60
キリルとの件が落ち着いてから、私を襲ってくる人達がいなくなったので平和な学校生活が送れるようになった。日々、勉強を頑張り魔術の鍛錬も頑張りつつ過ごした。そして、私は三年生になった。
四月、春休み明けの学校だ。ワンピースを着て、鏡の前に立つ。
「ちょっと、背が伸びたかな?」
私も一三才だ、いつまでもチビと言うわけじゃない。部屋の外に出ると、リヴィアが待っていた。
「ごきげんよう、スカーレット」
さらさらの青い髪、丸い天使の輪の光の出来たロングヘア。白い肌は滑らかで陶器のよう仕草には落ち着いて品がある。リヴィアはこのところ、ますます綺麗になった。赤い唇が笑みを作る。
「さぁ、学校に行きましょう」
「うん!」
二人並んで寮を出る。見れば、初々しい一年生の姿がポツポツと見えた。
「なんだか懐かしいですわね」
小さな一年生を見て、リヴィアは笑みを浮かべる。
「本当だね。もう三年生だもんね」
私はリヴィアと笑いあった。
入学式の後、寮に帰ろうと思ったら学校前で生徒達が声をあげていた。それは部活動の呼び込みだった。毎年、四月にはよく見られる光景だ。学校内の部活動自体、ちゃんと作られ始めたのが五年前くらいらしい。なので、部活動や同好会に所属していない生徒の方が多い。
「部活動かー」
「興味はありますわね」
「リヴィアも今年は何かに入りたい?」
「そうですわね。なんだか、楽しそうですもの」
確かに最近、校内の部活動は活発になって来ていた。傍目から見るとそれは楽しそうだった。
「二人とも部活に入るのかい?」
オリバーが後ろから声をかけて来る。
「ごきげんよう、オリバー」
「やぁ、リヴィア。久しぶり、スカーレット」
ローガンの姿は無い。一年の時は一緒に行動していた彼らも、今はそういうわけじゃない。
「オリバーも部活入ってないんだっけ?」
「うん、僕も無所属。でも、ローガンはウェルズ語研究の同好会に入ってるよ」
「おわっ、同好会でも勉強してるんだローガン」
まぁ、真面目な彼らしい。
「ねぇスカーレット、一緒に手芸部に入りませんこと?」
リヴィアは呼び込み中の手芸部のブースを指差す。
「手芸部かいいねー」
「オリバーもどうかしら?」
「え、僕!? あ、でも君が入るんなら、うん、入るよ!!」
オリバーが動揺しながら顔を赤くした。オリバーとスカーレットは、今年の二月の『恋人の日』からお付き合いするようになっていた。凄くおめでたい事だ。
「じゃあ、せっかくだし申し込みに行こうか」
「えぇ」
呼び込みブースの周りには、一年生だけでなく他の学年の生徒達も物珍しげに集まっていた。
「すいません、入部希望です」
手芸部の人たちに声をかける。
「まぁ、嬉しいわ」
おさげの先輩が微笑む。
「あら、1、2、3……もしかして、三人とも入部希望かしら?」
「は、はい」
「あの、ごめんなさい。入部希望者が多くて、あと二人で定員なの」
となると、一人は諦めるしかない。
「あ、じゃあ僕は……」
「私は遠慮するね」
私は一歩後ろに下がった。
「で、でも」
リヴィアが困った顔をする。
「オリバーと、リヴィアで入りなよ。ね!」
私は二人にウインクする。
「あ、あのー! 新入希望の子、後で辞める子が数人はいるから。空きが出たら、入ったらどうかしら?」
手芸部の先輩が気を使って、そう提案してくれる。
「なら、そうします!」
そしてリヴィアとオリバーは、手芸部に入る事になった。二人が書類に記入して、活動の連絡を聞く間、私は他のブースを覗いていた。けっこう、いろんな部活がある。剣・槍とかの運動部系とか、芸術系の楽団部・文芸部・美術部。その他、小さい同好会が多種多様である。そんな中、ぽつりと人気の無いブースがあった。そこには机に一人、四年生の先輩が座っていた。机の下の紙に『歴史研究同好会』と書かれている。
「歴史……」
あんまり人気は無いらしい。見ていたら先輩と目が合った。天パの黒髪に、メガネをかけた男子生徒だった。そして胸ポケットに、トカゲの人形を入れているのが気になる。
「も、もしかして興味あります……!!」
「あ、えっと……」
先輩が立ち上がる。
