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 夏休み以後、私に特級魔法使いとしての任務が来る事は無かった。それと言うのも、前回の任務で、特級魔法使いあるまじき行動をしたせいで、謹慎を食らっているからだ。雷の特級魔法使いアルドルファスは、そんな行動を取ったのなら重い罰を受けるべきだとも言ったらしい。しかし、土の特級魔法使いヴェルノと水の特級魔法使いシャータが擁護してくれたので謹慎程度で済んだ。私は、特級魔法使いの任務に呼ばれる事はなく、静かに学校生活を送っていた。

 夏が終わり、秋になり、冬が来て年が終わり、そして新たな年が始まった。

 新年を祝って、食堂内ではパーティーが行われている。学校の外に出れば、街中でも屋台が並んで人が賑わっていた。私は、リヴィアとかぼちゃのデザートを食べながらゆったりと話をしていた。

「もうすぐ、四年生になりますわね……早いものですわ……」

 リヴィアは感慨深そうに呟いた。四年生を卒業すると、みんなは各々の道を歩く事になる。楽しい遊びの時間は少ない。

「スカーレットは、このまま……あちらの道に行くのでしょう?」

 人の多い場所なので、リヴィアは特級魔法使いと言う単語を伏せて話す。

「うん、そのつもり」

 まだまだ前途多難ではあるが、諦めずに自分の信じた道を進むつもりだ。私は特級魔法使いとして自分が正しいと思う事を行い、そして幸せを掴むのだ。

「そう……偉いのね」

 リヴィアは少し悲しそうに、けれど尊いものを見つめるように微笑んだ。

「リヴィアはどうするの?」

「私は……オリバーと一緒になりたいわ」

 リヴィアからオリバーとの将来の話を聞くのは初めてだった。 

「結婚したいの?」

「えぇ、そのつもり。でも、両親は許さないでしょうね……」 

 商人と貴族の結婚はとても珍しいものだった。まず商売で儲けて地位を築き爵位をお金で買って貴族になる必要がある。そうして初めて商人は貴族との婚姻が出来るのだ。商人のまま、貴族との結婚は難しいだろう。分家とは言え、リヴィアは国の一大貴族『キルシェ家』のご令嬢なのだから、その難易度は更に高い。

「オリバーは……卒業後に商人として、一財産作って爵位を買うつもりみたい。そしたら、私をお嫁さんに貰えるからって……」

「でも、それまで待っていられるの……?」

 卒業後、リヴィアは一八才だ。この世界では、結婚適齢期である。理由も無く、女が二十を超えて未婚でいるのはとても珍しい。言ってしまえば、家の人間にとって外聞が悪いのだ。

「ローガンがね。婚約をしてくれるそうなの。でも、結婚はしないわ。オリバーが立派な商人になるまでの間、私が独り身だと言われないように……守るって言ってくれた」

 その話を聞きながら、私はちょっとガーンっと衝撃を受けていた。そんな大事な話を、私は全く聞いていなかったのだ。

「あ、スカーレットちがうのよ! その、スカーレットがとても忙しそうだったから……それに、去年の冬はずっと落ち込んでいるようだったし……」

 確かに私は、フローラの事を何度も思い出しては落ち込んでいた。

「ごめん、気を使わせて」

「いいえ、気にしないで」

 リヴィアは私の手を握る。

「いつか、オリバーと二人で商人をしながら旅するのが私の夢なの。私ずっと待つわ。彼が迎えに来てくれるのを」

 リヴィアは、それはそれは綺麗に微笑むのだった。

「リヴィア幸せ?」

「……えぇ、私は幸せよ。コノート学園に来て貴方と会って、みんなに会ってずっと私は幸せ。きっと、これから先も幸せだわ」

 私はそんな彼女を見て、心が震えるのを感じた。『幸せ』ってなんだろうとずっと思っていた。けど、これも一つの幸福の形なのだろう。友を大事にし、愛する人を一途に思う事。リヴィアの人生はこの先もずっと尊く輝き続けるのだと思えた。



