267列車 現実の下
あれからも時間は流れ続けた。時間だけが虚しく流れ続けていた。東海交通事業からは電話がかかって来るってことだけど、試験1週間前になっても電話がかかってこない。やっぱり、やっちゃっていたのか・・・。それはそうだとして、一体なんだったんだ。東海交通事業には今まで一次試験を受かった人が難波さんの教え子の中にはいないということだった。確かに、難波さんにとっても情報は欲しいだろう。
(しっかりと情報掴んできてかぁ・・・。僕は実験台じゃないつうの・・・。)
試験に行く前からこんなの引きずったら受かるものも受からないのかな・・・。
まぁ、そんなことはどうでもいい。済んだことだ。でも、どうする。ここまで何もないとそろそろ一般っていう声がかかり始めるころだろうね。
(それは・・・。)
そう。それは僕の中では許せないこと。それを事実にするのはおかしいとしか言いようがない。たとえそれがどういう状況だったとしてもだ。
6月6日。今日はジェイアール西日本交通サービスの面接試験。これをクリアすれば、この会社の内定が決定する。僕にとってはここで決めるつもりでいるから、これを最後にしたい。面接は30分、個人で行われる。笹子から受けるのは長万部、百済、萌、僕の4人。前の年は結果的に3人受かっている。それだけの実績は確かにあるのだが・・・。まぁ、それは去年の話。今年に関係することはない。
全員始まる時間はバラバラ。僕は14時から。午前中に萌と長万部はやっちゃうし、百済は僕の後に面接をするらしい。尼崎の近くにある会場に入ったのは30分ぐらい前。それから面接の時間まで待って、面接が開始される。しかし、それが終わると・・・、
(おい・・・。)
感情は奥底にもうしまうことはできないな・・・。これから授業をまた受けに学校に戻るのかぁ・・・。戻っても、面接どうだったっていう話になるのは落ちかぁ・・・。聞かれたくもないし、話したくもない。それよりも・・・。いつまでこんなこと続ければいいんだよ・・・。
小刻みに拳にした手が震えた。会場と同じフロアにあるエレベーターの乗り場に来た時、
(文化祭・・・か。)
学校に戻ると最後から2番目の授業が行われている最中だった。最後と言っても、5時ぐらいまで続くわけではないから、今の時間は15時を回ったぐらいである。中から聞こえてくるのは授業の声。この授業はひたすら発声練習をする授業だから、その声が廊下にまでひびいてくる。立て続けに聞こえてくる返事の声。
(「はい。」かぁ・・・。くだらない・・・。)
授業をしている教室の扉にもたれかかり、中の様子を取り付けられている小さい窓から、覗き込んだ。全員黒板を背に座るのがこの授業での定石。もともと黒板を使う授業じゃないからな。
(さて、戻るのはいいけど、どうやって戻ろう。)
天井を見上げて、そのことを考えた。今は18切符のシーズンじゃない。つまり、新大阪から浜松に帰るにしても、ふつうに運賃を払わないと乗れない。18切符みたいに乗り放題というわけではないのだ。家に帰るっていうことを考えないのであれば、土曜日に浜松に止まる「ひかり」に乗って帰り、文化祭を手伝ってから、すぐに新大阪に戻れる「ひかり」に乗ればいい話だが・・・。あいにくそれをする気力もない。じゃあ、金曜日に帰って、家に泊まって、土曜日に文化祭に行って、日曜日にまた新幹線で戻るか・・・。それでいいか・・・。じゃあ、誰にも気づかれない手立てだね。どうしよっか。遊びたいって言えばごまかせるか・・・。それでいいかぁ・・・。切符は帰る時でいい。僕が浜松に帰る事実は誰も・・・知らなくていい。
次の授業も黒板を使う授業じゃない。面接対策の授業だ。でも、面接練習らしいことはしなかった。その代わりに自己PRを言ってということは言われた。ただ、さっきの面接が明らかに落とすためだろっていう結果しかえれてないから、余計いう気力っていうものが起きなくなっていたし、いう気も0だった。でも、ここは言っておくことかぁ・・・。言わないでどうこう言われる方が面倒だ。声は小さくしたけど、言うだけ言った。
授業が終わると全員ばらけるわけだ。僕もすぐに帰った。用はない。用が無ければいる必要はどこにもないからね。家に入って、時刻表をめくり、新幹線を見た。明日の授業が終わるのは17時10分。恐らくそれから、一番早く乗ることができるのは17時40分の「ひかり478号」。でも、これはある意味厳しいだろう。だったら余裕を見て18時40分発の「ひかり480号」で帰るほうがいいかぁ。家に着く時間が1時間遅くなるだけだ。
その頃、学校では・・・。
「あっ。難波先生。」
