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コミカライズ決定【5位】ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue
夢を追う者

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209/292

第1話:夢を追う者(1)

●前作「女衒の路地裏」を読むと良いかも

王都の外れ。古びたレンガ造りの「獣病院」の二階。

そこは、探偵ナラティブ・ヴェリタスと、大賢者エラーラ・ヴェリタスの自宅兼事務所である。

午後の日差しが差し込むリビングで、ナラは一枚の求人チラシを、まるで舞踏会の招待状のように優雅に掲げていた。


「お母様。見てちょうだい。あたしの新しいステージよ!」


ソファで難解な魔導書を読んでいたエラーラは、気だるげに視線を上げた。

彼女の目は、チラシの極彩色と、そこに踊る安っぽいフォントを捉えた。


『王都オータム通り・魔法少女喫茶「ぷにぷにファクトリー」!時給1,000クレスト〜!未経験者大歓迎!ノルマなし!アットホームな職場です!』


エラーラの眉間に、深い皺が刻まれた。


「……正気かね?」


「失礼ね。大正気よ。最近、探偵の依頼がないじゃない。かといって、日雇いの肉体労働はあたしの美学に反するわ。この『コンセプトカフェ』?なら、あたしの美貌と話術を活かせる。時給1,000クレスト。完全時間給。これは堅実な『労働』よ」


ナラは自信満々に胸を張った。

だが、エラーラの脳裏には、一年前の記憶が鮮明に蘇っていた。

魔導スラム「龍頭」のホストクラブ。

夢を食い物にされ、内臓を抜かれ、最後は母親に裏切られて死んだ少年、リン。

あの場所は、金と欲望が渦巻く「高熱の地獄」だった。

エラーラは眼鏡の位置を直し、冷静に分析を開始した。


「……ふむ。君は勘違いをしているようだね」


「勘違い?」


「ホストクラブは『プロ同士の殺し合い』だ。客である風俗嬢は金を持っているし、業界の不文律を理解している。そこには、ある種の『高貴な破滅』が存在する」


エラーラは、ナラの手にあるチラシを指差した。


「だが、コンカフェは違う。そこは、金のない、社会的地位のない性に飢えた男たちが、『わずか数1,000クレストで王様になれる』と錯覚して集まる場所だ。彼らが求めているのは接客ではない。自分より弱い立場の少女を、安い金で支配して得られる『安っぽい全能感』だ。……君のようなプライドの高い人間が耐えられるかね?」


「あら、見くびらないで」


ナラはふふんと笑い、鉄扇をパチンと鳴らした。


「あたしは一流よ?どんなドブ川でも、優雅に泳ぎきって、泥中の蓮のように咲いてみせるわ。それに、客層が低いなら、あたしが『教育』してあげればいいのよ。王都の底辺に、一流の品格というものをね」


ナラはドレスの裾を翻し、部屋を出て行った。

エラーラは止めることができた。

だが、彼女は沈黙を選んだ。


(……試してみようか)