 四年生になる前の、春休み。私は久方ぶりの里帰りをしていた。馬車に揺られていると、麦畑が見え遠くに見知った村が見えた。残念ながら、嫌な思い出の方が多い村だった。 

 馬車を下りて、村の周囲を見渡す。三年前と何も変わらない村だった。中央通りには、食料品の店や職人の店が並んでいる。店を眺めていると、数人の知り合いがいた。いや、大して話しもした事は無いのだが。三年前同じクラスで勉強していた子達が、店に立って見習いとして働いているのだ。十二才を超えると義務教育が終わり、彼らは就職する。田舎なら、大体は自分の両親と同じ仕事に就く事になる。靴屋の子は、靴屋になり、パン屋の子はパン屋になる。私がこの村に残れば、母と農場で畑を耕し牛を育てる日々だったろう。あるいは、どこかの屋敷にメイドとして入っただろうか。みんな忙しそうに働いている。それでも楽しそうに笑っている。数人買い物籠を持った女性達が集まって、話しをしていた。その中に、よく知る女の子が居た。メイドの格好をしたその子は、かつて私を竜巻で吹き飛ばして殺そうとした子だった。今は、楽しそうに笑っている。そして、目が合った。ぎょっとした顔をされた。私は慌てて目を反らして、その場を立ち去った。活気のある広場を後にして、自分の実家への道を歩く。村から少し離れた場所にある私の家を見つけた。

「あれ」

 でも、なんだか記憶と違う。壁は、あんな色だったろうか。なんと言うか、もっと全体的に掘っ建て小屋のようなボロ屋だった気がするのだが。

「あ、そうか。改築したのか」

 そういえばあんまりボロかったので、家を改築したと手紙に書いてあった。私が仕送りしていたので、改築費が出せたのだ。家の前に立って、扉を見つめる。私の頭の中には、かつての虐待の記憶が蘇る。転生前の記憶を取り戻す以前からの記憶も、私には残っていた。彼らが弱いスカーレットに何をやって来たのか覚えている。そして、母と父の不幸な境遇も以前より理解していた。手紙で近況の報告をする中で、父と母の生い立ちについて知る事になったのだ。

 父の祖父も、飲んだくれのダメな人だったしい。幼少の頃から殴られて育って来たのだとか。そして、どうにか村の近くで鉄鋼堀の仕事に就いて、暮らして行けるようになった。その頃に、母をお嫁さんに貰ったらしい。母は、祖父を早くに亡くして病気がちな祖母を看病しながら農場の面倒を見ながら細々と暮らしていた。最初は幸せだった。けれど、私が生まれてすぐに鉄鋼を掘る洞窟の仕事が無くなってしまった。答えは簡単だ、掘りすぎてもう出なくなってしまったのだ。首を切られた父は、村で仕事を探したが中々次の仕事にありつけなかった。他の鉄鋼堀の男達は、村を出て出稼ぎに行ったらしい。しかし父は、長年の鉄鉱掘りの仕事で身体を悪くしていて出稼ぎに出る気力も体力も無かったらしい。

 そして、気づけば酒に溺れるようになっていったのだと、母は手紙で教えてくれた。父が足を引きずって歩く姿は覚えている。てっきり、酒の飲みすぎで病気になったのかと思っていのだが、鉄鋼堀りの仕事のせいだったのだと、その時に知った。そうして考えれば、母はずっと誰かを看病し続ける人生に思えた。しかし意外だったのは、母が『父を恨まないでやってほしい』と書いて来た事だった。母が、病気の祖母の看病をして疲れ果てている時に出会ったのが父だったらしい。父に出会は無かったら、母は死んでいたか祖母を殺していたかもしれないと書かれていた。それ程、彼女は追い詰められていたのだ。だから、父が鉄鋼堀の仕事を辞め身体を壊して飲んだくれても、どんなに喧嘩しても母は父を見捨てなかったのだ。でもそのせいで家が荒み、私に当たる事が多くあった事も謝罪してくれた。

 どんな理由があっても虐待を許す事は出来ない。けれど、私はもう一度家族と向き合う事にした。この三年間、途切れる事無く母が書いて送って来くれた手紙に、彼女の娘への愛を見たからだ。 

 扉を開ける。

「ただいま」

 扉の向こうに、テーブルに座った母が居た。

「おかえり」

 母が居た。以前よりも穏やかに笑う母が居た。私は、私の中のスカーレットの胸が震えるのを感じていた。身体が動いて彼女に抱きついたが、それは私ではなくきっとスカーレットが望んだ事だろう。彼女はずっと願っていたのだ、優しい母と言う存在を。母が私の背を抱く。

