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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第八十一話「田舎の大根貴族」



 招待状が届いた。


 ルーシェ家の主催する茶会。学園関係者と貴族が集まる社交の場。フィオナの名前で招待が来ている。


「護衛として同行する必要がある」


「ランベルトさん。茶会ですよ。護衛が必要な場面ですか」


「必要だ。レオン殿下からの命令は、学園内外を問わないはずだ」


「……本当は、一人で行きたくないだけですよね」


「……一人で行きたくないわけではない。お前を一人で行かせたくないだけだ」


「……同じことですよね」


 (同じだ。否定できない)



 *



 茶会の日。


 正装を着た。前に貴族院で着たのと同じ紺色の上着。


 フィオナも正装した。学園の礼服ではなく、ルーシェ家が用意した淡い青の衣装。


 (……似合っている。フィオナは農村の作業着でも、学園の制服でも、礼服でも似合う。何を着ても同じ人間だ)


 (何を着ても同じ、というのは褒め言葉なのかどうかわからない。営業マンとしてはTPOに合わせるべきだが、フィオナは合わせなくても成立する)


「ランベルトさん。似合ってますか」


「似合っている」


「即答ですね」


「事実だからだ。レオン殿下に料理の感想を聞かれたとき、お前も即答しただろう。同じだ」


「料理の感想と服の感想は違いますけど」


「違わない。どちらも素材が良い」


「……素材」


「……忘れてくれ」


 (素材が良いと言った。食材と同列に扱った。これは失言だ)



 *



 茶会はルーシェ家の王都邸の庭園で行われた。


 50人ほどの貴族と学園関係者が集まっていた。庭園には白い布をかけたテーブルが並び、茶菓子が並んでいた。


 門をくぐった瞬間、視線が集まった。


 フィオナ・エルストと、隣の男。


 ひそひそ声が聞こえた。


「あれが大根貴族か」


「ヴェルツ家の。没落した辺境の」


「王太子殿下がフィオナの護衛に指名したらしいが」


「護衛にしては貧相だな。服だけは借り物か」


 (借り物ではない。前に貴族院で着た正装だ。しかし、確かに周囲の貴族の衣装と比べると、質が落ちる。布の光沢が違う。仕立てが違う。靴が違う)


 (しかし、見た目で負けるのは営業では日常だ。大手企業のピカピカのオフィスに、中小企業の営業マンが入っていく。見た目の差は最初だけだ。話し始めれば、中身で勝負できる)


 営業スマイルを作った。


 ファインがいた。主催者として。


「ランベルト殿。よく来てくれた」


「お招きいただきありがとうございます」


「フィオナの護衛役は大変だろう」


「大変ではない。門の前で握り飯を食べるだけだ」


「……門の前で握り飯。聞いている。学園中の話題だそうだな」


「意図していなかった」


「意図していなくても、結果として広まっている。お前の大根は、商人の間でも評判だ」


 (ファインが大根の評判を把握している。情報の広がりが想像以上だ)



 *



 茶会が進んだ。


 フィオナが学園の関係者と話している。俺は少し離れた場所に立っていた。護衛の立ち位置。


 若い貴族が近づいてきた。20代前半。金髪。整った顔立ち。しかし、目が冷たい。


「ランベルト・ヴェルツ殿ですか」


「ああ」


「デュラン・レイモンドと申します。父がレイモンド伯爵です」


 (レイモンド伯爵家。中堅の貴族だ。ミリアーデほど力はないが、王都の社交界では一定の地位がある)


「お噂はかねがね。大根貴族と」


「ああ。大根貴族だ」


「ご謙遜なさらないのですね。……失礼ですが、辺境の没落貴族が、なぜフィオナ殿の護衛を」


「王太子殿下の命令だ」


「殿下がなぜあなたを選ばれたのか、不思議に思う者は多いですよ」


「不思議に思うのは自由だ。しかし、殿下の判断に異を唱えるのは、あなたの立場では難しいだろう」


 デュランの目が少しだけ鋭くなった。


「……率直な方ですね」


「営業マンは率直だ」


「営業マン。……聞き慣れない言葉ですね。辺境の方言ですか」


「……ああ。方言だ」


 (方言にされた。まあいい。営業マンという概念をこの世界で説明するのは面倒だ)


「ヴェルツ殿。一つお聞きしてもよろしいですか」


「どうぞ」


「フィオナ殿は、王都の有力貴族からも注目されています。婚約の相手として」


 (婚約。フィオナの婚約の話が出てきた。この世界の貴族社会では、当然の展開だ)


「その護衛が、辺境の大根農家というのは……いかがなものかと」


「いかがなものか。……具体的に、何が問題だ」


「格が、釣り合いませんよ。フィオナ殿にふさわしい護衛は、もっと然るべき家柄の者が適任かと」


 (然るべき家柄。つまり、お前には無理だと言っている)


 営業スマイルを維持した。


「デュラン殿。護衛の適性は、家柄ではなく能力で決まると、俺は考えている」


「能力。……大根を育てる能力ですか」


「大根を育てる能力。料理を作る能力。人を見る能力。そして、必要なときに逃げない能力だ」


「逃げない能力」


「ああ。街道で傭兵に囲まれたとき、俺は逃げなかった。殿下がそれを見て、護衛に指名した」


 デュランの顔が少し変わった。街道での襲撃の話は、貴族院で公式に言及されている。知っているはずだ。


「……失礼しました。余計なことを申しました」


「いや。率直なご意見をいただけるのは、ありがたい。営業マンは、批判から学ぶ」


「また営業マンですか」


「ああ。方言だ」


 デュランが去った。


 フィオナが横に来た。


「聞こえてました」


「……どこまで」


「全部。……あの人、嫌な感じでしたね」


「嫌ではない。正直なだけだ。正直な批判は、嘘の称賛より価値がある」


「営業ですか」


「営業だ」


「……あなたは、何を言われても営業で返すんですね」


「返す。営業以外の返し方を知らない」


「知ってますよ。あなた、殴られたときは営業で返してなかったですよ」


 (殴られたとき。橋での戦闘。あのときは営業スマイルが消えていた。兄として走った)


 (フィオナは、それを覚えている。営業スマイルの裏にいる俺を、覚えている)


「……あのときは例外だ」


「例外が、本当なんじゃないですか」


「……茶を飲もう。この話はここまでだ」


「逃げましたね」


「逃げた。今日は少しだけ逃げる。営業マンの戦略的撤退だ」


「戦略的撤退。……格好いい言い方ですね。逃げただけですけど」


 (逃げただけだ。否定しない)



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