エラーラは、一年前、リンを救えなかった自分を覚えている。

だが今回は、自分の娘だ。

ナラティブ・ヴェリタスという個体が、この「低温の地獄」に対し、どのような耐性を示すのか。

それは、ある種の汚染耐久テストでもあった。


「……行ってきなさい。ただし、決して『あちら側』の論理に染まるんじゃあ、ないよ」


王都の中央区画、通称「オータム通り」。

ここは、最新の魔導ガジェットと、サブカルチャーが入り乱れる混沌の街だ。

その雑居ビルの4階に、魔法少女喫茶『ぷにぷにファクトリー』はあった。

エレベーターの扉が開くと、そこはピンクと白のフリルで埋め尽くされた空間だった。

しかし、どこか薄汚れている。

壁紙は端が剥がれ、床は清涼飲料水がこぼれた跡でベタつき、空気には甘い香料と、酸化した油の匂いが混じっていた。


「面接?ああ、聞いてるよ」


奥から現れたのは、店長のマキヤだった。

ジャージ姿にサンダル。無精髭を生やし、死んだ魚のような目をしている。

彼はナラの履歴書も見ずに、一枚のペラペラな契約書を差し出した。


「うちは『魔法少女』っていう設定だから。時給は1000マナ。交通費なし。客がシャンパンとか高いボトル入れたら、その5%がバックされる」


ナラは眉をひそめた。


「5%?例えば、100,000クレストの『オリハルコン』を入れても、あたしの取り分はたったの5,000クレスト?」


「そうだよ。嫌ならいいけど?代わりはいくらでもいるから」


マキヤはあくびをした。

ここには、ホストクラブのような「一攫千金の夢」も、「ナンバーワンを目指す熱気」もない。

あるのは、徹底的な「代用可能性」への諦めだ。

従業員は「替えの利くパーツ」であり、搾れるだけ搾って、壊れたら捨てればいい。


「……いいわ。サインする」


ナラは契約書にサインした。


(見てなさい。この不当な労働環境、あたしの実力でひっくり返してやるわ)


「じゃ、これ着て。源氏名は?」


「……ナラティブよ」


「長ぇな。じゃあ『ナラちゃん』で。おい、リル! 新人入ったから教えとけ!」


奥の更衣室から、一人の少女が出てきた。

狐の耳と尻尾を持つ獣人、リルだ。

彼女はこの店のナンバーワンキャストだが、その表情には覇気がなく、どこか冷めた目をしていた。


「……うぃーす。新人?あたし、リル。よろしくー。とりあえず、その服に着替えて。露出多いけど、我慢してねー」


渡されたのは、ペラペラのポリエステルで作られた、魔法少女の衣装だった。

丈は極端に短く、胸元は大きく開いている。

ナラは更衣室の鏡の前で、その姿を見て絶句した。


「……屈辱だわ。この王都一の淑女であるあたしが、こんな……こんな媚びた布切れを……!」


顔を真っ赤にして震えるナラ。

だが、彼女は深呼吸をし、鏡の中の自分に微笑みかけた。


「いいえ、衣装なんて関係ない。中身が一流なら、ボロ布を纏っても一流よ。さあ、開演よ!」


ホールに出たナラを待っていたのは、想像を絶する「退屈と不快の戦場」だった。

客席には、数人の男たちが座っていた。

ヨレヨレのシャツを着た中年男。

目が虚ろな若者。

彼らは一様に、一番安い「ソフトドリンク飲み放題(1時間1,500クレスト)」を注文し、粘っていた。


「おい、新人。こっちつけよ」


ナラが最初に接客したのは、脂ぎった中年男、ゴンゾウだった。

テーブルには、氷の溶けた温いコーラが一つ。


「はじめまして、ナラティブです。魔法の国へようこそ。……ご注文は?」


ナラは営業スマイルを張り付け、メニューを開いた。

そこには『愛込めオムライス・3,000クレスト』『萌え萌えカクテル・1,500クレスト』といった、原価率を無視したボッタクリ商品が並んでいる。

ゴンゾウは、ナラの手をじっと見つめ、鼻を鳴らした。


「注文?いらねえよ。飲み放の時間内だろ。それよりお前、座れ。俺の話を聞け」


ゴンゾウは、ナラの太ももを舐めるように見ながら、語り始めた。


「俺はな、昔は王都警備隊の隊長候補だったんだ。だが、上層部のエルフ共に嵌められてな……今の社会は腐ってる。お前みたいな若い女は、苦労を知らなくていいよなァ。男に愛想振りまいてるだけで金がもらえるんだから」


