59
気づけばもう一二月だった。一年の過ぎるのは早いものだ。
雪のチラつく校内を突っ切って、学校に入れば、なんだかそわそわとした空気が流れていた。入り口に、『ダンスパーティ』のお知らせ、と言う看板が立っていた。
「ダンスパーティ……、ダンスパーティ?」
私は思わず二度、復唱していた。確か、去年もこの看板をチラっと見た気がするのだが一年生には関わりの無い事なのですっかり忘れていた。けれど、二年生からはそう言うわけにはいかない。何故なら、二年生からダンスパーティーへ参加出来てしまうからだ。私は周囲の廊下を見る。既に、女子と男子の生徒が顔を赤くしながら何か言い合っていた。ダンスパーティーと言うのだから、参加するにはパートナーが必要だ。
「楽しみですわね、ダンスパーティー」
隣のリヴィアが声を弾ませて言う。
「そ、そうね」
私は頭痛を覚えながら教室に向かった。教室内でも、ダンスパーティの熱があちらこちらで見えた。みんな楽しそうで良いですね……。
リヴィアはきっとオリバーと行くのだろう。しかし、私はいったい誰と行けば良いのだろうか。やっぱり、ローガンだろうか? けど正直ローガンに、私は距離を感じていた。以前はあんなに仲良くしていたのに、最近はちょっと距離があるのだ。クラスが別れて、ローガンとあんまり授業で会わなくなったせいもあると思う。それと彼が、貴族の子達と仲良くして新しい仲間の輪の中にいるのを校内でよく見るせいだ。そういうのを見るとやっぱりローガンって貴族なんだな、と思う。そんな彼に声をかけるのが忍びなくて私は、遠目に見ている事が多かった。ローガンは最近背も伸びて来て、声も少し低くなった。彼は少しずつ大人に近づいている。以前みたいに屈託なく笑う事も少なくなって、最近は品よく微笑する事が多かった。それからいつも忙しそうで、たまに寮で呼び止めて話しても、しばらくすると時計を見て慌てて話しを切り上げてしまう。何かと日々の予定が詰まっているようだった。
そういう事もあって、私はローガンと距離を感じている。おまけにローガンは、二年生になってから密かにモテる事を知っている。金髪碧眼で、性格が良くて、貴族のお坊ちゃんとくればモテない方がおかしいのだ。何度か『スカーレットは、ローガンと付き合ってるの?』と言う質問を知らない女の子達から受けた事があった。それだけ彼を狙っている女の子は多いのだ。
私はため息をついて、ダンスパーティに行ってくれそうな男の子のリストを書いた。クラスが一緒だった子や、一緒の講義で話す子などを書き出した。しかしどの子も、私をダンスパーティーに誘う程の仲の良さでは無い。
「はぁ」
私は憂鬱なため息をつくのだった。
教室から出て廊下を歩いていると、ぽつぽつと男女が話している姿を見る。みんなどんどんパートナーを決めて行っているようだ。私も早く決めなければいけない。
「!」
見覚えのある男の子が、同級生の女の子に呼び止められて何か話しているのを見てしまった。あの金髪はローガンだ。女の子が顔を赤くして何かを言っているようだ。まぁ、何を言っているかは察しがつく、きっとダンスの誘いだろう。私はそっと踵を返してその場を立ち去った。
幼馴染が、モテる姿を見るのってなんだか緊張する。早足に私は見当違いな方に向かって歩いていた。
「おい」
呼び止められて驚く。振り向くと、そこにはキリルがいた。
「あ、キリル」
あの事件以来、彼はしばらく学校を休んでいた。言葉を交わすのは久しぶりの事だった。キリルが私をじっと睨んで来る。
「えっと……傷とか大丈夫……?」
私が焼いた傷とか。
「ふん、あのくらい平気だ。ヘルマン様の治癒魔術で治して貰った」
「そっか……」
