第九話 「目覚めの時」
より深層に意識を持っていく。魔力を流す為のイメージを構築するために。
だが実際に魔術を用いる為ではないので明確なイメージは出てこない。
ならば、自分が一番強くイメージできるもの作り出せば良いだろう。ならばリースが思い浮かべるものなど一つしかない。
大地を踏みしめる四つの手足。
どんな堅物であろうと天国へとトリップさせうる肉球。
顔よりもなお感情を表せる尻尾。
天へと向かいそそり立つ尻尾。
あの愛らしい毛並。小悪魔のような顔立ち。
「はにゃ~ん。………………はっ!! ち、、、違う。いや……違わないけど、違う。確かに一番確固たるイメージを作り出せるだろうけど、ネコをイメージしながら魔力行使など絶対に出来そうにないぞ」
このままでは、魔力を流す前にトリップしてしまう。もう一度、今度は別のイメージを作り出す。
出てきたのはネコ耳、ネコ尻尾を持つこの世界で見た少女。
服は嘗て見たボロ服などでは決してない。少女に似合う最高の服をイメージし、構築する。
自らの頭脳が作り上げたのはメイド服。アンティーク調のメイド服を少女に着せる。
もちろん尻尾の穴をあけることも忘れない。
頭にメイドカチューシャを、耳とカチューシャのコントラスがたまらない。
そんな少女がこちらを上目使いに見ならがら話しかけてくる。
『ご主人しゃま、優しくしてにゃん』
「ちげえええええええ! いや、違わないけど……違わないけれども!」
この一ヶ月の神経回路との格闘で、もともと高かった集中力がさらに上がったことで鮮明なイメージを
作り上げることはできたが、このままでは魔力ウンヌンどころでは無さそうだった。
このままでは埒があきそうになかったので、考え方を変えてみることにした。
そもそも考えてみれば、前提からして間違っているような気がしてきた
「そうだよ、そもそも魔術でなくとも、魔力を行使して行うのだからそれに関係するイメージを強く思い浮かべなければならないはずだろ」
ならば、この場合におけるやるべきこととは何か。
いつまでも寝ぼけている神経回路を叩き起こすことだ。
その為に何をすれば良い。
ありったけの魔力を心臓からぶち込めば良い。
そう考え直し、もう一度瞑想を行う。
意識をより深層へ。自らの一番深い場所まで持っていく。
「あー……。何となくだが、やり方は分かったわ。分かってしまったわ……。でもなぁ……これきっと痛いだろうなぁ……。まぁ仕方ないないか……。元々ありえない方法で、ありえないことをやろうとしてるんだしな。んじゃま、気合入れてやりますかね!」
深呼吸一つを行い意識を切り替える。
此処より先は魔術の世界。
そこにおいては唯一つの邪念すら許されない。
ならば持ちうる全てをもって創りあげよう。
たった一つのイメージを此処に構築する。
イメージするのは一本の鉄槌。
いつまでもこの体が眠り続けるというのなら、一撃を持って叩き起こしてやれば良い。
だがしかし生半可な一撃ではこの体は起きそうもない。
ならば最高の一撃をもって事にあたろう。
だが中途半端な鉄槌ではその一撃に耐えられそうもない。
ならば想像しうる最高の鉄槌を創りあげよう。
さあ此処に全ての準備は整った。
ならば残る行程は後一つのみ。
渾身の力を持って、最高の一撃を己の心臓へ叩きつけよう。
さあ、目覚めの時間だ――――!!
「ギ、、、、ギ、、、、ガアアアアアアアアアア!!!!!」
なんだこれは。
痛いなどという問題ですらなかった。
露出した神経を直接火あぶりにかけられるような痛み。
叫んでいなければ気が狂ってしましそうなほどの痛み。
むしろ狂ってしまわないのがあり得ないほどの痛み。
だが、それほどの痛みの中にあってなおリースの心にあったのは痛みへの恐怖ではなかった。
むしろそれは安堵であったのかもしれい。
痛みがあるというのは生きているという証拠だ。
今までにまともに五感すら働かなった為生きているという感覚がいつの間にか希薄になっていたのかもしれない。
この世界に生れ落ちて始めて自分が確かに今此処に、生きているという感覚を味わっているのだから。
ならば、謹んでこの痛みを受け入れよう。
「グ、、、ウ、、、ま……あ……寝坊助の罰にゃあちとキツイが、仕方ねえなあ」
その日一晩リースは痛みと格闘を続けた。