短編:もちもちピギーのスペシャルパフェ
「次の休みに、うちでパフェを作りましょう!」
そう嬉しそうにミリーが提案してきたのは、つい先日の事である。
これに対してシルフィアは最初こそ「パフェ……」と難色を示したものの、「作っているうちにお腹がいっぱいになるかもしれない」という彼女の話になるほどと頷いて了承した。
確かに、料理をしていると食べた気になる……というのはよく聞く話だ。シルフィアもミリーのダイエットメニューを考えている際、あれこれシェフと作っているだけで満腹感を覚えたことがあった。
それに一緒に作り横で監視をすれば、食べすぎ以前の盛りすぎを防げる。
「では、次のお休みにアドセン家にお伺いさせて頂きますね」
「準備は私に任せて。いっぱい用意しておくわ!」
「ほどほどに」
「そうね。ほどほどに用意しておくわ!」
言葉でこそ「ほどほどに」とは言っているものの、ミリーの瞳はこれでもかと輝き、気合に満ちている。
これは……とシルフィアは目を細めつつ、それでも友人と過ごす休日を思い、小さく笑みを浮かべた。
そうして迎えた休日。
アドセン家を訪れたシルフィアは出迎えたメイドとミリーに歓迎されつつ、屋敷の厨房へと案内された。
さすがはアドセン家といえる広い厨房。今日の予定を知ってシェフ達までもが歓迎し、ミリーとシルフィアのために一角を用意してくれた。
もっとも、パフェ作りといっても本格的にいちからスイーツを作るわけではない。用意されたものを器に好きに盛って、あとは雑談を楽しみながらお茶をするだけである。
結局のところ、ただのお茶会と同じ。準備段階から遊び心を加えた、貴族の令嬢らしからぬ、それでも年頃の少女らしいお茶会と言えるだろう。
……だけど。
「ミリー様、これはまた随分と用意しましたね……」
目の前に用意された材料を眺め、シルフィアが唖然としつつ話す。
それに対して、材料の中からクッキーを一枚スルリと抜き取って食べていたミリーが「そうかしら?」首を傾げた。
テーブルに並べられているのは、ジェラート、一口サイズのケーキ、チョコレート、フルーツ。クッキーは九枚ほど積まれている。――元々は十枚用意されていたのだが、先程ミリーの口の中に一枚吸い込まれていった――
もちろんクリームもたっぷりと用意されている。それと、チョコレートソースに、ジャム、蜂蜜……。
どれも種類は豊富で、これだけでも十分に楽しめる規模だ。甘いものが好きな人ならば、パフェにせずとも端から食べていきたいと思うだろう。
「この量はさすが公爵家と言うべきか、さすがピギー様と言うべきか……」
「シルフィアってば、相変わらず大袈裟ね」
肩を竦めるミリー曰く、時折シェフと一緒にパフェを作りはするが、いつも今日と同じ材料を用意しているという。
その中から気分にあわせて材料を指定し、シェフに綺麗に盛り付けてもらい、美味しい紅茶と共に堪能する。
そう話すミリーに、シルフィアは冷ややかな声で「そうですか」と呟いた。
これは由々しき問題である。
どうやら、ミリーのこのふっくらと横幅のある立派な体格を作ったのは、彼女や彼女を溺愛する兄のせいだけではないようだ。
チラと横目で厨房の一角を見れば、こちらを見ていたシェフたちがそそくさと仕事に戻ってしまった。
彼等も思うところがあるのだろう。--後日聞き出したところ「痩せたいというミリー様の気持ちは分かりますし、協力するつもりです。ですがあれほど美味しそうに食べてもらえると……」と悲痛な胸の内を語ってくれた--
「シルフィア、なにかあった?」
「いえ、なにも……。とりあえず今はパフェを作りましょうか」
「そうよ。ジェラートが溶ける前に作らなきゃ! 見て、器は今日のために用意させたのよ」
揃いの器を手に、ミリーが嬉しそうに話す。
背の高い美しい器だ。パフェを盛るにはいささか大きい気もするが、それでもわざわざ用意してくれたことへの感謝が募る。
この器に、あれこれと話しながら材料を盛っていき、自分だけのパフェを作るのだ。呆れ半分だったシルフィアの胸にも期待が湧き、らしくなく袖まくりをして「作りましょうか」と気合をいれた。
崩れないようにと多少の順番こそあるものの、パフェを盛り付けていく基準や決まりはない。
ただ自分の好きなように、食べたいように、盛り付けていくだけだ。
「では、私は今後のミリー様のお手本になるようなパフェを作りますね。見栄えよく、ボリュームもあるように見えて、フルーツを中心にして太りにくいものを……」
「シルフィアは真面目ね。私はまずジェラートを入れて、層にしたいから混ざらないようにしなくちゃ」
