第六十一話《ヴェリミール》
秋の中、わたしたちは大陸でもっとも栄えているヴェリミールにやってきた。まったく目新しい景色だったが、雰囲気はけして爽やかではなかった。住民は皆が皆、黒か茶か灰色の目立つ服装で、分厚いコートを着ていた。帽子を目深にかぶり、顔の見えない人が多い。わたしはこの町のアトリエにたどり着くまで、ずっと動き続けている人の影を、ずっと止まっているものを見るような気持ちで、眺めやっていた。
アトリエはサンルズのそれと比べて、やや台所が狭いくらいだった。荷物を運んで、わたしは二階の窓を押し開け、外に目を向ける。町にはいくつかの煙突があった。それはどれも工業地区の工場から伸びているらしかったが、そんなことよりも、どうしてこうまで侘しいのだろうと思わずにいなかった。
「ここ、子どもの頃に一度来たことがあるのです」とわたしのそばでセイディが言った。「歴史をかじったことがあります。史詩を読んだくらいですが、そこで、人類の繁栄期の出来事を知りました。人類で初めて魔法を定着させた双子。これを皮切りに、原因不明の魔法が伝染。今と違って、その頃はすでに大人の人間が魔法を手にすることが多かったとか。魔法は逃げていくものじゃなかった。目覚め、寄生虫が宿主を求めるように、人間を求めているような概念でした。でも、魔法に目覚める人がいつも優しいわけじゃありません。歴史の中で、魔法による犯罪を行った例があります。殺人、水害、これらを証明し彼らの罪を暴くやり方を、当時の人間は持たずにいました。花園に枯れ葉が一枚落ちていると、まもなくすべての艶やかな花が枯れるような気分にさせられる。一人の魔法使いが罪を犯しただけで、人々は、魔法使い全員が、いつかこのようなことをやってしまうだろうと考えたのです。歴史は彼女らを消そうとしました。そこから、長い、長い、戦争が始まり、町は壊れ、人も多く減ったのです。これが資源の枯渇に直面してしまった原因でもありますが、私は子どもの頃に、おっとうとヴェリミールに来ました。……ここは栄えていても、要は歴史にとらわれ、あの頃と同じ文明を築こうとしている人間の生ける墓場です」
彼女は半ば夢中な調子で言いながら、わたしと一緒に窓外を眺めている。一通り聞き終えてから、またあの煙突の伸びている方へ目をやってみると、彼女の言葉につられて、それが墓標のように感じられた。
あくる日からわたしはちょっと町を離れて山を登り、そこで菩堤樹の木陰にひっそりとおさまりながらヴェリミールを眺めていることが多かった。もう次の季節が待ち構えていると見え、空は大きな一つの雲なのか無数の雲なのか、どちらにせよ境目のないものを浮かべているのだった。すぐそばにある山道――わたしたちも幌馬車で通った道――からは、あるかないかくらいの風に運ばれて銀杏のにおいが鼻をつきにくる。癖のある臭いに少しむせ返りそうになっていると、山道のずっと下のほうからだれかが歩いてきているのを目にする。それはメリルらしかった。
「あなたたちって、高いところが好きよね」体力のないメリルはちょっとの傾斜に呼吸を荒くしながら言った。
「好きなのかな? あんまり考えたことないんだ。お腹が空いたらご飯を食べるみたいな感じだよ。焼き魚が好きって言う人はいるけど、夕飯が好きって言う人はいないでしょう」わたしは深く考えずに言った。
「それ、そういうところよ。そういうの」
メリルはわたしのそばに腰をおろした。彼女は指を立てて一回り空をなぞる。
「どれ?」
「感覚的なの。言葉は知らない。でもリライナがそう言うと、それがリライナだって感じがする」
彼女の表情をじっと眺めていると、自信に満ちていて、確信めいたものも感じられるけど、頬がゆっくり赤らんでいくのが見えた。よほど坂道がきつかったらしい。
「メリルって時々、わたしよりわたしに詳しい時があるよね」
「そりゃあね。リライナはあたしの妹弟子だから、よく見てるの」
「嘘つき」とわたしは彼女がいつもするようなきっぱりとした口調で言った。
彼女は驚いたらしかった。それを狙った部分もあったけれど、しばらくだんまりを決め込まれるのはバツが悪く、わたしはメリルの肩に頭を乗せる。こうすると今しがた言った自分の言葉に、彼女が冗談の含みを見出してくれると思った。
「まだ怒ってる?」と彼女は弱々しい小声で言った。
「ううん。もうメリルが帰って来ないって思ったけど、今は安心してる。でも、ちょっと気に入らないことがあるかな」
「なに?」
「いつまで経っても、リライナって呼ぶところ」
「他にどう呼ぶのよ」
「リリって呼ぶの。お母さんとお父さんにしか呼ばれたことないけど」
銀杏のにおいが、急にいくらか強まりだした。わたしたちは赤々とした落ち葉を下敷きに座って、同じ景色を見ているに違いない。もしお互いの魂の目を取り換えっこしても、まったく同じものが見えるのだろうか? もしもそうであるならば……
「本当に、あなたを頼るときには、そう呼ぶことにする」
「うん。待ってるね」




