13:エスコート
パーティーまであと数日となり、シルフィアはミリーに髪をどう飾るかを相談していた。
黒髪に映えるにはどうすべきか、飾りをつけるならどのようなものがいいか。さらには仕立て中のドレスの完成予想図を見せ、それに似合う髪形を考えてもらう。挙げられる髪形も飾りの提案もどれもセンスが良く、彼女に相談したのは正解だった。
だがその相談の最中、ミリーが小さく溜息を吐いた。
楽しそうにあれこれと話していたが、見れば考え込むように視線をそらしている。朗らかで愛らしいミリーに似合わない愁いを帯びた表情だ。
「ミリー様、どうなさいました?」
「シルフィア、覚えてる? このパーティー、きっとトキ恋のイベントにあるパーティーよ……」
ミリーの話に、シルフィアが頷いて返した。
『トキ恋』には様々なイベントがあり、乙女ゲームらしい恋愛色の強いものもあれば、ドタバタしたコメディ調のもの、なかにはキャラクター達の友情を見守るものもある。どれも明るく楽しく華やかなものだ。
とりわけ社交界を描いた作品なだけに茶会やパーティーの描写は多々あり、その中の一つにアドセン家が開くパーティーで起こるイベントがあった。
「確か、その時点で一番好感度が高いキャラクターとハプニングが起こるんですよね?」
シルフィアが確認すれば、ミリーが間違いないと頷く。
ゲーム内で起こるイベントはキャラクターごとに違ってくるが、どれも一貫して『パーティー内でハプニングにあう』というものだ。
ドレスに飲み物をこぼしてしまったり、裾が破けてしまったり、ヒールが折れてしまったり……と危機に陥ったミリーを、攻略対象の男達が助けてくれる。
その対応もまた別室に招いて二人きりで過ごしたり、抱き抱えてくれたりと違っており、各々に用意されたスチルはどれも美しくプレイヤーの胸をときめかせるものだった。
このパーティーはそのイベントで間違いないだろう。
……だけど。
「私はいまだにこの調子で、誰とも恋愛関係になんてなってないわ」
どうなるのかしら、とミリーが溜息を吐いた。
イベントの進行具合を考えれば……どころか、現実のカレンダーを見ただけで転入から日が経っていると分かる。だというのにいまだミリーはぽっちゃりとしており、せいぜい特注サイズのシャツのボタンが悲鳴をあげなくなったぐらいだ。
痩せたとはけして言えず、痩せてきている……という実感もさしてないのだろう。
ゲーム内のミリーには程遠く、恋愛の気配もない。刻一刻と進む時間の中で、自分だけが取り残されている不安……。
「どうにかしなくちゃと分かってるのに、パーティーの食事の事ばかり考えてしまうの」
「ピ……ミリー様……」
「食べきれないほどの料理、季節のスープ。デザートには旬の果物を使ったケーキ、あとチョコレートで山も作るの。それに、お兄様がこの日のために国外からお菓子をたくさん仕入れて持ってくると仰っていたわ」
「ミ……ピギー様」
ピギーと呼びかけたのを改め……そして再度改めてピギーと呼び、シルフィアがトントンとテーブルを指で叩いて彼女の意識を取り戻させた。
はっとミリーが我に返り、食でいっぱいになっていた自分の意識を恥じる。--その瞬間にシルフィアが「お帰りなさいませ」と告げるのは、ミリーが戻ってきたという意味である。どこからか? もちろんピギーからだ--
「ですが、ミリー様の周りにはいつも人で溢れているじゃありませんか。皆様に慕われているようですし、意欲的に接すれば殿方とはすぐに恋仲になれるんじゃないですか?」
「友情と恋の違いは分かってるつもりよ。それに、男の方はみんな私を囲んでいてもシルフィアのことを聞いてくるのよ?」
「私の?」
ミリーの話に、シルフィアがきょとんと眼を丸くさせた。
曰く、日ごろミリーを囲んでいる男子生徒達は何かとシルフィアの情報を聞きたがっているらしい。
何が好きか、どんな趣味があるのか、そして……。
「どんな異性が好きか、とかね」
「それはみなさま私の弱点を探っているのでしょうか。そうですね、あえて言うなら左側からの攻撃には反応が少し遅れてしまいがちです」
