第三十七話「ボツデータ」
翌朝から、記憶を掘り返す作業を始めた。
畑に出ながら、大根に水をやりながら、前世の記憶を検索した。営業報告書を遡るように。顧客データベースを検索するように。
検索ワード。「ランベルト・ヴェルツ」。
結果。
台詞は少なかった。極端に少なかった。麻衣が「3行」と言ったのは大げさかもしれないが、片手で数えられる程度だったはずだ。
出番。序盤の学園パートで一瞬だけ登場する。フィオナに声をかけて、すぐに退場する。それ以降、ストーリーに絡まない。
立ち絵。あったかどうか覚えていない。名前のあるキャラには立ち絵があるのが普通だが、ランベルトには……あったか?
(……ない気がする)
(立ち絵がないキャラクター。それは「名前はあるが、描かれていない」ということだ)
大根に水をやった。水は大根にかかった。
(名前はあるが、描かれていない。台詞は極端に少ない。エンドロールに載っていたかどうかわからない)
(これだけなら、ただの超端役だ。乙女ゲームには山ほどいる)
(しかし)
麻衣の手紙を思い出した。6通目。ep28で届いたやつ。
「ヴェルツ家には、ゲーム内で言及されていない設定がボツデータに存在していた可能性があります」
「ゲーム攻略wikiに『ヴェルツ家には没になった設定がある』という未確認情報が掲載されていたことを、今になって思い出しました」
(ボツデータ)
(ボツになった設定)
水桶を置いた。
(整理しよう。営業マンは情報を整理する)
指を折った。
一つ。ランベルト・ヴェルツは台詞が極端に少ない。
二つ。立ち絵があったかどうか不明。
三つ。エンドロールに名前があったかどうか不明。
四つ。ヴェルツ家にはボツになった設定がある。攻略wiki情報。
五つ。この世界で、ヴェルツ家は「縁の魔法発祥の一族」だった。書斎の本に書いてあった。
六つ。ヴェルツ家の体質として、縁の糸が他者より速く太く育つ。
七つ。俺とフィオナの間に、太い金色の糸がある。エマと麻衣が見た。
(……多い。情報が多い)
(しかし、パターンは見える)
営業マンの直感が言っている。
(ランベルトは、ただの端役ではなかったのではないか)
(端役なら、設定がボツになる必要がない。設定がボツになるということは、元々は設定があったということだ)
(元々は設定があったキャラクターが、設定を削除されて、台詞が3行になった)
(それは「端役だから少ない」のではなく、「削られて少なくなった」のではないか)
*
昼飯を作った。
フィオナが漬物を切った。俺が汁物を仕上げた。
食べながら、フィオナを見た。
「……また考え事してますよね」
「ああ」
「昨日の夢のこと?」
「……それに近い」
「まだ答え出ないんですか」
「出ない。情報が足りない」
「情報? 夢に情報もないでしょう」
「……夢の話だけじゃない。もう少し大きな話だ」
フィオナは箸を止めた。
「大きな話って、どのくらい大きいですか」
「……俺が何者か、という話だ」
言ってから、少し後悔した。曖昧すぎる。しかしフィオナは真面目な顔で聞いていた。
「何者か、ですか」
「ああ。俺がここにいる理由。俺がこの屋敷にいる理由。俺がヴェルツ家の人間である理由」
「難しい話ですね」
「難しい。まだ答えは出ていない」
フィオナはしばらく黙っていた。
それから、汁物を一口飲んだ。
「私は、あなたがここにいる理由なんてどうでもいいですよ」
「……どうでもいい」
「はい。理由が何であっても、あなたはここにいるんですから。理由が変わっても、ここにいることは変わらないですよね」
(理由が変わっても、ここにいることは変わらない)
「……それは、希望的観測だ」
「希望的でもいいです。観測してるのは私ですから」
(観測してるのは私)
(フィオナが、俺を観測している。俺がここにいることを。ここにいる事実を)
「……フィオナ」
「はい」
「お前は、たまにすごいことを言うな」
「2回目ですよ、それ」
「2回言うに値する」
フィオナは少し笑った。
*
午後、書斎にこもった。
紙を広げた。昨夜書いた情報に追記した。
そして、麻衣への手紙の下書きを始めた。次に送れる機会に備えて。
「リリア様。以下の件について、確認をお願いしたい」
