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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue 王璃月
詐欺師が目指す夢

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第2話:詐欺師が目指す夢(2)

「……あらあら。なんだか、とっても賑やかですねぇ」


そこに立っていたのは、一人の女性だった。

金髪のロングヘア。控えめな服装。手にはお盆とお茶セット。

この獣病院の実質的な支配者、アリア・フォン・クライフォルトだ。

彼女は、ニコニコ、ニコニコと、笑っていた。

まるで聖母のような、慈愛に満ちた笑顔だ。

ナラの顔色が、一瞬で蒼白になった。


「……ッ!」


エラーラも、持っていたマグカップを取り落としそうになった。


「……い、いかん!このパターンは……!」


アリアは、音もなく部屋の中へと入ってきた。

その歩みは、幽霊のように静かだが、確実に「死」を運んでくる。


「下まで大きな声が聞こえてきましたよぉ。なんでも、素晴らしい夢をお持ちの方がいらしてるとか……。お茶が入りましたから、少しお話を聞かせていただけますかぁ?」


男は、アリアの美貌を見て、だらしなく口元を緩めた。


「おっ、美人だ。獣医の嫁か? へえ、いい女じゃないか。

俺の話が分かるのか?さすが、見る目があるな!医者ってのは勉強しかできない馬鹿だと思っていたけど、人を見る目も一応あるんだな!」


男は、アリアに向かって媚びるような笑みを向けた。

それが、彼の人生で最後の「笑顔」になることを知らずに。

アリアは、テーブルにお茶を置くと、男の正面に座った。

そして、隣で震えている少女カナエの手を、優しく包み込んだ。


「まあ……。こんなに可愛い奥様がいらっしゃるんですねぇ。でも、手がとっても冷たい。震えていらっしゃるわ。……あなた、とってもお辛い人生だったんですねぇ」


アリアの言葉は、男に向けられたものだった。

声色は、どこまでも甘く、優しい。


「誰にも愛されず、誰にも認められず……。社会のどこにも自分の居場所がなくて、寂しくて寂しくて……。だから、自分より弱くて、何も知らないこの子を見つけて、自分だけの『お人形さん』にしたんですねぇ……可哀想に……よしよし」


男は、一瞬キョトンとした。


「あ、ああ……まあ、僕の才能を理解しない社会が悪いんだが……。そうか、君は僕の孤独を分かってくれるのか?」


アリアは微笑んだまま、首を傾げた。


「ええ、分かりますとも。ゴミ溜めで腐った生ゴミが、自分がゴミだと認めたくなくて、必死にメッキを塗ろうとしているその哀れな足掻き……。痛いほど分かりますよぉ」


「……は?」


その瞬間。

ナラが動いた。

目にも止まらぬ速さで、部屋の隅にあった自分の旅行鞄を開け、着替えのドレス、下着、そして棚にあった高級ウイスキーのボトルを次々と放り込み始めた。

エラーラも動いた。

白衣を翻し、研究用リュックサックに、乾パン、水筒、簡易濾過装置、そしてサバイバルキットを無言で詰め込み始めた。

二人の視線が交錯する。


『逃げるわよお母様!』


『了解だ、ナラ君!』


男は、まだ状況を理解していなかった。


「な、なんだ君たちは。どこへ行くんだ?」


ナラは、窓を開け放ちながら叫んだ。


「あとはその人と、じっくり『夢』について語り合いなさい!」


エラーラも、窓枠に足をかけた。


「これぞ真のシナジーだ!健闘を祈るよ!」


「はぁ!?」


二人は、躊躇なく2階の窓から飛び降り、夜の闇へと消えていった。

残されたのは、男と少女、そして――。

アリアが、スッと立ち上がった。

その瞬間、部屋の空気が変わった。

慈愛に満ちた聖女の仮面が剥がれ落ち、そこには、かつて戦場を支配した「騎士団長」の覇気が顕現していた。


「……さて」


アリアの声は、地響きのように低く、冷厳だった。

口調が変わる。

それは、かつて数千の兵を率い、王都の敵を殲滅した時の、絶対者の響き。


「貴様。我が神聖なる領域にて、戯言を並べるだけでは飽き足らず、その薄汚い欲望のために、未来ある少女の魂を食い物にしたな?」


男は、本能的な恐怖に腰を抜かした。


「なんだお前!?」


アリアは、一歩踏み出した。

床板がミシリと悲鳴を上げる。


「世界一周?若者に夢?笑わせるな、下衆が。貴様のやっていることは、己の腐敗した自尊心を、『弱者救済』という美辞麗句で粉飾決算し、この娘に押し付けただけの搾取に過ぎん!」