「背が伸びたねスカーレット。髪は切ったのかい」

 母が私の頭を撫でる。私は泣いていた。小さい子供のように泣いていた。良かったねスカーレット、あなたの母親はちゃんと貴方を愛していた。私は、長い間母の腕の中で泣き続けた。十三年、スカーレットが待ち続けたものだった。

 ようやく涙が止まってから、私はハンカチで顔をぬぐって母の隣に座った。

「ただいま、お母さん」

「おかえりスカーレット」

 母が私の前髪を撫でる。

「あんた、美人になったね。学校ではモテるんだろ」

「え、いや。そんな事はないかなぁ」

 学校では特に、浮いた話しは無かった。なにしろ、周りとくらべてチビなのだ。それに、一三になっても私の胸はぺったんこのままだった。いずれ大きくなると思っていたが、もしかしたらこのままなのかもしれない。

「そうなのかい。見る目がないねぇ。村じゃもう婚約してる子もいる。あんたもあんまりゆっくりしてちゃ、だめだよ」

 基本女は結婚するのが、この世界の常識だ。まぁ、私は一三才なのでまだ相手探しには早いだろう。

 一四才になれば結婚は出来る。田舎は、都会より結婚適齢期が早いようだ。

「は、はーい」

 私は話題を変えようと、トランクからお土産の袋を出した。

「これ、コノートのお菓子屋さんで買って来たクッキーだよ!」

 保存魔術をかけた缶に入れているので、長旅でも腐っていない。

「へー、美味しそうだね。後で貰うよ」

 母がクッキー缶を受け取った。綺麗な缶も気に入ったようで、まじまじと見ていた。缶は何かの入れ物にしてくれるだろうと思っって、特別綺麗な奴を選んだ。

「それで……お父さんの具合はどう?」

 私はおずおずと、この話題を持ち出した。

「あぁ……、今日は悪くないよ。朝から軽食も食べれたしね」

 私が三年ぶりに実家に帰って来たのは、父が病気で倒れたからだった。手紙で父の病状については連絡を聞いていた。寝込んだのが一年前で、医者にも診て貰っていると聞いていた。医者いわく、寿命はあともって半年だろうとの事だった。だから、私は里帰りして、父の様子を見に来たのだった。

「部屋に行っても良い?」

「あぁ、良いよ」

 私は母と父の部屋に行く。父はベッドに横になっていた。私が椅子に座った音で目を覚ます。

「……あぁ、スカーレットか……」

 父が私を見る。すっかり、細くなって、白髪だらけの頭になった父。死が近いのだと、嫌でも感じた。

「お父さんただいま」

「あぁ、おかえり……」

 私は枯れ木のような父の手を握った。

「私、学校で頑張ってるよ」

「あぁ」

「毎日、すごくたのしいの」

「あぁ」

 父は静かに頷いた。こうして話しているのすら、体力を奪うのかもしれない。

「スカーレット……」

 父が突然、私の名前を呼んだ。

「すまなかった……」

 父の手が私の頭を撫でた。

「ごほっ、ごほっ」

 強く咳き込む父。母が、薬湯を飲ませて落ち着かせる。父は再び、眠ってしまった。

「さぁ、行こう」

 母に肩を抱かれて私は外に出た。

『すまなかった』

 その言葉が私の耳に何度も響いた。


 私は家の農場を歩き、少し遠くになる村を眺めていた。何も変わらない場所、でも確実に三年前とは違う場所。

 私は小さくため息をつく。父の病気はもう治す事が出来ない。医者には鉄鋼病と呼ばれているらしい。父の掘っていた鉱石は、長く粉塵を吸い込むと人体に害が出るものだった。それは肺を侵し、手足に痺れが出て来る。次第に、身体が弱っていって死に至る事もある。この世界には治癒魔術があるが、それは万能ではない。治癒魔術は人体の仕組みがわかっていないと使えないのだ。例えば腕を怪我をした人間がいたとすると。治癒魔術師は、骨と筋肉と皮膚の仕組みがわかっていて始めて再生させる事が出来るのだ。それが、肺の病気となると難易度が跳ねあがる。なにしろ、人の肺の仕組みをわかっている人間なんてこの世界には一握りもいないのだ。肺に入った、粉塵を取り除き傷ついた肺を綺麗にする。そんな奇跡を起こせる治療師はいない。父の死は避けられないものだった。