沈黙が落ちる。人気のない方に歩いていたので、辺りに人はいない。私はキリルの様子を観察した。もしかしてまたリベンジしに来たとかじゃないよね。めちゃくちゃ、こっちの事を睨んで来ているのだが。
「……すまなかった」
意外な言葉が彼の口から出た。
「へ」
「なんだその呆けた顔は」
「いや、予想外の言葉だったから」
まさか、謝られるとは。キリルにまた睨まれた。
「僕だって、間違いがあれば謝罪くらいする」
そうなのか。
「それで……おまえには悪いことをしたから謝りに来たんだ」
「ヘルマン先生に言われて?」
「……そうだ」
なるほど、どうりで素直なわけだ。
「わかった。うん、大丈夫。私は、キリルの事を恨んでないよ。いや、ローガンを傷つけてリヴィアに手を出した事は怒ってるけど、私にやった事は気にしてないよ」
「……本当にか」
「うん」
「おまえ、馬鹿だって言われないか」
なんで私、突然悪口言われてるの。
「なんでさ……」
「そんなだと、他人に良いように使われないか」
これ、一応キリルさんなりに善意の質問なのだろうか。
「うーん、どうしても許せない事は嫌って言いますし……まぁ、大丈夫ですよ」
私は笑顔を作った。
「そうか」
私はけしてお人好しではない。けど、彼らの境遇を知ってその上で許すと決めたのだ。
「……ありがとう」
そう言ってキリルは踵を返した。
「何か困った事があったら声をかけろ。僕も、ヘルマン様も手を貸す」
それだけ言って彼は立ち去って行った。
私はその後ろ姿をしばらく眺めて、はっと気付いた。
「今、現在進行系で困ってるじゃん」
私はダッシュして、キリルの去って行った方に走った。だいぶ走った後にようやくキリルを見つける。学校の外に出ようとしているところだった。
「キリル!!」
彼の服の袖を握って引き止める。キリルがぎょっとして振り向いた。
「ダ、ダンスパーティー一緒に出てくれませんか???」
「……は?」
突然の事に彼は何を言ってるんだコイツと言う顔をした。私はダンスパーティーの看板を指差す。
「あれです!! 今度ある奴!!」
「あぁ、年の終わりのパーティーだな」
「はい、良かったら是非!!! パートナーが決まってなければですけど」
「……パートナーは決まってないのだが。おまえにはパートナーがいるんじゃないのか」
「へ、いや、いないから困ってるんですけど」
「……」
キリルは黙って私の後ろを指差した。そこにはローガンが立っていた。
「ろ、ろーがん」
ローガンは若干困惑しているようだった。
「俺の聞き間違いでなければ、スカーレットはキリルとダンスパーティに行きたいのかな?」
「えっと……相手がいないから困ってて」
なんだかバツが悪い気持ちになる。でも、ローガンは既にパートナーが決まっているはずだ。
「妙な腹の探り合いをするんだな。本当はお前たち二人で行きたいんだろ?」
キリルが腕を組んでそう言った。
「え、いや、そんな、ローガンはすでに先約がいるからだめだよ……!」
「いないよ」
「え!? でもさっき」
「大丈夫、全部断った。俺は、スカーレットと行くつもりだったからね」
全部って事は、複数人に誘われていたらしい。
「そ、そうだったんだ」
「うん」
「僕、もう行って良いか」
キリルが眉間にシワを寄せている。
「あ、うん、ごめん……」
「はぁ。返事を一応しておくが、僕は年の終わりは仲間たちと過ごすから、ダンスパーティには出ないよ。じゃあな」
それだけ言って、キリルは学校を出て行った。私はローガンと残される。ローガン、本当大きくなったな。身長の伸びた彼をまじまじと見た。
「じゃあ改めて、俺とダンスパーティに行ってくれますか?」
ローガンが私に手を差し出す。私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「も、もちろんです」
