第六十二話《帽子を被ったあの子》
ある夕暮れにちょっと街中を三人で歩いていると、わたしの視界を数羽の小鳥が通り過ぎた。着慣れないコートで身動きが苦しかったけれど、なんとか小鳥を見失わずに済んだ。小鳥は建物の一階の窓枠に並んで、そこでなにやら啄んでいるらしかった。
「どうかしましたか?」
立ち止まってそういう小鳥を眺めていると、セイディが不思議そうに首を傾げる。
わたしが気になったものを指そうとすると、ヴラジーミルが肩から下りて小鳥たちのほうへ行った。
「ちょっと不思議で」わたしはそうとだけ言ってヴラジーミルの後に続いた。
彼が窓枠によじ登ると、小鳥たちは慌てたように飛び去っていった。そこでヴラジーミルは困ったように固まって、こちらに背を向けたまま、部屋の中を見ているらしかった。わたしが彼のそばまで歩み寄ると、ちらちらと白い影が部屋の中に見える気がした。目を凝らしてみると、それはどうやら人であるらしかった。
「あなたのリス?」と部屋の中から女の子の声がした。
窓を覗いたすぐそこに女の子がいて、彼女はベッドの上に膝をつき、手のひらにはパンの欠片が持たれている。
「うん、そうだよ。……小鳥に餌をあげていたの?」とヴラジーミルを捕まえながら、声を低めて言った。
「そう。それくらいしかすることないから」
彼女は室内で帽子を被っていた。わたしはなんとはなしにその帽子を見ないように努めながら、彼女の言うことを耳にしている。そうしてしばらく気を回していると、わたしが喋るのを待っていたらしい少女が、待ちくたびれたといったふうに首をもたげ、パンの欠片をゴミ箱に捨ててしまった。少女には何か気に食わないらしかった。
「いいの。慣れっこだし」と少女は嗄れた声で言って窓を閉めてしまった。
わたしは立ち去るしかなかった。
それからメリルたちの所へ戻ってからアトリエに帰ろうと歩いているとき、もうわたしのどこかしらに名残惜しいものができたとでもいうかのように、あの窓が気になって、一つ角を曲がるまでは半ば好んで振りかえった。そうして角を曲がった後では、すっかり建物の姿も見えなくなったのに、その方がかえってあの建物を鮮明に思い浮かべられるのだったから、わたしは彼女が窓を閉める寸前に見えた顔の、なんとも侘しいような雰囲気が、どうも気になっているらしかった。
わたしがそんなことを考えていると、なぜだか活発になったヴラジーミルが、わたしとメリルとセイディの腕や肩を、まるで木々にそうするような調子で、よじ登ったりおりたりを繰り返し始める。漠然と彼のそういう姿には焦っているような雰囲気があった。
しばらく彼の行動に注意していると、ふいと足の裏でカラカラと音がした。道に落ちていた枯れ葉を、踏んでしまったのだろうか。またわたしは立ち止まって、いったいどんな枯れ葉を踏んだだろうと慎重に足をどけてみると、それは落ち葉などではなかった。何か虫を踏んだのだ。そしてわたしは、靴の影から昆虫にあるような羽が痛々しくなっているのだけを見ると、途端に目を逸らして、先を歩いているメリルたちのほうへ駆けだしたのである。
アトリエに戻って、わたしはやはり気がかりになっていた靴裏を確かめたけれど、いくらか泥がついているだけで、本当にわたしは虫を踏んだのか、それとも思い込みだったのか、ついに分からなかった。
あくる日にわたしは、また彼女と会ったあの窓の面している道を歩いた。ヴラジーミルはこの頃、一人でどこかに出かけてしまうので、今度は一人で。
だが彼女には会えなかった。小鳥はパンくずを貰いに集まっているのに、窓は締め切られたままだった。
次の日は雨が降った。わたしは何か自分でも馬鹿馬鹿しいとは思いながら、あの窓のある病院の向かいの壁に、雨具を着てもたれかかりながら、濡れたパンくずをかじっていた。