 父の人生は良いものだったのだろうか。それは私にはわからない。『すまなかった』と謝罪する父の言葉が私の声がまだ耳に残っている。けれどお酒に逃げて、現実と向き合わなかった父が、現実と向き合い自分の過去の罪と向き合った今には価値があるように思えた。死にゆく人を悪くは言えない。私は父の罪を許す事にした。私は自分の小さな家を見た。

 後ろで草の音がした。振り返るとあの子がいた。私を以前、イジメたあの子が。

「ねぇ、あなたスカーレットでしょ」

「はい……」

「私の事、覚えてる」 

 私は頷いた。メイド服を着たその子は、右手に籠を下げて、左手でエプロンをぎゅっと握ってる。

「悪かったわ」

 その言葉を私は意外に思った。

「あの時、私は本当にガキだった。あんたの才能に嫉妬してた。でも、だからって殺そうとしちゃダメよね」

「そうですね……」

 本当にあの時、クラビスが来なければ私は死んでいただろう。

「だから、悪かったわ。今は本当に、あんたの事を殺さなくて良かったと思ってる」

「……はい」

「ねぇ、だから私の事を許してくれる?」

 許す。彼女は許しの言葉が欲しいのだ。

「……」

 許しの言葉を口にしなければと思うのだが、私はどうしてもそれを口にする事ができなかった。

「……私はあなたの事を許す事はできない……」

 顔を上げた彼女が、顔を真っ赤にして怒鳴る。

「なんでよ!! 謝ってるじゃない、許しなさいよ!!!」

 涙を目にためてる。自分の思い通りにいかない事に納得しないところは、成長していないようだった。

「人には許さない権利もあるからだ。あらゆる罪が謝罪すれば許されるわけではありません。あなたはその罪を一生抱えて生きていかなければいけないのです……」

「あんたなんて、最低の人間だ!!! 勉強できるからなによ! 魔術ができるから何よ!! 私がせっかく謝りに来てやったって言うのに!! あんたみたいなのは、一生幸せになれないよ!!」