「は、入ってくれませんか……!! あと、一人入らないと廃部になるんです!!」
かなり追い込まれているようだった。
「そ、そうなんですね。あの、ここってどんな事をする同好会なんですか」
「それはもちろん、過去の歴史を遡り研究する同好会ですよ!!!」
「へー……」
まだまだこの世界で知らない事は多い。歴史研究に惹かれるものはあった。
「あの、そんな毎日とか来てくれなくても良いんで!! 月に一回とか顔出してくれれば大丈夫なんで!!」
もう、名前だけ貸してくれ状態である。
「うーん、わかりました。私も、ちょっと忙しいのであんまり顔出せないと思うんですけど。それで良いなら入部します」
特級魔法使い関連の特訓や勉強が放課後には控えていた。
「はい、全然! 本当、それで大丈夫です!!!」
顔色の悪い顔で、元気良い先輩である。普段発声慣れしてない分、声の大きさの調整が出来てない的な印象を受けた。
「それじゃ、この紙に記入を」
私は入部届けにサインした。
「部室は、部室棟の三階の一番奥にあります。俺は授業の無い時は毎日いるので、是非来てくださいね」
「あ、はい。時間がある時に顔を出しますね」
「スカーレットくんだね……。俺はパリスです、よろしく」
「よろしくお願いします。先輩」
握手を交わして、私はその場を離れた。
部活動、ちょっと楽しみである。
■
入学式の後、新しい学科の授業が始まって私はそれに慣れるのにしばらく四苦八苦していた。私は頭が良いわけではない。とにかく、効率よく勉強する方法を突き詰めて行くしかない。
そして、一応余裕が出て来たのが六月になってからだった。思いの外、間が開いてしまった。私は、講義の後に歴史研究同好会の教室に向かった。まだ新しい部室棟には、生徒達の姿がチラホラあった。そして三階の一番奥の部屋を見つけた。
「カードゲーム同好会?」
『歴史研究同好会』の部室では無い。おかしい。ここは三階であっているはずだ。私は辺りを見て、三階の奥…階段の下にスペースがある事に気付いた。もしやと思い、そこへ行ってみる。すると、階段の下の三角のスペースには扉が着いていた。扉の前には、『歴史研究同好会』の紙が貼られている。
「マジか……」
部室すらまともに貰えていないとは。扉ををノックしてみる。しかし中から返事は無い。
「失礼しまーす」
扉を開けて中に入る。中は暗く、ランプが一つ机の上に乗せられていて、後は壁を覆い尽くすように本や紙の束が置かれていた。そして、机の上で先輩が本に突っ伏して寝ていた。
「ぐー……」
「先輩……」
揺すってみる。
「せんぱーい!」
「わっ!」
パリス先輩が飛び起きた。慌ててメガネを付けて、私を見る。
「き、きみは! 新入生!!」
どうやら忘れられて無かったようだ。
「はい、新入生です。来るのが遅くなってすいません」
「いやいや、そんな事は無いよ!! さぁ、さぁ! かけたまえ!!!」
パリスが机の前の小さな椅子を手で示す。
「はい……」
「紅茶を淹れるから待っててくれ」
部屋の角に簡易に紅茶を淹れるスペースがあった。魔力を注げば湯は沸かせるので、水と茶葉さえあれば簡単に紅茶はできた。
「はい、どうぞ」
私の前に幾何学模様の描かれたカップが置かれる。
「あ、それはエルナ大陸で進化したリザードマンが使っていたされる文字を再現した模様だよ。仲間から貰ったんだ」
「へ、へー」
先輩相当な歴史オタクでいらっしゃる。
「スカーレットくんは、どんな歴史に興味あるかな?」
暗い部屋で先輩が目を輝かせて聞いて来る。
「えっと……」
私自身は、この世界の事にあまりにも無知だったので学業で知る事の出来る範囲の歴史の勉強はした。この世界や、この国の歴史について。しかし、歴史には裏と表がある。授業で知る事の出来る歴史はあくまで表の歴史であり、残念ながら国が操作している部分もあった。なので私が興味があるのは、普通では知る事の無い歴史知識だ。
「あまり一般では知る事のできない歴史に興味があります」
パリス先輩が瞬きした。
「なるほど、良いね」
そう言ったと思ったら、先輩が壁に積まれた本から一冊の本を取り出す。
