14:素敵なパーティーを
「私の令嬢力が……!」
令嬢力が減ったと言われ、シルフィアがおののきつつ己の手のひらを見る。ーー実際の喪失感は無いのだが、失ったと言われるとつい手を見てしまうものだーー
わなわなと震えれば、ミリーが肩を竦めて「大袈裟ね」と告げてきた。
「シルフィアは一つのことを考えすぎると周りが見えなくなるのね。今はゲーム内のイベントのことは考えずに、ライオネルのエスコートを受け入れてみたら?」
ミリーに提案され、シルフィアがライオネルに視線をやる。
それを受け、ライオネルが穏やかに微笑んだ。
「イベントっていうのは、例のゲームの記憶というやつか?」
「えぇ、ゲームにはイベントというものがあって、ミリー様がライオネル様のエスコートを受けると……」
なにが起こったかしら……とシルフィアが記憶を辿る。
トキ恋のストーリーはとにかく明るく軽く、裏や伏線といったものは皆無。手軽に遊べて手軽に恋を出来るのが売りで、そのぶんイベントやスチルが豊富だった。
ライオネルのパーティーでのイベントは、とシルフィアが思いだそうとすれば、二つ目のマフィンを食べていたミリーが「私が階段で足を踏み外すのよ」と教えてくれた。
どうやら、シルフィアよりも鮮明に覚えているらしい。
「私が階段を踏み外して、そこをライオネルにお姫様だっこで支えてもらうの」
「俺がミリーを? ……で、出来るとは思うけど、念のため翌日の予定は全てキャンセルしておこうかな」
出来るけど……と弱々しくライオネルが呟く。腰が心配なのだろう。
だがツンとミリーに肘で突っつかれるとはたと我に返り、改めてシルフィアに向き直ってきた。その際にマフィンを一つミリーの前に差し出すのはいったい何なのだろうか。
ーーもちろん裏取引と感謝のしるしである。気付かないシルフィアからしてみれば、餌付けはやめていただきたいのだがーー
「イベント通りになるかは分からないが、階段から踏み外すなんて危ないだろう。俺は支えられるけど万が一があったら大変だ。避けるに越したことはない」
「確かにそうですね。安全なのが一番です」
「だから、俺はミリーのエスコートはしない。そもそもヘンリーが来るんだから、彼が許すわけがない。となると、俺は相手がいなくなってしまうんだ。だから人助けだと思って」
ライオネルが片手を差し出してくる。
これはエスコートのお誘いだ。学園の一角、それも制服をまとっているというのに、彼の姿はなんとも様になっている。通りがかりの女子生徒がうっとりと彼を見つめ、相変わらず遠巻きに眺める男子生徒すらも感嘆の吐息を漏らしている。
外野でさえ見とれてしまうほどのものなのだ。正面から微笑まれたシルフィアはと言えば……、
「……私の左側に立たないで頂けるなら」
「分かった、必ず右側に立つ」
「でしたら、よろしくお願いいたします」
と、微笑んで彼の手を取った。
爽やかな見目だが、ライオネルの手は男らしい。大きく、節が太く、男臭くはないがそれでもシルフィアの手とは違う。シルフィアとて鍛えているが、それでも根本から違うと分かる。
殿方の手……。とシルフィアが自分の手を握るライオネルの手を見つめた。
なぜだか胸が暖かく、手を放しても熱は冷めない。自分の体からほわんと湯気が出ていないだろうか。
(もしかして、私は浮かれてるのかしら……)
自分の気持ちに自分の理解が追いつかない。
だが嬉しそうなライオネルに「約束だ」と言われれば気分も良く、頷いて返した。自然と笑みを浮かべてしまうが、おかしな表情にはなっていないだろうか。
ミリーが三つ目マフィンを皿に置いて拍手を送ってくる。
これに関してはそろそろ止めたいところだが、どういうわけかライオネルが四つ目のマフィンをミリーに献上してしまった。
※
「ライオネル様にエスコートをしていただくの!? 隙を見て押し」
「倒したりはしないわ」
「パーティーでミリー様をうち」
「倒しもしないわ」
興奮気味のクレアの言葉を、シルフィアが一刀両断する。
まったく喜ばしくないが、最近クレアの言うことを予測できるようになってきた。ーーもちろん一番分かりたいのは発言を省みさせる術なのだが。模索中であるーー
本当は言いたくなかったけど……とシルフィアが睨みつければ、さすがに娘の怒りを感じ取ったのか、クレアがコホンと咳払いをしてごまかしてきた。