「一つ。ゲームのエンドロールに、ランベルト・ヴェルツの名前は記載されていたか。お前は全ルートコンプリートしているため、全てのエンドロールを見ているはずだ」
(麻衣なら覚えているかもしれない。あいつはゲームの隅から隅まで記憶している)
「二つ。ランベルト・ヴェルツに立ち絵は存在したか」
「三つ。ボツデータについて、追加で思い出したことはないか。攻略wikiの『ヴェルツ家には没になった設定がある』という記述の詳細」
3つの質問を書いた。
筆を止めた。
(3つの質問。全て「ランベルト・ヴェルツ」についてだ)
(俺は今、自分自身のデータを検索している。ゲームの中での自分の存在を、確認しようとしている)
(営業マンは自社製品を知っている。製品の仕様を把握している。欠陥があれば知っている)
(しかし、自分が製品だったら。自分の仕様に欠陥があったら。自分のデータが「ボツ」になっていたら)
(それは、俺が欠陥品だということか。それとも、俺のデータが不当に削除されたということか)
紙を折りたたんだ。封はしない。まだ追記するかもしれない。
*
夕方、丘にフィオナを迎えに行った。
修行は終わっていた。フィオナは草の上に座っていた。
「遅かったですね」
「書斎にいた」
「また手紙?」
「下書きだ。まだ送れない」
「リリア様に?」
「ああ」
フィオナは立ち上がって、服の草を払った。
「ランベルトさん」
「何だ」
「最近、ずっと考え事してますよね。糸のことか、夢のことか、手紙のことか。何か大きいことが動いてるんですか」
「……動いている。かもしれない」
「私に教えてくれる日は来ますか」
「来る。いつかは」
「いつか」
フィオナは俺を見た。まっすぐに。
「私、あなたが考え事してるとき、ちょっと不安になるんですよ」
(不安)
「前は気にならなかったんですけど。最近は、あなたがぼーっとしてると、何かよくないこと考えてるんじゃないかって」
「よくないことは考えていない」
「本当ですか」
「本当だ。……ただ、わからないことが多いだけだ」
「わからないことがあるなら、言ってくれればいいのに。私にわかることかもしれないし」
(フィオナにわかること)
(フィオナはゲームの住人だ。しかしゲームの「外側」のことは知らない。エンドロールの話をしても、フィオナにはわからない)
(しかし、この世界の中で起きていることは、フィオナのほうがよく知っている)
「……ありがとう。頼ることがあるかもしれない」
「頼ってください。私、暇なので」
(暇。フィオナが暇だとは思えないが、「頼っていい」の言い換えだろう)
丘を下りた。
2人で歩いた。夕日が長い影を作っていた。
「ランベルトさん」
「何だ」
「あなたが何者でも、ここにいてくださいね」
「……ああ」
「約束ですよ」
「……約束だ」
(何者でもここにいろ、と言われた)
(当て馬でも。端役でも。ボツデータでも)
(フィオナはそんなこと知らずに言っている。しかし、知らずに言った言葉が、一番重い)
*
夜、書斎で天井を見ていた。
(エンドロール。ボツデータ。台詞3行。立ち絵不明)
(俺は、このゲームの中で何だったのだ)
(当て馬。それが公式の設定だ。フィオナが本命と出会う前の、つなぎのキャラクター)
(しかし「つなぎ」にしては、この世界で起きていることが多すぎる)
(縁の魔法。金色の糸。BGM。全部、俺の周りで起きている)
(当て馬の周りでは、こんなことは起きないはずだ)
(では、俺は何なのだ)
(当て馬ではなかったのか)
(あるいは、当て馬として「作り直された」のか。元は別の何かだったものを、当て馬に書き換えられたのか)
紙をもう一度開いた。
麻衣への質問の下に、一行加えた。
「四つ。ランベルト・ヴェルツは、本当に当て馬だったのか」
書いてから、消した。
消して、また書いた。
消して、紙を折りたたんだ。
窓の外で、離れの明かりが灯っていた。
フィオナが起きている。
(フィオナは「あなたが何者でもここにいてくれ」と言った)
(何者か、まだわからない。しかし、ここにいることは決めた)
(ここにいて、答えを探す)
明かりを見ていた。答えは出なかった。
しかし、問いだけは確実に深くなっていた。