「これとかどうかな」
本には、手書きで『リザードマン研究』と書かれていた。
「エルナ大陸には以前、『リザードマン』と言うトカゲのような見た目の一族が繁栄をしていたと言われてるんだ。でも彼らの実態はまだ謎に包まれていてね、一体どんな生活様式だったのか、どんな社会で暮らしていたのか謎が多いんだ」
私は火の遺跡で見た、リザードマンの霊のググを思い出していた。そして、パリス先輩の持っている本には手書きでびっしりとリザードマンに関する考察が書かれていた。
「僕はそんなリザードマンについて研究してるんだ。実は父もその研究者でね、将来僕も大学でこちらの道に進む予定なんだよ」
パリス先輩の目がキラキラしてる。
「リザードマンって……確か、この大陸の魔力変動が起きて滅んだんでしたっけ……」
私は二年生の夏に、ググやクラビスから聞いた話しを思い出していた。しかし、その言葉を口にした途端パリス先輩が黙る。
「……なんで知っているんだい?」
物凄く驚いた目をされた。やばい、これ知ってるとまずい情報だった。確かに、普通に授業で習う歴史ではこの大陸に住んでいた『リザードマン』の話はされないのだ。おまけに、この国が以前魔力変動を起こした土地だと言う事も伏せられている。
「も、もしかして君、すっごい歴史マニアなのかい!? 魔力変動の事まで知ってるなんて!!」
先輩が興奮気味に聞いて来た。
「し、知り合いに学者さんがいるんです。それで、たまたま聞いちゃって!!」
嘘は言ってない。
「そ、そうなのかー! 学者の知り合いがいるんなら納得だよ。でもリザードマンについては、学者間でもちゃんと認めてる人は少ないんだ。スカーレットくんの知り合いの学者さんは、柔軟な考えの人なんだね」
「う、うん。そうだね」
この話題をこれ以上広げると、更に墓穴を掘りそうな気がする。特級魔術師の事をぽろっと言ってしまわないようにしないと。
「で、出来れば私はもう少し新しい歴史の事を研究したいなぁ!」
強引に話しを切り替えた。
「そうかい? それじゃあ、これなんかどうだい」
パリスが私の前に新聞記事を置く。この世界、コノート国だけ新聞が出回っていた。でも結構高いので、読むのは貴族か金持ちの商人くらいだ。
「『ミュージュラス病』……」
それは、一〇年前の記事だった。
「十年前、この国で『ミュージュラス病』と言う病気が流行ったのは知っているかな?」
一応聞いた事はあった。
「この流行病はある日、突然この国を襲い三千人の人間の命を奪っていった……」
「三千人……!!」
コノート国の都市の人口は二万程度だ。三千人となると、6分の一にあたる。そんなに人口が減っては、国としての機能が傾いてしまいそうだ。
「あともう少しこの流行り病が続けば、この国は滅んでいたかもしれないね。しかしこの流行り病は、徐々に発症者が減りついには全くいなくなった。病の原因はわからずじまいで、その治療方もわからない。いつまた流行るかわからないまま、この事件は闇にほうむられてるってわけさ」
「闇に……?」
私は首を傾げた。
「国はこの流行り病に関する資料に閲覧の制限をかけてるのさ。だから、一般人がこの病について調べるのは難しい」
「なんでそんな事を」
「……仮説はいろいろある。まぁその内の一つは、他国にこの国の脅威を知られない為だろうね。流行り病で傾きかけたなんて不名誉だし、外交にも関わる事だからね。実際、ミュージュラス病が流行っていた時、外交が完全にストップした時期もあったらしい。コノート国は相当なダメージを受けた。そんな事もあって、徐々に外交が回復して来た現在。変な噂をまたたてられて、他国との交易がストップするのは困るわけさ」
「なるほど」
私は頷く。
「でもこの病に関して奇妙な点がいくつかあるんだ」
「奇妙な点?」
「この病は治癒魔術が効かない病だったんだ。それだけでも奇妙なのに、この時期に国の動物や子供達に変な行動をする目撃情報が増えた。そしてある日、突然感染が止まった。結局原因がわからずじまいだったこの流行り病には謎が多いんだ」
「ミステリーですね……」
