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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
III「リリア死亡フラグ」

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第五十六話「兄と妹の戦略会議」



 朝。フィオナが宿場の食堂で朝飯を買ってきた。


 硬いパンとチーズとスープ。農村の味とは違う。


「ランベルトさん。リリア様と2人でお話があるんですよね」


「……ああ」


「わかってます。私は外にいますね」


「すまない」


「謝らなくていいです。……でも、終わったら教えてくださいね」


「ああ。約束する」


 フィオナは宿場の庭に出て行った。朝日の中で、手のひらに小さな光を灯していた。修行だ。こんな場所でも続けている。


 (この状況でも、フィオナは修行を欠かさない。何が目標なのか、まだ聞いていない)



 *



 麻衣と2人きりになった。


 扉を閉めた。麻衣が令嬢の仮面を外した。


「はい。戦略会議、始めよう」


「ああ」


「まず、状況の整理から。営業マン式でどうぞ」


 (営業マン式)


 指を折った。


「一、お前は王都のルーシェ家を出た。トリガーはファインの追及」


「正確には、ファイン様に『お前は本当にリリアなのか』と聞かれた。笑ってはぐらかしたけど、あの人の目は笑ってなかった」


「ファインはどこまで知っている」


「知っているかもしれないのは、『リリアの中身が入れ替わっている可能性』。知らないのは、『転生』という概念そのもの。この世界に転生という言葉はないから、ファイン様は『別人が成り代わっている』と考えてる可能性が高い」


 (成り代わり。転生ではなく成り代わり。この世界の文脈では、そう解釈される)


「二、お前の家出がゲームの家出イベントと合流した。結果、貴族の政敵に目をつけられた」


「うん。ゲームのリリア家出イベントでは、ルーシェ家の政敵が『令嬢が一人で外にいる』という情報を掴んで動く。私の場合もトリガーは違うけど、『令嬢が一人で外にいる』という状況は同じだから、政敵が動いた」


