265列車 期待と嘲笑
僕は部屋の中でゆっくりしていた。最近は学校に早くいくってことが今はほとんどない状態になっていった。
「・・・。」
なんか・・・。時間をふと見るとあと5分で9時をまわろうとしている。学校が始まるのは9時20分。
(ハァ・・・。そろそろ行くかぁ・・・。)
体を起こして、起き上がり、スーツを身にまとった。
(まだこれに腕通さなきゃいけないのかぁ・・・。)
まだっていうのがなぁ・・・。5月だからまだ決まらない人が世間には多いわけだけど・・・。なんかなぁ・・・。
「おはよう。」
部屋から出ると、萌がすぐに話しかけてきた。萌ももちろんスーツ姿なのだが。今日からスーツじゃない人間が一人だけいる・・・。
「おはよう。」
とだけ答えた。
「目据わってる。」
「えっ。」
「うん。」
「そうかなぁ・・・。」
「まぁ、いろいろあるんだねぇ。行こうか。」
(もう、本当にいつなってもおかしくないかぁ・・・。)
学校に着いたらすでに羽犬塚、百済、千葉がいた。
「あっ。永島君、坂口さんおはよう。」
まず、千葉がそう言った。その千葉に続いて、百済がおはようと続けた。
「ああ。」
「おはよう。」
僕は冷たく答えて、萌がそのあとに続けた。
「ねぇ。二人ともどうだった。西日本の試験。」
と羽犬塚が聞いた。そう言えば、昨日は授業が始まるギリギリに来て、すぐに帰ったから、そういうことを他人と話す余裕なんてなかったからだ。
「ああ。落ちた。」
「ダメだった。」
「そうかぁ。あれって受かったやついるのかなぁ。」
羽犬塚はそう言った。ああ。受かっているやつがいないほうがこっちとしても・・・。
ふとナガシィのことを見ると、据わった目が今度は恐怖を感じるような目になっている。これもう再発どころじゃない。それ以上に進行してるかも・・・。
「おい。」
わき腹がくすぐったくて、ちょっと抑えた。
「ちょっ・・・。何。」
「なんでもない。」
「なんでもないんなら、やめてよ。」
何なんだよ。いきなり。そういうことしてくるっていうのは何か意味がある。それは僕でもわかる。でも、その意味は・・・何・・・。
そのあとは実習室の中に入って、みんなが集まるのを待った。あと10分ぐらいで授業が始まるというのにまだ、ほとんど集まってきていない。
「草津おはよう。」
千葉のその声が響いた。その声で僕も草津のほうを見た。今までスーツで来ていた曜日に私服で現れた。もちろん、それの理由は分かる。だが・・・。
「ナガシィ・・・。」
萌は目の前に割り込んできた。
「うわっ。」
「どうしたの。」
「どうもしないよ。」
「・・・そう。」
「ラブラブだねぇ・・・。」
留萌の声が聞こえた。
「あっ、さくらちゃんおはよう。」
「朝からそんなにイチャイチャするなって。もう。うらやましい限りだぞ。」
「別に、イチャイチャしてるわけじゃないって。」
萌がそうやって反論した。その反論は今までとちょっとだけ違って、少しだけ強い調子だった。留萌がカバンを置いて、また教室から出ようとした。萌はそれについて、部屋から出ていった。
(どういうつもりなんだろうなぁ・・・。)
「まぁ、女子とあんなに近いところで会話してたらね。イチャイチャしてるようにしか見えないってな。」
羽犬塚がそう言った。
「そうかなぁ。」
「あの距離に疑問を持たない永島のほうがすごいよ。」
草津が続ける。
「普段からあれだったから、なんか感じたことなんてあんまりないけどねぇ。」
とは言った。
「えっ・・・。イチャイチャじゃない。」
トイレで用を足してから、私はさっきのことを留萌に切り出した。
「うん。」
「イチャイチャじゃなきゃなんなの。あんなに永島の顔に密着しそうな位顔近づけて。彼氏いない私たちに喧嘩でも売ってるとしか思えないって。」
「あれは、ナガシィの視界に草津を入れないようにしていたというか。」
「なんで萌がそんなことすんの。あからさまに草津君を避けさせようとして。」
「ダメなの。今、草津と合わせたら。ナガシィは東海落ちたこと今でも引きずってるから。それで草津君が内定取ったから、余計にそれが拍車掛けてるの。」
「ああ。言われてみれば、このごろ永島の顔、目が据わっててすごいことになってるなぁ・・・。」
「でしょ。あれ、まただよ。」
「またって・・・。あっ。あの時。」
「えっ。それだけで通じる。」
「まぁ、詳しいことは知らないけど、大筋は榛名から聞いてたからなぁ。萌ちゃんが心配してるのって、あれでしょ。人が変わるようになる。」
「うん。でも、今回は分かんないんだよね。みんなの前じゃあ、普段みたいに振舞おうとしてるけどさぁ、私と一緒の時とか、一人の時とかに露骨に出てるんだよ。」