「そう、でもなによりも……この病は誰かが故意に広めた病の可能性があるって俺は考えてる」
「な、なんでですか?」
「仕組みは説明できないけど、治癒魔術の効かない病気で、かつ突然それがパタリと止んだ点が人為的に思えないかい?」
私は背筋がぞっとした。パリス先輩がにこっと笑う。
「いやいや、今のはただの憶測なんだけどね。まぁ、君が気になるのなら『ミュージュラス病』について調べてみると良い」
「でも、一般人は資料の閲覧はできないんじゃ……?」
先輩が足元に置かれた、箱から分厚いファイルを取り出す。
「まぁ、一般人はね?」
ファイルの中には、『ミュージュラス病』に関する記事や、手書きのインタビュー資料が入っていた。
「君が気になるなら、資料貸すよ。ただし、管理には細心の注意をはらってね。これ見つかると、速攻退学だと思うから」
私はぎょっとした。しかし同時に、興味もひかれる。十年前、この国に何が起きたのだろうか? それは今後、特級魔法使いになる私が知っておくべき事のようにも思えた。
「お借りします」
「わかった。資料を読み込んで、わからない事があったら聞いてくれ。もしくは君の、考察が聞きたいな。
「とりあえず、読んでみます」
ファイルを小脇にかかえて、暗い部室を後にした。
■
寮に帰って、分厚いファイルを開いて読む。『ミュージュラス病』に関する記事が、おそらく最初のモノから順に入っていた。一番最初の症例が十年前の五才の女の子だった。最初の症状は咳と微熱だったらしい。初期症状は風邪と酷似している為、その病状は見過ごされた。しかし少女の身体はいつまでも経ってもよくならず、徐々に悪化した。食欲が無くなり、身体にだるさを覚え、やせ細るにつれて幻覚や幻聴を聴くようになったそうだ。そして最後は水も飲めなくなって、死にいたる。
最初の症例から、徐々に感染者を増やしついにはコノート国内に三〇〇〇人以上の死亡者が出た。『ミュージュラス病』には治癒魔術が効かなかった事が、これだけの感染の拡大を生んだ。治癒魔術の効かない症例は今までもいくつかあったのだが、流行り病でこれ程の猛威を振るったのはこれが初めての事だった。治癒魔術師達はあらゆるアプローチで患者の治療に務めたが、その殆どは徒労に終わった。かつ、感染方法も特定されないままだったので患者達は場合によっては隔離される事もあった。
しかし、この病は発見から三年目以降に突然感染の拡大が止まった。それ以降、感染した患者は今まで発見されていない。
『ミュージュラス病』は突然発症する病だった。昨日まで元気だった人間が突然病になる。男女、年齢関係なくその症状は出た。また、感染経路も特定する事も出来なかった。『ミュージュラス病』の名前は、その病気を発見したミュージュラス治療師から付けられている。(なお、ミュージュラス治療師も治療に関わる中で『ミュージュラス病』に感染し、亡くなっている)
「三年後にぱったり、症例は無いのか……確かに不思議ね……」
新聞記事の束の最後にメモ紙が入っていて、手書きで走り書きがされていた。
『これ以降、コノートの新聞記事にミュージュラス病に関する記事は一切載せられていない。国による情報操作の可能性アリ』
と書かれていた。おそらく、パリスが書いたものだろう。確かにこれだけの流行り病で、まだ十年程度しか時間が経ってないのに、それ以降記事が載らないのはおかしい気がする。
ファイルの中には、どうやって手に入れたのか『ミュージュラス病』を診察した治療師のカルテが入っていた。カルテには、新聞に書いてあるのと同じ初期症状と、経過が書かれていて、最後には死亡確認が成されていた。そこにもメモ紙が貼られている。
『患者は、発症から二~三年で死亡したと見られる』
と走り書きしてあった。
ファイルの中には手帳が入っていた。中には、手書きの文字がびっしりと続いている。どうやら、パリス自身が関係者にインタビューした物のメモと考察が書かれているようだ。それにざっと目を通す。
