30.未来
イフとダラーが出会って一年が経った。
季節は巡り、暖かな風が吹き始めている。
森の中に、乾いた音が響いていた。
「オラァ! まだまだいけんだろうが!!」
「はぁっ……! はぁっ……!」
汗だくになりながら、イフは地面を蹴った。
以前よりも、走れる距離が伸びた。
以前よりも、重いものを持ち上げられるようになった。
以前よりも、ダラーの拳を受け止められるようになった。
ほんの少しずつ。
本当に、ほんの少しずつではあるが。
イフは確実に成長していた。
「おいガキ! 休んでんじゃねえぞ!」
「や、休んでない……!」
「口答えできる余裕があんなら、あと百キロだな!」
「ひゃ、百キロ!?」
「おう! じゃあ千キロだ!」
「そ、そんなぁ……!」
ダラーの豪快な笑い声が、森に響き渡る。
イフは泣き言をこぼしながらも、再び地面を蹴った。
まだまだ、遠い。
目の前の大男には、到底追いつけそうにない。
それでも。
イフは、もう諦めなかった。
***
静かな墓地。
整然と並ぶ墓石の前に二人の男が立っていた。
サブとラクである。
風が草木を揺らし二人の間を通り抜けていく。
サブは手にしていた花を墓前にそっと供えた。
その様子を眺めながら、ラクが口を開く。
「……誰の墓参り?」
「かつての仲間と、部下だな」
「へぇ」
ラクは周囲を見渡した。
墓石は、ひとつやふたつではない。
「ご丁寧に二人分なんて、お前らしいじゃん」
冗談めかした口調だった。
サブは、静かに顔を上げる。
「……二人?」
「ん?」
「ここら一帯、全員だぞ?」
「…………は?」
ラクの表情が固まった。
改めて周囲を見渡す。
どこまでも続く墓石。
そのひとつひとつに、誰かの生きた証が刻まれていた。
「……マジかよ」
いつもの軽い口調が、少しだけ消えていた。
サブは何も言わず、墓石に目を向けていた。
ラクもまた、しばらく黙っていた。
やがて、二人は顔を見合わせた。
「……お前はしぶとそうだな」
サブが、ぽつりと呟いた。
ラクは一瞬、目を丸くした。
そして、少しだけ笑った。
「……お前もな」
短い沈黙。
風が吹き抜ける。
ラクは再び墓石に目を向け、それからサブを見た。
「……死ぬなよ」
サブは、すぐには答えなかった。
ほんのわずかに目を細める。
「……お前もな」
二人はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、並んで墓前に立ち続けた。
***
竜征軍本部。
ある一室で、キリは机の上に広げられた資料を片っ端からめくっていた。
紙が擦れる音が、静かな部屋に響く。
一枚。
また一枚。
目を走らせ、必要な情報を探していく。
いつもの冷静な表情。
しかし、その手つきには、どこか余裕のなさが感じられた。
「…………」
資料をめくる指が止まる。
目当ての情報は、そこにはなかった。
キリは別の束を引き寄せ、再びページをめくり始める。
焦りが、少しずつ表情に滲んでいた。
何を探しているのか。
なぜ、そこまで急いでいるのか。
それを知る者は、この部屋にはいない。
やがて。
キリは手を止めた。
目の前に広がる資料の山を見つめ、唇をわずかに噛む。
「……どこ?」
小さな呟きが、部屋に落ちた。
***
街を見下ろせる、小高い丘。
一本の木に背中を預けながら、エーズは新聞を広げていた。
穏やかな風が吹き、紙面の端がぱたぱたと揺れる。
エーズは、その中のある記事に目を留めた。
しばらく文字を追い、ふっと顔を上げる。
「……竜征軍、かぁ」
遠くに見える街並み。
そこには、多くの人々が暮らしている。
その平穏を守る者たちがいる。
そして、自分もまた、その一員になれるかもしれない。
エーズは新聞を畳んだ。
少し考え込むように視線を落としたあと、何かを思いついたように顔を上げる。
「……よし!」
木から身体を離し、勢いよく立ち上がった。
「まずは、ここからだな!」
その顔には、明るい笑みが浮かんでいた。
「がんばるか!」
エーズは新聞を片手に、丘を駆け下りていった。
***
夕暮れ時。
ダラーとプティは、少し離れた場所からイフの修行を眺めていた。
「いやぁ……イフくん、頑張ってますねぇ」
プティは目を細め、嬉しそうに笑った。
遠くでは、イフがダラーに怒鳴られながら走っている。
「おいガキ! 足が止まってんぞ!!」
「と、止まってない!!」
「止まってんだよ!!」
「うるさいなぁ、もう!!」
そんなやり取りが聞こえてきて、プティはくすくすと笑った。
「ふふっ……」
そして、隣に立つダラーを見上げる。
「……ダラーさん」
「あ?」
「最初、イフくんのこと、強くなるイメージが湧かないとか言ってませんでした?」
「…………」
ダラーの動きが止まった。
「……は?」
「言ってましたよね?」
「いや、言ってねえな」
「言ってましたよ」
「言ってねえ」
「ふふっ。言ってましたって」
「うるせえな! 昔の話だろうが!」
ダラーは顔を背け、乱暴に頭を掻いた。
プティはそんなダラーを見て、楽しそうに笑っていた。
しばらくして。
ダラーは、再びイフの姿に目を向けた。
転びそうになりながらも走り続ける少年。
息を切らし、汗を流し、それでも前へ進もうとする少年。
ダラーは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……ま、悪くねえだろ」
その声は、いつものようにぶっきらぼうだった。
だが、どこか誇らしげでもあった。
プティは、その横顔を静かに見つめていた。
そして、穏やかな声で尋ねる。
「……これから、どうなるんでしょうね」
「あ?」
「イフくんも。私たちも。この世界も」
遠くで、イフの声が響いた。
ダラーはしばらく黙っていた。
やがて、口元に笑みを浮かべる。
「……さあな」
そして、空を見上げた。
「未来は、どうなるかわからねえよ」
***
――その頃。
薄暗い洞窟の中。
冷たい霧が、地面を這うようにゆっくりと流れていた。
天井から滴り落ちる水滴の音が、静寂の中にぽつり、ぽつりと響く。
洞窟の奥は、濃い霧に覆われていた。
その最奥。
誰かが、じっとそこに佇んでいた。
長い沈黙。
やがて、霧の向こうで、かすかな光が揺らめいた。
そして――。
「……まだかな」
小さな呟きが、静かな洞窟の中に溶けていった。
ストックが無くなりました。
また頑張って書きます。
設定の資料あるんで
次に載せときます