「シルフィア、シャコロワの世界から帰ってきてちょうだい。その情報を得ても誰も貴女を左側から攻撃したりなんてしないわ」
盛大な溜息を吐き、ミリーが宥めてくる。だが我に返ってもシルフィアには疑問が残るだけだ。
いったいどうして自分の話をミリーから聞き出そうとするのか。そもそも知ってどうするつもりなのか。
何も面白いものなどないのに……とシルフィアが首を傾げた。ミリーが肩を竦めているのはどういうことか。
「少なくとも、御年60歳の自由人が好みではないことは確かですね」
「ドム様ね。でもドレス用の布を貰ったんでしょう? 不本意とはいえ恋愛に関しては貴女の方が進んでるみたいだから、もしかしてシルフィアにイベントが起こるかもしれないわ」
「私に?」
そんなまさかとシルフィアが苦笑を浮かべた。
ミリーは自分の現状をいまだ恋愛めいたものは無いと断言していたが、シルフィアとて同じだ。むしろ御年60歳の自由人に着実に距離を詰められているあたり絶望的とも言える。
だがそれを話してもミリーはにんまりと笑むだけだ。頬がむにりと山を作り、さながらメレンゲである。
なぜだかその視線が妙に居心地悪く、シルフィアはこれは話題を逸らすべきだと考え「そういえば」と話し出した。
「確かに恋愛めいたものはありませんが、ミリー様とライオネル様は昔から懇意にしていますよね。もしイベントが起こるのなら、私ではなくミリー様とライオネル様とでは?」
「私とライオネル?」
予想だにしていない相手の名前を出されたと、ミリーが目を丸くさせる。
次いでコロコロと笑い、「そんなまさか」と告げてきた。自虐めいた色もなければ、さりとて妙な勘ぐりをするなと憤慨する様子もない。冗談に上機嫌で返す笑い方だ。
下手にムキになって否定するよりも、こちらの方がまったくその気がないと分かる。「ライオネルは友人よ」という言葉もまた軽く、恋心はないがそれと同等の友情を感じさせる。
思い返せば、以前にライオネルが「自分は好きな人がいる」と言っていた。
どうやらミリーとライオネルの間には色恋めいた気持ちは一切なく、そしてこれからも芽生えはしないのだろう。
「疑っているのはヘンリー様だけ、ということですね。なんだかライオネル様が哀れに思えてきました」
「シルフィアがより哀れにしてるように思えるけど……」
「何か仰いましたか?」
「いいえ、なにも。ところでシルフィアは誰にエスコートをしてもらうの?」
相手は? とミリーが尋ねてくる。
それに対してシルフィアが答えようとした瞬間、ざわと周囲が沸き立った。
遠目で眺めていた男子生徒達がぞろぞろと近付き、ミリーに挨拶をし、パーティーの招待を感謝し……、
「俺もエスコート相手が居ないんだ。よければ誰か紹介してくれないかな?」
「お、俺だって。ミリー、君の親しい友人でエスコート相手を捜している方はいないかな」
と、ミリーに求めだした。
これにはシルフィアも唖然とし、目まぐるしく沸いてはミリーを頼る男子生徒達を眺めて紅茶を飲むしかない。どういうわけかチラチラと皆が横目で見てくるので、それには一応微笑んで返しておく。
(さすがミリー様、慕われるどころか頼られているわ。愛され時に頼られる、これぞ令嬢力のなせるわざ。横目で見られる程度の私にはたどり着けぬ境地ね)
先は遠い……とシルフィアが己とミリーとの令嬢力の差を噛みしめる。
はたして自分はミリーほどの令嬢力を得られるのだろうか。
囲われ慕われ頼られる自分の姿は想像できない。……なんとか想像しても、想像の中の自分は囲ってくる敵を打ち倒してしまうのだ。
ミリーが囲われているのを、向かいに座りつつも多対一の戦闘方法を考えながら眺める。
そんな中、一人の男子生徒がミリーからシルフィアへと向き直った。随分と真剣な表情をしており、覚悟を決めたと言わんばかりの圧さえ漂わせている。
「シ、シルフィア、アドセン家のパーティーでのエスコートは決まったかい?」
「今回は弟のルーファスにお願いしようかと思っております」
突然話しかけられたことに驚きつつ、シルフィアが微笑んで返す。