次いで誤魔化すように窓の先を眺め、その先にこちらに歩み寄ってくる息子の姿を見つけて「あら」と声をあげた。言わずもがなルーファスであり、丸太を担いでいるのも言わずもがなだ。
「姉さん、ライオネル様にエスコートをしてもらうって本当?」
「ルーファス、可愛いルー。今日決まったことなのにもう知ってるの? 逞しく優しく、そのうえ情報通なのね」
「中等部には、姉さんやライオネル様に憧れている生徒か多いから筒抜けだよ。それに中等部はその話題で持ちきりだ!」
すごいや! とルーファスが喜ぶ。
それを見て、シルフィアはそっと彼へと手を伸ばした。窓枠を越え、逞しい弟の腕を撫でる。ガッチリとしていてなんて男らしいのだろうか。一日中撫で回していても飽きない。
「ルーファス、可愛いルー。本当は貴方にエスコートを頼もうと思っていたけど、ごめんなさいね。ルーは相手はいるの?」
「それが……。クラスメイトに誘われて……」
年頃の少年らしくルーファスが照れくさそうに笑う。
どれだけ逞しくベストがパツパツな程に育とうと、彼はまだ年端もいかない少年なのだ。姉の朗報に無邪気に喜び、そして「お姉様のエスコートをしないなら……」と積極的な令嬢にエスコートを求められれば頬を染める。
シルフィアがこの成長に、「天使に春が……!」と目頭を押さえた。弟を愛する姉として、喜ばしくそして少し寂しい春の訪れだ。ーーシルフィアの歓喜する様を見てクレアが小さく「私もエリオット相手だとこうなのかしら……」と呟いた。この反応、さすが母娘であるーー
「そうなのね。可愛いルーに春が……。大丈夫よ、姉さんは受け入れるわ。二時間尋問なんてしないから安心して」
「二時間尋問? 尋問より二時間運動をしようよ」
「なんて健康的なの、さすがルー! でもエスコートを求められるなんて名誉なことよ。頑張って。素敵なパーティーになると良いわね」
「ありがとう。すごく楽しみなんだ!」
輝かんばかりの笑顔でルーファスが笑う。
ライオネルの微笑みが柔らかな日溜まりを感じさせる目映さなら、ルーファスの笑顔は太陽を直視するかのような眩しさだ。
そんな笑顔に、シルフィアも「私も……」と言い掛けた。
家族ぐるみで仲良くしたいと、ミリーは招待状を出すだいぶ前から誘ってくれた。
ドム・バトソンからと考えれば些か危機を感じるが、それでもドレスは特注だ。試着の際には、あまりの美しさと着心地の良さにクルクルと三回転してしまうほどである。思わずドムに手紙も出した。ーーもちろん【親愛なる友人 ドム・バトソン様】と大きな文字で書いておいたーー
当日はあのドレスに、ミリーから教わった方法で髪を編み込む予定だ。彼女はシルフィアのためにと黒髪が映える髪型をわざわざ考えてくれた。
パーティーにはミリーの兄ヘンリーも来ており、きっとミリーの話で盛り上がるだろう。片や妹溺愛の兄、片や弟を愛する姉、家柄の格差を乗り越えて意気投合できるかもしれない。
きっと楽しいパーティーになる。
今までパーティーは社交界に生きる者達の現状を把握するために出ていたシルフィアにとって、これは初めての『楽しいパーティー』になるに違いない。
それも……ライオネルのエスコートで。
日中、彼の手を取ったことを思い出し、シルフィアが己の手を見つめた。
鍛え上げたシルフィアの手を覆えるほど、ライオネルの手は大きく男らしかった。しなやかでいて節が太く、手のひらの厚さも違う。
弟ではない、男性からのエスコート。
それも望まれて応じるのだ。
「……私も」
「姉さん?」
「私もね、パーティーが楽しみなの……」
胸の内にわき上がる思いが溢れ、シルフィアが言葉にする。
ルーファスに告げるではなく、クレアに告げるでもなく、まるで自分で自分に打ち明けるようなくすぐったさだ。
自然と口角があがり、目を細める。意識せずとも表情がゆるむ。ルーファスとクレアの穏やかな表情を見て、ようやく自分が笑っているのだと気付くほどだ。
「姉さんも、素敵なパーティーになるといいね」
まるで自分の事のように嬉しそうにルーファスが告げてくる。
それに対し、シルフィアは高鳴り暖まる胸元をぎゅっと両手で押さえ、深く頷いて返した。