『患者の親族にインタビューする事ができた。その中に一つ気になる情報があった。患者は五才の少女だったのだが、発症後に”高い音”を聞いたと言う証言をしていたらしい。それは例えるなら”笛のような音”らしい。不思議な事に、一〇才以下の患者達にのみ、似た証言が見られた。彼らは何を聞いたのだろう? 病気と、この音に関連性はあるのだろうか?』
「音……?」
『同時期に、患者以外の子供達にも奇妙な行動が見られた。笛の音が聴こえると言って耳を塞ぐ子や、家の外に飛び出して行く子がいたらしい。また、動物達の中にも突然耳をそばたてたり、姿を消す行動が見られたそうだ。患者の幻聴ではなくその音は国中に響いていたのだろうか……?』
その記述を読んで私は一人、眉をひそめていた。その時、ガタッと部屋の窓が開いた。びっくりして振り返る。
「え!?」
更にびっくりしたのは、窓から入って来たのがキリルだったからだ。
「ど、どうしたんですかキリルさん!!!」
窓を閉じてキリルは腕を組んで仁王立ちする。
「おまえ、ダーマから話しを聞いてないのか」
「ダーマさん?」
私はダーマとの連絡用に使う本を取り出した。よく見たら、表紙の宝石が点滅している。何か連絡があったのだ。開くと、文章が浮かび上がる。
『しばらくコノートを離れる。代理はキリルに頼んである。困ったら、彼を頼れ』
「代理……」
あれからキリルと和解した後、ヘルマンさんとも政治上、手を組む事になっていた。
「そういうわけだ」
「は、はい。よろしくお願いします」
キリルが私の側に寄って来て、机の上に広げていた資料を見た。私は慌てて、その資料を身体で隠す。
「……何を見ていたんだ?」
「じゅ、授業の調べものです!!」
「ならなんで隠すんだ」
「え、えっと」
私は冷や汗が出て来た。キリルが屈んで床から何か拾い上げる。
「あ!」
切り抜きの新聞記事が一枚、落ちていたらしい。
「『治療師が懸命に措置したが、ミュージュラス病には魔術での治療は効かなかったようだ』……おまえ、何について調べてるんだ」
「えっと……ちょっと『ミュージュラス病』について……」
「『ミュージュラス病』? 十年前にコノートで流行った病気じゃないか。それをなんで今さら」
私は視線を泳がせる。
「ちょっと、興味が出て」
「なんで、こっちを見ないんだ」
それは後ろめたい事があるからだ。キリルがじっと私を睨みつける。
「おまえは僕を信用してないんだな」
「え、いやそういう意味じゃないんですけど」
私は焦った。
「なら、ダーマの奴になら正直に喋ったんだろ。おまえが、今何をしているのか」
ダーマさんの場合、たぶんこっちが喋らなくても特定されたと思う。新聞記事見つけた瞬間に、呆れてため息をつかれそうだ。しかし、まぁそれはそれとして、バレなくてもダーマさんには相談しただろう。それだけ、私も彼の事を信用していた。
「……わかりました。じゃあ、お話します。でも、絶対他言無用でお願いします。ヘルマンさんには話しても良いですけど……」
私は身体をどかして、机の前に広がった資料を見せる。
「ちょっとした経緯で、『歴史研究同好会』に入る事になったんです」
「そんな同好会あったか?」
「あ、あったんです。そこで、先輩と話してる時に『ミュージュラス病』の話が出て。聞いてく内に、いくつか気になる点があったので資料を借りて来ました」
「ふーん」
キリルが新聞記事やカルテを眺める。
「ここにある資料は全部、国からの閲覧制限がかかってる物なので、バレたら即退学、投獄だと思います」
「はぁ!?」
キリルは新聞記事を取り落とした。
「だからキリルさんは、絶対にこの事を他の人に言わないでくださいね……!!」
「わ、わかったよ。でも、なんで国の流行り病に関する記事に閲覧制限がかかるんだ」
「だから、それを調べてるんですって」
「な、なるほど」
キリルが腕組みする。
「わかった」
何がわかったのだろう。
「おまえの調査に協力するよ」
「へ、いやいや。そんな危ない橋を一緒に渡らなくても良いですよ!!」
「なんでだよ!! 僕はダーマの代わりで、おまえの協力者なんだぞ!!」
私達は小声で喧嘩していた。
「これは本当、私の趣味みたいなもんなんで!!」
「おまえ趣味で、国家秘密に探り入れるのかよ……」
ドン引きされた。