コツがいるわね……とミリーがクッキーを食べながら器を片手に悩む。
そのうえ「頭を使うと糖分が」と真剣な声色で呟き、もう一枚クッキーを手にしてサクリサクリと食べ始めるではないか。
そんな彼女を横目に、シルフィアもあれこれと眺めながら器に盛っていった。確かに盛り付けは難しいが、先にテーマを決めていたのが良かったのか、我ながら迷いなく早い手つきだと思えるほどだ。もちろんミリーのように途中で食べたりしないのも、作業の速さの秘訣である。
「ミリー様、盛りながらつまみ食いしていては終わりませんよ」
「これはつまみ食いじゃないわ、試食よ。盛り付けるまえに一口食べて、味の組み合わせを確認しておくの」
「それにしても頻度というものがありますよ。……そんな、ジェラートをクッキーに乗せて!? なんて大胆な犯行!」
試食という大義名分のもとだからか、ミリーの食欲が大胆になっていく。
クッキーにジェラートを乗せて食べたかと思えば、今度はそれに蜂蜜を掛ける。やたらと神妙な顔つきで食べ、そのうえ「ふむ、採用ね」と深く頷いている。
なんて白々しい、とシルフィアが小さく呟き、残っていたクッキーの山をそっと己の方へと寄せた。
十枚積まれていたはずのクッキーは、あれよという間に残り五枚……、
ではなく、残り三枚である。
そんなまさか! と思わずシルフィアがミリーへと視線をむけた。
彼女がパフェを作っている最中、サクリサクリとクッキーを食べていたのは把握していた。……はずである。
だが計算が合わない。
「まさか見落としていた……? パフェ作りとはいえ手を抜きませんね、さすがピギー様。私の好敵手」
「シルフィア、さっきから怖い顔をしてどうしたの? そろそろ完成させましょう」
いそいそとミリーが器に盛っていく。
どうやら彼女の中で完成図が出来上がったらしく――もしくは十分に試食し終えたからか――悩んでいたのが嘘のような手早い作業ではないか。
そうしてミリーはこれでもかと器にスイーツを盛ると、最後にと天辺に盛ったクリームにそっとクッキーを刺しこんだ。仰々しいその仕草は、まるで一仕事を終えたと、むしろこれがフィナーレだと言いたげな手つきである。
これにはシルフィアも肩を竦め、いつの間にやら一枚取られて二枚に減っていたクッキーを己の器に添えた。
フルーツを中心にしたシルフィアのパフェと、ジェラートもチョコレートもとこれでもかと盛り付けたミリーのパフェ。
どちらも見目がよく、片やシンプルだからこそのセンスの良さを、片や豪華さと食いしん坊な愛嬌を感じさせる。
見守っていたシェフが「なんとも二人らしい」と褒めてくる。確かに、二つ並べたパフェはそのままシルフィアとミリーを表しているかのようではないか。
そんなパフェをテーブルに並べて紅茶を用意し、いざ実食……となったタイミングで、ミリーが自分の手元にあったパフェをそっとシルフィアへと寄せた。
「せっかくだから、この『ミリースペシャルパフェ』はシルフィアが食べて」
「私が頂いてもよろしいんですか?」
意外だとシルフィアが目を丸くさせる。
頷いて返してくるミリーの表情は嬉しそうで、シルフィアがならばと器を己の手元に寄せれば瞳が輝きだした。
「なら、このパフェも……。シ、『シルフィアスペシャルパフェ』をミリー様に」
照れくささに少し笑いつつ先程のミリーのように自分で作ったパフェを彼女のもとへと寄せれば、元より輝いていたミリーの瞳がより輝きだす。
「いいの?」と弾んだ声で尋ねてくるが、既に彼女の手はスプーンを握っているのだ。これを断れるわけがない。
「ミリー様には少し物足りないかもしれませんが」
「そんなことないわ! シルフィアが作ってくれたパフェだもの、世界で一番のパフェよ!」
弾んだ声でミリーが答え、さっそくとスプーンでパフェを食べ始めた。
だがその速度はいつもよりゆっくりで、一口分掬っては食べ、また一口食べ……と、クッキーやマフィンを吸い込んでいた勢いが嘘のようではないか。そのうえパフェの一角を食べるとスプーンを置き、紅茶を飲んでふぅと一息ついた。
普段からは想像できないミリーのゆっくりとした食べ方に、シルフィアの胸に不安がよぎった。
もしかして、美味しくなかったのではないか。
あれこれと試食するミリーを呆れるばかりで、思い返せば自分は試食をしていなかった。もしかしたら良くない味の組み合わせをしてしまい、ミリーの食欲を減退させてしまったのではないか……。
ダイエットという点ではミリーの食欲が抑えられるのは喜ばしいことだが、不味いものを食べさせて止めたかったわけではない。
