119.氷の竜王①
氷の城、最奥部。
青白い氷に覆われた広間に、二人の男がいた。
氷の竜王、ヘル。
そして、その側近であるスリュム。
二人はテーブルを挟んで向かい合い、トランプで暇を潰していた。
遊んでいるのは大富豪だ。
「……はい。革命」
スリュムが手札を置き、淡々と告げる。
「……あぁ! 反則だろっ!」
ヘルが勢いよく身を乗り出した。
「反則ってなんだよ……」
「うるせぇ! もうやめだ、やめ! 勝てねぇ!」
ヘルは手札を乱暴にテーブルへ放り投げた。
「くかかっ! 何度やっても同じだよ」
スリュムは楽しそうに笑いながら、散らばったカードを集め始める。
そんな、緊張感の欠片もない時間。
ふと、ヘルが笑みを消した。
「…………それにしても」
「……あ?」
「軍の奴ら、まだ来ねぇな…。お前の見込みじゃあ、もう来てもおかしくねぇんだろ?スリュム」
ヘルは頬杖をつき、退屈そうに呟いた。
「くかかっ! 慌てんなよ、ヘル!」
スリュムはカードをまとめながら、余裕たっぷりに答える。
「仮にここまで来れたとしても、どうする? こんなにも寒冷化された国だぜ? 道中で脱落する奴もいるだろうし、城には何人もの部下がいる。おまけに門番には、氷の巨人を置いてあるんだぜ?」
「ふははっ! そりゃそうだ!」
ヘルは再び声を上げて笑った。
「来たって報告が楽しみだな!」
その時だった。
「…………っ!?」
スリュムの笑みが、不意に消えた。
何かを察知したのか、彼は弾かれたように顔を上げる。
視線の先にあるのは、頭上。
「ヘルぅ!! 上だぁ!!!」
「……なに!?」
スリュムは叫ぶと同時に立ち上がり、両腕を大きく振り上げた。
パキパキパキィッ!!
鋭い音が広間に響き渡る。
スリュムの頭上に、氷が瞬く間に集結していく。
それは無数の氷の結晶が折り重なり、ひとつの巨大な盾を形作るようだった。
直後――。
「だらあああああああああああああ!!!!」
頭上から、男の雄叫びが降ってきた。
ダダダダダダダダダダダッ!!!
けたたましい銃声が轟く。
無数の弾丸が、天井側から一斉に降り注いだ。
氷の盾に弾丸が激突し、乾いた破裂音が広間に連続する。
さらに――。
ヒュンッ!!
空気を切り裂くような音が走った。
音の斬撃。
目には見えない鋭い一撃が、銃弾の雨に紛れて氷の盾へと叩きつけられる。
ガギィンッ!!
氷の表面に、深い亀裂が走った。
一本、二本、三本。
ひび割れは瞬く間に広がり、氷の結晶を縫うように伸びていく。
「…………なんだと!?」
スリュムが目を見開いた。
銃撃だけではない。
音の斬撃まで重なり、氷の盾を内側から砕こうとしている。
「まじかよっ……! 誰だっ!?」
ヘルが叫ぶ。
しかし、二人が正体を確かめるよりも早く――。
天井から、一人の男が落下してきた。
男は落下の最中も、氷の盾から目を離さなかった。
狙いは、最初からあの盾。
男は右腕を引き絞る。
拳を握り、肩から腕へと力を込める。
そして――。
ドガアアアアアアアアアアッ!!
凄まじい衝撃音が広間を震わせた。
男の拳が、亀裂の走った氷の盾へと叩き込まれる。
バキィィィンッ!!
氷が砕け散った。
拳を中心に亀裂が一気に広がり、巨大な盾は無数の破片となって弾け飛ぶ。
砕けた氷が、きらきらと光を反射しながら広間へ降り注いだ。
その破片の向こうから、男が姿を現す。
男は空中で体勢を整えると、身をひねり、音もなく床へ着地した。
片膝をつくこともなく、よろめくこともない。
まるで最初から、そこに降り立つことが決まっていたかのように。
男はゆっくりと顔を上げた。
サブ・ストレート。
竜征軍の隊長である。
「…………軍の人間だ」
スリュムが、砕けた氷の破片を見つめながら呟いた。
先ほどまでの余裕は、もう笑みの中にすら残っていない。
「な、なんだと!?」
ヘルも思わず声を上げる。
軍が来ること自体は予想していた。
だが、まさか城の最奥部にまで、こんな形で侵入してくるとは。
二人の視線が、着地した男へと集まった。
一方のサブは、まるで動じていなかった。
目の前にいるのが竜王であろうと、その側近であろうと、関係ない。
サブは静かに立ち上がり、二人を見据えた。
そして、口を開く。
「よう。お初にお目にかかるな……お二人さん」
声は落ち着いていた。
奇襲を成功させた高揚も、敵の本拠地へ踏み込んだ緊張も、表には出さない。
ただ、目の前の二人を冷静に観察している。
サブはわずかに首を傾けた。
「……どっちが竜王だ?」




