表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue 王璃月
過去の未来が自分です

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

251/292

第6話:過去の未来が自分です(6)

深夜。探偵事務所。

ナラは、インクで汚れた手を振り回し、三本目の羽ペンをへし折った。

机の上には、くしゃくしゃになった羊皮紙の山。

普段、拳で大男の顎を砕くよりも、この一本のペンを御する方が、彼女にとっては遥かに困難なミッションだった。

彼女が書いているのは、この数ヶ月にわたる一連の事件の顛末書だ。


『件名:学会の論理破綻と時空歪曲』


『報告者:美人の探偵』


文章は拙い。誤字も多い。

だが、そこには確かな真実があった。

大賢者エラーラがいかにして世界の危機を察知し、私財を投げ打って研究を続け、結果として「時空の癌」を切除したか。

その功績が、熱量を持って綴られていた。


「……よし。できた」


ナラは、最後の一行を書き終え、満足げに鼻を擦った。


『結論:エラーラさんの研究は、マジで、世界を救った、だから、金払え』


彼女は羊皮紙を封筒に押し込み、漆黒のコートを羽織った。

夜の帳が下りる王都へ、最後の「仕事」に出かけるために。


翌朝。

学会は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


「これは……」


理事長をはじめとする賢者たちが、ナラの拙い報告書を回し読みし、顔色を変えていた。

彼らの記憶からは「タカシ」という存在は消えている。

しかし、「なぜか予算が枯渇していた事実」と「学会全体を覆っていた正体不明の不快感」は残っていた。

その報告書は、彼らの空白を埋めるミッシングリンクとなった。


「なるほど……?我々は『未知の精神干渉』を受けていたのか!」


「正体不明の『時空ウイルス』が、財務システムを乗っ取っていた……それをエラーラ君が、極秘裏に開発した装置で排除したと!」


論理的には穴だらけの説明だ。

だが、ナラの書いた文章には、有無を言わせぬ「現場のリアリティ」があった。

そして何より、エラーラが完成させた『時空位相・強制置換ゲート』という物理的な証拠が存在した。


「英雄だ……。彼女は、誰にも知られずに孤独な戦いを挑み、勝利したのだ!」


「我々はなんてことをしたんだ!大賢者を路頭に迷わせるとは!」


即座に、予算委員会が招集された。

全会一致で、エラーラへの研究費の満額回答、いや、倍額増資が決定された。

さらに、不当に差し押さえられていた家具や機材の買い戻し費用、慰謝料までもが承認された。


・・・・・・・・・・


数日後。

ヴェリタス探偵事務所。

エラーラは、新調した天体望遠鏡を磨きながら、首を傾げていた。


「ナラ君。学会の連中は、一体どういう風の吹き回しだ?私はただ、一人の老人を故郷に帰しただけなんだが」


エラーラにとって、この数ヶ月の苦難は「原因不明の財政難」であり、タカシという敵の存在は「認識できないノイズ」として処理され、記憶から抜け落ちているのだ。

ナラは、紅茶を啜りながら、悪戯っぽく微笑んだ。


「いいじゃない、お母様。日頃の行いが良かったのよ、きっと。それに、あの『時空ゲート』が凄い発明だったのは事実だし」


「ふむ……。私の天才性がようやく再評価されたということか」


エラーラは、満更でもなさそうに頷いた。

そして、ふと真顔になり、ナラの方を向いた。


「……だが、分かっているよ。今回の件、影で動いていたのは君だろう?」


ナラは、カップを置いた。


「何のこと?」


「学会に提出されたという『謎の報告書』。筆跡鑑定をするまでもない。あのミミズがのたうち回ったような字は、君のものだ」


エラーラは、呆れたように、しかし温かい目でナラを見つめた。


「……文章は0点。論理構成も破綻。……だが、君のその『行動力』と『直感』だけは……100点を与えよう」


それは、大賢者からの最大級の賛辞だった。

ナラは、照れ隠しに顔を背けた。


「……フン。あたしはただ、晩御飯のおかずを豪華にしたかっただけよ」


「素直じゃないねぇ。まあいい。感謝するよ、相棒」


・・・・・・・・・・


夕暮れ時。

王都の中央広場にそびえ立つ、巨大な時計台。

その頂上、巨大な時計の針の上に、ナラは立っていた。

風が強い。

漆黒のコートがバタバタとはためく。

眼下には、王都の街並みが広がっている。

石造りの建物、ガス灯の明かり、行き交う馬車と人々。

ナラは、空を見上げて呟いた。


「中身のない人間は、世界からも忘れ去られる……か」


彼女は、自分の胸に手を当てた。

ここには、物語がある。

スラムで泥水を啜った記憶。

エラーラと出会い、ドレスを着て、言葉を学んだ日々。

そして、数々の事件を解決してきた誇り。


「あたしは生きるわよ。自分の足で立って、自分の言葉で語れる物語を紡いでいく」


彼女の脳裏に、あのアキラ老人の言葉が蘇る。


『金なんざ、紙切れだ』


その通りだ。

最後に残るのは、その人間がどう生きたか、という軌跡だけなのだ。

懐の魔導端末が鳴った。


「……はい、お母さま」


『ナラ君!一体どこで油を売っている!緊急事態だ!』


通信機から、エラーラの興奮した声が響く。


王都上空に、異常なマナの渦を観測した!どうやら、古代竜が復活したらしい!規模は「国家転覆レベル」。……燃えるだろう?』


ナラは、口元を吊り上げた。

ニカっと、凶暴で、美しい笑み。


「ええ、最高ね。退屈しなくて済みそうだわ」


ナラは、通信を切った。

時計台の鐘が鳴り響く。

街に夜が訪れる。

ナラは、躊躇なく時計台の縁を蹴った。

地上100メートルからのダイブ。

風が顔を打ち、重力が彼女を捕まえようとする。

だが、彼女は恐れない。

彼女は知っている。

この落下の先には、地面ではなく、次なる「物語」が待っていることを。

眼下には、無数の光。

その一つ一つに、人々の営みがある。

それを守るのが、理屈屋の大賢者と、腕っ節の強い探偵の仕事だ。

ナラティブ・ヴェリタスは、夜の闇へと飛び込んだ。

その姿は、まるで一筋の流星のように、王都の空を切り裂いていった。

彼女たちの戦いは終わらない。

知性と暴力が、互いに背中を預け合う限り。

物語ナラティブは、永遠に続いていくのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