 そう言って、彼女は駆け出して行った。

 私はその背を、スッキリとした気分で見送った。この選択に後悔はない。

 常識的な正しや、道徳よりも、人は自分がどうしたいのかを優先しなければいけない時があるのだ。

 それが、自分を救う事になる。


 次の日、ユーリス先生にも挨拶に行った。

「お久しぶりですスカーレット」

 ユーリス先生は以前と変わらず穏やかだった。家の中は相変わらず、おばあちゃんの部屋みたいで、かわいい物で溢れている。

「お久しぶりですユーリス先生。お元気そうでなによりです」

 ユーリス先生が紅茶を淹れて、お菓子を出してくれる。

「時が流れるのは早いものですね。もうあれから三年ですか。こんなに身長が伸びて……大人っぽくなりまたしね」

「本当ですか!」

 どうにも、他の子と比べると私は子供っぽいちんちくりんに思えていた。

「はい。まぁ、貴方は当時から理知的な表情をした子供でしたが」

「そ、そうですか」

 私は誤魔化すように紅茶を飲む。

「お父上の事は心配ですね」

 ユーリス先生も、父の病気の事を知っているようだ。

「……そうですね」

 枯れ木のようにやせ細った父の姿は、胸に来るものがあった。親しい人の死を私は始めて見る。同時に、フローラの事も思い出した。死は永遠のお別れなのだ。

「死にゆく人の側にいるのは、とても辛い事ですね……。ですが、できるだけ顔を見せてあげてください。それがきっと、慰めになりますから」

「はい……」

 私はその言葉に静かに頷いた。どんなに辛くても、目を反らしてはいけないのだ。

「ところで……スカーレット。あなたの身体の様子はどうなのでしょうか?」

 私は顔を上げて、ユーリス先生を見た。

「し、心臓の事ですか?」

「えぇ、精霊入りの心臓の事です」

 当たり前だが、クラビス経由で私が特級魔法使いになった事はユーリス先生にも知れていた。

「心臓はちゃんと馴染んでるので、特に副作用は出ていません」

「本当ですか。それは運が良かったですね。特級魔法使いの心臓移植は、八割の確率で何かしらの副作用が出ると言われているのに……」

 私は他の特級魔法使い達の事を考えていた。

「あの、ユーリス先生は今の特級魔法使い達に詳しいですか?」

「えぇ、それなりには知っていますよ」

「私、特級魔法使いの方達に会いました。それで……みなさん、変わってるなぁと思いました」

「そうですね。変わった方が多いです。雷のアドルファスは、荒くれ者ですが魔法も天才的でした。学問などをきちんと学ぶ機会は一度も無かったそうなのですが、彼は魔法にとても秀でた人間でした。その才を見抜かれて、傭兵から特級魔法使いになったそうです」

「そんな凄いんですか……」

 彼は荒くれ者の、粗暴な男と言う印象だった。しかし同時に、周りの特級魔法使いすら彼には一目置いていた。

「なにしろ彼は、どんな魔術にも式の理解が必要無いんですよ」

「へ」

「一度見れば、その式を再現出来るんです。必要になれば、すぐに式を構築する事も出来ます」

「な、なんですか!? そんな事って可能なんですか?」

 どんなに才ある人間も、複雑な魔術式の構築には勉強が必要である。式の仕組みの理解が出来て、始めてその魔術が使えるのだ。

「稀にいるんですよ。生まれた時から、本能で魔術式の構築を出来る人間が。彼らは、息を吸うように複雑な魔術式を瞬時に組むんです」

「本当に天才なんですね……」

 アドルファスは出来たら敵に回したくないものだ。

「ところでシャータにも会いましたか?」

「はい! 綺麗な人でした!!」

 私は人魚の彼女を思い浮かべる。

「なんとなく察してはいると思いますが、彼女は精霊との契約であの姿になりました。精霊の影響を強く受けてしまったんですね」

 私は重要な事に気づく。

「あの、特級魔法使いの心臓を移植する時の副作用と、大精霊契約での副作用って違うんですか?」   

「……違うんですよ。心臓の移植では身体に大きな負荷がありますから、寿命が削られたり身体が破損する事があります。そして大精霊契約の副作用は、大精霊の大きな力を受け入れた事でその大精霊の力に引っ張られる事でおきます」

「じゃ、じゃあ私もその可能性があるんですか?」

「ありますね。風の特級魔法使いエイブも特に強い影響を受けているようですね」

「エイブが子供の姿なのって……」

「おそらく大精霊契約で、身体の老化を止められているのでしょう……」

 私は紅茶を見つめる。私にはどんな副作用が出てしまうのだろうか。

「この話しを、あなたは聞いていなかったんですね」

 少し強張った声に私ははっとして、ユーリス先生を見た。

「貴方のような小さな子供に特級魔法使いの心臓を、無断で移植するだけでも非道なのに……この先に待ち受ける試練すら教えないとは……」

 私は、その時始めてユーリス先生が怒るところを見た。

「あ、あの。大丈夫ですユーリス先生。私、大丈夫ですから!!」

 おそらくダーマは知っていて、この話しを私にしていない。しかし、それは隠しているわけではないのだ。おそらくそこまで、気が回らないだけだ。彼は、人の感情の機微に疎い。最近それを改善しようと努力はしているのだが、まぁまだ上手くは出来ていない状態だった。

「そうでしょうか?」

「は、はい!!」

「貴方が言うのでしたら……えぇ、ここは一端引きましょう。ですが、問題があると感じたら私は貴方の側に仕える男と即刻、縁を切るべきだと思います」

 ダーマの事は、クラビスに話してはいた。ただ、彼が私をさらって心臓を移植した事については伏せていた。なのに、ユーリス先生は気づいているようだった。私が、私をさらった男を側に置いている事に。私は紅茶カップを覗き込む。外から見たら、ダーマの立場は確かに怪しい危険な人だ。では、私の主観から言ってダーマはどんな人なのか?