鉄道学科の教務室の中を覗き込み、そう声を掛けたのは面接対策の先生だ。
「はい。どうされましたか。」
「あの。一つ気になることがあるんですけど・・・。」
「はっ・・・。」
翌日。授業の開始は11時ごろから。それまでの間、部屋にいてゴロゴロする。時間が近づいたら、学校に出て、授業を受けて帰るだけだ。もちろん。帰るのは部屋じゃなくて、浜松。服は帰るときように少し長い半ズボンに自分の体格には大きい半袖を着た。これでよし。これで、授業が終わってすぐに新大阪に行って、帰ることができる。
授業は途中寝入りそうになった。今までこんなことなかったんだけどね。高校とかでも、眠いの我慢して、授業は受けてたからね。でも、今回は違う。もしかしたら、本当に寝てたかも・・・。午前の授業が終わって、休み時間を1時間はさんで、また授業。最後はホームルーム。僕は昨日の受験したところの報告書っていうのを書いて、終わった。それが終わったら・・・。
「はい。じゃあ、挨拶結構ですので、終わります。」
終わる時間が近くなるとホームルームはいつもこの調子だ。その声で「ありがとうございました」の声がかかり、実質の終了だ。
(さて。)
荷物をまとめて、すぐに出れる準備をした。
「ナガシィ。」
荷物を担ごうとした時に、萌に声を掛けられた。
「どうかした。」
と聞かれた。
「どうもしないよ。ちょっと、今日は遊んで帰るから。」
とだけ言って部屋を出た。
「珍しいな。あいつが遊んで帰るっていうって。」
留萌が萌の隣でつぶやいた。
「そうだね。」
「何して遊ぶんだろうな。つけてっちゃおっかなぁ・・・。」
「・・・やめといたら。もしかしたら、人に見られたくないことだろうし。」
学校の外に出るともう外に出てる人たちがいた。出るのが早いねぇ・・・。まぁ、その人たちに少しだけ合わせて、すぐに家に帰るっていう栗東と内山で、地下鉄に乗り込んだ。
「でも、智ちゃんどうして地下鉄乗ってるの。」
を内山が聞いてきた。
「何。たまには僕だって遊ぶよ。それとも遊んじゃいけないわけ。」
「いや、それは言わないけど。」
「なるほど。これだな。」
栗東は小指を立てた。
「お前どういうことだよ。萌ちゃんいるのに、萌ちゃん以外に。」
「えっ。智ちゃん、彼女・・・。」
「いないよ。」
どこどうやったらそういう思考ができるんだか。それに僕はこれから帰るんだし。もしこっちにそれがいたとしても、そんなのと学校終って会うなんてことしないしね。
新大阪まで来たら、僕と栗東はここで降りた。目的はお互い違うけど。内山はこれから梅田まで地下鉄に乗って大阪から曽根に止まる快速に乗るらしい。まぁ、どれに乗ろうと自分の知ったことじゃない。
「おいおい。お前、本当に彼女と遊ぶつもりか。」
「いつまでその話してるの。しつこいよ。」
「だってそうでしょ。萌ちゃんに気付かれないようにこっち来たんでしょ。だったら、そういうふうに考えるよ。萌ちゃんに気付かれたら、都合が悪いんでしょ。」
「別に。むしろ、萌が気付か無い方がないわけだし・・・。」
(あっ・・・。)
もしかして、萌は気付いてた・・・。いや、多分ない。
「えっ。じゃあ、気付かれても、こうして会うんだ。嫌らしいやつだなぁ・・・。」
「お前。そろそろ脳天撃ちぬくよ。」
「はいはい。」
まず、今ここに栗東がいるのは不都合だ。まずはこいつを新大阪の在来線改札に入らせる口実っていうものを作るか。
「どこまで行くんだよ。在来にでも乗るのか。」
あ、勝手に向こうから、
「いや。在来には乗らない。ここら辺で遊ぶさ。」
「そうかぁ。本当にこれじゃないんだろうな。調べてもいいか。」
「調べてもいいけど、それは栗東が在来線の改札に入ってからね。」
「まっ。どうせ調べないけど。」
とか話してる間に在来線の改札前にやってきた。
「じゃ。」
栗東はそう言って、人ごみの中に消えていった。僕は栗東が改札に定期を当てるのを見てから、そこから離れた。時間は17時30分を少し回ったぐらい。急いで行けば「ひかり478号」に乗ることができる。わざわざ1時間後の「ひかり480号」を待つ必要はない。切符を買って、新幹線ホームに上がる。新しくできた27番線のおかげで、静岡県内の駅に停車する「ひかり」は25番線発車から26番線発車に切り替わっている。買った切符はもちろん自由席。座れる保証はないけど、90分だ。そこまで問題はないかぁ・・・。自由席はほぼ100パーセントの乗車率だった。
(ちょっとの間だけ・・・。この光景を見なくて済む・・・。)
スマートフォンの充電のために20列目デッキとの仕切りの壁についているコンセントに充電器をさした。
永島君。浮気はダメだよ。