とりわけミリーはパフェを作るのを楽しみにして、そしてシルフィアが作ったパフェを瞳を輝かせて受け取ってくれたのだ。それを前にすれば、『不味いパフェでダイエットに成功』なんて言えるわけがない。
そう考え、シルフィアが恐る恐るミリーを呼んだ。
「ミリー様、もしかして……あまりおいしくありませんでしたか?」
「美味しくないって、このパフェが? そんなことないわ。フルーツがたくさんでバランスが取れていて、凄く美味しい」
「なら、どうしてそんなにゆっくり食べるんですか?」
「だってせっかくシルフィアが作ってくれたパフェだもの。ゆっくりと味わいたいじゃない」
ねぇ、と同意を求めてくるミリーに、シルフィアがパチンと目を瞬かせた。
次いで小さく笑みを零す。これもまたなんてミリーらしい話ではないか。
そう考え、シルフィアもまた友人が作ってくれたパフェを堪能しようと、クリームの山にそっとスプーンを差し込んだ。
翌日、いつもより覇気が無いシルフィアに気付き、ライオネルがどうしたのかと尋ねた。
それに対してシルフィアはいつもより小さな声で、
「ミリー様の……ミリースペシャルが少々あとをひいてまして……」
と答えた。
我ながら弱々しく情けないと思える声だ。そのうえ、口にしたらボリュームたっぷりのスペシャルパフェが記憶に蘇り、思わず胃を押さえてしまう。
これにはライオネルがどういうことなのかと慌てふためき、
「ミリースペシャル!? なんだ、ついに拳を交わしたのか!?」
と、二人の仲を−−正確に言うのならばシルフィアとミリーの仲ではなくシルフィアとピギーの仲を−−案じ始めた。
だがあいにくと今のシルフィアには彼を宥める余裕はなく、もちもちと歩いてくるミリーを見て、再び胃を押さえて小さく呻いた。
……END……
「(ミリー様が何かを食べている……)」
「もぐもぐもぐもぐ」
「(でも何を食べているのかしら。何か文字が書いてあるような……)」
「もぐりもぐり」
「(……書籍……2/1……発売……? 食べるスピードが早すぎて文字が読めないわ)」
「シュッ……スシュッ……」
「(咀嚼音がついに吸引音に……。そしてまた新たに取り出して食べ始めている……)」
「シュッ……もぐ……もぐしゅっ……」
「(やっぱり何か書いてある……。文庫……発売……電子特典……?) ミリー様、お食事中にすみません。先程からいったい何を食べていらっしゃるんですか?」
「これ? これは宣伝よ」
「宣伝!? 宣伝すらも食べてしまうんですか!?」
「宣伝は別腹ってよく言うじゃない。シルフィア、貴女もせっかくだし1ついかが?」
「ミリー様、いえ、ピギー様、いくら食いしん坊といえども宣伝を食べてはいけません」
「この宣伝はプロテイン配合よ」
「それなら一枚だけ。……なかなかいける味ですね」
「もぐもぐもぐもぐ」
「なるほど、それで2/1発売『かんちがい令嬢は転生先を間違える』の宣伝を全て食べてしまったのか」
「ミリー様と一緒になってつい。これでは本編に書き下ろし、また電子書籍にはショートストーリーがつくこともお知らせできません。私としたことが、恥ずかしい……」
「安心してくれ、シルフィア。こんなこともあろうかと、ちゃんと宣伝を用意しておいた」
「まぁ、本当ですか? さすがライオネル様!」
もち…もち……もちもち………
「まずい、ミリーが気付いた! 食べられる前に、早く宣伝を!」
「かしこまりました! 2/1『かんちがい令嬢は転生先を間違える』ビーンズ文庫より発売です!」
もちもち……もち……
「ここは俺が止めておく。シルフィア、最後まで宣伝を!」
「本編に加え書き下ろし付、また電子書籍には特典として、ショートストーリーも付いております。どうぞよろしくお願いいたします!」
もちもち…もちもち……!
もちも……よろしくおねがいします……!
「まぁ、ミリー様ってば、食欲に意識を奪われたと思っていたのに、まだ自我を保っていたんですね!」
「さすがミリーだ。宣伝も終わったし、さぁこの宣伝を食べるといい」
「もぐもぐもちもち」
2/1ビーンズ文庫より『かんちがい令嬢は転生先を間違える』が発売となります!
イラストは煮たか様。とても可愛いイラストを描いて頂きました。ミリーももちもちしております。
どうぞよろしくお願い致します。
それにあわせて、本作を完結表示にさせて頂きます。ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます!
また短編等書けたら投稿していきますので、その際にはお付き合い頂けますと幸いです。