「まぁ、とにかくダーマの奴が不在の間におまえに何かあったら、あの野郎にどんな嫌味を言われるかわからないからな。僕も手を貸す」
キリルさんは、代理を引き受けた責任を重く受け止めいるようだ。
「うーん。わかりました」
これ以上突っぱねると、本当にスネてしまいそうなので受け入れよう。
「ふん。存分に頼れ」
「え、えらそう……」
キリルさんの尊大なところって、もう愛すべき性格なのかもしれない。
「えっと……じゃあ『ミュージュラス病』について簡単に説明しますね」
私は、パリス先輩に聞いた事と借りた資料に書かれていた内容をざっくりと話した。
「ふーん。そのパリスって奴、一学生の癖によく国家機密に手なんか出せたな」
「それは、私も思いました。何か後ろ盾があるんですかね……?」
「……ちょっと調べてみる」
「え、そんな他人のプライバシーを侵害しちゃダメですよ」
「あのな。ダーマの奴はスパイがいないか警戒する為に、おまえの周りの人間はだいたい身辺調査をしてるんだぞ」
「そ、そうなんだー」
知らなかった。
「まぁ、パリスの事は置いておいて……。『ミュージュラス病』の事を調べるって言っても、何を調べるんだ? おまえの先輩がだいたい目ぼしい事は調べているようだが」
「うーん。コレ、気になりませんか?」
私は先輩が手帳に走り書きした考察を指差した。
「『患者を含め、その当時の子供達は共通して”高い音”を聞いている』か?」
「はい」
「でも、この証言してるの子供だけなんだろ? ただの聞き間違いかもしれないぞ。一緒に居た大人は聞いてないって、証言もあるみたいだし。それにミュージュラス病は大人もかかってただろ」
「それもそうなんですが……」
私は一つ仮説をたてていた。
「音だけの問題なら、一つ可能性はあるんですよ」
キリルは首を傾げる。
「モスキート音。人は大人になると聴こえなくなる音域があるんです。高すぎる音は聴こえない。けれど、まだ若い子供達だけはその音を聴く事が出来る。大人達にしてみれは、聴こえないけれど鳴っている音ですね」
「なんだそれ。どんな魔術だ」
「あ、いえ。これはどちらと言うと科学なんですが……」
魔術が発達したこの世界では、科学の発達は遅れていた。
「カガクはよくわからんが、じゃあそのモスキート音って奴があるとして、音が『ミュージュラス病』とどんな関係があるんだ」
「それなんですよねー私もよくわかりません。そもそも本当に音が鳴っていたのかって点もありますしね」
私は腕組みする。
「そういえば、十年前と言えばキリルさんもコノートに居たんですよね。国の様子覚えてますか?」
「いや……僕達は、ヘルマン様の配慮で北の屋敷にしばらく引っ越してたんだ。全員と言うわけにはいかなかったけど、特に幼い子供を中心にな」
「そうだったんですか……ヘルマン様って、凄く孤児院の子達を大事にしてらっしゃるんですね」
「あぁ、だから僕達はヘルマン様の為になりたいんだ」
ダーマから聞いた話では、ヘルマン様は貴族でありながら、コノートの孤児院に多大な寄付をしているのだと言う。また、義務教育を作ったのも彼で、とにかく国の子供達の事を考えて動く人らしい。
「……でも、僕達も病が流行ってしばらくは国にいたんだ。もしかしたら、仲間の誰かがその音を聞いているかもしれないな」
「本当ですか!」
「確認してみる」
「お願いします!」
一端、その夜は解散となった。私はベッドの中で、得体の知れない『音』について考えていた。
■
三日後の夜にキリルが再び部屋にやって来る。
「やはり、『音』はあったらしい。僕らの仲間にも数人、あの時期に音を聞いた奴がいた」
「本当に『音』はあったんですね……」
「それからパリスの事について調べてみたが、あいつは白だな。本当にただの歴史オタクだ。国全土に広がる歴史オタク同士のコミュティに所属してて、大学との繋がりも持っている。あいつは、仲間の力を借りてただ興味のためだけに国家機密すら暴いている男みたいだ」
キリルは腕組みしてため息をついた。
「あんまり深く関わって、一緒に退学とかになるなよ?」
「……はい」