男は後ずさるが、背後は壁だ。


「ち、違う!妻は同意して……!」


「黙れッ!」


アリアの一喝で、窓ガラスがビリビリと震えた。


「判断能力の未熟な人間に同意を言わせ、それを盾に己の正当性を主張する……。それを世間では『洗脳』、あるいは『魂の殺人』と呼ぶのだ!40に手が届こうという歳で、己の稼ぎで妻一人すら養えず、赤の他人に『夢』などとほざいて金を無心する……。恥を知れ!何故まだ生きている!」


「ひ、ひぃぃぃッ!助けてくれェェェ!」


アリアは、近くにあったモップを掴んだ。

それは、彼女が持つと、伝説の聖剣に見えた。


「問答無用。貴様のその腐りきった性根、叩き直してくれる!覚悟せよ、詐欺師ッ!」


「ぎゃあああああああッ!」


その夜、王都の一角にある獣病院から、この世のものとは思えない断末魔と、盛大な破壊音が響き渡ったという。

数十分後。

ナラとエラーラが、恐る恐る獣病院に戻ってきた。

二人は、近くの公園の茂みで震えながら、嵐が過ぎ去るのを待っていたのだ。


「……お母様。音、止んだわよ」


「……フム。生存反応を確認しに行こう」


二人が2階の部屋に入ると、そこは惨劇の現場……ではなかった。

綺麗に掃除され、壊れた家具は片付けられていた。

部屋の隅には、ボコボコにされ、縄で拘束された男が転がっていた。

白目を剥き、口からは泡を吹いているが、命に別状はない。

そして、少女カナエは。

ソファーに座り、泣きじゃくりながら、温かいホットミルクを飲んでいた。

その頭には、大きなタンコブが一つ。


「うぅ……いたい……でも、みるく……おいしい……」


アリアが、彼女の隣で背中をさすっていた。

その顔は、いつもの穏やかな「奥様」に戻っている。


「痛かったですねぇ。でも、悪い人に『はい』って言っちゃダメですよぉ。自分の頭で考えないと、またゲンコツですからねぇ?」


少女の瞳には、以前のような虚ろな色はなかった。

アリアの「鉄拳」によって、洗脳という名の呪縛が、物理的に解除されたようだった。


「あら?お帰りなさい、エラーラさん、ナラさん」


アリアは、返り血一つ浴びていない笑顔で、帰ってきた二人に手を振った。


「どこへ行ってらしたんですか?せっかくお菓子を用意したのに。……ああ、そのゴミですか?警察の方には連絡済みですよぉ」


直後、カレル警部が到着した。

男は、涙を流しながらカレルに縋り付いた。


「逮捕してくれ! 早くここから出してくれ!この女は悪魔だ! 暴力だ! 傷害罪だ!」


しかし、駆けつけたカレルは、男に見せつけるようにアリアに敬礼した。

そして、男を冷たく見下ろした。


「ここは、アリア様の自宅兼病院だ。君はね、診療時間外に押し入り、金品を要求し、退去命令に従わずに居座った。さらに、未成年の少女を不当に連れ回していた疑いもある。よって、住居侵入、強要、および誘拐の容疑で現行犯逮捕する」


「そ、そんな! 俺は世界一周を……投資を……!」


「署で聞こう。まずは……署の周りを一周しようか」


男は連行されていった。

少女カナエは、アリアの手配で、王都の教会が運営する保護施設へと預けられることになった。

去り際、少女はアリアに深々と頭を下げた。


「……ありがとう、こわいおねえちゃん」


それは、彼女が初めて自分の意志で発した言葉だった。


「……ふぅ」


嵐が去った部屋で、アリアは新しいお茶を淹れた。


「さあ、お茶にしましょうか。今日は特製のアップルパイも焼いたんですよぉ」


湯気の立つティーカップ。甘い香り。

ナラとエラーラは、ソファーに座り、顔を見合わせた。

ナラが、小声で囁く。


「……ねえ、お母様。やっぱり、この世で一番怒らせちゃいけないのは……大家さんね」


エラーラも、青ざめた顔で頷いた。


「……ああ。家賃だけは、命に代えても期日通りに払おう。

それが、我々がこの食物連鎖の頂点で生き残るための、唯一の生存戦略だ」


「あら? 何か言いましたかぁ?」


アリアが、包丁でアップルパイを切り分けながら微笑む。


「い、いいえ!なんでもないわよアリアさん!さあ、いただきましょう!アップルパイ大好き!アハ、ハハハ!」


「そ、そうだね!君のパイは絶品だ!世界を救う味だね! ハハハ!」


二人は、引きつった笑顔でアップルパイを頬張った。

甘酸っぱいリンゴの味と共に、二人の胸には一つの教訓が刻まれた。


『アリア・フォン・クライフォルトの前で、弱者を食い物にしてはならない。さもなくば、聖なる鉄槌が、物理的かつ論理的に、貴様の存在を抹消するだろう』


王都の夜は更けていく。

悪徳コンサルタントは消え、少女は救われた。

そして、獣病院の平和は、今日も最強の大家によって守られ続けるのだった。

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