイミングがわからないらしい。「サウロ、一回ごめんね」と反対の手で掴んで離すようにやんわり伝えると、思った以上に寂しそうな眼差しを向けられてしまった。
しゅん、とエルフみたいな耳が下がって見えるくらいに鋭かった眼も垂れて、なんたか悪いことをした気分になる。今だけ今だけ、と唱えながら宥めると十秒近い間の後に一度だけ頷いてくれた。ふと視線を感じて振り向くと、おじさん達が信じられないものを見るような目で私を見ていた。
たぶん今のやり取りだけじゃ言葉が通じるとまではわからないと思うんだけど。
「じゃ、じゃあこちらが砂金になります!」
誤魔化すように少し声が大きくなりながら私は座り直す。ちょっと足が浮くくらいの高さのある椅子が落ち着かないけれど、ここはちょっと強気に見えるように胸を張る。
カウンターまで下がったおじさん達を見据え、改めてさきの入った小袋を置き、口を開いて見せた。
いきなり異種族二人の来店にドン引いたまま言葉を失った様子のおじさん達だったけれど、小袋の中で光る砂金を確認するとまた少し前のめりに肩を出してきた。
カウンターの横に立て掛けてあった皿のようなものに小袋を乗せ、それから少しずつ中身を出す。細いおじさんが無言のまま小さな万華鏡みたいな筒を体格の良いおじさんに手渡すと、とうとう鑑定が始まった。
間違いなくこれが本物の金であることはサンドラさんの港で最初に確認済みだし、相場もざっくりだけど想像はついている。このくらいの量でもかなりの額にはなる筈だ。
なるべく足下を見られないように背筋を伸ばしておじさん達の鑑定を街続けている間、何度もカウンターの下で手を組み直した。やっぱりサウロと手を繋いでいた方が落ち着いたかもしれない。
暫くはおじさん達が太い指で摘まんだり、秤で全部の重さを量ったり、何度も何度も砂金一粒一粒を確かめたけど、最後まで「偽物だ」の言葉はなかった。本物だと鑑定されたそれを丁寧に小袋に一粒残さずしまって口を紐で結ぶとやっと気を抜いたように「ハァ~~~」と息を漏らす。あまりに長い息に、鑑定中ずっと飛ばさないように呼吸を止めてたんじゃないかと思ってしまう。
「嬢ちゃん、これ一体どこで手に入れたんだ?」
「母の形見です。旅でお金に困ったらこれを売りなさいと言われてたので……」
揃って腕を組んだまま椅子の背もたれに寄りかかるように背中を反らすおじさんに、決めていた言葉を告げる。
背後でルベンが「あ、嘘ついた」と言ったのが聞こえたけど今は聞こえないふりだ。だってこうでも言わないと怪しまれるし!!
私の年でこんなの換金に持ってたら平和な日本でも盗んだと思われる。それにまさか目の前の小袋がなけなしの全財産じゃなくて、実は氷山の一角で大袋にがっつりとまだ詰まって所持してるなんてバレたらそれこそいつ泥棒にこられるかもわからない。ここはあくまで普通の旅人のふりをするのがお互いの為だ。
私の言い訳に一応は納得してくれた様子のおじさんは「なるほどなぁ」と唸るように言いながら首を何度も傾けた。
隣に立つ細いおじさんも小袋にかっちりしまってある金粉を何度も瞬きをして確かめている。
「あの、値段の方は……」
堪らず私が催促すれば、またルベンがグルルッと唸りだした。完全に威嚇モードだ。
だめ、とルベンの長い鼻ごと口を両手で掴んで押さえると、一気に目を丸くしたルベンが「なにすんだよ!」と思いっきり頭ごと使って振りほどいた。なんだよも何もそんな脅迫まがいのことしちゃ駄目でしょと言いたい気持ちを今はぐっと抑える。
すると、聞き取れるくらいに大きな溜息がまたおじさん達の方がら吐かれた。
「全部買い取りてぇところだがな~……ちなみに嬢ちゃん、この相場はわかってる……よな?」