でもパリスさんその点は上手くやってそうな気もする。まぁ、歴史探求の為なら犯罪者になっても良いくらいの気概は感じるんだけど。
「話を戻しまして、音が本当にあったのなら後は『音』と『病』に関連性が見つけられれば良いんですが……」
私は図書館で借りて来た本を眺める。音の魔術に関する資料は専門外だったが、魔力を帯びた音が人に多大な影響を与えるのはわかった。ただ、聴こえない音に関する記述は見つけられなかった。また、病に関しての方は難し過ぎて私には理解しきれなかった。
「うーん、やっぱり先生達の力を借りた方が良いですかね?」
「大丈夫なのか。これ国家機密だろ」
「一応、私が特級魔法使いだと知ってる先生がいるので。その先生に聞いてみようかと……」
「へー、学校内にも根回ししてるのか。やるな」
「いや、根回しとかじゃないんですけど……」
でも、傍目から見るとそういう事になるのか。
私は後日、ライアン先生の研究室を尋ねた。
「やぁ、いらっしゃい。久しぶりだねスカーレットくん」
「あら、こんにちはスカーレット」
クロエ先生とお茶してるところだったみたいだ。
「おじゃまします」
クロエ先生がにっこり笑って立ち上がる。
「それじゃ、私はそろそろ帰るわね。またね」
私達に手を振って、クロエ先生は帰っていった。ライアン先生と、クロエ先生ってよく一緒にいるけど、もしかして恋人同士だったりするのだろうか。
「さ、どうぞ」
そんな下世話な事を考えていると、ライアン先生がお茶を用意して私に椅子を勧めてくれた。
「失礼します……」
私は気をとりなおして、頭を切り替える。
「あの、今日は質問があって来ました」
「質問?」
「はい」
私はヘマしなように考えながら、口を開く。
「えっと、大人に聴こえない音ってありますか?」
「それはつまり、子供にしか聴こえない音って事かな?」
「はい」
「あるよ」
「あるんですね!」
モスキート音はこの世界にもあったのだ。
「ただ、立証はされてないんだ。あくまで仮説しかない。なにしろ、子供にしか聴こえない音だからね。ただ、俺らには聴こえないけど聴こえる音がある事は、学者の間では認識されてるかな……。北の方には、聴こえない笛で魔物を操る一族もいるそうだし」
犬笛を私は思い出していた。
「それじゃあ。その音で、病を悪化させる事とか出来るんですか……?」
ライアン先生が片眉をあげた。
「『音』。魔力を帯びた音には確かに力があるね。聴いた物の気分を高揚させたり、気落ちさせたりする事も出来る。でも、君が聞いているのはそういう事じゃないね?」
ライアン先生が私をじっと見る。
「何について調べてるんだい」
私は手が汗ばんで来たのを感じた。
「えっと……とある病の原因について調べています……」
「とある病?」
先生の眼光が鋭くなった。言い逃れするのは難しそうだ。
「ミュ、ミュージュラス病について調べてます……」
そして先生は少し目を開いて驚いた。
「どうしてその病について調べ始めたんだ」
「ど、同好会の先輩から聞いて……気になって……」
ライアン先生が片目を閉じて、私を見る。どうしたものか、と言う表情だった。
「君はその仮説を調べる為に、俺のところに質問しに来たわけか……」
「はい……。ライアン先生、何かをご存知なんですか……?」
「あぁ、知ってるとも。十年前、あの『ミュージュラス病』が流行った時、俺達は君と同じ仮説を立てたのさ」
「僕達?」
「君も知っている、クラビスとユーリスだよ。それから、ザウルとラスカーも関わってる」
ザウルさんが、クラビス達は何かと面倒事を持ち込んだと言う話しを思い出した。
「『ミュージュラス病』が流行った時、俺は十六才だった。子供だったんだ」
私は目を見開く。
「音を聴いたんですが?」
「一学年上のクラビスとユーリスには聴こえない音が、俺にはわずかに聴く事が出来た。まぁ、それをすぐに流行り病とつなげはしなかったけどね」
ライアン先生は辺りを見渡す。そして立ち上がり、ドアの前に手を置いて魔術を発動した。
「人避けと、防音をしておいた」
私は今とても機密性の高い話を聞いているのだ。
