31.十年後
十年の月日が流れた。
竜征軍本部。
その一室にある会議室では、隊長たちが集まり、竜人に関する調査結果や各地から寄せられた報告の共有が行われていた。
その中に、一人の男の姿があった。
サブ・ストレート。
26歳。
サブは長机に肘をつき、手元の資料に目を落としていた。
「…………ふぅー」
小さく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
会議室には、隊長たちの淡々とした報告が響いていた。
しかし、サブの耳には半分ほどしか入っていなかった。
一枚、また一枚。
資料をめくる。
この数年、竜人による被害は減少傾向にあった。
もちろん、完全になくなったわけではない。
各地では依然として被害が発生しており、こうして定期的に調査結果を持ち寄り、情報を共有する必要があった。
だが、その報告内容ときたら――。
どこかの街で暴れていた、チンピラ同然の竜人の討伐成功。
竜人の襲撃によって被害を受けた街の復旧状況。
そして、かつて壊滅した北の国に関する調査報告。
――成果なし。
どれもこれも、似たような内容ばかりだった。
目の前の問題を一つずつ片付けていることは、決して無意味ではない。
それでも。
サブが本当に知りたいことは、何一つ明らかになっていなかった。
「…………くそっ」
思わず、声が漏れた。
誰よりも真面目に働き、誰よりも人類の未来を考えてきた。
竜人を撲滅し、人類を救済する。
その目的のために、サブは努力を重ねてきた。
それなのに。
一体、いつになれば真実にたどり着けるのか。
竜人たちは何を考え、何を企んでいるのか。
そもそも、なぜ人間を支配しようとするのか。
考えれば考えるほど、答えの出ない疑問ばかりが浮かんでくる。
(……竜人……。こいつら、何企んでんだ?)
サブは眉間にしわを寄せたまま、次の資料へと手を伸ばした。
そして。
ふと、その手が止まった。
一枚の報告書。
サブは、そこに記された内容をぼんやりと眺めていた。
「………………」
数秒。
沈黙。
サブの目が、ある一文に釘付けになった。
「………………はあぁ!?!?」
突如、会議室にサブの大声が響き渡った。
それまで淡々と進んでいた報告会が、一瞬にして静まり返った。
***
かすかに、心地よい風が吹いていた。
草木を揺らすそよ風が、青年の髪を優しく撫でていく。
澄み渡る空。
暖かな日差し。
穏やかな陽気に包まれた道を、一人の青年が歩いていた。
「……良い天気だっ!」
青年の名は、イフ・フォーエバー。
18歳。
片手には、食材の詰まった紙袋。
中身が落ちないように持ち直すと、イフはふと思い出したように顔を上げた。
「……あっ!」
少しばかり、帰るのが遅くなってしまった。
まずい。
このままでは――。
「早く帰んないと……ダラーが怒る!」
そう呟くなり、イフは駆け足で家へと向かった。
***
「ただいまーっ!」
勢いよく玄関の扉を開け、イフが家の中へと飛び込んだ。
「ダラー! 帰ったよ!」
…………。
返事がない。
「……?」
イフは首を傾げた。
「ダラー?」
もう一度呼びかけてみる。
やはり、返事はない。
「…………」
嫌な予感がした。
イフは大きく息を吸い込むと、先ほどよりも一段と大きな声を張り上げた。
「だらーーっ!! 昼飯作るよーーー!!!」
すると。
「……わぁったって。デケえ声出すなよぉ……」
気だるそうな声が、居間のほうから聞こえてきた。
続いて、ソファがぎしりと軋む音。
どうやら、そこで眠っていたらしい男が、もぞもぞと身体を起こした。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
そこには――。
伸び放題の髭。
乱れきった髪。
だらしなく着崩された服。
とてもじゃないが、人に見せられたものではない姿の男がいた。
ダラー・オブ・ロイヤルである。
「…………」
イフは、そんなダラーの姿をじっと見つめた。
そして、嫌そうに顔をしかめる。
「……ダラー。また風呂入ってない?」
「あ……?」
ダラーは寝ぼけ眼のまま、自分の身体を見下ろした。
イフは構わず、じーっとダラーを見上げ続ける。
しばらくして。
「…………忘れてた」
「入ってよ! 臭いよっ!!」
「仕方ねえじゃん!! 昨日だって酔っ払ってたしっ!!」
「知らないよ! 臭いよっ!!」
「うるせぇガキだな……っ! そんな風に育てた覚えはねえぞ!」
「風呂入らないって育てられた記憶もないよ!」
「……何をぉ!?」
ダラーが目を見開く。
イフも負けじと睨み返した。
二人は、真正面から見つめ合った。
その視線の間には、まるで火花でも散っているかのようだった。
「…………」
「…………」
しばし、沈黙。
どちらも一歩も引かない。
やがて。
ピンポーーーンッ!
突然、玄関のインターホンが鳴り響いた。
「…………あ?」
ダラーが、ゆっくりと玄関のほうへ顔を向ける。
「…………誰だ?」
「…………誰だろうね」
イフもまた、不思議そうに玄関を見つめた。
二人は顔を見合わせると、そろって玄関へと視線を戻した。
***
玄関の扉の向こう。
そこに立っていたのは――。
サブ・ストレートだった。