弟にエスコートとは年頃の令嬢としては笑われかねないが、これといっためぼしい相手もいないのだ。ーーそれに愛しく逞しいルーファスのエスコートは完璧で、シルフィアはいつも弟の成長に感動し、時には涙していたーー
だがそれを話せば、聞いた男子生徒がぐいと身をよせてきた。それどころか、ミリーに話しかけていた者達までもがこちらを向いて詰め寄ってくる。
思わずシルフィアが背をそらし、本能で拳を握った。
「シルフィア、それなら、俺と……!」
「いや、俺だ。これを機に今後も親しくしよう」
「誰も相手がいなくて困っているんだ、エスコートさせてくれないか……!」
口々にエスコートを名乗り出られ、シルフィアが唖然とする。握った拳の力も抜けてしまいそうだ。
だというのに男子生徒達はさらに詰め寄り、その目が誰もがぎらぎらと輝いているように見える。
今までは遠巻きに見ているだけだったのに、今度は近すぎるほどに寄ってこられ、もちろんシルフィアには答える余裕など無い。「あの……」と上擦った声を出し、助けを求めるようにミリーへと視線を向けた。
この危機に彼女は上機嫌で微笑んでいるだけで、助け船を出してくれる様子はない。ーーなんて薄情! とシルフィアが心の中で非難した。相談に乗ってもらったお礼に今日はクッキーを五枚まで見逃そうと思っていたが却下であるーー
だがミリーはふと何かに気付き、今度は溜息と共に肩を竦めた。その視線が向かうのはシルフィアでもなく、シルフィアに詰め寄る男達でもない。
シルフィアの背後……。
いったい何かとシルフィアが振り返ろうとした瞬間、それより先に詰め寄っていた男達の顔が一瞬にして青ざめた。
それと同時に聞こえてくるのは、
「なんだか楽しそうだな。俺も混ぜてくれないか?」
という、ライオネルの声。
振り返れば銀糸の王子が爽やかに佇んでいる。暖かく優しい笑みだ。ーーもっともライオネルの微笑みは麗しいのだが、瞳の奥は笑ってはいない。男子生徒達が息をのみ、ミリーが肩を竦める。だがあいにくとシルフィアだけは気付かず、本能でとっさに拳を握るだけだーー
「ライオネル様、ごきげんよう」
シルフィアが立ち上がって挨拶をしようとする。
だが彼はそれを「良いよ」と優しく制し、空いている一脚に腰掛けた。ミリーを囲みシルフィアに詰め寄っていた男子生徒達が僅かにおののき、自然とライオネルに場を譲る。
「ごきげんよう、シルフィア。随分と楽しそうだが、俺も混ぜてもらっていいかな?」
「えぇ、もちろんです。……あら、どうしてかしら。また拳に力が入って解けないわ」
なぜかしら、と堅く握りしめた右の拳を左手でさする。
そうしてシルフィアの右手から力が抜け始めると詰め寄っていた男子生徒達が一人また一人と去り、ぱっと右手が開く頃には誰もいなくなっていた。
あまりの温度差にシルフィアが目を丸くさせる。
「……いったい何なのかしら?」
「気にしない方が良い。それよりアドセン家のパーティーの話をしていたんだろう。なぁシルフィア、俺にエスコートさせてくれないかな?」
「ライオネル様にですか? そんな、私なんか……」
「次のパーティーにはヘンリーもくるし、俺は彼とも親しくしているから紹介出来る。それにパーティー会場には食事が大量にあるから、協力してミリーを止めようじゃないか」
なぁ、と同意を求められ、シルフィアが考えを巡らせた。ーー考えている最中に、ミリーとライオネルが「私をダシにしないでよ」「ここに有名店のマフィンがある」「良い条件ね」と会話を交わし、こっそりと握手をしたが、あいにくとシルフィアは気付かなかったーー
だが裏取引に気付けないほど深く考え込んでしまうのも無理はない。
なにせ相手は公爵家のライオネル。本来なら男爵家令嬢では手の届かない存在、さらに彼は人気者。トキ恋でも、彼はシルフィアではなくミリーを誘う一人なのだ。
「せっかくのお誘いですが、私ではなく、ミリー様を誘われたらいかがでしょうか? それに、ゲーム内でのイベントのこともありますし」
そうシルフィアが提案すれば……、
「シルフィア、貴女いまので令嬢力が減ったわ」
と、マフィンを食べていたミリーに盛大な溜息を吐かれてしまった。