説教。自慢話。そして、滲み出る女性蔑視。

ナラは鉄扇を握りしめたい衝動を堪え、笑顔を保った。


「まあ、大変でしたのね。……ところで、お話のお供に、シャンパンはいかが?今ならあたしの『特製おまじない』をおかけしますわよ?」


ナラは、「単価アップ」を狙った。だが、ゴンゾウの顔色が、瞬時に変わった。


「はあ? シャンパン?てめえさおめえさ、おめえ、俺を金づるとしか見てねえのか?」


ゴンゾウは机を叩いた。


「俺は客だぞ? 神様だぞ?たかだか時給1,000クレストのバイト風情が、俺に金をせびるのか?最近の女はこれだからダメなんだ。心がねえ。愛想がねえ。俺の話をありがたく聞けるだけでも、光栄と思えよ!」


ナラは、瞬きをした。

理解が追いつかない。

ホストクラブなら、客は「金」で男の関心を買う。そこには対価交換があった。

だがここは違う。

男は、1時間1,500クレスト(ナラの取り分は約150クレスト)を払っただけで、ナラの「時間」だけでなく、「人格」や「尊厳」まで支配する権利があると思い込んでいる。


(……何これ?)


ナラのこめかみに青筋が浮かぶ。

これは「接客」ではない。

社会で誰からも相手にされない男たちが、自分より弱い立場の少女をサンドバッグにして、歪んだ自尊心を満たすための

…………「介護」だ。


「……申し訳ございません。配慮が足りませんでしたわ」


ナラは頭を下げた。

だが、その目は笑っていなかった。


(……覚えてなさいよ、この貧乏神。いつかその脂ぎった顔面に、税金の請求書を貼り付けてやるわ)


さらに厄介なのが、若者の客層だった。

タツヤと名乗る客は、毎日来ては、一番安い「魔法写真・1枚1,000クレスト」だけを注文した。


「ナラちゃん、今日もかわいいね……」


「ありがとう(帰れ)」


「これ、プレゼント」


渡されたのは、コンビニで買ったような安いチョコレートと、ルーズリーフ5枚にびっしりと書かれた手紙だった。


『ナラちゃんへ。昨日、他の客の席で笑ってたよね?あれは営業スマイルだよね? 僕にはわかるよ。僕たち、前世で恋人だったと思うんだ。シフト表見たよ。明日は17時上がりだよね?駅まで送っていくよ。僕が守ってあげるから……』


ストーカー予備軍。通称「ガチ恋」。

彼は、たった1,000クレストの魔導写真代で、ナラと「交際している」という妄想を構築していた。

ある日、ナラが別の席で接客をしていると、タツヤが鬼の形相で割り込んできた。


「おい! なんであいつには『ハートマーク』を書くんだよ!」


「え? オムライスのケチャップだから……」


「俺のチェキには『星マーク』だっただろ!俺の方がランクが下だって言うのか!俺は! お前に! 今月だけで5,000クレストも使ったんだぞ!裏切るのか! 汚い! お前も他のアマと同じかよ!」


5,000クレスト。高級店なら、席料すら払えない金額。

だが、タツヤにとってそれは「全財産」に近い大金であり、それゆえに「ナラの魂の所有権」を主張する根拠になっていた。

店長のマキヤが、面倒くさそうに飛んできた。


「おいナラ! お前が色恋営業の管理ミスったせいだろ!お客様を不快にさせるな! 謝れ!」


「はあ!? あたしは何もしてないわよ!こいつが勝手に妄想して……」


「うるせえ! 口答えするな!うちは薄利多売で回してんだ。クレーマー出されると回転率が落ちるんだよ!ほら、タツヤさん、ドリンク一杯サービスするから!」


ナラは唇を噛んだ。

店長もまた、この貧困ビジネスの共犯者だ。

彼は従業員を守らない。守るのは「小銭」と「トラブルのない空気」だけだ。

ナラは、タツヤの濁った瞳を見た。

そこにあるのは、リンのような「夢への純粋な渇望」ではない。

自分より弱い者を金という名の微々たる暴力で縛り付け、引きずり下ろそうとする、底なしの劣等感。

ナラは深呼吸をした。


(落ち着きなさい、ナラティブ。ここでキレたら、あたしの負けよ。一流の女は、怪物相手でも微笑むものよ)


