第三十五話《恥じらう子どもに戻るなら》
空はよく晴れ雲泳ぎ、草木の生長はいよいよ顕著に自然の富を謳うのだったが、コルネリア・マーレイは幼かった。時間が思い出したのか、それとも無意識に彼女がそう認めたのかは些事であったが、いくらか年相応の恥じらいが蘇って、口にはためらいの栓をして、頬の赤らみは目立たされた。特にメリルが彼女に彼女の絵を渡した後などでは、この精神的前進の影響は著しくあらわれ、ふと自分の顔に意識がめぐると咄嗟に顔を隠さなければならなかった。
「帰ってきたら、大事にしていたかどうか確認するからね」とメリルは腰に手を当てながら言った。
コルネリアは頷く代わりに絵を抱えたまま膝をやや曲げてから伸ばして見せた。
「そう構えないで。今のは冗談よ。描き終えたら、もうあたしの絵じゃなくなる。それはもうあなたの絵。いい? 納屋なんかに置かないって約束して。保管するだけの絵はただの紙よ」そうメリルは言いながら、コルネリアが見ていないので、隣にいるリライナやセイディと顔を見合って、この小さな照れ屋を微笑ましく思うのだった。
やがて、コルネリアは絵で顔を隠したままセイディの隣へ行ってズボンを掴んだので、彼女とセイディは絵の裏でこそこそ話し始めた。会話には細心の注意がはらわれ、二人はメヌエ語を用いた。セイディはしゃがみ込んで、ときおり小躍りするように小さく跳ねたりするのだったが、蚊帳の外のメリルとリライナは不思議そうに顔を見合わせるばかりだった。
「絵の感想かな?」とリライナは間延びした声で言った。
「そうかしら?」とメリルは何気なく言ったきりだった。
セイディはなにやら説得しているふうで、コルネリアの肩を持ちながら目をきらきらと輝かせた。そうして彼女は口を開こうと絵を下げて顔を出したが、その顔は赤くいくらか痛そうにも見える。
すぐに言葉は発せられず、扉が開きハーケンが迎えに来た。幌馬車の支度が出来たと言うのだった。
全員がアトリエを出て幌馬車を見た。幌馬車をひくのはヴィンセントとハーケンの馬だった。
メリルは期待外れといった顔をして、リライナとセイディは晴々として、コルネリアはうつむいた。明日の今ごろはと思ってきた孤独の予感が、もうそこまで迫っている。そう思うと、彼女はもらったばかりの絵をそばに置いて、メリルに抱きつかずにいなかった。
「寂しい?」
コルネリアは唸った。
「いい? 幸福に二日目はない。でも寂しさには七日目がある。どうしてだと思う?」メリルは言いながら、コルネリアが顔をあげるのを待った。そうして彼女が顔をあげて鼻水をすするのを優しく見ながら、それをブラウスの裾で拭った。「あなたを素直にするためよ。しばらく続いたら、こうしてあなたも素直になる。まったく、変に大人ぶろうとしないでいいのにね」
コルネリアは絶え間なく鼻をすすり、腕の力はだんだん強くなった。
夏の盛りの虫は高らかに、風の便りはゆるやかに……そんな夏の朝だった。
「……帰ってきてね」そうコルネリアは最後に言った。
ハーケンが御者をつとめ、幌の下に乗り込み後部の縁に肩を並べて座った三人は足を外へ投げ出した。そこで見えなくなるまで手を振っていようと思うのだった。
牧場の前で、ドーア氏がいくつかハーケンと言葉を交わした。三人は今の状況を楽しむのに忙しかった。
やがて幌馬車が進みだすと、リライナは低い山々のあいだに海に似た揺らめきを感じとるのだったが、これからもっと遠くに行くのだと分かると、じっとしていられずにまっさきに手を振りだした。
メリルも手を振った。彼女が最後に見たものといっては、ドーア氏とコルネリアの立ち姿であり、コルネリアが自ら、彼の手を握ろうとする仕草であった。……
「あの子、なんて言ってたのよ」とメリルはセイディに尋ねた。
「うーん。メリルさんもメヌエ語の勉強します?」
「はあ……いいわ、帰ってきたときの楽しみにしとく」