 ダーマは確かに感情の機微には疎いけど、信頼のおける人だ。けして私を裏切らない。

 そう、私はダーマを信頼している。

「ユーリス先生……。私は、私の支援をしてくれる彼の事を信頼してます。彼はけして、私を裏切りません」

 私はユーリス先生を見た。

「……真っ直ぐな嘘の無い目をするんですね」

 ユーリス先生は小さくため息をつく。

「側に居たあなたが言うのならそうなのでしょう……彼は信頼に足る人物なのですね?」

「はい」

 私は強く頷いた。そして、心臓をドキドキさせながら口を開いた。

「ユーリス先生。私が、ココに来たのは聞きたい事があったからです」

「なんですか」

 私は心臓が強く鳴るのを意識しながら、その言葉を口にした。

「ミュージュラス病についてです」

 ユーリス先生は目を見開き、そして私をじっと見つめた。

「ライアンから、貴方がその真相に至った事は聞いています」

「はい……」

「ならば私が、この研究に強い執念を抱いている事もご存知のはずです」

 いつもの温和な雰囲気は、彼には無い。

「……ユーリス先生の恋人は……その病気で亡くなったと聞きました……」

 ユーリス先生が私から視線を反らす。

「そうです……やせ細っていく彼女を看取ったのは私です……。彼女は、故郷に帰ることも出来ずコノートの国で死にました。若く、人生もこれからだったと言うのに……なんと酷い事でしょう……」

 ユーリス先生は片手で目元を隠してしまう。

「私は未だに夢に見るのです。やせ細った彼女の姿を……苦しげに呻く彼女の声を……恐怖に震える身体を」

 ユーリス先生は重く息を吐く。

「私は彼女を救えませんでした……」

「だから、研究を続けて病の治療法を探したんですか……?」

「……スカーレット。私は良き人間ではありません」

 彼の目は暗い。

「私がこの研究を続けたのは惰性でした。彼女を失った私には、他の事に向かう気力がありませんでした。だから彼女が死んだ後も、同じように研究室に篭り無意味な習慣を続けたのです。そして……この病が、誰かの思惑の元に人工的に作られた可能性があると気づいてから……私は取り憑かれたように研究に没頭しました」

 ユーリス先生の目に暗い炎が宿る。

「必ず突き止めると誓いました。彼女の人生を奪った者に復讐をする為に……」

 こんなに強い思いを胸に秘める人だとは思わなかった。てっきり、みんなの為を思って研究を続けているのだと思った。

「ですから……この話はよしましょう。私はいずれ、復讐を為すでしょう。それまでは、良き先生でありたいのです。これは、彼女の夢でもありましたから」

 ユーリス先生は、亡き彼女の人生を演じてもいるのだと気付いた。

「はい……」

 私は小さく返事をするので精一杯だった。これ以上、私は彼の人生に踏み込む権利は無い。私は……必要なら、特級魔法使いとしての力をユーリス先生に貸す気だった。けれどユーリス先生からは強い拒絶を感じた。この復讐に、他人を巻き込む気は無いと言う拒絶だった。

 私は先生の家を出た。

「最後につまらない話をしてすいません。貴方の前では最後まで、良い先生で居たかったのですが……。スカーレット、困った事があったら連絡をください。出来る限りの助力をしますから」

 優しく微笑む彼は、私の知るユーリス先生だった。

「はい……」

 私は頷き、少し泣きそうになりながら笑みを返した。


 

 村に滞在する一週間、私は毎日数時間父の部屋で過ごした。父はずっと寝ていて、大した話しは出来なかったけど……死へ向かう父の顔に絶望は無かった。きっと、彼は自分の人生に結論を出して、死へ向かう準備が出来たのだろう。

 人の人生は、いずれ終わる。その時に、この生は良いものだったと思えるのは……自分次第なのだ。

「それじゃあ、ばいばいおとうさん」

 私は最後に父に別れを言って、家を出た。

「お母さんも元気で」

「あぁ、私なら大丈夫だよ。あんたも、向こうで元気にやりな」

 最後までぶっきらぼうな母に笑みを浮かべて、私は家を出て馬車に乗り込み村を出た。

 さようなら私の故郷。

 苦い記憶も思い出も胸に、私は笑みを浮かべて遠くなるルルス村を見つめた。





つづく



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