「……ごめんなさいね、タツヤ様。ハートマークは、ケチャップが暴発しただけなの。ほら、タツヤ様には特別に、おしぼりで『鶴』を折って差し上げますわ」


ナラは、震える手で優雅に鶴を折った。

それは接客ではない。猛獣使いが、肉片を投げて時間を稼ぐ作業だった。


その日の夜。

『ぷにぷにファクトリー』のドアが開き、一人の「異質な客」が入ってきた。

白衣を着た美女。エラーラ・ヴェリタスだ。

彼女は、一年前と同じように、「観測」に来たのだ。


「いらっしゃいませー! ……ってうおっ!?……お母様!?」


「……ふむ。騒がしい店だね」


エラーラは、店内の澱んだ空気を一瞬で分析し、一番奥のボックス席に座った。


「メニューを。……一番高いものを頼もうか」


「えっ? ……『オリハルコン・シャンパンタワー』よ? 300,000クレストもするわよ?」


「構わない。実験経費だ」


エラーラがブラックカードを出すと、店長のマキヤが目の色を変えて飛んできた。


「お、お客様!ありがとうございます!おいナラ!リル! 全員つけ! シャンコだ!」


店内がざわつく。

ゴンゾウやタツヤといった「1,000クレストの神様」たちが、気まずそうに下を向く。

本物の「富」の前では、彼らの虚勢など霧散してしまうからだ。

エラーラは、ナラが注ぐシャンパンを一口飲み、静かに言った。


「……どうだい、ナラ君。この『安っぽい地獄』の居心地は?」


「……最悪よ」


ナラは、作り笑顔を崩さずに、小声で答えた。


「ホストクラブが『劇薬』なら、ここは『遅効性の毒』ね。

綿で首を絞められるような、じわじわとした不快感。プライドをヤスリで削られるような毎日だわ」


「そうか。だが、君はまだ折れていないようだね」


エラーラは、ナラの瞳を見た。

そこには、疲労はあるが、濁りはなかった。

むしろ、この理不尽な環境に対する「怒り」が、彼女の芯を熱く保っていた。

その時、隣に座っていた狐獣人のリルが、冷ややかな声で言った。


「……あんた、変わってるね」


「え?」


リルは、エラーラから注がれたシャンパンを見つめていた。


「ナラちゃんさ。普通、この店に来る子は、一週間で目が死ぬか、客に染まってバカになるか、どっちかなんだよ。でもあんた、ずっと怒ってるでしょ。客にも、店長にも、この空気にも」


リルは、ふっと笑った。それは自嘲気味だが、どこか親愛の情を含んでいた。


「あたしはもう、慣れちゃったからさ。バカな客を適当にあしらって、小銭稼いで、家で寝る。それが『正解』だと思ってた。でも……あんた見てると、なんか調子狂うんだよね」


「……リルさん」


「ま、頑張んなよ。この店、変な客多いからさ。特に週末は……『魔境』になるから気をつけてね」


リルの予言は、不気味なほど正確だった。

この「平和な地獄」は、まだ序の口だったのだ。

本当の混沌は、論理も言葉も通じない「彼ら」の来訪によって幕を開けることになる。


「……週末?」


ナラが首をかしげると、エラーラが面白そうに眼鏡を光らせた。


「ふむ。データによれば、週末には『特異点』と呼ばれるクラスの常連客が集まるそうだ。……ナラ君。君の『一流の接客』が試される時が来るかもしれないね」


暴力(おさわり)は禁止でしょう?」


「ああ。だが、向こうから『論理の壁』を越えてきた場合は……正当防衛が成立するかもしれんよ?」


エラーラは悪戯っぽく笑い、シャンパンを飲み干した。

店内のBGMが、能天気な『魔法少女音頭』に変わる。

それは、これから訪れる嵐の前の、不協和音のような静けさだった。

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