「政敵の正体は」


「ゲームの中では、ミリアーデ伯爵家。ルーシェ家と領地紛争をしている。ファインルートでは、リリアを人質にしてファイン様を脅迫するイベントがある」


「ミリアーデ伯爵家」


「現実にも存在するはず。ゲームの設定がこの世界に反映されているなら」


「三、ファインが追手を出した。騎馬3騎。ルーシェ家の騎士」


「それは味方。私を連れ戻すために来てる。ただし、連れ戻された後にファイン様の尋問が待ってる」


「四、俺がお前を確保した。現在、宿場にいる。政敵は一時撤退したが、戻ってくる可能性がある」


「うん。あの手の連中は、一度逃しても諦めない。依頼主がいるから」


 指を折り終わった。5本の指が全部折れた。


「結論。お前の安全を確保するには、3つの問題を同時に解決する必要がある」


「3つ」


「一つ目。政敵の脅威を排除する。ミリアーデ伯爵家の手の者を退けるか、抑止する」


「二つ目。ファインの追及をかわす。お前の正体をこれ以上探られないようにする」


「三つ目。お前をルーシェ家に安全に戻す。家出を『なかったこと』にする」


 麻衣は腕を組んだ。


「……3つ同時は厳しいね」


「厳しい。営業でいう、マルチステークホルダー案件だ」


「マルチ何?」


「関係者が多すぎて、全員の利害を調整しないと契約が取れない案件だ」


「お兄ちゃんの営業用語、たまに便利だね」



 *



「解決策を考えよう。お兄ちゃん、営業マンの頭で」


「ああ」


「まず、政敵の排除。これは俺たちだけでは無理だ。武力がない。必要なのは、ルーシェ家の騎士か、あるいは王都の騎士団」


「つまり、ファイン様の力が必要ってこと」


「ああ。ゲームでもファインルートでのみ解決するんだろう。ファインの関与が必要だ」


「でも、ファイン様に頼ると、ファイン様の追及が来る。矛盾するよ」


「矛盾する。だから、ファインに何かを渡す必要がある」


「何かって?」


「情報だ。営業の鉄則。相手に何かを求めるなら、先にこちらから価値を提供する」


「何の情報を?」


「ミリアーデ伯爵家がリリアを狙っていたという情報だ。ファインにとって、政敵の動きは最重要情報のはずだ。それを提供する代わりに、リリアの追及を棚上げにしてもらう」


 麻衣の目が光った。


「……それ、いけるかもしれない。ファイン様は合理的な人だから。妹の安全と政敵の情報、どっちが先かって聞かれたら、政敵の情報を取るよ。追及は後回しにする」


「ただし、永遠に棚上げにはできない。いつかファインは聞いてくる」


「……わかってる。でも、今じゃなければいい。今は時間を稼ぐ」


「二つ目の問題。ファインの追及。棚上げにできるとして、その間にお前はどうする」


「……考える。ファイン様への答えを。本当のことを言うか、もっと上手い嘘をつくか」


「本当のことを言ったらどうなる」


「わからない。ファイン様が『転生』を信じるかどうか。信じたとして、受け入れるかどうか。……ゲームの中のファイン様は、合理的だけど情が深い人だった。本当のことを言えば、理解してくれる可能性はある」


「可能性」


「50%くらい」


「低いな」


「でも0%じゃない。お兄ちゃんがクロード先輩に『部分的な真実』を話したみたいに、ファイン様にも段階的に近づけるかもしれない」


 (クロードへの対応を、麻衣は手紙で知っている。応用するということか)


「三つ目。ルーシェ家への帰還。政敵が排除されれば、戻ること自体は可能だ。しかし、戻る名目が要る」


「名目?」


「令嬢が家出して無断で街道をうろつきました、では体裁が悪すぎる。ルーシェ家の面子が潰れる」


「……そうだね。この世界、面子が全てだから」


「だから、家出ではなく、別の理由を作る」


「例えば?」


「……修養の旅、とか」


「修養。令嬢が一人で?」


「一人ではない。ランベルト・ヴェルツ家の保護のもと、辺境で修養していたことにする」


「……お兄ちゃんの家の保護?」


「ああ。ヴェルツ家は没落しているが、貴族だ。『リリア殿が体調を崩され、療養のためにヴェルツ家にお越しになった。護衛として同行した』。これなら体裁は保てる」


 麻衣が黙った。少しの間。


「……お兄ちゃん。それって」


「何だ」


「お兄ちゃんが、表舞台に出るってことだよ」


「……ああ」


「没落貴族のランベルト・ヴェルツが、ルーシェ家の令嬢の保護者として名前が出る。それは、お兄ちゃんが『物語の中心に近づく』ことと同じだよ」


「……わかっている」


「消失のリスクが上がる」


「……わかっている」


 沈黙が落ちた。


 麻衣が俺を見た。29歳のフリーランスデザイナーの目だった。


「お兄ちゃん。それでもやるの」


「やる。お前を守るためなら」


「……馬鹿」


「兄だからな」


「……うん。兄だね」


 麻衣が少しだけ笑った。令嬢の仮面でも、デザイナーの素顔でもない。妹の笑みだった。



 *



 戦略会議が終わった。


 フィオナを呼んだ。


「終わりました?」


「ああ。説明する」


 ゲームの話は除いて、状況と計画を説明した。


 政敵がリリアを狙っていること。ファインの騎士が来る可能性があること。リリアをヴェルツ家の保護のもとで「療養」にする計画。


「つまり、あなたがリリア様の保護者になるんですね」


「ああ」


「それって、王都の人たちにあなたの名前が知られるってことですよね」


 (フィオナも気づいた。消失のリスクに直結する問題だ)


「ああ。しかし、今はリリアの安全が優先だ」


「……わかりました。でも、あなたが消えかけたら、私が止めますからね」


「止め方はあるのか」


「ないです。でも止めます」


 (根拠がない。しかし、フィオナの「止めます」には、根拠以上のものがある)


 窓の外で、馬が蹄を鳴らした。


 北のほうから、蹄の音が近づいていた。


「……来たか」


「何がですか」


「騎馬だ。たぶん、ルーシェ家の」


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