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第六十話《弟子と師匠》



 わたしはテムス地方に入ってから、なんとはなしに荷台ではなくて師匠の隣に座るのを好むようになった。この地方に入ってしまえば、大きい町が一つあって、あとは最東端のテイスルーズがあるだけなのを知っていたから、ともすれば気を抜いているといきなりこの旅の出口が現われでもするように思った。その扉に行き着いてしまえば、きっと師匠はわたしに一人立ちを命じるはず。


 ちょっとでも……そう思った。


 これは必要な準備なのだ。故郷でお父さんにそうしたように、厳密には違って、向こうから遠くに行くようなものだけれど、あれと同じような別れが、これから起こるのだと信じて止まなかった。


「君に、なにを見せればいいのか、しばらく考えたんだ」と師匠は言った。「見るべきだと思った町は、あと三つだ」


 あと三つ。この響きには何かしら含みがある。


「望んだとおりの旅が出来ているかい?」


「はい。少なくとも、もう信じたいものが一つや二つじゃおさまりません」そうわたしは言いながら、やはり旅の終わりばかり気にしていた。


「前に僕の秘密を、話す気になったら話すと言ったのを覚えているかな」


「サンルズの時ですね。師匠は秘密が多そうですから、全部を聞くには、わたしは歳をとりすぎるかもしれません」


「君が知っておくべき秘密は、始めから指の数で足りるよ」


「それって意地が悪いじゃないですか」


「ああ。でも、君がどんな人か見極める時間が必要だったんだよ」師匠は馬車の進先ばかり見つめている。「一つ教えよう。君の母親と僕は、面識があるんだ」


「え?」よく聞き取れなかったといったふうにわたしは声をあげた。


「小さい時、僕は彼女に救われた。彼女は僕を、道端で拾ったらしい」


 わたしは聞き逃さなかった。それからわたしはまた、お父さんが命日に聞かせてくれた話を思い出して、こんなそばにも歴史なるものが堂々と横たわっていたのだと、まざまざと感じだした。


「師匠……あの――」とわたしが言いかけると、師匠が少し焦ったような口調で――


「君に会いたがっている人が、カエ・サンクにいるんだ」と言った。


 口を閉じて、お母さんを知っている人が身近にいるのをなんとか喜ぼうとしてみる。けれど、どうしても出来なかった。わたしは師匠から師匠の信じているものを、たとえわずかであるにせよ授かったと信じている。身の丈に余る代物で、馴染むのには時間がかかったけれど、それでも授かったのだ。それならば、わたしは何か、師匠に返すべきではないのだろうか?


「心配しないことだ。こうしているあいだに、僕は多くのものを貰っている」わたしがしばらく黙っているあいだに師匠がこのようなことを言ったので、わたしが思っている以上に師匠はわたしのことを知っているのだと思った。「もう言っただろう。弟子を育てる。メリルのおかげで、それが僕の念願になり、君が叶えた。もう終わったことなんだ」


 この言葉は少し癇に障った。教わっているうちにもう終わっているなんて、散歩道で秘宝を見つけるみたいにあっさりだったから。


「そう言われると、また始めたくなります」師匠が見ていないのをいいことに、わたしはいかにも怒っている不服そうな顔をして、棘をつけて言った。


「楽しみにしているよ。僕にも、君を驚かせることがこの先に待っている。それも一つや二つじゃおさまらないんだぞって思ってる」


 こうしてわたしと師匠は、お互いに一歩も引かずに話し合った。まずは一つ、わたしが驚かされた後だった。


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