「なんで萌ちゃんと一緒の時にそれが。」
「私なら、どういう顔してても、かまってやれるし、どうすればいいか知ってるからじゃないかなぁ。」
「・・・。で、それの対策っていうのが草津を視界にいれないってことなのか。」
「う・・・うん。」
「草津が内定取ったのはいいことでしょ。」
「自分にいいことしか、今受け入れるつもりないの。」
と言ってから、
「大体、ここまで就活が長引いてるのが自分の中で予想外っていうか。」
「おいおい。あいつにはどういう自信があるんだ。」
「自信なんてないのにね。」
「おかしくないか。それ。」
「おかしいけどさぁ・・・。」
「自分にいいことだけかぁ・・・。まぁ、私も北大阪急行受かってくれなかったら、どうしたらいいのか分かんないけどさぁ・・・。でも、みんなに内定取るなっていうのは、それこそ無理な話だよね。だったら、永島が早く内定を取っちゃえばいいだけの話じゃない。」
「それができたら、誰も苦労しないって。」
「アハハ。それもそうか。」
私は留萌に顔を近づけ、
「なっ。何。私の顔に何かついてる。」
「あんまり笑い話でとらないほうがいいよ。そうならない可能性っていうのは少なくともあるんだから。なったら、今度はどうなるか分かんない。私にもどうしたらいいか分かんなくなるかもしれないんだから。」
「じゃあ今、萌にできることって少なくない。」
「うん。」
「あのさぁ、永島に言ってやれば。決まった人のことどうこう言ったってしょうがないでしょってさぁ。」
「それは分かってると思う。」
「分かってる。」
「分かってるけど、どうしていいのか自分でも分かってないんだよ。」
「じゃあ、どうすんのさ。」
「今は本当にしてやれることができないなんてね・・・。」
その時学校内のチャイムが鳴った。時計を見てみると9時20分になっている。いまから始まる授業は社会。先生が時間通りに来るってことはないから、急いで実習室に戻った。
今日は7限まで授業がある。4限には7月7日に開催するっていうキッズスクールみたいなのもやるという。今日は近くの小学校にアンケート調査に行くっていうので、それに子供が食いつきやすいような説明をやるっていうのだがやる理由があるんだか・・・。まぁ、もちろん、そういうふうな感じで作れば問題はない。
それが終わったらお昼と食べて、お昼の次はコミュニケーションの授業と面接対策の授業となる。そのコミュニケーションの授業が始まる直前、難波さんが部屋に入って来た。
「北大阪急行受けた人聞いてください。」
の声でメモできるようにした。
「えー、1次試験の結果が来ました。いまから名前呼ぶ人。5月20日に面接があります。今治君、犀潟君、坂口さん、高槻君、平百合君、永島君、栗東君、留萌さんです。時間は今治君、犀潟君、永島君、平百合君が9時30分から。坂口さん、高槻君、栗東君、留萌さんが10時30分からです。はい、以上です。試験受かった人頑張ってきてください。」
と言って部屋から出ていった。
(北大阪急行かぁ・・・。)
と考えていると、難波さんをほぼ入れ替わりで担当の先生が入って来た。1時間その授業を受けてから、残りの1時間は面接の練習となる。
(いつまでこっちでいなきゃいけないんだか・・・。)
と練習が始まるとその眼で見ていた。
(いつまで・・・。いつまでだよ。いい加減にしろよな。自分・・・。)
翌日。この日は11時20分からの授業となる。日により始まる時間がまちまちなのだ。始まる時間まで家で待っていると電話があった。080から始まる見たことのない番号だった。
「はい。もしもし、永島です。」
「あっ。永島智暉さんですか。私、東海交通事業人事課の中村と申します。」
という声が聞こえた。東海交通事業からは試験に受かった人だけに、電話がかかってくる。電話がかかってきたということは天地がひっくり返らない限り、自分は次の試験に進むことができるわけだが、もしかしたら、自分の中で都合がいいところだけ聞いているかもしれない。すぐにメモも取れるようにした。
「永島さんから、とても熱心さが伝わってきたのでね。それで、次の試験の日程なんですけれども、5月の28日。5時からです。」
「5月28日の17時からですか。」
「はい。そうです。詳しいことはまたマイナビのほうにメールでお知らせしますので。」
という声が聞こえた。
(聞き間違いじゃないよね。)
高ぶる気持ちの中そういうことを考えた。
そのあと人事の人からは、具体的に将来入社したときのこととかを聞かれた。それ以外に動いたことは今週にはなかった。
(よし・・・。ここだ。ここで決める。)
萌ちゃんの心配は大丈夫でしょうかねぇ?