「『ミュージュラス病』が流行った時、ユーリスの恋人もその病にかかってね。彼はその病の原因を突き止めようと必死に研究をした。しかし、なかなか結果が出なくてね。なにしろ相手は、治癒魔術の効かない病だ。それでも彼は二年の年月をかけて、原因らしきものを突き止めた。それは、とある毒草の構成を利用したものだった」
私の頭に、青い花の存在がちらついた。
「それは、リリスですか……?」
「驚いた。よくわかったね」
「以前、ユーリス先生の工房に迷い込んだ時に見てしまって……」
「そうか……。うん、そうだ。リリスだよ。あの病気にはリリスと同じ、毒の仕組みが使われていた。しかし、あくまで治癒魔術の効かない構成だけを利用してあった。更に、『ミュージュラス病』の病状である咳や発熱、幻覚などは別の毒草の構成要素を使ってあった」
私は首を傾げる。
「あの……それって。人工の病って事ですか?」
「そうだよ」
「そんな事、出来るんですか?」
「できないさ。できるわけない。でも、いたんだよ。そんな神業をした奴がな。そして、ユーリスはその秘密にたどり着いた。彼から、その考察を聞かされた時、俺は最初信じられなかったよ」
ルルス村で穏やかに笑っていたユーリス先生の別の顔を私は見ていた。
「しかしユーリスは、毒とおぼしき物は見つけられたがその毒が体内に入っても普通は無害である事もわかっていたんだ」
「え、それじゃ人間が飲んでも死なないんですか?」
「あぁ。その毒の研究に、そこから数年かかった」
ユーリス先生は長い年月を、その毒の研究にささげていたのか。
「それで、その毒が特定の音に反応する事がわかった。君の言っていた聴こえない音って奴さ。その音を聞いたら毒は活性化して、人を害する。しかし困った事に、この毒は必ず宿主を殺すわけじゃないんだ。飲んだ人間を全員殺すわけじゃない。その効果はランダムだった。残念ながら、その特定は結局できなかった」
ライアン先生は方をすくめる。
「まぁ、しかし音が原因だとわかった俺達は音の装置があると思われるところを片っ端から国中調べてね。それで本当にそいつを見つけたってわけさ」
「見つけたんですか!?」
「うん、それで壊した。建物事壊しちゃったんだけどね。でもそれ以降、この国で病をを発症する人間はいなくなった」
「すごい……」
ライアン先生が私の側に寄って、座る。
「問題はその後だ」
彼は小声で囁いた。
「ユーリスは、国が研究を禁止していたリリス草の研究をしていた事で厳重注意を受けた。それがきっかけで、あいつは研究職を辞した。何度も、『ミュージュラス病』との関わりを説明をしたが聞き入れて貰えなかった。なにしろ、原因の装置は地下にあって。俺達が建物事壊してしまって見せる事が出来なかったからね。そしてクラビスと、俺も周りからの奇妙な圧力を受けた」
「それって……」
「おそらく、あの病は蔓延させたのはこの国の上に位置する連中だ。おかしな話だろ。国を存続させる機関の中に、この国を滅ぼす連中が混ざっているんだ」
私は眉を寄せた。
「それから、俺達はこの国の事を探り続けている。誰が敵で、味方なのかをね」
部屋に沈黙が落ちる。
「わ、私は味方です」
ライアン先生がウインクする。
「もちろんわかっているさ、だからこの話をしたんだ」
「ありがとうございます。大事な話しをしてくださって」
これは、ライアン先生の立場を悪くする可能性のある秘密なのだ。ライアン先生だけでなく、クラビスやユーリス先生も。
「私、先生達の力になりたいです。先生達は国と戦ってるんでしょう? なら、私も協力したいです」
「……特級魔法使いとしてか……確かに君の力が借りれたら、それは大きな後ろ盾になるだろうね。でも、今は大丈夫だよ。君は学生でいなさい。国と戦うのは、我々の仕事なのだから」
「ライアン先生……」
ライアン先生は私を巻き込みたくないらしい。それはきっと、教え子だからだろう。そして、まだ私が特級魔法使いとして弱いから。
「わかりました……」
ライアン先生達が、いずれこの国と戦う時までに。私は先生達を助ける力がほしい。
いつか来る、この国の危機の為に。私は、もっと大きな力を得なければいけない。
つづく