ローガンの手を取った。
「うん、ありがとう」
外では雪がしんしんと降っている。けれど私の身体はやけに熱いのだった。
■
リヴィアとドレスを選んで、パーティーの日となった。寮の中は、着飾った女の子達で賑わっていてみんな楽しそうだ。寮の外に出ると、着飾った男の子達が出てくる。その中に、ローガンとオリバーの姿もある。二人はすぐに気づいて、私達に手を振る。
「リヴィア!」
オリバーがリヴィアに走り寄り、顔を赤くした。そんな二人と少しだけ距離を取って、私もローガンと合流する。
「やぁ、スカーレット」
今日は髪を、上にあげているローガンは、いつもより年上に見える。差し出されたローガンの手を取って、こんなに小さいパートナーは私だけだろうと思った。
「よろしくローガン」
でも、彼が選んでくれたのだから私は胸を張って行く事にした。さぁ、楽しいパーティーへ行こう。
会場内には、色とりどりの料理が並んでいる。コノート国内の、様々な地域の郷土料理だった。この日の為に、学校のシェフが腕を振るってくれたらしい。綺麗な色のお酒もウェイター達が配っている。この世界の成人は一四才なので、オリバー・ローガン・リヴィアは飲めるのであった。(私はまだ飲めないけど)
オレンジジュースを飲みながらフロアの様子を眺める。ステージでは、学校の楽団部のメンバーが楽器を弾いている。そして中央のフロアでみんながダンスを踊っていた。
「そろそろ行く?」
オリバーがリヴィアに手を差し出す。
「えぇ」
リヴィアがその手を取って、フロアに二人は歩き出す。お互い礼をして、手を合わせ、身体を寄せ合って優雅に踊る二人をしばらく見た。
「……二人ともうまい」
「へー、オリバーの奴上手くなったな」
ローガンも意外そうな声をあげた。リヴィアのダンスは優雅で綺麗で品があり、オリバーのダンスもそれに見合った淀みのない綺麗な動きをしていた。なんと言うか、二人の息がぴったり合っているのだ。きっと二人で練習したのだろう。一方の私達は、ぶっつけ本番だった。
「じゃあ、俺達も行くか」
グラスを置いて、私もローガンとダンスフロアに出る。私は緊張しながら礼をして、ローガンと手を合わせて身体を寄せて踊り始めた。基本マナーとして、踊りの授業は受けたしリヴィアと練習もした。私はとりあえず、ローガンの足を踏むこと無くステップを踏めている。
「練習した?」
私は集中しながら頷く。
「ははっ、でも表情がまだ固いかな。間違っても良いからリラックスして、楽しくやろう」
くるくると私の身体を回しながら、ローガンは笑うのだった。フロアの中で踊るみんなはお互いに夢中で、他人を見ていない。私は力を抜いて、ローガンのリードに身を任せた。くるくる、踊っているとだんだん楽しくなって来る。自然と顔に笑みが浮かんだ。音楽が切り替わり、ムーディーな音楽が流れる。ダンスがゆっくりしたものに切り替わる。私と、ローガンも身体をつけてゆっくりと踊る。
「スカーレット」
側でローガンが、私の名前を呟く。
「な、なに?」
ちょっと動揺する。
「……これから先、君には多くの試練が待ち構えているんだろうね」
ローガンはどこか寂しそうに、そう言った。
「そうだね……うん」
特級魔法使いになる為に、私には多くの試練が待っている。
「俺は君の友人として、君の役にたてるよう頑張るよ」
ローガンは優しい笑みを浮かべてそう言った。
私は最近勝手に彼に距離を覚えていた。でもローガンは昔も今も変わらず、私の良き友人だったのだ。
「……ありがとうローガン」
私は彼に感謝を述べた。そうして、長い時間彼と踊り続けた。
パーティーは終わり、明日になれば新年の始まりだった。来年も良い年に出来るように、私は寝る前に祈るのだった。
つづく




